20 / 64
1
吸血鬼しかいない!
しおりを挟む
倒れたヴァーツァの身体をトラドがひょいと抱き上げ、部屋へ運び込んだ。すぐにバタイユが呼ばれ、俺たちは部屋から締め出された。
いつの間にかトラドの姿は消えていた。具合が悪い主を置いて、「狩り」に出かけてしまったのだろうか。
逃げ出すには絶好の機会だった。それなのになぜか、俺は留まった。
ヴァーツァが心配だったから。
一応彼は人間だ。アンリ陛下を守って大怪我をした英雄でもある。その彼が倒れたというのに、自分だけ帰ってしまうことが、どうしてもできなかった。
ドアが開いた。中からバタイユが出て来る。当座、脱走の機会は失われたなと、他人事のように考えた。
「熱がある。かなりの高熱だ」
ドアを後ろ手に閉め、バタイユが言った。
「あの廃村からここへ運ぶだけでも、兄さんには大きな負担だったようだ。まだまだ無理は禁物だね」
昼間はなんともなさそうだったのに。心配でたまらない。
「大丈夫なの?」
「薬湯を飲ませたから、間もなく解熱するだろう」
「そうか。それはよかった」
心からそう思った。大したことがなくて、本当によかった。
「良くないよ」
バタイユはむくれた。
「僕はこれから薬草探しの旅に出るんだ。この時期にしか咲かない貴重な花があるんでね。館は今、深刻な人手不足だというのに」
人手不足か。ヴァーツァもそんなことを言っていたような気がする。
「執事のトラドさんがいるじゃないか」
「吸血鬼しかいない!」
バタイユがさらっと恐ろしいことを口走った。
「きゅ、吸血鬼だって?」
「そうだよ。トラドは吸血鬼だ」
そうすると、ゆうべのあれは、トラドは俺の血を吸おうとしていた?
吸血鬼の存在は、否定されているわけではない。しかし、近年、その生存、というか、存在は全く報告されていない。
こんな離れ小島でひっそり生きていたのかと思うと、感慨深いものがある。
俺を襲おうとしたのだけれど。
ネクロマンサーであるヴァーツァには、死者を操る能力がある。吸血鬼も死霊の亜種だから、トラドに対してもその支配力は発揮される。
ということは、ゆうべヴァーツァは、俺を救ってくれた?
バタイユはまだ、愚痴をこぼしている。
「元々この館には、大勢の使用人がいたんだ。だが今、かろうじて自分で動けるのは、吸血鬼一族だけだ。彼らは自分で養分を調達できるから」
何を言っているのかいまいち、理解できない。とにかく、人手不足なようだ。吸血鬼だけが動き回れるらしい。
「吸血鬼は血を吸うから、動き回れるんだね?」
恐る恐る尋ねる。なんだか凄い会話を交わしている。
「そうだよ」
「人間の血?」
答えを聞くのが怖い。
「この島には僕らの他に人はいない。トラドは動物や鳥の血で満足しているんだろう。時々は、本土へ渡っているようだが、くれぐれも仲間を増やし過ぎないように言ってある」
吸血鬼に血を吸われたら、その人も吸血鬼になる。
「良かったじゃないか、バタイユ。不死の友達が増えて」
言い負かされてばかりだったけど、一本取ったと思った。
むきになってバタイユが言い返してきた。
「吸血鬼は不死なんかじゃないぞ。やつらは案外、弱点が多い。知らないのか?」
十字架とか日光とか銀の弾丸とか?
その時、窓からばさばさと大きな音がした。
「あ、迎えが来ちゃった。フクロウは厳格なんだ。約束を破ったら、薬草の在処へつれていってもらえない。僕はもう、行かなきゃ。兄さんが無理をしないように、シグ、しっかり見張ってろよ」
「だから、なぜ俺が!」
せいいっぱいの抗議をする。
「君がガラスの蓋を開けからだろ。空気穴を塞いで、魔法を解除したからだ。全ては君のせいだ。君が……」
俺を見据え、にたりと笑った。
「君が兄さんにキスしようとしたからだ」
いつの間にかトラドの姿は消えていた。具合が悪い主を置いて、「狩り」に出かけてしまったのだろうか。
逃げ出すには絶好の機会だった。それなのになぜか、俺は留まった。
ヴァーツァが心配だったから。
一応彼は人間だ。アンリ陛下を守って大怪我をした英雄でもある。その彼が倒れたというのに、自分だけ帰ってしまうことが、どうしてもできなかった。
ドアが開いた。中からバタイユが出て来る。当座、脱走の機会は失われたなと、他人事のように考えた。
「熱がある。かなりの高熱だ」
ドアを後ろ手に閉め、バタイユが言った。
「あの廃村からここへ運ぶだけでも、兄さんには大きな負担だったようだ。まだまだ無理は禁物だね」
昼間はなんともなさそうだったのに。心配でたまらない。
「大丈夫なの?」
「薬湯を飲ませたから、間もなく解熱するだろう」
「そうか。それはよかった」
心からそう思った。大したことがなくて、本当によかった。
「良くないよ」
バタイユはむくれた。
「僕はこれから薬草探しの旅に出るんだ。この時期にしか咲かない貴重な花があるんでね。館は今、深刻な人手不足だというのに」
人手不足か。ヴァーツァもそんなことを言っていたような気がする。
「執事のトラドさんがいるじゃないか」
「吸血鬼しかいない!」
バタイユがさらっと恐ろしいことを口走った。
「きゅ、吸血鬼だって?」
「そうだよ。トラドは吸血鬼だ」
そうすると、ゆうべのあれは、トラドは俺の血を吸おうとしていた?
吸血鬼の存在は、否定されているわけではない。しかし、近年、その生存、というか、存在は全く報告されていない。
こんな離れ小島でひっそり生きていたのかと思うと、感慨深いものがある。
俺を襲おうとしたのだけれど。
ネクロマンサーであるヴァーツァには、死者を操る能力がある。吸血鬼も死霊の亜種だから、トラドに対してもその支配力は発揮される。
ということは、ゆうべヴァーツァは、俺を救ってくれた?
バタイユはまだ、愚痴をこぼしている。
「元々この館には、大勢の使用人がいたんだ。だが今、かろうじて自分で動けるのは、吸血鬼一族だけだ。彼らは自分で養分を調達できるから」
何を言っているのかいまいち、理解できない。とにかく、人手不足なようだ。吸血鬼だけが動き回れるらしい。
「吸血鬼は血を吸うから、動き回れるんだね?」
恐る恐る尋ねる。なんだか凄い会話を交わしている。
「そうだよ」
「人間の血?」
答えを聞くのが怖い。
「この島には僕らの他に人はいない。トラドは動物や鳥の血で満足しているんだろう。時々は、本土へ渡っているようだが、くれぐれも仲間を増やし過ぎないように言ってある」
吸血鬼に血を吸われたら、その人も吸血鬼になる。
「良かったじゃないか、バタイユ。不死の友達が増えて」
言い負かされてばかりだったけど、一本取ったと思った。
むきになってバタイユが言い返してきた。
「吸血鬼は不死なんかじゃないぞ。やつらは案外、弱点が多い。知らないのか?」
十字架とか日光とか銀の弾丸とか?
その時、窓からばさばさと大きな音がした。
「あ、迎えが来ちゃった。フクロウは厳格なんだ。約束を破ったら、薬草の在処へつれていってもらえない。僕はもう、行かなきゃ。兄さんが無理をしないように、シグ、しっかり見張ってろよ」
「だから、なぜ俺が!」
せいいっぱいの抗議をする。
「君がガラスの蓋を開けからだろ。空気穴を塞いで、魔法を解除したからだ。全ては君のせいだ。君が……」
俺を見据え、にたりと笑った。
「君が兄さんにキスしようとしたからだ」
1
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
独占欲強い系の同居人
狼蝶
BL
ある美醜逆転の世界。
その世界での底辺男子=リョウは学校の帰り、道に倒れていた美形な男=翔人を家に運び介抱する。
同居生活を始めることになった二人には、お互い恋心を抱きながらも相手を独占したい気持ちがあった。彼らはそんな気持ちに駆られながら、それぞれの生活を送っていく。
失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。
真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる