156 / 172
Ⅳ 祖国へ
拷問 2
しおりを挟む
※「荒野にて」で、トールと一緒にいた派遣議員カミロの視点に変わります
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
執務室へ向かう途中、派遣議員のカミロは立ち止まった。
気になる。
どうしても気になる。
あの捕虜、蜂起軍の首魁を騙った男の名は、確か……。
取調室へ向かった。
部屋は空っぽだった。事務官が書類の整理をしているだけだ。
「あの男はどうした。さっき捕まえた……」
「ああ、つい今しがた、トール将軍が拷問室に連行していきました」
事務官は答えた。
「素早いことだ。よっぽど……」
カミロは苦笑した。
蜂起軍を待ち伏せるばかりで、このところ、戦闘はない。トールは血にはやっている。ちょうどいい玩具を見つけたと思っているのだろう。
「彼の名前を確認したいのだが」
「書類一式は、トール将軍が一緒に持っていかれました。私は今交代したばかりで」
事務官は言葉を濁す。おそらく、引継ぎが十分にできていないのだろう。
カミロは肩を竦めた。
「仕方ないな。直接本人に確かめよう」
拷問室の中は静まり返っていた。
……遅かったか?
急いでカミロは扉を開けた。
鞭を握ったまま、トールが棒のように突っ立っていた。その眼は、自分の前に倒れた捕虜の体に注がれている。
「おい」
カミロが声を上げると、夢から覚めた人のような顔で、トールが振り返った。
青白い顔に、血走った眼が見開かれている。
あまりの面変わりにカミロは驚いた。
「何の用だ」
トールが問う。激情を抑えているような、低くざらついた声だ。
「殺したのか?」
思わずカミロは問うた。
「いや」
「意識は?」
「ある」
カミロは捕虜を見下ろした。
気の毒な男は、半分裸身をさらし、冷たい床の上に倒れ伏している。
床も男も、水でぐっしょりと湿っていた。
異様な光景だった。
残忍な打ち傷をあちこちに負い、内出血を滲ませながら、それでもなおかつ、濡れたその白い体から、カミロは目を離せない。
匂い立つほどの色と、そして……。
鞭を握ったトールが、じっとこちらを見ている。地獄の業火で焼き尽くそうとでもいうような、恐ろしい目だ。
カミロは頭を振り、妄念を打ち払った。床に倒れ伏している捕虜に向かって問うた。
「お前の名前は、何と言ったか?」
「く……そ、くら……え」
帰ってきた返事は途切れ途切れで、その上掠れていた。けれど、まごうことなき侮蔑を孕んでいる。傲然と顔を擡げ、硬い光を放つ目で睨み返してきた。
これだけ体にダメージを受けながら、未だ反骨の心が健在なことに、カミロは感心した。それから、空恐ろしくなった。
けれど、それが彼の限界だったようだ。ぐったりと濡れた床に首を落としてしまった。
「エドガルド・フェリシンだ」
割れ鐘のような声で返したのは、トールだった。カミロなど、見向きもしない。仁王立ちのまま、燃えるような目を捕虜に向けたままだった。
「エドガルド・フェリシン。聞き覚えがある」
カミロは、胸の隠しから紙片を取り出した。もう何度も取り出しては眺めていたので、紙は、くしゃくしゃになっていた。
「ああ、やっぱり。おい、トール。そいつには、召喚命令が出ている。エドガルド・フェリシンという亡命貴族には」
「召喚命令だと?」
「これを見ろ」
よれよれの紙を、カミロはトールに押し付けた。
「生死は問わないが、可能なら生きてシテ塔まで輸送のこと、とある」
「なら、ここで殺してしまっても構わないだろ?」
トールが不敵な笑みを浮かべる。
カミロが首を横に振った。
「死体を運んで何になる。生きて連れて行った方が、俺らの評価も上がる。そいつは殺さない方がいい」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
執務室へ向かう途中、派遣議員のカミロは立ち止まった。
気になる。
どうしても気になる。
あの捕虜、蜂起軍の首魁を騙った男の名は、確か……。
取調室へ向かった。
部屋は空っぽだった。事務官が書類の整理をしているだけだ。
「あの男はどうした。さっき捕まえた……」
「ああ、つい今しがた、トール将軍が拷問室に連行していきました」
事務官は答えた。
「素早いことだ。よっぽど……」
カミロは苦笑した。
蜂起軍を待ち伏せるばかりで、このところ、戦闘はない。トールは血にはやっている。ちょうどいい玩具を見つけたと思っているのだろう。
「彼の名前を確認したいのだが」
「書類一式は、トール将軍が一緒に持っていかれました。私は今交代したばかりで」
事務官は言葉を濁す。おそらく、引継ぎが十分にできていないのだろう。
カミロは肩を竦めた。
「仕方ないな。直接本人に確かめよう」
拷問室の中は静まり返っていた。
……遅かったか?
急いでカミロは扉を開けた。
鞭を握ったまま、トールが棒のように突っ立っていた。その眼は、自分の前に倒れた捕虜の体に注がれている。
「おい」
カミロが声を上げると、夢から覚めた人のような顔で、トールが振り返った。
青白い顔に、血走った眼が見開かれている。
あまりの面変わりにカミロは驚いた。
「何の用だ」
トールが問う。激情を抑えているような、低くざらついた声だ。
「殺したのか?」
思わずカミロは問うた。
「いや」
「意識は?」
「ある」
カミロは捕虜を見下ろした。
気の毒な男は、半分裸身をさらし、冷たい床の上に倒れ伏している。
床も男も、水でぐっしょりと湿っていた。
異様な光景だった。
残忍な打ち傷をあちこちに負い、内出血を滲ませながら、それでもなおかつ、濡れたその白い体から、カミロは目を離せない。
匂い立つほどの色と、そして……。
鞭を握ったトールが、じっとこちらを見ている。地獄の業火で焼き尽くそうとでもいうような、恐ろしい目だ。
カミロは頭を振り、妄念を打ち払った。床に倒れ伏している捕虜に向かって問うた。
「お前の名前は、何と言ったか?」
「く……そ、くら……え」
帰ってきた返事は途切れ途切れで、その上掠れていた。けれど、まごうことなき侮蔑を孕んでいる。傲然と顔を擡げ、硬い光を放つ目で睨み返してきた。
これだけ体にダメージを受けながら、未だ反骨の心が健在なことに、カミロは感心した。それから、空恐ろしくなった。
けれど、それが彼の限界だったようだ。ぐったりと濡れた床に首を落としてしまった。
「エドガルド・フェリシンだ」
割れ鐘のような声で返したのは、トールだった。カミロなど、見向きもしない。仁王立ちのまま、燃えるような目を捕虜に向けたままだった。
「エドガルド・フェリシン。聞き覚えがある」
カミロは、胸の隠しから紙片を取り出した。もう何度も取り出しては眺めていたので、紙は、くしゃくしゃになっていた。
「ああ、やっぱり。おい、トール。そいつには、召喚命令が出ている。エドガルド・フェリシンという亡命貴族には」
「召喚命令だと?」
「これを見ろ」
よれよれの紙を、カミロはトールに押し付けた。
「生死は問わないが、可能なら生きてシテ塔まで輸送のこと、とある」
「なら、ここで殺してしまっても構わないだろ?」
トールが不敵な笑みを浮かべる。
カミロが首を横に振った。
「死体を運んで何になる。生きて連れて行った方が、俺らの評価も上がる。そいつは殺さない方がいい」
10
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる