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射掛けられた矢
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「どうだ? 腹ごなしに庭を歩いてみないか?」
朝食の後、ヴァーツァが誘った。
気持ちのいい晴天だった。こんな日に日光を浴びないのは、もったいなさすぎる。散歩は、回復期のヴァーツァにとっても良いと思う。彼はすっかり元気になっているが。
二人で庭に下りた。ヴァーツァのあとについて歩く。
「シグ、なんで俺と並んで歩かない?」
振り返り、不服そうにヴァーツァが尋ねる。
「貴方のお庭ですから」
「君は俺の客人だ。俺の隣を歩くがいい」
冗談じゃない。こんな美しい男の隣なか歩けるものか。
「道がわからないので、後ろから付いて歩く方が楽です」
ちっ。
軽い舌打ちが聞こえた。
舌打ちは下品だと揶揄する暇もなく、腕を掴まれた。
「なっ、何するんです!」
「いいから、俺のそばを歩け!」
引っ張られ、体がよろめいたその時だった。
俺の頬のすぐそばを、何かが、しゃっと音を立てて通り過ぎていった。
少し遅れて、前方にあった樫の木の幹に、びいいん、と音を立てて何かが突き刺さった。
矢だ。
たった今まで俺が立っていた場所を、矢が通過していったのだ。
頬を生温かいものが流れる。
「シグ!」
「え?」
ヴァーツァのあまりの剣幕に驚いて頬に触れると、赤くねばつくものが手に付着した。
血だ。
そのまま強く抱き寄せられた。
「ちょっと、血が貴方についてしまう」
抗議したが、無視された。放すまいとでもするかのように、固く抱きしめられた。
「そこにいるのは誰だ!」
胸郭越しに、ヴァーツァが怒声を上げるのが聞こえた。
がさがさと音がして、目の前の藪から、男が表れた。大きな弓を手に、矢筒を肩に背負っている。
「お前か、ケビン」
ヴァーツァが名を呼んだ。ぞっとするほど冷たい声だった。
「はい、旦那様」
ケビンと呼ばれた男は頭を下げた。
「お前が矢を射たのだな」
「はい」
「そこへ直れ」
言われてケビンは土の上に平伏した。
嫌な予感がする。以前、ヴァーツァは、トラドを「消」そうとした……。
「君は、何かと見間違えた。そうでしょう、ケビンさん」
急ぎ俺は割って入った。考えがあってのことではない。ただ、この人をひどい目に遭わせたくなかっただけだ。
「私は鹿を狩りに参りました」
ケビンが答える。
「ほら。ケビンさんは俺を鹿と間違えたんだ」
俺はヴァーサを振り返った。
庭は、長年手入れをされず放置されていて、見通しが悪い。それに俺は、地味な色の服を着ていた。獣と間違えられても無理はない。
僅かにケビンが頭を上げ、俺を見上げた。その顔には、何の表情も浮かんでいない。
無言でヴァーツァが俺を後ろへ押しやった。
はっと見ると、いつの間にか彼の手には、剣が握られていた。邪悪な念を感じる。これは、黒魔法の剣だ。
「ヴァーツァ、止めろ!」
叫ぶ間もなかった。
剣は振り下ろされ、ケビンの首が落ち、転がった。
血は、まるで出なかった。まるで、枯れ枝を切るような乾いた切断だった。
「どうした、シグ。真っ青な顔して」
けろりとしてヴァーツァが聞いた。たった今、使用人の首を刎ねたばかりなのに、何の動揺もしていない。全くの平常心でいる彼が恐ろしかった。
「貴方は……彼を、殺した」
声が震える。
「あたりまえだ。シグは俺の客だ。大切な俺の客に危害を加えるところだったのだ。罰が必要だ」
「でも、わざとじゃないし、僕はなんともない。殺すことはなかったんだ」
静かな怒りがこみあげてくる。美しいこの男は、どこまで傲慢なのか。
「なんともないなんてこと、あるもんか。ご覧。血が……」
爪を清潔に切りそろえた長い指が伸びてきた。反射的に俺はそれを避け、ヴァーツァの指は宙に留まった。彼は肩を竦めた。
「安心しろ。そいつは、最初から死んでる。ケビンはゾンビだからな」
「あ、頭を斬り落とした」
「だいじょうぶ。次に復活させる時につなげておく」
「そういう問題じゃない!」
思わず叫び、くるりと後ろを向いた。
ヴァーツァが忌まわしかった。今は一時も一緒にいたくない。
大声で何か話しかけて来るヴァーツァを置いて、そのまま歩き始めた。
朝食の後、ヴァーツァが誘った。
気持ちのいい晴天だった。こんな日に日光を浴びないのは、もったいなさすぎる。散歩は、回復期のヴァーツァにとっても良いと思う。彼はすっかり元気になっているが。
二人で庭に下りた。ヴァーツァのあとについて歩く。
「シグ、なんで俺と並んで歩かない?」
振り返り、不服そうにヴァーツァが尋ねる。
「貴方のお庭ですから」
「君は俺の客人だ。俺の隣を歩くがいい」
冗談じゃない。こんな美しい男の隣なか歩けるものか。
「道がわからないので、後ろから付いて歩く方が楽です」
ちっ。
軽い舌打ちが聞こえた。
舌打ちは下品だと揶揄する暇もなく、腕を掴まれた。
「なっ、何するんです!」
「いいから、俺のそばを歩け!」
引っ張られ、体がよろめいたその時だった。
俺の頬のすぐそばを、何かが、しゃっと音を立てて通り過ぎていった。
少し遅れて、前方にあった樫の木の幹に、びいいん、と音を立てて何かが突き刺さった。
矢だ。
たった今まで俺が立っていた場所を、矢が通過していったのだ。
頬を生温かいものが流れる。
「シグ!」
「え?」
ヴァーツァのあまりの剣幕に驚いて頬に触れると、赤くねばつくものが手に付着した。
血だ。
そのまま強く抱き寄せられた。
「ちょっと、血が貴方についてしまう」
抗議したが、無視された。放すまいとでもするかのように、固く抱きしめられた。
「そこにいるのは誰だ!」
胸郭越しに、ヴァーツァが怒声を上げるのが聞こえた。
がさがさと音がして、目の前の藪から、男が表れた。大きな弓を手に、矢筒を肩に背負っている。
「お前か、ケビン」
ヴァーツァが名を呼んだ。ぞっとするほど冷たい声だった。
「はい、旦那様」
ケビンと呼ばれた男は頭を下げた。
「お前が矢を射たのだな」
「はい」
「そこへ直れ」
言われてケビンは土の上に平伏した。
嫌な予感がする。以前、ヴァーツァは、トラドを「消」そうとした……。
「君は、何かと見間違えた。そうでしょう、ケビンさん」
急ぎ俺は割って入った。考えがあってのことではない。ただ、この人をひどい目に遭わせたくなかっただけだ。
「私は鹿を狩りに参りました」
ケビンが答える。
「ほら。ケビンさんは俺を鹿と間違えたんだ」
俺はヴァーサを振り返った。
庭は、長年手入れをされず放置されていて、見通しが悪い。それに俺は、地味な色の服を着ていた。獣と間違えられても無理はない。
僅かにケビンが頭を上げ、俺を見上げた。その顔には、何の表情も浮かんでいない。
無言でヴァーツァが俺を後ろへ押しやった。
はっと見ると、いつの間にか彼の手には、剣が握られていた。邪悪な念を感じる。これは、黒魔法の剣だ。
「ヴァーツァ、止めろ!」
叫ぶ間もなかった。
剣は振り下ろされ、ケビンの首が落ち、転がった。
血は、まるで出なかった。まるで、枯れ枝を切るような乾いた切断だった。
「どうした、シグ。真っ青な顔して」
けろりとしてヴァーツァが聞いた。たった今、使用人の首を刎ねたばかりなのに、何の動揺もしていない。全くの平常心でいる彼が恐ろしかった。
「貴方は……彼を、殺した」
声が震える。
「あたりまえだ。シグは俺の客だ。大切な俺の客に危害を加えるところだったのだ。罰が必要だ」
「でも、わざとじゃないし、僕はなんともない。殺すことはなかったんだ」
静かな怒りがこみあげてくる。美しいこの男は、どこまで傲慢なのか。
「なんともないなんてこと、あるもんか。ご覧。血が……」
爪を清潔に切りそろえた長い指が伸びてきた。反射的に俺はそれを避け、ヴァーツァの指は宙に留まった。彼は肩を竦めた。
「安心しろ。そいつは、最初から死んでる。ケビンはゾンビだからな」
「あ、頭を斬り落とした」
「だいじょうぶ。次に復活させる時につなげておく」
「そういう問題じゃない!」
思わず叫び、くるりと後ろを向いた。
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