6 / 43
五右衛門3世、参上
6 直系じゃないけどね
しおりを挟む
「まあた、如信尼様につきまとって」
本堂を出ると、おえんが腕を組んで、塀に寄りかかっていた。
「つきまとってなんかいねえよ」
俺はむっとした。
「如信尼様は、清らかな尼僧だ。彼女とどうこうなんて、仏が許しても、俺の良心が許さねえ……、」
「そもそも仏さまが許してないんだよ、このあほんだら!」
5歳の女児が言い返す。
「あたしに内緒で、ことを運ぼうだなんて」
おえんは機嫌が悪かった。
そうなのだ。
最初の計画では、俺と独歩だけで、金倉屋から米俵を頂戴するつもりだった。
疫病を理由に、金倉屋を家移りさせて……。
「司寿だなんて、いいかげんな医者を名乗ってさ。あんた、天寿庵先生の弟子でもなんでもないじゃないか」
「だから、天寿庵の方から来ましたって言ったろ?」
泥棒だが、俺は、嘘が嫌いである。
おえんは、鼻の穴を大きく膨らませた。
「ふん、馬鹿みたい。そもそもあんたに、長治親分の目を欺けるわけがないじゃない」
「いやいや、俺だって捨てたもんじゃなかったろ?」
そもそも、あの死体を、金倉屋の裏庭に放り込んだのは、俺だし。
その後、医者の司寿になりすまして、疫病だと騒ぎ立てたのも、この俺だし。
長治親分を説き伏せて、金倉屋の全員に家移りさせたのも、もちろん、俺だ。
そして、深夜、誰もいなくなった金倉屋に、独歩と一緒に、大八車を引いて行って、米俵を頂戴してきた……。
「すごかったろ? まさに八面六臂の活躍じゃないか」
「ばっかじゃないの?」
だが、幼女は辛辣だった。
「菰で包まれた死体に、刃物傷があることがバレたら、この計画は、台無しだったじゃないか!」
「……」
金倉屋に投げ込まれた男は、疫病で死んだのではない。
匕首で刺されて死んだのだ。
「あたしが、出ていかなかったら、あんた、今頃、しょっぴかれてるよ。長治親分をたばかった罪で」
「まあ、確かに? おえんが、熱がある、って言ってへらへら出てきたおかげで? 疫病ってのも、信憑性が出てきたわけだが……?」
「なにその、? だらけのセリフは!」
「いやいやいや。ご協力、感謝してますよ?」
「ふん」
おえんは肩をそびやかせた。
「あたしに内緒で、うまくいくわけがないじゃないか」
うるさいチビなので、おえんには内緒にしていた。が、いつの間にか、嗅ぎつけられてしまった。
つまり、すごい剣幕で問い詰められた独歩が、思わず白状してしまったのだが。
だがまあ、正直なところ、金倉屋で、こいつが、みんなの注意をそらしてくれたのは助かった。
おかげで、死体の主は疫病で死んだと、押し通すことができた。
「で、死体はちゃんと処理したんだろうね」
「ばっちし安全な所に隠したさ」
「どこに?」
「この寺の墓地」
「あんたねえ」
おえんの声が、一際ヒステリックになった。
「そんなことして、如信尼様に、もしもの疑いが掛かりでもしたら、どうするのさ!」
「大丈夫だ。ぬかりはねえ。無縁仏の墓に埋めたから。だいたい下手人はわかってるんだからさ。案ずることはねえ」
「あんた、まさか、お妙さんを番所へ突き出すつもりじゃないだろうね?」
5歳女児に詰め寄られ、俺はむっとした。
「俺を何だと思ってんだい! 天下の五右衛門3世だぞ!」
「直系じゃないけどね」
「うっ」
これを言われると、痛い。
俺は、1世の弟の子孫だ。
ちなみに、この事実を知っているのは、ここにいるおえんと、寺の庭で粥の窯の番をしている、独歩だけだ。この二人が俺の秘密を知ってしまった件については、またいつか、語る日も来るであろう。
俺が、かの有名な義賊・石川五右衛門3世であるという事実は、麗しの庵主、如信尼様も、ご存じない。
「お妙さんは、充分に苦しんできたんだ。今更、牢獄生活なんてさせたら、承知しないよ」
気の強いガキがのたまう。
「今だって、あの人、寝込んじまってさ……」
「え? お妙さん、病気なのか?」
「馬鹿だねこの人は。話の流れからわかりなさいよ! 心が辛くて、起き上がれないんだよ!」
「はあ」
そのような病があったのか。
俺は呆れ、驚き、感心しさえした。
やはり女人という者は、繊細にできているのだ。
「ここは俺も、もっともっと、女人とつきあって、理解を深めないといかんな」
「寺で何言ってんだよ!」
思いっきり、おえんに、蹴りを入れられた。
本堂を出ると、おえんが腕を組んで、塀に寄りかかっていた。
「つきまとってなんかいねえよ」
俺はむっとした。
「如信尼様は、清らかな尼僧だ。彼女とどうこうなんて、仏が許しても、俺の良心が許さねえ……、」
「そもそも仏さまが許してないんだよ、このあほんだら!」
5歳の女児が言い返す。
「あたしに内緒で、ことを運ぼうだなんて」
おえんは機嫌が悪かった。
そうなのだ。
最初の計画では、俺と独歩だけで、金倉屋から米俵を頂戴するつもりだった。
疫病を理由に、金倉屋を家移りさせて……。
「司寿だなんて、いいかげんな医者を名乗ってさ。あんた、天寿庵先生の弟子でもなんでもないじゃないか」
「だから、天寿庵の方から来ましたって言ったろ?」
泥棒だが、俺は、嘘が嫌いである。
おえんは、鼻の穴を大きく膨らませた。
「ふん、馬鹿みたい。そもそもあんたに、長治親分の目を欺けるわけがないじゃない」
「いやいや、俺だって捨てたもんじゃなかったろ?」
そもそも、あの死体を、金倉屋の裏庭に放り込んだのは、俺だし。
その後、医者の司寿になりすまして、疫病だと騒ぎ立てたのも、この俺だし。
長治親分を説き伏せて、金倉屋の全員に家移りさせたのも、もちろん、俺だ。
そして、深夜、誰もいなくなった金倉屋に、独歩と一緒に、大八車を引いて行って、米俵を頂戴してきた……。
「すごかったろ? まさに八面六臂の活躍じゃないか」
「ばっかじゃないの?」
だが、幼女は辛辣だった。
「菰で包まれた死体に、刃物傷があることがバレたら、この計画は、台無しだったじゃないか!」
「……」
金倉屋に投げ込まれた男は、疫病で死んだのではない。
匕首で刺されて死んだのだ。
「あたしが、出ていかなかったら、あんた、今頃、しょっぴかれてるよ。長治親分をたばかった罪で」
「まあ、確かに? おえんが、熱がある、って言ってへらへら出てきたおかげで? 疫病ってのも、信憑性が出てきたわけだが……?」
「なにその、? だらけのセリフは!」
「いやいやいや。ご協力、感謝してますよ?」
「ふん」
おえんは肩をそびやかせた。
「あたしに内緒で、うまくいくわけがないじゃないか」
うるさいチビなので、おえんには内緒にしていた。が、いつの間にか、嗅ぎつけられてしまった。
つまり、すごい剣幕で問い詰められた独歩が、思わず白状してしまったのだが。
だがまあ、正直なところ、金倉屋で、こいつが、みんなの注意をそらしてくれたのは助かった。
おかげで、死体の主は疫病で死んだと、押し通すことができた。
「で、死体はちゃんと処理したんだろうね」
「ばっちし安全な所に隠したさ」
「どこに?」
「この寺の墓地」
「あんたねえ」
おえんの声が、一際ヒステリックになった。
「そんなことして、如信尼様に、もしもの疑いが掛かりでもしたら、どうするのさ!」
「大丈夫だ。ぬかりはねえ。無縁仏の墓に埋めたから。だいたい下手人はわかってるんだからさ。案ずることはねえ」
「あんた、まさか、お妙さんを番所へ突き出すつもりじゃないだろうね?」
5歳女児に詰め寄られ、俺はむっとした。
「俺を何だと思ってんだい! 天下の五右衛門3世だぞ!」
「直系じゃないけどね」
「うっ」
これを言われると、痛い。
俺は、1世の弟の子孫だ。
ちなみに、この事実を知っているのは、ここにいるおえんと、寺の庭で粥の窯の番をしている、独歩だけだ。この二人が俺の秘密を知ってしまった件については、またいつか、語る日も来るであろう。
俺が、かの有名な義賊・石川五右衛門3世であるという事実は、麗しの庵主、如信尼様も、ご存じない。
「お妙さんは、充分に苦しんできたんだ。今更、牢獄生活なんてさせたら、承知しないよ」
気の強いガキがのたまう。
「今だって、あの人、寝込んじまってさ……」
「え? お妙さん、病気なのか?」
「馬鹿だねこの人は。話の流れからわかりなさいよ! 心が辛くて、起き上がれないんだよ!」
「はあ」
そのような病があったのか。
俺は呆れ、驚き、感心しさえした。
やはり女人という者は、繊細にできているのだ。
「ここは俺も、もっともっと、女人とつきあって、理解を深めないといかんな」
「寺で何言ってんだよ!」
思いっきり、おえんに、蹴りを入れられた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
紅花の煙
戸沢一平
歴史・時代
江戸期、紅花の商いで大儲けした、実在の紅花商人の豪快な逸話を元にした物語である。
出羽尾花沢で「島田屋」の看板を掲げて紅花商をしている鈴木七右衛門は、地元で紅花を仕入れて江戸や京で売り利益を得ていた。七右衛門には心を寄せる女がいた。吉原の遊女で、高尾太夫を襲名したたかである。
花を仕入れて江戸に来た七右衛門は、競を行ったが問屋は一人も来なかった。
七右衛門が吉原で遊ぶことを快く思わない問屋達が嫌がらせをして、示し合わせて行かなかったのだ。
事情を知った七右衛門は怒り、持って来た紅花を品川の海岸で燃やすと宣言する。
お江戸を指南所
朝山みどり
歴史・時代
千夏の家の門札には「お江戸を指南所」とおどけた字で書いてある。
千夏はお父様とお母様の三人家族だ。お母様のほうのお祖父様はおみやげを持ってよく遊びに来る。
そのお祖父様はお父様のことを得体の知れない表六玉と呼んでいて、お母様は失礼ね。人の旦那様のことをと言って笑っている。
そんな千夏の家の隣りに、「坊ちゃん」と呼ばれる青年が引っ越して来た。
お父様は最近、盗賊が出るからお隣りに人が来てよかったと喜こぶが、千夏は「坊ちゃん」はたいして頼りにならないと思っている。
そんなある日、友達のキヨちゃんが行儀見習いに行くことが決まり、二人は久しぶりに会った。
二人はお互いの成長を感じた。それは嬉しくてちょっと寂しいことだった。
そして千夏は「坊ちゃん」と親しくなるが、お隣りの幽霊騒ぎは盗賊の手がかりとなり、キヨちゃんが盗賊の手引きをする?まさか・・・
天明繚乱 ~次期将軍の座~
ご隠居
歴史・時代
時は天明、幼少のみぎりには定火消の役屋敷でガエンと共に暮らしたこともあるバサラな旗本、鷲巣(わしのす)益五郎(ますごろう)とそんな彼を取り巻く者たちの物語。それに11代将軍の座をめぐる争いあり、徳川家基の死の真相をめぐる争いあり、そんな物語です。
桑の実のみのる頃に
hiro75
歴史・時代
誰かにつけられている………………
後ろから足音が近づいてくる。
おすみは早歩きになり、急いで家へと飛び込んだ。
すぐに、戸が叩かれ………………
―― おすみの家にふいに現れた二人の男、商人を装っているが、本当の正体は……………
江戸時代末期、甲州街道沿いの小さな宿場町犬目で巻き起こる痛快時代小説!!
アルゴスの献身/友情の行方
せりもも
歴史・時代
ナポレオンの息子、ライヒシュタット公。ウィーンのハプスブルク宮廷に閉じ込められて生きた彼にも、友人達がいました。宰相メッテルニヒの監視下で、何をすることも許されず、何処へ行くことも叶わなかった、「鷲の子(レグロン)」。21歳で亡くなった彼が最期の日々を過ごしていた頃、友人たちは何をしていたかを史実に基づいて描きます。
友情と献身と、隠された恋心についての物語です。
「ライヒシュタット公とゾフィー大公妃」と同じ頃のお話、短編です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/268109487/427492085
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
R15は保険です
仏の顔
akira
歴史・時代
江戸時代
宿場町の廓で売れっ子芸者だったある女のお話
唄よし三味よし踊りよし、オマケに器量もよしと人気は当然だったが、ある旦那に身受けされ店を出る
幸せに暮らしていたが数年ももたず親ほど年の離れた亭主は他界、忽然と姿を消していたその女はある日ふらっと帰ってくる……
幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち
KASPIAN
歴史・時代
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。衆目駭然として敢えて正視する者なし、これ我が東行高杉君に非ずや」
明治四十二(一九〇九)年、伊藤博文はこの一文で始まる高杉晋作の碑文を、遂に完成させることに成功した。
晋作のかつての同志である井上馨や山県有朋、そして伊藤博文等が晋作の碑文の作成をすることを決意してから、まる二年の月日が流れていた。
碑文完成の報を聞きつけ、喜びのあまり伊藤の元に駆けつけた井上馨が碑文を全て読み終えると、長年の疑問であった晋作と伊藤の出会いについて尋ねて……
この小説は二十九歳の若さでこの世を去った高杉晋作の短くも濃い人生にスポットライトを当てつつも、久坂玄瑞や吉田松陰、桂小五郎、伊藤博文、吉田稔麿などの長州の志士達、さらには近藤勇や土方歳三といった幕府方の人物の活躍にもスポットをあてた群像劇です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる