24 / 64
1
sleeping beauty
しおりを挟む
……うっ。食われる。
眠っているヴァーツァの顔を間近に見た時、まず最初に思ったのはそれだった。文字通り、頭からバリバリ食われる恐怖を感じた。
幸いヴァーツァはぐっすりと眠っている。
太陽の光は大分斜めに傾いていた。それでもまだ、顔の造形がはっきりと見て取れる。
相変わらず美しい男だ。目を閉じた今は、まつ毛が濃い影を落とし、高い鼻梁がすうっと通った彫りの深い顔立ちをしている。
眠っている彼は、それこそ、sleeping beauty そのものだ。
でも、もう騙されない。
死んだフクロモモンガの従僕だの。吸血鬼の執事だの。
おまけに、食事をあーんで食わせろだの、眠るまで歌を歌え(本にしたけど!)だの!
うかうか近づいた俺が愚かだった。美しさという餌に、つい、罠にかかってしまった愚かな獲物。
それが俺だ。
肩に掛かった重い腕を外そうと試みる。目を覚ましたらまずいから、そうーっとそうーっと。
時間をかけてじりじりと動かし、とうとう外すことに成功した。
「うーん」
唸り声が聞こえた。次の瞬間、腕は再び俺の肩に乗せられていた。むしろさっきよりがっちり抑え込まれている気がする。
ゆっくりやったから失敗したのだ。
息をつめ、様子を窺う。相変わらず規則正しい寝息が聞こえてくる。こんな健康そうな男を、一瞬でも死体と誤解した自分が信じられない。
1、2、3で飛び起きよう。
心の中で間を計る。
「1、2、……」
「ダメだよ、シグ。逃がさないからね」
声が聞こえた。
ぬめりを帯びた瞳が視線を絡めて来る。
胸に強く封じ込まれてしまった。
「怪我人より先に眠っちゃったのは悪いと思っています。でも、ずいぶん手荒い扱いじゃないですか」
胸に顔を押し付けられたまま文句を言う。眠そうな声が返ってきた。
「そんなことないさ。俺と同衾なんて、こんな栄誉なことはないだろ?」
「ど、同衾?」
心臓に悪いことを言わないで欲しい。
「そ、同衾」
下の方からもう一本の腕が伸びてきて、腰に回された。二つの身体が、ぴったりと密着する。
「カルダンヌ公、」
「ヴァーツァでいい」
「いや、けじめは大切です」
名前呼びなんてしたら、どういう目にあうか……。
「俺は君をシグと呼んでるぞ」
「できたらボルティネと呼んで欲しいものです。大抵の人はそう呼びます」
友人のジョアン以外は。
「いいや、シグと呼ぶ。君も俺をヴァーツァと呼べ」
「それに何の利点が?」
「俺が嬉しい」
「……カルダンヌ公、」
「ヴァーツァ」
「ヴァーツァ・カルダンヌ公、」
「爵位はいらない。ヴァーツァだけでいい」
俺はため息をついた。
「では、ヴァーツァ」
「なんだ、シグ」
気のせいか嬉しそうだ。
「当たってます」
「当たってる? 何が?」
「あなたの、その……」
ヴァーツァは、上掛けに隠れている部分にも、何も身に着けていなかった。密着した腰の辺りに、何かがごりごり押し付けられている。
少し、間が空いた。
「残念だな、シグ」
「は?」
「今はしない」
「……」
「バタイユに命じられたからな。あの子は旅に出たが、俺は彼の管理下にある。俺がなんかしたらすっ飛んで帰ってくる。今、俺の波動はあの子に筒抜けなんだ」
少なくとも俺の貞操は守られるわけだ。バタイユが兄を監視している間は。
だが一向に安心できない。
「だったら、普通にして下さい」
「普通? 何を?」
「……サイズ」
小さい声で告げた。
だってこれ、大きすぎない? こんなの押し付けられてたら、落ち着かないし、身の危険を感じすぎる。
しばらく考えてから、ヴァーツァは笑い出した。
「じゃ、シグがやってくれる?」
「えっ!」
「手でいいよ?」
「い、いやだ!」
恐怖を感じた。むちゃくちゃに暴れ、逃げようとする。
「嘘だよ。そんなことはさせない。言ったろ。今、俺の意識はバタイユに筒抜けだ。療養指示を破ると、大変なことになる」
俺はぐったりと彼の腕の中に沈んだ。大きな手が、背すじに沿ってすうーっと動いた。思わずぞくっとした。
「なんにもできないから、少し話をしよう。何の話がいい?」
恋人同士なら、貴方の、と答えるところだ。
「ネクロマンサーの話」
ためらいなく答えた。
エクソシストと対極の存在について、詳しく知りたい。
眠っているヴァーツァの顔を間近に見た時、まず最初に思ったのはそれだった。文字通り、頭からバリバリ食われる恐怖を感じた。
幸いヴァーツァはぐっすりと眠っている。
太陽の光は大分斜めに傾いていた。それでもまだ、顔の造形がはっきりと見て取れる。
相変わらず美しい男だ。目を閉じた今は、まつ毛が濃い影を落とし、高い鼻梁がすうっと通った彫りの深い顔立ちをしている。
眠っている彼は、それこそ、sleeping beauty そのものだ。
でも、もう騙されない。
死んだフクロモモンガの従僕だの。吸血鬼の執事だの。
おまけに、食事をあーんで食わせろだの、眠るまで歌を歌え(本にしたけど!)だの!
うかうか近づいた俺が愚かだった。美しさという餌に、つい、罠にかかってしまった愚かな獲物。
それが俺だ。
肩に掛かった重い腕を外そうと試みる。目を覚ましたらまずいから、そうーっとそうーっと。
時間をかけてじりじりと動かし、とうとう外すことに成功した。
「うーん」
唸り声が聞こえた。次の瞬間、腕は再び俺の肩に乗せられていた。むしろさっきよりがっちり抑え込まれている気がする。
ゆっくりやったから失敗したのだ。
息をつめ、様子を窺う。相変わらず規則正しい寝息が聞こえてくる。こんな健康そうな男を、一瞬でも死体と誤解した自分が信じられない。
1、2、3で飛び起きよう。
心の中で間を計る。
「1、2、……」
「ダメだよ、シグ。逃がさないからね」
声が聞こえた。
ぬめりを帯びた瞳が視線を絡めて来る。
胸に強く封じ込まれてしまった。
「怪我人より先に眠っちゃったのは悪いと思っています。でも、ずいぶん手荒い扱いじゃないですか」
胸に顔を押し付けられたまま文句を言う。眠そうな声が返ってきた。
「そんなことないさ。俺と同衾なんて、こんな栄誉なことはないだろ?」
「ど、同衾?」
心臓に悪いことを言わないで欲しい。
「そ、同衾」
下の方からもう一本の腕が伸びてきて、腰に回された。二つの身体が、ぴったりと密着する。
「カルダンヌ公、」
「ヴァーツァでいい」
「いや、けじめは大切です」
名前呼びなんてしたら、どういう目にあうか……。
「俺は君をシグと呼んでるぞ」
「できたらボルティネと呼んで欲しいものです。大抵の人はそう呼びます」
友人のジョアン以外は。
「いいや、シグと呼ぶ。君も俺をヴァーツァと呼べ」
「それに何の利点が?」
「俺が嬉しい」
「……カルダンヌ公、」
「ヴァーツァ」
「ヴァーツァ・カルダンヌ公、」
「爵位はいらない。ヴァーツァだけでいい」
俺はため息をついた。
「では、ヴァーツァ」
「なんだ、シグ」
気のせいか嬉しそうだ。
「当たってます」
「当たってる? 何が?」
「あなたの、その……」
ヴァーツァは、上掛けに隠れている部分にも、何も身に着けていなかった。密着した腰の辺りに、何かがごりごり押し付けられている。
少し、間が空いた。
「残念だな、シグ」
「は?」
「今はしない」
「……」
「バタイユに命じられたからな。あの子は旅に出たが、俺は彼の管理下にある。俺がなんかしたらすっ飛んで帰ってくる。今、俺の波動はあの子に筒抜けなんだ」
少なくとも俺の貞操は守られるわけだ。バタイユが兄を監視している間は。
だが一向に安心できない。
「だったら、普通にして下さい」
「普通? 何を?」
「……サイズ」
小さい声で告げた。
だってこれ、大きすぎない? こんなの押し付けられてたら、落ち着かないし、身の危険を感じすぎる。
しばらく考えてから、ヴァーツァは笑い出した。
「じゃ、シグがやってくれる?」
「えっ!」
「手でいいよ?」
「い、いやだ!」
恐怖を感じた。むちゃくちゃに暴れ、逃げようとする。
「嘘だよ。そんなことはさせない。言ったろ。今、俺の意識はバタイユに筒抜けだ。療養指示を破ると、大変なことになる」
俺はぐったりと彼の腕の中に沈んだ。大きな手が、背すじに沿ってすうーっと動いた。思わずぞくっとした。
「なんにもできないから、少し話をしよう。何の話がいい?」
恋人同士なら、貴方の、と答えるところだ。
「ネクロマンサーの話」
ためらいなく答えた。
エクソシストと対極の存在について、詳しく知りたい。
1
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい
だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___
1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。
※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる