柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

文字の大きさ
上 下
31 / 64

射掛けられた矢

しおりを挟む
「どうだ? 腹ごなしに庭を歩いてみないか?」
 朝食の後、ヴァーツァが誘った。

 気持ちのいい晴天だった。こんな日に日光を浴びないのは、もったいなさすぎる。散歩は、回復期のヴァーツァにとっても良いと思う。彼はすっかり元気になっているが。
 二人で庭に下りた。ヴァーツァのあとについて歩く。

「シグ、なんで俺と並んで歩かない?」
 振り返り、不服そうにヴァーツァが尋ねる。
「貴方のお庭ですから」
「君は俺の客人だ。俺の隣を歩くがいい」
 冗談じゃない。こんな美しい男の隣なか歩けるものか。
「道がわからないので、後ろから付いて歩く方が楽です」

 ちっ。
 軽い舌打ちが聞こえた。
 舌打ちは下品だと揶揄する暇もなく、腕を掴まれた。

「なっ、何するんです!」
「いいから、俺のそばを歩け!」
 引っ張られ、体がよろめいたその時だった。

 俺の頬のすぐそばを、何かが、しゃっと音を立てて通り過ぎていった。
 少し遅れて、前方にあった樫の木の幹に、びいいん、と音を立てて何かが突き刺さった。
 矢だ。
 たった今まで俺が立っていた場所を、矢が通過していったのだ。
 頬を生温かいものが流れる。

「シグ!」
「え?」
 ヴァーツァのあまりの剣幕に驚いて頬に触れると、赤くねばつくものが手に付着した。
 血だ。
 そのまま強く抱き寄せられた。
「ちょっと、血が貴方についてしまう」
抗議したが、無視された。放すまいとでもするかのように、固く抱きしめられた。

「そこにいるのは誰だ!」
 胸郭越しに、ヴァーツァが怒声を上げるのが聞こえた。
 がさがさと音がして、目の前の藪から、男が表れた。大きな弓を手に、矢筒を肩に背負っている。
「お前か、ケビン」
 ヴァーツァが名を呼んだ。ぞっとするほど冷たい声だった。

「はい、旦那様」
ケビンと呼ばれた男は頭を下げた。
「お前が矢を射たのだな」
「はい」
「そこへ直れ」

 言われてケビンは土の上に平伏した。
 嫌な予感がする。以前、ヴァーツァは、トラドを「消」そうとした……。

「君は、何かと見間違えた。そうでしょう、ケビンさん」
急ぎ俺は割って入った。考えがあってのことではない。ただ、この人をひどい目に遭わせたくなかっただけだ。
「私は鹿を狩りに参りました」
ケビンが答える。
「ほら。ケビンさんは俺を鹿と間違えたんだ」
俺はヴァーサを振り返った。

 庭は、長年手入れをされず放置されていて、見通しが悪い。それに俺は、地味な色の服を着ていた。獣と間違えられても無理はない。
 僅かにケビンが頭を上げ、俺を見上げた。その顔には、何の表情も浮かんでいない。

 無言でヴァーツァが俺を後ろへ押しやった。
 はっと見ると、いつの間にか彼の手には、剣が握られていた。邪悪な念を感じる。これは、黒魔法の剣だ。

「ヴァーツァ、止めろ!」

 叫ぶ間もなかった。
 剣は振り下ろされ、ケビンの首が落ち、転がった。
 血は、まるで出なかった。まるで、枯れ枝を切るような乾いた切断だった。

「どうした、シグ。真っ青な顔して」
けろりとしてヴァーツァが聞いた。たった今、使用人の首を刎ねたばかりなのに、何の動揺もしていない。全くの平常心でいる彼が恐ろしかった。
「貴方は……彼を、殺した」
声が震える。
「あたりまえだ。シグは俺の客だ。大切な俺の客に危害を加えるところだったのだ。罰が必要だ」
「でも、わざとじゃないし、僕はなんともない。殺すことはなかったんだ」
 静かな怒りがこみあげてくる。美しいこの男は、どこまで傲慢なのか。

「なんともないなんてこと、あるもんか。ご覧。血が……」
 爪を清潔に切りそろえた長い指が伸びてきた。反射的に俺はそれを避け、ヴァーツァの指は宙に留まった。彼は肩を竦めた。
「安心しろ。そいつは、最初から死んでる。ケビンはゾンビだからな」
「あ、頭を斬り落とした」
「だいじょうぶ。次に復活させる時につなげておく」
「そういう問題じゃない!」

 思わず叫び、くるりと後ろを向いた。
 ヴァーツァが忌まわしかった。今は一時も一緒にいたくない。
 大声で何か話しかけて来るヴァーツァを置いて、そのまま歩き始めた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

続・聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』(完結)の続編になります。 あらすじ  異世界に再び召喚され、一ヶ月経った主人公の古河大矢(こがだいや)。妹の桃花が聖女になりアリッシュは魔物のいない平和な国になったが、新たな問題が発生していた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

処理中です...