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14 1795.上アルザスにて
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俺が、腕に大けがを負ったのは、その数日後のことだった。
この腕では、戦闘を続けられない。かえって、味方の足手まといになる。問答無用で、対岸のブロツハイムの司令部へ送られた。
ドゼ将軍が、捕まえた、エミグレの捕虜を解放している、と聞いたのは、そこについて、すぐのことだ。
腕の傷を縫合しながら、俺の気を紛らわせようとしたのか、軍医が話して聞かせたのだ。
「エミグレの捕虜を解放するに当たって、ドゼ将軍は、この人物は、政府にとって安全な人間である、という証明書を発行することもあるそうだ。こら、動くな!」
運悪く怪我をしたエミグレの、治療をしたこともあるのだと、軍医はつけ加えた。
この軍医は、「空飛ぶ救急車」を発案した医師、ドミニク・ラレの信奉者だった。「空飛ぶ救急車」とは、戦場における特別設計の担架のことだ。軍医ラレは、怪我人であれば、敵味方を区別せず、重傷者から治療をすべきと提唱していた。
「場合によっては、フランス国内の情報を話して聞かせることもあるという」
「う、痛っ」
「大丈夫だ。お前の腕は、まだついてる」
それは、何の慰めにもならなかった。襲い掛かる激痛に、俺は、顔を顰めた。
「情報といっても、フランス人なら、誰でも知ってることばかりだ。ロベスピエールが処刑されたとか、もうすぐ新しい政府ができるとか。オーストリア兵だって知ってるさ。知らないのは、山に潜んで、ゲリラ戦を繰り返している、エミグレだけだ。全く、元貴族が、なんてことだろう!」
エミグレであっても、愛国者であることに代わりはない。ただ、彼らの支持しているのが、王政である、というだけで。
「もしかしたら、下らないことなのかもしれませんね」
軍医による乱暴な縫合が終わり(きっと、ひどい跡が残るだろう)、包帯を巻いてもらいながら、俺はつぶやいた。
「下らない?」
「ええ。王党派とか、共和派とか。煎じ詰めれば、みな、同じフランス人だ」
エミグレへの銃撃を止めた志願兵が言っていたことを、俺は、思い出した。
「その、王党派とか共和派とかの違いのせいで、君はこんなひどい怪我をしたというわけだ」
豪快な声で、軍医は笑った。
この腕では、戦闘を続けられない。かえって、味方の足手まといになる。問答無用で、対岸のブロツハイムの司令部へ送られた。
ドゼ将軍が、捕まえた、エミグレの捕虜を解放している、と聞いたのは、そこについて、すぐのことだ。
腕の傷を縫合しながら、俺の気を紛らわせようとしたのか、軍医が話して聞かせたのだ。
「エミグレの捕虜を解放するに当たって、ドゼ将軍は、この人物は、政府にとって安全な人間である、という証明書を発行することもあるそうだ。こら、動くな!」
運悪く怪我をしたエミグレの、治療をしたこともあるのだと、軍医はつけ加えた。
この軍医は、「空飛ぶ救急車」を発案した医師、ドミニク・ラレの信奉者だった。「空飛ぶ救急車」とは、戦場における特別設計の担架のことだ。軍医ラレは、怪我人であれば、敵味方を区別せず、重傷者から治療をすべきと提唱していた。
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「う、痛っ」
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それは、何の慰めにもならなかった。襲い掛かる激痛に、俺は、顔を顰めた。
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