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Ⅳ 祖国へ

拷問 2

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※「荒野にて」で、トールと一緒にいた派遣議員カミロの視点に変わります

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 執務室へ向かう途中、派遣議員のカミロは立ち止まった。

 気になる。
 どうしても気になる。

 あの捕虜、蜂起軍の首魁を騙った男の名は、確か……。


 取調室へ向かった。
 部屋は空っぽだった。事務官が書類の整理をしているだけだ。

「あの男はどうした。さっき捕まえた……」

「ああ、つい今しがた、トール将軍が拷問室に連行していきました」
 事務官は答えた。

「素早いことだ。よっぽど……」
カミロは苦笑した。

 蜂起軍を待ち伏せるばかりで、このところ、戦闘はない。トールは血にはやっている。ちょうどいい玩具を見つけたと思っているのだろう。

「彼の名前を確認したいのだが」

「書類一式は、トール将軍が一緒に持っていかれました。私は今交代したばかりで」
 事務官は言葉を濁す。おそらく、引継ぎが十分にできていないのだろう。

 カミロは肩を竦めた。
「仕方ないな。直接本人に確かめよう」



 拷問室の中は静まり返っていた。

 ……遅かったか?
 急いでカミロは扉を開けた。

 鞭を握ったまま、トールが棒のように突っ立っていた。その眼は、自分の前に倒れた捕虜の体に注がれている。

「おい」

 カミロが声を上げると、夢から覚めた人のような顔で、トールが振り返った。
 青白い顔に、血走った眼が見開かれている。

 あまりの面変わりにカミロは驚いた。

「何の用だ」
トールが問う。激情を抑えているような、低くざらついた声だ。

「殺したのか?」
思わずカミロは問うた。

「いや」
「意識は?」
「ある」

 カミロは捕虜を見下ろした。
 気の毒な男は、半分裸身をさらし、冷たい床の上に倒れ伏している。
 床も男も、水でぐっしょりと湿っていた。

 異様な光景だった。

 残忍な打ち傷をあちこちに負い、内出血を滲ませながら、それでもなおかつ、濡れたその白い体から、カミロは目を離せない。
 匂い立つほどの色と、そして……。

 鞭を握ったトールが、じっとこちらを見ている。地獄の業火で焼き尽くそうとでもいうような、恐ろしい目だ。

 カミロは頭を振り、妄念を打ち払った。床に倒れ伏している捕虜に向かって問うた。
「お前の名前は、何と言ったか?」

「く……そ、くら……え」

 帰ってきた返事は途切れ途切れで、その上掠れていた。けれど、まごうことなき侮蔑を孕んでいる。傲然と顔を擡げ、硬い光を放つ目で睨み返してきた。

 これだけ体にダメージを受けながら、未だ反骨の心が健在なことに、カミロは感心した。それから、空恐ろしくなった。

 けれど、それが彼の限界だったようだ。ぐったりと濡れた床に首を落としてしまった。

「エドガルド・フェリシンだ」

 割れ鐘のような声で返したのは、トールだった。カミロなど、見向きもしない。仁王立ちのまま、燃えるような目を捕虜に向けたままだった。

「エドガルド・フェリシン。聞き覚えがある」

 カミロは、胸の隠しから紙片を取り出した。もう何度も取り出しては眺めていたので、紙は、くしゃくしゃになっていた。

「ああ、やっぱり。おい、トール。そいつには、召喚命令が出ている。エドガルド・フェリシンという亡命貴族には」

「召喚命令だと?」
「これを見ろ」

よれよれの紙を、カミロはトールに押し付けた。

「生死は問わないが、可能なら生きてシテ塔まで輸送のこと、とある」
「なら、ここで殺してしまっても構わないだろ?」

 トールが不敵な笑みを浮かべる。
 カミロが首を横に振った。

「死体を運んで何になる。生きて連れて行った方が、俺らの評価も上がる。そいつは殺さない方がいい」






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