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史上最凶の極悪人

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 霊障とか、呪いとかいう言葉が出てきた時から、こうなることを予感していた。恐れていたと言っていい。

「だが俺は、浄霊からは足を洗ったんだよ?」

 とある事件を最後に、俺は職を捨てた。友を捨て(たつもりだが、なぜかジョアンだけは俺から離れて行かなかった)、家を捨て、下町に流れて来た。声や生活音筒抜けのこの陋屋で、隣人たちとケンカしながら、楽しく暮らしている。

 俺がそういうと、ジョアンは目をいからせた。

「何を言うか。お前ほどの能力の持ち主を、こんな長屋に埋もれさせておくわけにはいかない」
「長屋って言ったな。大家さんに失礼じゃないか」
「長屋だろ? それも超絶ビンボーなボロ長屋だ」
「まあ、そうだけど。でもさ。本人が前の仕事に戻りたくないって言ってるわけだから」
「ひとごとみたいな顔をするな!」

 叱りつけてから、ジョシュアは空になった俺のカップに茶を注ぎ足した。ふわっと立ち上る香気が鼻孔をくすぐる。

「なあ、シグ。あれから随分時間も経った。お前の心の傷も癒えただろう?」
「……」

 俺は答えなかった。ジョアンがため息をついた。

「実は、この件では謝礼が出ることになっている。手付けで成功報酬の半額が出る」
「ほお」
「しかも、失敗しても手付け金は返さなくていい」
「ふうん」

それこそひとごとだ。
「俺は金では動かないよ?」

 だからこんな貧乏暮らしをしているわけで。
 ジョアンは茶菓子をバリバリ食べた。油で揚げた餅菓子だ。安いので買いおいている。そしていつもジョアンに食べられてしまう。

「知ってる。金を貰うのはお前ではない。修道院だ」
「修道院だって!?」
「そうだ。俺たちを育ててくれた修道院だ」

 俺とジョアンは、みなしごだ。捨て子ともいう。俺たちは、国境の外れの修道院で育てられた。砂丘に聳え立つごつごつとした岩場、それをうまく利用して作られた修道院で。

 けれど、僧侶になることは強制されなかった。俺は12の年に外へ出て、軍に入った。1年先に入隊していたジョアンが呼んでくれたのだ。

 数年後、俺は軍を辞めて下町に流れ着いたが、ジョアンは、未だに軍にいる。

「あの修道院が廃止の危機にあるのを知ってるか?」

 なんとなく、噂には聞いていた。しかし、俺に何ができる? 俺はしがない代筆屋だ。

「浄霊の報酬は、修道院再建に宛てられる。修道僧たちには、岩を利用した寒くて不便な居室ではなく、快適なアパルトメントが提供される。修道院長ももう、いいお年だ。温かい住居で、安楽に暮らしてもらいたいじゃないか」
「それは……そうだけど」

 俺の今は、修道院長のおかげだ。かろうじて仕事を得て飢えずに済んでいるのも、彼が無理やり授けてくれた読み書き能力のおかげ。

「お前には、できることがいっぱいある。修道院を救うことは、そのひとつだ。もう一度、その能力を使ってみろ」
「……」
「人の為に使うのだ。恩のある修道院の為に。何をためらうことがある?」
「……」
「お前が浄霊すれば、都の人々も安心するだろう。ペシスゥスの人々がこの冬を乗り切ることができるよう、浄霊師エクソシストとしてのお前の能力が必要なんだよ!」

 熱心に口説く長年の友ジョアンに、とうとう俺は絆されてしまった。
 一度きりなら……そうしたらまた、ここへ戻って来て今まで通り穏やかに暮らせばいい。

 ためらい、いいかけた途中で何度か止めた後、とうとう俺は言った。
「……ヴァーツァ・カルダンヌというのはどういう男なの?」

「引き受けてくれるのか?」
ジョアンの目が輝いた。
「一度きりなら」
「うん、一度きりだ」
頼もしくジョアンが太鼓判を押す。俺はジョアンを信じることにした。

「なるほど、相手を知ることは重要だ。シグ、大方お前は、カルダンヌ公が善人だったらどうしようと迷っているんだろ?」

 その通りだ。
 やむにやまれぬ霊障だったら、取り除くべきではない。無念を思いっきり発散させてやらなければ、霊は永遠にあの世とこの世の狭間を彷徨うことになる。
 そうなったら、当人にとって地獄だ。

 にっこりとジョアンは微笑んだ。
「安心しろ。ヴァーツァ・カルダンヌは極悪人だった。生きているうちから悪魔だったといっていい」






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