完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?

せりもも

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9 ベールゼブフォ

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こんな感じで、時は穏やかに流れていった。やがて、みそぎも終わりに近づき、最後の判定の日が訪れた。

最後の判定というのは、潔斎が正しく行われ、公女が、神の花嫁にふさわしい純潔を保っていたかどうかを、判断することだ。これは、尼僧長が、レメニー河の岸辺につっぷして、土に耳を押しつけ、神の声を聞くことによって得られる。

昔、禊を行っていた令嬢のもとに、見張りの尼僧たちに隠れて、こっそりと都の貴公子が通ってきたことがあった。純潔であるべき令嬢は、あろうことか、潔斎中に、身重になっていた。
神はお怒りになり、その後、長いこと、モランシーは、旱魃が続いた。
恐ろしいことだ。

だが、私の場合は、何の問題もないと思われた。だって、私の元に通ってくるようなもの好きはいないし、私は、妊娠もしてない。




「大変! 神のお告げが出ました!」
川辺へ行っていた尼僧長が、慌てふためいて戻ってきた。

「あらあ、尼僧長さま。そんなに走ったら、心臓が心配ですわ」

驚いて私は言った。普段謹厳な尼僧長が、質素なスカートのすそをたくし上げ、駆け込んできたのだ。湿地の中を走ってきたらしく、頭巾にまで泥はねが上がっている。

「落ち着いている場合ではございません、ひい様。神はおっしゃったのです。この頓宮に、」
尼僧長は、大きく息を吸った。

「この頓宮に?」

「男がいるというのです!」

「男!」
若い尼僧の何人かが、叫んで失神した。

「いるわけないわ!」
彼女たちを順番に支え、横に寝かせてから、私は断言した。
「ここには、私と尼僧たちの他、誰もおりませんもの!」

「確かに」
尼僧長は頷いた。熱に浮かされたようなその目が、水槽のカエルに止まった。尼僧たちが部屋にいたので、水槽に入ってもらっていたのだ。

「ひい様。そのカエルの名前は、確か?」
「ジュリアンです」

「ジュリアン!」
尼僧は叫んだ。
「オスですね!」

「ええ、まあ。どちらかというと」
もとが王子だからね。

「男のカエルだわ! ああ、なんてことでしょう。私たちが保護したのは、ベールゼブフォ(悪魔ガエル)だったなんて!」

「落ち着いて、尼僧長様。ジュリアンは、悪魔ではないわ」
「いいえ、ひい様。潔斎中の令嬢には、人間の男はおろか、たとえ犬といえど、オスは近づいてはならないのです」
「カエルは、犬より小さいじゃないの。哺乳類でもないし」

「そういう問題ではございません!」
尼僧は叫んだ。
「ああ。せっかくの潔斎にも関わらず、ひい様。神は、あなたを受け容れることはできぬと申されています」


「僕のせい?」
その時、水槽の中から、声がした。
「僕のせいで、コルデリアは、修道院へ行けないの?」

「ええ、全くその通りでございますよ、ジュリアン様」

「コルデリア。君は、修道院へ入りたいんだね?」
「もちろん。私には、人生の休暇が必要よ」

「君がそれを希望するなら……。尼僧長様。今、僕がいなくなったら、彼女は、修道院へ入ることができますか?」

尼僧長は、怯えているようだった。
「ひい様は、未だ、純潔であられますか?」

「それは間違いありません」
私とジュリアンは声を合わせて叫んだ。

「それなら、多分。わかりませんけど」

途方に暮れつつ、尼僧長がためらっている。彼女を力づけるべく、私は加勢した。

「神様には、何か、誤解があったに違いないわ。だって、カエルよ? 頓宮には、虫もいっぱいいるじゃない。ゲジゲジなんて、厨で繁殖していたわ。ということは、オスもいたのよ! ゲジゲジが許されて、カエルがダメなんて、そんな筈ないわ!」

ジュリアンは複雑な顔をしたが、私は続けた。

二重基準ダブルスタンダードは、よろしくなくてよ!」

「わかりました。私から神に、お怒りを解いてくださるよう、お願いしてみます……」
自信は無さそうだったが、ともかく神にとりなしてみると、尼僧長は請け合ってくれた。


「お別れだ、コルデリア」
水槽の壁に貼り付き、ジュリアンが言った。この格好では、彼の腹しか見えない。ガラスにべとっと張り付いた腹は、純白だった。
「君に会えて、お詫びも言えた。僕は幸せだ。もう思い残すことはない」
真っ白なお腹を見せたまま、ジュリアンが言う。彼の心臓ハートがびくびくしているのがわかる。
「僕は、河へ帰るよ。そこで、カエルとして、一生を終えるんだ」

「待ってよ」
私は慌てた。
「ちっ、父が、あなたに会いたがっているのよ。私も、城に戻らないといけないし」

修道院へ持っていく蔵書を、まとめる為に。ジュリアンは連れていけないから、城での彼のお世話は、異母妹たちに丸投げしよう。どうせ暇だからいいのよ。

「だから、あなたも一緒に来るといいわ。モランシーの城に」

「君に迷惑をかけるわけにはいかないよ」
水槽の壁から、ぴょんと飛び降り、ジュリアンは言った。瞼を限界まで開けて、黒い目が全開になっている。か、かわいい……。

「迷惑だなんて思ってないから」
気がついたら、私はそう答えていた。
水槽の底のカエルは、つやつやしていて、まるで宝石のようだ。身近に置いて、もっともっと観察したかった。

ジュリアンは、とても私に懐いているし、食事をするのも上手になった。今では、立派な手乗りカエルだ。今は水槽に入っているけど、尼僧たちがいない時は、私の膝の上で暮らしている。

正直、人間の時のジュリアンはあんまり好きじゃなかった。でも、カエルのジュリアンは、大好きだ。いつまでも一緒にいたい。お別れなんて、悲しすぎる。

「修道院へは、連れていけませんよ」
尼僧長が、私の迷いを断ち切った。
「カエルといえど、立派な男。頓宮(仮宮)までならまだしも、修道院へ同行するなんて、そんな恐ろしいこと……。この上、神の怒りを招くわけにはまいりません。国が滅びます」

私とジュリアンは、顔を見合わせた。ジュリアンの瞳がクリっと動き、半空きの口から、舌がのぞけている。
もう、食べちゃいたいくらい、かわいい。

どうしたらいいだろう。どうしたら、私は、ジュリアンと一緒にいれるだろう。






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