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Ⅳ 祖国へ

拷問 1

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※残酷な描写が含まれています
※革命政府軍・蜂起軍鎮圧隊側からの描写になっています

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 蜂起軍鎮圧部隊のトールは、師団長クラスの将軍だった。

 彼の昇進は、ここ、西海岸に来てからのものだ。

 西海岸の王党派蜂起軍を、彼の旅団は、徹底的に弾圧した。蜂起軍の大半は、同じユートパクス人だ。にもかかわらず彼は、ためらうことをしなかった。大勢の同国人を殺した。

 その功績が認められ、トールは師団長に昇格された。

 同僚の将校の中には、同じ国の民を殺すことをためらい、罪悪感を抱くものも大勢いた。
 蜂起軍鎮圧は、政府の命令だ。それゆえ、生ぬるい攻撃や温情は、命令違反とみなされた。

 捕虜の処刑の延期、または取り止め。
 潰走する敵軍を、最後まで追い詰めない。
 これらの行為に対し、軍に潜り込んでいる派遣議員たちは、目を光らせていた。そして少しでもそうした言動を見つけると、中央政府へ報告した。

 こうして、蜂起軍に対し手加減した将校たちは派遣議員により密告され、次々と処刑されていった。

 ……敵を殺すべきところを、自分が処刑されるのは間違っている。
 トールはそうした考えの持ち主だ。

 だから、捕まえた敵……エドガルド・フェリシンとか言った……を殺すことに、何のためらいもなかった。
 尋問中に死んでしまったとしても、それは単に運が悪かったというだけだ。

 既に政府軍トールの軍は、蜂起軍を完全に包囲している。補給路は断たれ、敵は、武器はおろか、食料、水さえ手に入らない状態だ。後は、弱って出てきたところを、一網打尽に討ち取ればいい。

 したがって、敵の首領、フランの居場所など、それほど重要ではない。

 ただ彼は、この男を拷問したかった。

 顔を泥で塗りたくった、汚らしい男だ。けれどその眼の光には、抗いがたい何かがあった。是が非でも屈服させ、この手でへし折りたい何かだ。

 鞭でいたぶり、あるいは、そうだ、を用いてもいい。木で作った馬の背中に仰向けに貼り付け、垂らした手足を固定して、口から漏斗で水を注ぐ……。あの古典的な拷問を試してみるのも、楽しいかもしれない。



 予備的な尋問が行われた。
 エドガルドというこの捕虜は、傲岸だった。敵の情報について、何一つ、漏らそうとしない。

 この時には、フードは外していた。フランは豪勢な金髪だが、この男の髪は、もっとずっと青みがかっていた。目の色も、かなり白っぽい。

 どうやら、ユートパクス人ではないようだ。

 敵の首魁、フランと似ていたのは、本当に体型だけだったのだと、トールは気づいた。それなのに、単身、政府軍に乗り込んでくるとは。
 豪胆で無鉄砲な男だと思った。

 ますます、いたぶりたくなった。



 繰り出される質問に、男は、まともに答えようとしなかった。蜂起軍の駐屯地や、フランの居場所については、知らないで押し通す。

 埒が明かない。
 というか、すぐに飽きた。

 トールは彼を、駐屯地の真ん中にある拷問部屋に連行した。

「どうだ? 何かしゃべる気になったか?」
 冷たい床に座らせ、トールは尋ねた。手には長い鞭を握っている。

「何も話すことはない」
 この期に及んでも、男は首を横に振った。

「なら、仕方がないな。話したい気分にさせてやる」

 鞭を持って近づいてくるトールを見ても、男は、平然としていた。
 鋼のような瞳は凪いでおり、恐怖はおろか、何の表情も読み取れなかった。

 静かなその顔を見ているうちに、無性に腹が立ってきた。
 なぜこいつは怯えないのか。
 政府をバックに控えた軍の拷問が、恐ろしくないのか。

 座ったまま背を向けさせ、高く振り上げた鞭を、思いきり打ち下ろした。

 男は、悲鳴ひとつあげなかった。ただ、座らされていた上半身が、前にのめっただけだ。思ったよりずっと華奢な背に、もう一度、鞭を振り下ろす。

 悲鳴も嘆願もなかった。苦痛の声さえ漏らさない。

 再びトールは、鞭を振り上げた。が、打ち下ろす前に気がついた。
 捕虜は気絶していた。
 たった数発、鞭打っただけなのに。情けない男だ。
 こんな奴に、ルイ・フランの偽物を騙る資格はない。

 意識のない体を足蹴にかけ、仰向けにした。
 びくとも動かなかった。死んだようにのびている。

 意識のないままではつまらない。兵士に水を持ってこさせた。手桶にいっぱいのそれを、男の上半身にぶっかける。

「……あ!」
 小さな叫びがトールの口から洩れた。

 顔の泥が流れ、下から現れた肌は、驚くほどきめが細かく白かった。顔に塗られていた泥がなくなると、整った目鼻立ちをしているのがわかった。

 王族の顔というものを、トールは見たことがなかったが、この捕虜の顔は、王族と言ってもおかしくないほど、高貴であるように思えた。

 一瞬、行方不明のブルコンデ17世かと目を凝らしたほどだったが、さすがにそこまで子どもではない。
 若い男だ。大人になり切れぬ瑞々しさを宿している。

「トール将軍」
 兵士が言って、指さした。

 水でぬれたシャツが透けている。

 男は、体にきつく、布を巻いていた。フランと体形を似せる為だろう。フラン自身も細身の男だが、この男は、さらに華奢な体格のようだ。

 トールは舌打ちをした。
「剥ぎ取れ。このままじゃ、鞭の効果が半減だ」

 布は、何重にも体に巻き付けられていた。水をかけられぐっしょりと濡れていた。
 呆れたことに、水をかけられてもまだ、男は目を開けようとしなかった。
 ぐったりと倒れ伏したままの体に巻き付けられた布は、兵士一人では、なかなか取り外せない。

「くそ、手間取らせやがって」

 水にぬれた体を兵士に持ち上げさせ、トールも手を貸して、濡れた布を剥ぎ取っていく。

 やがて、肌が現れた。
 思いがけない白さだった。ある程度は鍛えているのだろう。なめらかな腹部は、ほどよく筋肉で覆われている。胸板はやや薄く、肩幅もそれほど広くはない。

 水をかけられ、服を脱がされ、さすがに寒かったのか。
 眉間に皺が寄り、ふるふると瞼が震えた。ゆっくりと見開かれた目は、プラチナ色のまっすぐな光を放っていた。

 なよやかな肢体と、豪胆な眼の光と。
 なんという落差だろう。

 ……見たい。
 トールは思った。
 この男のもだえ苦しむさまを。
 痛みに震え、許しを乞うありさまを。

 「気がついたか」
 嘲るようにトールは声をかけた。その声が、危うく震えそうになった。
 興奮していた。

「どうだ。話す気になったか?」
「俺は言った。『何も知らない』」

 かっと頭に血が上った。
 湿った空気を切って、鞭がしなる。

 背中に激痛が走った筈なのに、男は呻きもしなかった。

「……くそっ」

 続けざまにトールは鞭を振り下ろした。
 本能的に丸くなり、身をよじるほっそりとした体に、容赦のない制裁を加える。

 滑らかな肌に赤い血が、禍々しい花のように飛び散った。そのうちの一滴が、トールのブーツに付着したのが見えた。

 とんでもなく貴重で神聖なものを手に入れた気がした。

 窓からの光だけでは、十分な明るさは得られない。ほの暗い中、白い体がのけぞり、それから、芋虫のように丸まる。

 息をのむような蠱惑的な情景だった。

 鞭を振るう手を止めた。じっと見下ろすトールの口から、短い、間欠的な喘ぎが漏れた。
 彼は、勃起していた。






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