柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

文字の大きさ
上 下
16 / 64

英雄の行方

しおりを挟む
 弟から療養を命じられ、ヴァーツァは不服だったようだ。

 「それにしてもバタイユ。一年は長すぎるだろ? おかげで、アンリの戴冠式を見損ねたじゃないか。これは大きな損失だぞ」
「長くないよ。蛮族にやられて、兄さんは瀕死の重傷だったんだよ?」
「仕方がない、アンリ殿下を守る為だったんだから。俺は彼の盾だ」

 陛下とヴァーツァが親友だというのは本当らしい。少なくともヴァーツァの方は、アンリ陛下に対し、真摯な友情を抱いている。

「そもそもなんで殿下に説明しなかったんだ? 俺が療養に入ったと」

 問い質されて憤慨したらしく、バタイユが喚く。
「だって、僕だって大変だったんだよ? 兄さんを安置した途端、柩はどっかへいっちゃうし」

 軍は引き上げを開始し、兄の柩は、当然王都に帰っているものと、バタイユは思ったそうだ。それで自分も大急ぎで帰京した。
 ところが王都では、兄の柩の在処を誰も知らない。

 その後、エシェック村は廃村になってしまった。まさかそこに兄の柩が取り残されていたとは、考えてもみなかったという。
 仮りにも兄は、未来の国王の親友で、彼を救った英雄なのだから。

「兄さんがどこにいるか、僕には全く分からなかった。凄く心配だった。それが昨日、兄さんの意識の波動が伝わってきて、ようやく、兄さんの居場所がわかったってわけさ」

 クルルルルル……。
 バタイユが話し終わった時、不思議な声がした。
 小さな影が部屋に入ってきた。顔に黒い筋が通っている毛むくじゃらの……。

「げ、ネズミ!」
「メルル!」
俺とヴァーツァが同時に叫んだ。

 あろうことか、ネズミは、二本足で仁王立ちした。つぶらに見えないこともない眼で、ぎろりと俺を睨み据える。

「ネズミではございませんです! フクロモモンガですます!」
「ネズミがしゃべった……」
「失礼な。わたくしめをなんだと思っているのですか。それに、何度も言わせないで下さいです。わたくしめはフクロモモンガ、ネズミなどではありませぬ」

「メルル、今までどこにいたんだ?」
ヴァーツァが尋ねる。優しい声だった。

「ずっとあなた様の柩についておりましたでございますです。メルルだけでございますよ? ヴァーツァ様のそばにおりましたのは」
「ありがとう、メルル。君の気配はいつも感じていたよ」

「エシェック村からここへはどうやってきたんだ?」
バタイユが問う。

「貴方様の魔方陣に同行させてもらいましたです、バタイユ様」
「ふうん」

 バタイユは、いかにも面白くないと言った風だ。
 ヴァーツァが俺に向き直った。メルルに向けていた優しい眼差しがそのまま残っている。どきんとした。

「驚いたか、シグ。メルルは俺の忠実な僕なんだ」
「ネズミがしもべ……」

 唖然とするしかない。
 メルルが激高した。

「だから、ネズミじゃなくてフクロモモンガですます! それに、貴方様はわたくしめに恩がございます」
「恩だって?」

 問い返すと、メルルは胸を張った。

「迷子のあなた様を、ヴァーツァ様の元までお連れ申したのは、わたくしめでございますですよ」
「迷子になんかなっていなかったよ」

 一応弁解してみたが、メルルはフンと鼻を鳴らしただけだった
 そういえば、ヴァーツァの柩が安置されていた礼拝堂へは、大きなネズミの後を追って行ったんだった。あのネズミの頭にも、黒い筋が通っていたっけ。

「なんで俺をカルダンヌ公の元へ?」
「あなた様がヴァーツァ様を探していたからでございます。それにわたくしめは、ヴァーツァ様から申し付かっておりました。ハンサムな若い男の子がいたら、とりあえず引っさらって確保しておくように、と」

 ……げ。
 もしかしてあの噂は本当なのか? カルダンヌ公が、きれいな女の子を何人もひっさらって、飽きるとすぐ……殺してしまうという噂は。

 俺は女の子ではない。だが、彼におびき寄せられたことだけは、どうやら間違いがないようだ。

 考えてみれば、柩に(ヴァーツァにではない!)キスしたのだって、どうみても不自然だ。俺は衝動的に誰かに(何かに!)キスするような人間ではない。あの時は、まるで誰かに操られたような気分だった。あれはもしかしたら、ヴァーツァの妖力かもしれない。

 「兄さん!」
怒りに燃えた叫び声がした。ヴァーツァが首を竦めた。

「それにメルル! お前、僕の命令はちっとも聞かなかったくせに、なんで、兄さんの命令は聞くんだ? それもふしだら極まりない言いつけを!」

「おいおい、ふしだらはひどいな。俺はただ、己の欲望に忠実であろうとしただけだ」
「そういうのをふしだらっていうの!」

「わたくしめはヴァーツァ様のしもべ、誇り高きフクロモモンガでございますです。マタタビごときで買収されません!」
敢然とメルルが言ってのけた時だった。

「メルル、このっ!」

 バタイユが小さな毛むくじゃらの身体をひっつかんだ。止める間もなく彼はそれを、壁めがけてたたきつけた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

俺の王子様

葵桜
BL
主人公が王道的異世界転生をしてから始まる… 出会いと恋と俺の王子様。 主人公が夢に向かって頑張っています。 が、下品です。地雷あるかもしれません。 勢いで書いた黒歴史ものなのでそのうち修正入れます。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

処理中です...