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あーん
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バタイユの薬湯が効いたのだろう。
朝になると、ヴァーツァの熱は下がっていた。
そしてやはり、俺はどうしても、ヴァーツァを置いて、館を去ることができなかった。
ここは孤島だが、入江にはボートが係留されていた。割と近くに半島も見える。脱走は簡単だと思われた。けれど、俺にはできなかった。
具合の悪いヴァーツァを置き去りに、島を出ることが。
正直、ヴァーツァの看病は大変だった。
修道院にいた頃は、仲間の修行者や連れられてきた病人の看病をしたこともある。その俺が言う。
こんなわがままな患者はみたことがない。
エシェック村の公会堂と同じように、台所には、大量の保存食が保管されていた。フクロモモンガのメルルが眷属を動員して、あちこちから運んできたらしい。
死骸だった時を思い出すとちょっと引くけど、メルルたちが持ちこんだのは、缶詰などの密封された加工食品ばかりだ。どこかから盗んできたのではないかという疑いが、一瞬胸をよぎったが、そこは聞かないことにした。
自慢じゃないが、一人暮らしをしていたんだ。料理くらいできる。
ヴァーツァは出血をしたわけだから、タンパク質が必要だ。けれど、食欲はあるのかな?
豆の缶詰をみつけた。同じく缶詰のソーセージと一緒に煮込んでスープを作る。
ヴァーツァはずっとガラスの箱で寝ていて、長い間、まともに食事をしていない。消化のいいものを食べさせてあげたい。
果物の缶詰も開けた。食べやすい大きさにカットして、ゼラチンで固める。これならするりと喉を通るだろう。
「朝食の時間です」
湯気の立つ皿を盆に乗せ、そっとドアを開ける。
「要らない」
起き抜けで食欲がないようだ。
「そんなこと言わないで。一生懸命作ったんだから」
食べて貰えなかったら食材が無駄になる。清貧を旨とする修道院育ちとしては、耐えられないことだ。
起き抜けで、ヴァーツァの髪は乱れていた。
……触りたい。
だめだ。何を考えてるんだ、俺は。
「シグが作ったのか?」
ベッドから尊大な声が聞こえた。
「はい」
「ふうん。なら食べてもいい。ただし、君が食べさせてくれ」
「へ?」
「あーんしてほしい」
「あーん? ですか?」
「そうしてくれないと食べない」
ちょっとどうしていいのかわからない。だって彼に近寄りたくない。胸がどきどきしてスプーンが震えるに違いない。
「別に、今食べなくてもいいんです。食べたくなったら食べて下さい」
盆をベッドサイドテーブルに置いて立ち去ろうとした。熱はすっかり下がっている。一人で食べられないという事はないと思う。
「待て」
立ち去ろうとすると呼び止められた。
「俺は君の作ったスープが欲しい。あーんをするのだ」
「自分で食べれるでしょ」
頬が赤らむのを感じる。得体のしれない男に、自分の気持ちを悟られたくない。
紫の瞳が青みを帯びた。
「優しくしてほしい」
自分の魅力を知っている男は、どうやら泣き落とし作戦に出たようだ。
「俺は大怪我をして死にかけた。まだ完全に治っていない。だから、どうか優しくしてくれ」
「うーーーーー」
俺は低く唸った。他にどうしていいかわからない。
「そもそも君が余計なことをしなければ、俺はまだ、療養箱の中で眠っていたはずだ。君が俺を起こしたんだよな。眠っている俺にキ、」
「やります! あーんでもなんでもやりますから!」
悲鳴のように叫んで、俺はスプーンを手に取った。
「はい。あーん」
棒読みのようだ。わざとやっているわけではない。声の震えを隠すにはそれしかない。
「あーーーん」
ヴァーツァのは絶対わざとだ。言いながら、大きく口を開けてた。
差し出したスプーンは、プルプル震えた。
「あっ! ごめんなさい!」
震えるスプーンがヴァーツァの頬を直撃した。
「構わない」
ヴァーツァは自分で頬を拭った。次の瞬間、彼はスプーンを握った俺の手を取り、ぺろりと嘗めた。
「な、なにをするんです!」
「君の指にもスープが飛んだから」
けろりとしてヴァーツァが答えた。
「こ、困ります。こいうことは……」
手の震えがひどくなる。
「なんで? スープを無駄にしたらいけない」
まるでさっきの俺の心を読んだようだ。
「それに、君の手に付いたスープはとてもおいしかった」
「……」
揶揄われているに違いないと思った。
気を取り直してスプーンを握り直し、ヴァーツァの口に突っ込んだ。今度は、見事口の中に入れることができた。ヴァーツァは不満そうに、押し込まれた青エンドウを飲み込んだ。
スープを完食したヴァーツァはおかわりを要求した。鍋に残しておいた分まで食べ尽くし、ようやくデザートのゼリーに移った。
朝になると、ヴァーツァの熱は下がっていた。
そしてやはり、俺はどうしても、ヴァーツァを置いて、館を去ることができなかった。
ここは孤島だが、入江にはボートが係留されていた。割と近くに半島も見える。脱走は簡単だと思われた。けれど、俺にはできなかった。
具合の悪いヴァーツァを置き去りに、島を出ることが。
正直、ヴァーツァの看病は大変だった。
修道院にいた頃は、仲間の修行者や連れられてきた病人の看病をしたこともある。その俺が言う。
こんなわがままな患者はみたことがない。
エシェック村の公会堂と同じように、台所には、大量の保存食が保管されていた。フクロモモンガのメルルが眷属を動員して、あちこちから運んできたらしい。
死骸だった時を思い出すとちょっと引くけど、メルルたちが持ちこんだのは、缶詰などの密封された加工食品ばかりだ。どこかから盗んできたのではないかという疑いが、一瞬胸をよぎったが、そこは聞かないことにした。
自慢じゃないが、一人暮らしをしていたんだ。料理くらいできる。
ヴァーツァは出血をしたわけだから、タンパク質が必要だ。けれど、食欲はあるのかな?
豆の缶詰をみつけた。同じく缶詰のソーセージと一緒に煮込んでスープを作る。
ヴァーツァはずっとガラスの箱で寝ていて、長い間、まともに食事をしていない。消化のいいものを食べさせてあげたい。
果物の缶詰も開けた。食べやすい大きさにカットして、ゼラチンで固める。これならするりと喉を通るだろう。
「朝食の時間です」
湯気の立つ皿を盆に乗せ、そっとドアを開ける。
「要らない」
起き抜けで食欲がないようだ。
「そんなこと言わないで。一生懸命作ったんだから」
食べて貰えなかったら食材が無駄になる。清貧を旨とする修道院育ちとしては、耐えられないことだ。
起き抜けで、ヴァーツァの髪は乱れていた。
……触りたい。
だめだ。何を考えてるんだ、俺は。
「シグが作ったのか?」
ベッドから尊大な声が聞こえた。
「はい」
「ふうん。なら食べてもいい。ただし、君が食べさせてくれ」
「へ?」
「あーんしてほしい」
「あーん? ですか?」
「そうしてくれないと食べない」
ちょっとどうしていいのかわからない。だって彼に近寄りたくない。胸がどきどきしてスプーンが震えるに違いない。
「別に、今食べなくてもいいんです。食べたくなったら食べて下さい」
盆をベッドサイドテーブルに置いて立ち去ろうとした。熱はすっかり下がっている。一人で食べられないという事はないと思う。
「待て」
立ち去ろうとすると呼び止められた。
「俺は君の作ったスープが欲しい。あーんをするのだ」
「自分で食べれるでしょ」
頬が赤らむのを感じる。得体のしれない男に、自分の気持ちを悟られたくない。
紫の瞳が青みを帯びた。
「優しくしてほしい」
自分の魅力を知っている男は、どうやら泣き落とし作戦に出たようだ。
「俺は大怪我をして死にかけた。まだ完全に治っていない。だから、どうか優しくしてくれ」
「うーーーーー」
俺は低く唸った。他にどうしていいかわからない。
「そもそも君が余計なことをしなければ、俺はまだ、療養箱の中で眠っていたはずだ。君が俺を起こしたんだよな。眠っている俺にキ、」
「やります! あーんでもなんでもやりますから!」
悲鳴のように叫んで、俺はスプーンを手に取った。
「はい。あーん」
棒読みのようだ。わざとやっているわけではない。声の震えを隠すにはそれしかない。
「あーーーん」
ヴァーツァのは絶対わざとだ。言いながら、大きく口を開けてた。
差し出したスプーンは、プルプル震えた。
「あっ! ごめんなさい!」
震えるスプーンがヴァーツァの頬を直撃した。
「構わない」
ヴァーツァは自分で頬を拭った。次の瞬間、彼はスプーンを握った俺の手を取り、ぺろりと嘗めた。
「な、なにをするんです!」
「君の指にもスープが飛んだから」
けろりとしてヴァーツァが答えた。
「こ、困ります。こいうことは……」
手の震えがひどくなる。
「なんで? スープを無駄にしたらいけない」
まるでさっきの俺の心を読んだようだ。
「それに、君の手に付いたスープはとてもおいしかった」
「……」
揶揄われているに違いないと思った。
気を取り直してスプーンを握り直し、ヴァーツァの口に突っ込んだ。今度は、見事口の中に入れることができた。ヴァーツァは不満そうに、押し込まれた青エンドウを飲み込んだ。
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