勝利か死か Vaincre ou mourir

せりもも

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13 1795.上アルザスにて

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 麓から、エミグレの一団が登ってくる。
 それなのに、ドゼ将軍は、突撃を掛けようとしない。少し離れた所にいた俺からは、彼が、項垂れているように見えた。

 馬を降り、俺は、銃を構えた。崖の上から、敵に狙いを定める。その銃口を、古参の兵士が掴んで下げた。

「ドゼ将軍の兄弟と親戚も、エミグレ軍に入っとるでよ」
 志願兵として入隊してきた兵士だ。もう3年も、ドゼ将軍の下にいる。

「ドゼ将軍の、兄弟と親戚が?」

 ライン河の水で沐浴し、鋏では容易に切れない黒い髪を、藁で束ねているドゼ将軍。刺繍の入った彼の蒼い外套は、ぼろぼろで袖も短く、つんつるてんだった。口の悪い奴らは、ドゼ将軍の外套は、彼が初めて聖体拝領をした時からずっと着続けているんだ、と噂している。
 だから、彼が貴族出身だなどとは、ともすれば忘れがちだった。

 そういえば、貴族出身者の将校の例に漏れず、恐怖政治時代、彼も、ジャコバンの派遣議員に逮捕されそうになったことがある。その理由は、「ドゼは、資産を持たないから」という衝撃的なものだった。貧乏だから、ピット(イギリスの首相)やコーブルク(公爵。オーストリア軍人)の誘惑に容易に乗って、国を裏切るだろうというわけだ。

 この時は、部下の兵士たちが楯となって、ジャコバンどもを、一歩も、将軍に近づけなかったという。

 革命が起きると、貴族の多くは王家に忠誠を誓い、国外へ亡命した。
 革命前、上級将校といえば、貴族だった。それで、志願兵や徴兵を指揮する者が不足して、軍は一時、大変な混乱に陥ったくらいだ。
 ドゼ将軍のように、国に残り、革命政府の為に戦う貴族の方が、少なかったのだ。


 兵士は頷いた。
「国に残ったドゼ将軍は、おふくろさんから、さんざん罵られたべよ。なして、兄ちゃんと弟と一緒に、国外さ行かなかった、この臆病者め、って」
「臆病……」

 それほど、ドゼ将軍にふさわしくない言葉はあるまい。

 そうか。
 彼の兄弟と親族は、エミグレ軍に入っているのか……。

 以前、ドゼ将軍は、山を迂回するかしないかで、サン=シル将軍(ライン軍におけるドゼの戦友「13 出航準備」参照)と揉めたことがある。
 サン=シル将軍は、山を突っ切ることを提案した。だが、ドゼ将軍は、反対した。

「山の気配を聞くことが大切だ」

 ドゼ将軍は、弁が立つ。反対にサン=シル将軍は、有能ではあったが、口下手だった。
 会議では、ドゼ将軍の案が採用され、軍は、山を迂回した。
 結果、平地でのオーストリア兵との戦いで、まだ訓練途上だったフランス軍兵士らの不手際が際立ち、戦いは苦戦を強いられた。

 当時、山には、エミグレの一群が潜んでいたのだと、後で知った。数も、武器も、平地のオーストリア軍より、エミグレ軍の方が劣っている。俺達は、山を突っ切るべきだったのだ。
 ドゼ将軍は、潔く自分の非を認め、将校会議で、サン=シル将軍に謝罪した。


「エミグレとの戦いは、煎じ詰めれば、同じフランス人同士の戦いだ。避けれるもんなら、おらだって、避けたいべよ」
志願兵は嘯いた。


 俺だって、もちろん、ドゼ将軍を責める気はない。というか、この件に関し、ドゼ将軍を責めた者は、一人もいなかった。

 同じフランス人を傷つけ、血を流させたい者など、革命軍の中には、いないのだ。ヴァンデに派遣された兵士らの苦悩を見るがいい。内乱を鎮圧するとは、即ち、同じフランス人を殺すことに他ならないのだから。
 ましてやその中に、自分の親族が混じっていたら……。


「全軍、後退!」
ドゼ将軍の命令が、上アルザスの、静かな森に響いた。

 少数のエミグレ軍を前に、戦わずして、革命軍は、撤退を始めた。





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