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地下室の怪
しおりを挟むネクロマンサー。死霊術者。死んだ体を操り、意のままに動かす魔術師。
彼らは死体を使役する。
悪霊払いの俺とは対極をなす存在だ。
俺は、生者・死者問わず、他者に害をなす魂魄を調伏する。エクソシストは死霊も扱うから、ネクロマンサーとは扱う対象が一部被る。
が、使役と調伏は真逆だ。
ネクロマンサーとエクソシスト、俺たちは互いに相容れない存在だ。
それに加えて、ヴァーツァには弟がいる。アンデッドの弟だ。彼は度を超えたブラコンで、兄の為に治癒魔法を究めた。兄を死なせない為に。兄はアンデッドではないから、不死は不可能だと思うけど。
そして、王都の噂は間違いなく真実だと思う。ヴァーツァ・カルダンヌは、人さらいの殺人鬼だ。気に入ったやつをさらっていたぶり、飽きたら殺してしまうんだ。
現に彼は俺をおびき寄せた。ネズミにそっくりのフクロモモンガを使って。
犠牲になるのは女の子だけだと思ってたけど、油断していた! この兄弟は、ジェンダーフリーの最先端をいってやがる。
気絶から覚醒したのは夜だった。辺りは暗く、自分がどこにいるのかさえも定かではない。
とにかくここから離脱しなければ。
俺は布団の上に寝かされていた。エシェック村の礼拝堂に比べ、格段に豪華なベッドだ。
そっと起き上がり、ドアへ向かう。
鍵は掛けられていない。
良かった。
そっとドアを開け、廊下に出る。
窓は全て厚いカーテンで覆われ、辺りは漆黒の闇に包まれていた。
日常魔法の火を灯し、闇の中を進んでいった。この館の造りはよくわかっていない。ここは何階だろうか。階段、あるいは出口はどこだ?
ふと気がつくと、階段のてっぺんに立っていた。危ない所だった。もう少しで転げ落ちるところだった。
足元を照らしつつ、慎重に階段を下りていく。元居たところは2階だった。ところが、下までおりてぐるりと回った反対側に、ドアがついていた。
……地下室?
本能は止めておけといっていた。しかし、好奇心が開けてみろと主張している。
……開くわけない。
鍵がかかっているに違いないと思った。
それなのにドアは、あっさりと開いた。
……これはつまり、疚しいものは隠してないということだよな。
あるいは、身の毛もよだつほど、恐ろしいものは。
幸い俺には、魔法の灯りがある。
意を決し、ドアの敷居を跨いだ。
湿気た匂いがする。わずかに漂う、カビ臭さと、ちょっぴり甘い……腐臭? まさか。
小さな砂でじょりじょりする階段を下まで降りた俺は、いきなり何かに躓いた。
灯りを高く掲げ、絶句した。
見渡す限り、一面の……棺桶だったからだ。たくさんの柩が、びっしりと床を埋め尽くしている。
……こっ、これは!
カルダンヌ公の犠牲になった女性たちの柩か!?
というより、それしか考えられない。
甘い香りの正体がわかった。ラベンダーだ。ラベンダーには、殺菌や防虫効果がある。それと、ちょっとスパイシーなこの匂いは、ミルラ? ミイラ作りに使われた樹脂だ。
床にびっしりと並べられた棺桶は、ヴァーツァの柩のように(あれは養生用の装置だったらしいが)、ガラスでできているわけではない。古めかしい、木の柩だ。
開けてみる勇気は到底なかった。
声にもならない悲鳴をあげて、俺は下りて来たばかりの階段を駆け上った。
「シグモント・ボルティネ様」
すぐそばで声が聞こえ、俺は飛び上がった。
黒っぽい服に身を包んだ男がぼう、と佇んでいた。
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