柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

文字の大きさ
上 下
26 / 64

疑惑

しおりを挟む
 ベッドの中で(!)互いのトラウマを話し合った日から、ヴァーツァと俺の仲は、少しだけ近くなった気がする。

 ヴァーツァは以前のように尊大な態度を取ることはなくなった。むしろ、甘えてくるようになった。あーんと本の朗読はその前からだったが、とにかく俺をそばから離さない。食事の支度さえままならないくらいだ。

 けれど、調理は俺がしなくてはならない。トラドに任せると、サービスのつもりか、血を大量に入れるから、スープは赤くなるし、焼いた肉は生臭い。トラドには悪いが、こんなものをヴァーツァに食べさせられない。

 メルルと彼の眷属に料理をさせるなんて、とんでもない話だ。彼らは火を使えないし、かろうじてサラダは作れるけど、毛まみれだ。

 俺がいないとヴァーツァは不機嫌になる。だから、彼が眠っている間に料理をするしかない。
 畑の手入れもしなければならないのに、本当に難儀なことだ。

 大急ぎで蕪と玉ねぎを収穫し、泥だらけのそれらを籠に入れて調理場へ運ぶ。
 地下室の前を通りかかった。
 地下室。
 決して忘れていたわけではない。
 そこには大量の柩が安置されている……。

 けれど、あれは本当に柩だったのだろうか。だって、ヴァーツァには悪しき気配は全然ない。この頃は、かわいい、といったら言い過ぎだけど、俺に甘えて来る彼は、ごく普通の、少し年上の男だ。信じられないくらい美しいことが特徴の。

 そんな彼が、地下室に遺体を大量に隠している? 

 まあ、誰かれ構わず引きずり込んだのは事実かもしれないが、必ずしも殺してしまったとは言い切れないのではないか。そもそも、王都の異常が彼の霊障だというのも誤りだったわけだし。

 きっとあれは、柩ではないのだろう。中に入っているのは大量の本か食器か、とにかく、害のないものに違いない。

 ……でももし、噂が本当だったら?
 たくさんの女性をさらってきて、飽きたら殺してしまうという、噂。

 ……女性。
 俺は男だ。、ヴァーツァに愛されることはない。
 きっと。たぶん。
 今はただ、物珍しいだけだ。

 突然、疼くような寂しさに、立っていられなくなった。しゃがみ込み、懸命に息を整える。

 ……確かめてみたら?
 そう。本当に棺の中身は、死骸なのか。ヴァーツァが飽きて捨て去った女性たちの。

 幸い、といっていいのかわからないけど、鍵は掛かっていなかった。空気を入れ替えると言って、トラドは頻繁にここのドアを開け放っている。ちょうど今日は、その日に当たっているようだ。

 吸血鬼の執事は、夜になるまで起きて来ない。
 ヴァーツァはよく眠っている。
 確かめるなら今しかない。
 あれらは本当に、棺桶なのか。中に納められているのは、死骸なのか。

 念のため辺りを見回してから、俺はそっと、地下室への階段へ足を踏み入れた。
 昼間だというのに、相変わらず中は薄暗い。一段一段、慎重に下りていく。

 下り切ってしまうと、一番近い棺……というか、箱に近づいた。人一人ゆうゆうと寝られるほど巨大な箱だ。埃だらけの蓋を日常魔法の灯りで照らすと、複雑な彫刻が施されているのが分かった。

 随分古風な彫刻だ。中にはきっと、芸術品が納められているのに違いない。それか、古い本の類か。だってトラドは、湿気を極度に排除したがっている。

 蓋は、釘などで打ちつけられてはいなかった。縁を掴み、両手で思い切って持ち上げる。
 どっとかび臭い匂いが流れて来た。ミルラの強い香りも。

 少し遅れて、灯りが中を照らした。
 白い頭蓋骨が揃った歯を剥きだして、こちらを見返していた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

処理中です...