柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

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英雄の行方

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 弟から療養を命じられ、ヴァーツァは不服だったようだ。

 「それにしてもバタイユ。一年は長すぎるだろ? おかげで、アンリの戴冠式を見損ねたじゃないか。これは大きな損失だぞ」
「長くないよ。蛮族にやられて、兄さんは瀕死の重傷だったんだよ?」
「仕方がない、アンリ殿下を守る為だったんだから。俺は彼の盾だ」

 陛下とヴァーツァが親友だというのは本当らしい。少なくともヴァーツァの方は、アンリ陛下に対し、真摯な友情を抱いている。

「そもそもなんで殿下に説明しなかったんだ? 俺が療養に入ったと」

 問い質されて憤慨したらしく、バタイユが喚く。
「だって、僕だって大変だったんだよ? 兄さんを安置した途端、柩はどっかへいっちゃうし」

 軍は引き上げを開始し、兄の柩は、当然王都に帰っているものと、バタイユは思ったそうだ。それで自分も大急ぎで帰京した。
 ところが王都では、兄の柩の在処を誰も知らない。

 その後、エシェック村は廃村になってしまった。まさかそこに兄の柩が取り残されていたとは、考えてもみなかったという。
 仮りにも兄は、未来の国王の親友で、彼を救った英雄なのだから。

「兄さんがどこにいるか、僕には全く分からなかった。凄く心配だった。それが昨日、兄さんの意識の波動が伝わってきて、ようやく、兄さんの居場所がわかったってわけさ」

 クルルルルル……。
 バタイユが話し終わった時、不思議な声がした。
 小さな影が部屋に入ってきた。顔に黒い筋が通っている毛むくじゃらの……。

「げ、ネズミ!」
「メルル!」
俺とヴァーツァが同時に叫んだ。

 あろうことか、ネズミは、二本足で仁王立ちした。つぶらに見えないこともない眼で、ぎろりと俺を睨み据える。

「ネズミではございませんです! フクロモモンガですます!」
「ネズミがしゃべった……」
「失礼な。わたくしめをなんだと思っているのですか。それに、何度も言わせないで下さいです。わたくしめはフクロモモンガ、ネズミなどではありませぬ」

「メルル、今までどこにいたんだ?」
ヴァーツァが尋ねる。優しい声だった。

「ずっとあなた様の柩についておりましたでございますです。メルルだけでございますよ? ヴァーツァ様のそばにおりましたのは」
「ありがとう、メルル。君の気配はいつも感じていたよ」

「エシェック村からここへはどうやってきたんだ?」
バタイユが問う。

「貴方様の魔方陣に同行させてもらいましたです、バタイユ様」
「ふうん」

 バタイユは、いかにも面白くないと言った風だ。
 ヴァーツァが俺に向き直った。メルルに向けていた優しい眼差しがそのまま残っている。どきんとした。

「驚いたか、シグ。メルルは俺の忠実な僕なんだ」
「ネズミがしもべ……」

 唖然とするしかない。
 メルルが激高した。

「だから、ネズミじゃなくてフクロモモンガですます! それに、貴方様はわたくしめに恩がございます」
「恩だって?」

 問い返すと、メルルは胸を張った。

「迷子のあなた様を、ヴァーツァ様の元までお連れ申したのは、わたくしめでございますですよ」
「迷子になんかなっていなかったよ」

 一応弁解してみたが、メルルはフンと鼻を鳴らしただけだった
 そういえば、ヴァーツァの柩が安置されていた礼拝堂へは、大きなネズミの後を追って行ったんだった。あのネズミの頭にも、黒い筋が通っていたっけ。

「なんで俺をカルダンヌ公の元へ?」
「あなた様がヴァーツァ様を探していたからでございます。それにわたくしめは、ヴァーツァ様から申し付かっておりました。ハンサムな若い男の子がいたら、とりあえず引っさらって確保しておくように、と」

 ……げ。
 もしかしてあの噂は本当なのか? カルダンヌ公が、きれいな女の子を何人もひっさらって、飽きるとすぐ……殺してしまうという噂は。

 俺は女の子ではない。だが、彼におびき寄せられたことだけは、どうやら間違いがないようだ。

 考えてみれば、柩に(ヴァーツァにではない!)キスしたのだって、どうみても不自然だ。俺は衝動的に誰かに(何かに!)キスするような人間ではない。あの時は、まるで誰かに操られたような気分だった。あれはもしかしたら、ヴァーツァの妖力かもしれない。

 「兄さん!」
怒りに燃えた叫び声がした。ヴァーツァが首を竦めた。

「それにメルル! お前、僕の命令はちっとも聞かなかったくせに、なんで、兄さんの命令は聞くんだ? それもふしだら極まりない言いつけを!」

「おいおい、ふしだらはひどいな。俺はただ、己の欲望に忠実であろうとしただけだ」
「そういうのをふしだらっていうの!」

「わたくしめはヴァーツァ様のしもべ、誇り高きフクロモモンガでございますです。マタタビごときで買収されません!」
敢然とメルルが言ってのけた時だった。

「メルル、このっ!」

 バタイユが小さな毛むくじゃらの身体をひっつかんだ。止める間もなく彼はそれを、壁めがけてたたきつけた。






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