勝利か死か Vaincre ou mourir

せりもも

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15 1795.上アルザスにて

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 数日後、ライン河を渡り、左岸にある司令部を、ドゼ将軍が訪れた。
「君にこれを渡しておく」
 彼は俺を見舞い、一枚の紙片を手渡した。

 不自由な手で俺はそれを受け取った。ドゼ将軍の勇敢さとはうらはらの、かわいらしい、丸い文字が踊っていた。



フランス共和国革命歴3年 フレクチュール30日(1795.9.16)
ブロツハイム司令部

 上記の軍隊の右翼を指揮する師団長として、私は、騎馬部隊第10連隊の中尉、市民ジャン・ラップが、先の2回の戦闘において、私の指揮下で同連隊に従軍したこと、すべての場面において、並外れた知性、存在感、勇気を示したことを証明する。

 また、革命歴2年プレリアル9日(1794.5.28)には、猟騎兵シャッスール中隊の先頭に立ち、自軍の5倍の数を誇る敵の騎馬兵フッサール隊を、献身的な不屈の精神で攻撃し、切り裂き、わが軍の一部の退却を援護し、勝利の栄誉を背負った。

 彼がその勇気の犠牲になったこと、また、腕が使えなくなるほどの危険な負傷をしたことを、過剰に残念に思ってはいけない。

 彼は国民の感謝に値する人物であり、現役で活躍できなくなった場合には、名誉あるポストに任命されるに値する。私は、市民ラップが、彼を知る全ての人の 友情と尊敬を受けていることを、ここに保証する。

  (署名)ドゼ 
」(*1)



「こんなもの……まるで、将軍がどこかへ行っちまうみたいじゃないですか」

 読み終わり、俺の声は震えた。不吉な予感がした。
 案の定、将軍は頷いた。

「ここを離れ、マンハイムで指揮を執るよう、命じられた。どうやら、負けが込んでいるらしい」

 その時、初めて、俺は悟った。
 勇敢で、無鉄砲な突撃を仕掛けるこの人は、しかしいつだって、死を覚悟して戦場に赴いていたのだ。
 この時、去り際の彼が残そうとしたものは、俺の未来を守る言葉だった……。
 兵士が得ることができる、最も喜ばしい証明書だ。俺の、永遠の栄誉だ。

 胸がいっぱいになった。なんとか、この人に報いたい。
 俺にできることは、ただひとつ。
 戦うことだけだ。

「大した怪我ではありません。ドゼ将軍、俺も行きます」

「馬鹿を言うな。何のために、面倒な書類仕事をしたと思ってるんだ?」
 白い歯を見せつつ、目顔で、俺の手元の紙片を示す。
「それに、お前がどう強情を張ろうと、その腕では戦えまい」

 その通りだった。腕を怪我していたら、剣を振れない。馬にも乗れない。銃も撃てない。

「待っててください、ドゼ将軍。こんな怪我、すぐに治して、お傍へ参ります」
「滅多にない機会だ。ゆっくり養生しろ。……いや。お前は怪我の多い男だったな、ラップ」
「将軍こそ」
 互いの古傷を見せ合い、俺達は笑い合った。


 ドゼ将軍のくるぶしには、射抜かれた弾痕があった。また、両頬に、ひどい銃創がある。弾が、頬を貫通したのだ。戦場で彼は、軍医の治療を拒んだ。口がきけなくなった彼は、身振り手振りで、指揮を執り続けたという。

 彼の傷は、どれも、白く光っていた。そして、落馬した際の挫傷の痕以外、背中に傷は、ひとつもなかった。





 幸い腕の傷は癒え、俺は戦場に復帰することができた。ドゼ将軍も、ライン河中流域での戦いを生き残り、俺を副官に任命してくれた。
 あの文書は、彼が俺に示してくれた友情の証として、大切に仕舞ってある。









* … * … * … * …* … * … * … * …* … 

*1
ラップの回想録 ”Memories of General Count Rapp” の、冒頭に載せられている、ドゼの書いた文章を翻訳した。ラップはこの文書を、「兵士が得た最も喜ばしい証明」であるとし、これについて言及するのは、偉大な人の友情を獲得することができ、その後の幸運の始まりともなったからだ、と述べている。
「その後の幸運」とは、恐らく、ナポレオンの知己を得たこと。
回想録の中で、ラップがドゼについて述べているのは、冒頭の数ページだけ。






 
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