柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

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浄霊

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 「アイン イーヒィ アン アジン!」
銀の杭を振り上げた時だった。

「おっと。そんなこと、許しはしないよ」

 揶揄うような声が聞こえた。
 いつの間にか、俺とヴァーツァの間には、少年が立ちふさがっていた。

「兄さんも兄さんだ。こんなやつ、捻ってやればいいのに」

 ヴァーツァとよく似た顔立ちだが、ヴァーツァの黒髪に対し、この少年は金色だった。10歳前後だろうか。可愛い顔をして、とんでもないことを口走っている。

「一般人を捻り潰す趣味は俺にはないよ。それにこのは俺のことを好いてくれている。しもべは大切に扱わなくちゃな」

 可愛くてたまらないという風に、ヴァーツァは弟の髪をなでた。このってさ? つか、しもべ? 誰それ。まさか、俺?

「まぁーったく、兄さんは優しいんだから」
「俺がいちばん優しいのはお前に対してだ、バタイユ」

 蕩けそうなヴァーツァの目。俺を見る目と全然違う。ちょっと妬ける。いや、今の、なし! 怨霊に、蕩けそうな眼差しで見られたくなんかない!

 少年がむくれた。

「兄さんも兄さんだよ。意識を取り戻したのなら、なんで真っ先に僕を呼んでくれないの?」
「それはまあ、ちょっとやることがあったのだ」
「この人とヤろうとしてたね?」

 うわっ。可愛い顔してなんてことを……。

「バレてたか。全くもってバタイユ、お前には叶わないな」
 ははは、とヴァーツァが笑った。悪霊のくせに疚しそうだ。って、ヴァーツァのあれは本気だったのか?
「ダメじゃない、兄さん。まだ全快したわけじゃないんだよ。もう少し、あの棺の中で寝てなくちゃいけなかったのに。そんなにこの人が欲しかったの?」
「まあな」

 むちゃくちゃな会話だ。
 それに、棺の中で療養してた?
 俺を抱く為に、生き返った?

 じりじりと俺は後じさった。
 カルダンヌ公に弟がいたとは聞いていない。だとしたらこいつもあやかしの可能性が充分ある。
 よかろう。二人まとめて浄化してやる。

「アイン イーヒィ アン アジン」
念を込めて唱えた。

「うるさい」
「ダメだぞ、バタイユ。そんな口の利き方をしたら」
 少年がぎろりと睨み、ヴァーツァがたしなめる。浄化されそうになっているくせに行儀をあれこれ言うとは、大した度胸だ。

「だって僕、この呪文、嫌いなんだもん」
「確かにきれいな言葉だと言い難いな」
勝手なことをほざいている。

「アイン イーヒィ アン アジン、アイン イーヒィ アン アジン!」
 俺は必死で繰り返す。この二つの悪霊を祓わなければならない。

「ああ、うるさい。ねえ、兄さん。カルダンヌ家の別荘へ行こうよ。誰も知らない隠れ家で、ゆっくりと養生するがいいよ」
「それは魅力的な提案だねえ」

 くくく、と、ヴァーツァが笑う。
 うっとりと兄を見上げ、少年が微笑んだ。

「じゃ、行こうか。ここはあまりにも……人間臭い」

 二人の周りを、ゆっくりと閃光が飛び交った。光は輪の形になり、どんどん半径を縮めていく。
 ヴァーツァがこちらに目を向けた。
「彼も連れて行かなくちゃ」
「え?」
 唖然とした。

 甲高い声で少年が何か叫んだが、聞き取れなかった。耳がきーんと痛む。
 光の中心から軍服の腕が伸びてきて、俺は、あっという間に引きずり込まれた。






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