上 下
5 / 13

5 憧れの修道院

しおりを挟む
異母姉デズデモーナから、至急便が届いた。さっそく開封し、父は、安堵の笑みを漏らした。
「ロタリンギア軍が、攻めてくることはなさそうだ。デズデモーナのお陰だ。さすが、長女だ!」
「それで、異母姉おねえ様は、なんて?」
「王位後継者は、ジュリアン殿下でなくても構わないそうだ。何しろ、今の陛下には、腐るほどお子がいらっしゃるから。それも、男の子ばかり。羨ましいことだ」
「それは、よろしゅうございましたわ」

詰めていた息を、私は吐き出した。私が魔法を言い間違えたせいで、モランシーが戦争に負けるようなことがあったら(辺境弱小領邦ですもの、負けるに決まってる)、申し訳なさすぎる。

手紙の続きを、父は素早く読み下した。
「ロタリンギアは、長男即位が鉄則。そこでデズデモーナは、ジュリアン殿下に、カエルの変化魔法を解く方法を教えたそうだ」
「えっ! そんなものがあったんですか!?」
「うぬ。わしも知らんかったがな」

デズデモーナの母は、父の従姉妹だった。恐らく、母方の血筋から、異母姉デズデモーナは、解毒魔法を伝えられたのだろう。それにしても、カエルになった姿を元通りに戻す魔法なんて、ずいぶん、ニッチな魔法だ。

「いったいどうやって、人の姿に戻るんですの?」
「想い人の寝所に忍び込むのだそうだ。枕を交わせば、殿下の姿は、元通りの麗しい王子の姿に戻る」
「随分、下品な魔法ですね」
つまり、エッチするわけだ。エリザベーヌと。別にいいけど。カエルだし。

「で、ジュリアンは、元の姿に戻れたんですの?」
「いくら解毒の為とは言え、王族が、そうやすやすと、臣下の娘の寝所に忍び込めるものか。折を見て、と、デズデモーナからの手紙には書かれている」

そして、言わなくてもいいのに、父は、余計な一言を付け加えた。
「本来なら、ジュリアン殿下が忍び込むのは、お前の寝所だったのだぞ、コルデリア」
「ご遠慮しときます」

くどいようだが、今のジュリアンは、ガエルだ。エリザベーヌが羨ましいとは、私には、少しも思えなかった。まあ、カエルになる前から、彼女が羨ましいなどとは、1ミリも思ったことはなかったけど。

深いため息を、父はついた。
「デズデモーナのおかげで、全ては元通りだ。お前の婚約が破棄されたこと以外は」
「それは、私のせいではありませんわ」

勝手に婚約を破棄したのは、ジュリアンの方だ

「そういうわけにはいかない。ジュリアン殿下をカエルの姿にしてしまうなんて、嫉妬にもほどがある」
「お父様。嫉妬ではございませんことよ」

「嫉妬にしておくのだ!」
父が喚いた。
「モランシーの公女が呪文を言い間違えたなんて、言えるものか!」

モランシーの権威は、公爵一族の魔力にかかっている。ロタリンギア王国が、父子に亙ってモランシーから妃を娶ろうとしたのも、私たちが魔法を使えるからだ。

父の愚痴が止まらない。

「やっと、デズデモーナが再婚して領邦から出ていったと言うのに、なんてことだ。彼女の双子のフェーリアは行き遅れるし、だからこそ、コルデリア、お前には、幼児の頃からジュリアン殿下を予約……じゃなくて、殿下と婚約を結んでやったのだぞ。それなのに、あっさり破棄されおって、この、親不孝者が! お前の下には、まだ、3人も妹がいるんだぞ。、あの子らも、片付けなくちゃならんのだ。」

父の最初の妃は、双子の女の子、デズデモーナとフェーリアを産んだ。私の母は、2番目の妃だったが、私を産むと、亡くなった。父はすぐに3人目の妃を迎えた。だから妹3人は、私にとって、異母妹となる。

「お父様。私のことは、気になさらないで」
少しでも父の苦悩を和らげようと、私は言った。


ジュリアンについていえば、私は、彼のことは、好きでも嫌いでもなかった。ただ、幼いころに婚約させられたのだから、仕方ないと、観念していただけだ。だって、ロタリンギアの王族に迎え入れられれば、その務めとして、いや、ロタリンギアだけではないが、いやしくも王妃たるもの、ざっと1ダースほど、子を産まなければならないのだから。
お産は痛いし、危険だ。お産で死ぬことだってある。
現に、ジュリアンの実母を含む3人の妃は、お産で亡くなっている。ロタリンギア王国の多産は、彼女らの犠牲の上に成り立っている。今の王の、4人目の妃は私の異母姉デズデモーナだが、彼女が、子どもを産みすぎて死なないことを祈るばかりだ。


「わたくし、修道院へ参りますわ」

離婚されたり、婚約を破棄されたら、貴族令嬢は、修道院へ入ると、相場が決まっている。デズデモーナも、ロンバット王から離婚された時、一時的に修道院へ入っていた。すぐに、ロタリンギアの3人目の王妃が亡くなり、4人目の妃として、あの国へ迎えられたのだけれども。

「一度修道院に入ったら、そうそうは出られないのだぞ。デズデモーナは例外だ。あの娘は、優秀だったからな」
「わかっておりますわ」
精一杯、悲壮な顔を作って、私は答えた。


学園での生活は、引き籠り体質の私には、正直、きつかった。自由時間には、部屋で本を読んでいたいのに、しょっちゅう、お散歩やお茶会に誘われる。その都度、おしゃれしてお出かけしなければならない。もちろん、一度着たドレスで出かけるなんて、もってのほかだ。
他国の令嬢たちは、それはもう、おきれいで、衣装や装身具にもお金を掛けていた。一方、私の方は、仕送りの殆どが、書籍代に消えた。

別に、他の令嬢達の悪口を言っているわけではない。価値観の相違にすぎない。幾つかのグループに分かれていた彼女たちは、なんとか私を、自分たちのグループの仲間に入れてくれようと誘ってくれたし。いついかなる時も、読みたい本が山積みだったので、正直、迷惑だったけど。
こんなに地味で目立たない学園生活を送っていたのに、私は、ロタリンギアの第一王子の婚約者だった。他の令嬢たちからは随分羨ましがられたけど、卒業してすぐ、子作り子育て人生が始まるなんて、考えるだけでもぞっとしたものだ。

だが、ジュリアンの浮気のお陰で、めでたく婚約が破棄された。ジュリアンと、彼が運んでくるめんどうを肩代わりしてくれたエリザベーヌには、感謝しかない。
修道院の生活は、穏やかで規則正しいと聞く。きっと、本を読む時間もたくさんあるだろう。まさに理想的ではないか。


何も知らない父は言った。
「うぬ。デズデモーナも、お前には、懲らしめが必要だと書いてきた。嫉妬に狂ったお前は、修道院へ幽閉されるのだ」

「構いませんわ」

「この筋書きなら、ロタリンギアの王も、モランシー公国わが国を許してくれるだろう。なんにしても、早急に、かの国と、防衛協定を結ばねばならぬ。ああ、デズデモーナは嫁いでしまったし、妹たちはまだ幼い。お前はキズモノになって戻って来るし。わしにはもう、撃つタマがないのだよ」

タマはおかしいのではないかと私は思った。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

婚約者の王子に殺された~時を巻き戻した双子の兄妹は死亡ルートを回避したい!~

椿蛍
恋愛
大国バルレリアの王位継承争いに巻き込まれ、私とお兄様は殺された―― 私を殺したのは婚約者の王子。 死んだと思っていたけれど。 『自分の命をあげますから、どうか二人を生き返らせてください』 誰かが願った声を私は暗闇の中で聞いた。 時間が巻き戻り、私とお兄様は前回の人生の記憶を持ったまま子供の頃からやり直すことに。 今度は死んでたまるものですか! 絶対に生き延びようと誓う私たち。 双子の兄妹。 兄ヴィルフレードと妹の私レティツィア。 運命を変えるべく選んだ私たちは前回とは違う自分になることを決めた。 お兄様が選んだ方法は女装!? それって、私達『兄妹』じゃなくて『姉妹』になるってことですか? 完璧なお兄様の女装だけど、運命は変わるの? それに成長したら、バレてしまう。 どんなに美人でも、中身は男なんだから!! でも、私達はなにがなんでも死亡ルートだけは回避したい! ※1日2回更新 ※他サイトでも連載しています。

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

気がついたら乙女ゲームの悪役令嬢でした、急いで逃げだしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 もっと早く記憶を取り戻させてくれてもいいじゃない!

婚約破棄されたのたが、兄上がチートでツラい。

藤宮
恋愛
「ローズ。貴様のティルナシア・カーターに対する数々の嫌がらせは既に明白。そのようなことをするものを国母と迎え入れるわけにはいかぬ。よってここにアロー皇国皇子イヴァン・カイ・アローとローザリア公爵家ローズ・ロレーヌ・ローザリアの婚約を破棄する。そして、私、アロー皇国第二皇子イヴァン・カイ・アローは真に王妃に相応しき、このカーター男爵家令嬢、ティルナシア・カーターとの婚約を宣言する」 婚約破棄モノ実験中。名前は使い回しで← うっかり2年ほど放置していた事実に、今驚愕。

虐げられた少女は復讐する

あおくん
恋愛
不慮の事故で両親を亡くしたエミリーは、叔父を名乗る男に引き取られることになった。 そこでは叔父だけでなく叔母、その息子からも暴力を振るわれ、辛い日々を送ることになる。 虐げられる毎日から、遂に逃げ出すことに成功したエミリーは、ある一人の男性に拾われる。 愛されるエミリーはそこで幸せを見つけるが、…エミリーを連れ戻そうと現れた叔父家族にエミリーは復讐する。 完結済みです。全5頁。最後の頁はただの設定です。 ふわっと設定なので細かい部分は見逃してください。 ※残酷な描写があるので、R15にしています。苦手な方はご注意ください。※

乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった

恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。 そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。 ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。 夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。  四話構成です。 ※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです! お気に入り登録していただけると嬉しいです。 暇つぶしにでもなれば……! 思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。 一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。

【完結】乙女ゲームのヒロインに転生したけどゲームが始まらないんですけど

七地潮
恋愛
薄ら思い出したのだけど、どうやら乙女ゲームのヒロインに転生した様だ。 あるあるなピンクの髪、男爵家の庶子、光魔法に目覚めて、学園生活へ。 そこで出会う攻略対象にチヤホヤされたい!と思うのに、ゲームが始まってくれないんですけど? 毎回視点が変わります。 一話の長さもそれぞれです。 なろうにも掲載していて、最終話だけ別バージョンとなります。 最終話以外は全く同じ話です。

処理中です...