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Ⅳ 祖国へ

野望の表明

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※オーディン・マークス視点です

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 上ザイード遠征前、オーディン・マークスは、ユートパクスの西側にあるクルス半島北部を征服した。
 豊かなこの地方は、元は、東の帝国、ウィスタリアの支配下にあった。

 そのクルス半島が再び、ユートパクスから奪われようとしている。

 南では、怒れる民衆の蜂起が起こり、ユートパクス軍を北へ押し戻した。蜂起軍に武器を供与したのは、アンゲルだ。(*)

 そして、半島北部では、ウィスタリア帝国が奪還を開始した。オーディンが陥落させた要塞を次々と奪い返している。

 クルスは、オーディンの故郷である。この半島の西寄りのユートパクス領で、オーディンは生まれた。

 クルスの一部は、ユートパクスの属州だ。したがって、今のままでは、オーディンはクルス人だ。クルス半島全域をユートパクスの領土とし、正式に国土としない限り、彼は、ユートパクス人ではない。

 もちろん、首席大臣となり、強大な権力を握った彼に対し、を口にする者はいないのだが。

 クルスを手に入れることが、是非とも、オーディンには必要だった。



 「半島との境の山脈を超えて、進軍を開始する」

 諸将を集め、オーディンは宣言した。
 戦争大臣が眉を顰める。

「国境の山脈は、先史時代に隆起した高山が連なっています。軍の山越えは困難です」
「二年前、それを成し遂げたのは誰かね?」
「貴方です、オーディン・マークス閣下。けれど今回は、時期が悪い。山頂には、雪が大量に残っています」
「不可能だとでも?」

オーディンの眉間に、不快そうな皺が寄った。

「いえ、そのような……」
 戦争大臣は、慌てて首を横に振る。

 オーディンが立ち上がった。

「敵もまさか、雪山を超えて我々が現れるとは思っていまい。機動力で意表を突くのだ。それが、俺の戦法だ」

「だが、兵が疲弊するのでは?」
「それに、険しい雪道を大砲を運ぶのは困難極まる。馬も怯えるだろう」
 次々と反論が出てくる。

 この将軍たちは、前回のオーディンのクルス攻略に参加していない。したがって、オーディンの齎した勝利の美酒に酔い痴れたこともない。
 クルスで勝利の味を知った兵士たちは、ザイードに置き去りにしてきた。

 部下を犠牲にして成り上がってきた自分に対し、確かに存在する反対勢力を、オーディンは、突き刺すように肌に感じた。
 このままにしてはおけない。

「諸君」
 集まった諸将の顔を、オーディンは見渡した。
「この戦いが終わったら、結果にふさわしい処遇を、諸君に与える」

「ふさわしい処遇?」

 顔と名前しか知らない師団長が、眉を吊り上げる。ずっと、オーディンとは違う場所で戦ってきた将軍だ。
 傲然と、オーディンは顎を上げた。

「特に勇敢な者には、元帥杖を与えよう」
「元帥杖ですと? しかし、あれは、国王にしか、与えることができない栄誉だ。それも、代々に亘って、この国を統べる国王にしか」

 オーディンは頷いた。

「そうだ。今、この国ユートパクスは諸外国から包囲され、崩壊の危機にある。滅亡の瀬戸際にある混乱期に、高貴な血筋が何だというのか。王家の伝統がこの国を守ってくれると? よく聞け。国を救う者こそが、王なのだ。ブルコンデ一族は、長きに亘って既得権を独占していたにすぎない。ユートパクスが今、必要としているものは、強い力を以って民を導く、新しいリーダーなのだ」

 一瞬の静寂の後、オーディンは続けた。

「俺は、既成の権力を打ち破って、首席大臣の座に就いた。俺についてこい。必ず、諸君を勝利に導く」

 息をのむ声がした。

「それは、貴方がこの国の王になるということか?」
 低い声が尋ねた。年老いた将校だった。

「王?」
オーディンは嘲った。
「ユートパクスの王に意味などない。必要なのは、ウアロジア大陸に広がる帝国の皇帝だ」

 驚愕が、集まった人々の上に広がっていった。
 抜け目なく、オーディンは付け加えた。

「ただしそれは、民が俺を選んだなら、の話だ」

「ユートパクスは共和制ではなくなると?」
 別の将校が尋ねる。

 噛みつくようにオーディンは言い返した。
「革命政府が何をしてくれた? 軍への補給さえ滞っていたではないか」

 集まった人々は考え込んでしまった。
 特に軍人たちは、食料や医薬の不足により、死んでいった戦友たちに思いを馳せた。

 オーディンは時計を確かめた。
「以上だ。進軍の前に、諸君に粗餐を供したい。後ほど大広間で会おう」

 高級な酒と、豪華なご馳走。それらは、泥の中を這うようにして戦ってきた軍人たちが、今まであずかったこともないような饗応であるはずだ。
 シテ首都には、革命前の贅沢を知る料理人やソムリエがたくさんいる。まずは諸将の度肝を抜くことが肝心だと、オーディンは思った。




 皆が移動すると、宰相がすり寄ってきた。

「見事な演説でした。次に必要なのは、皇妃殿下ですな。戴冠式では、皇帝の隣に皇妃が並ぶものです」
「皇妃だと?」
「はい。閣下は、ウアロジアの皇帝となられるのです。皇帝には跡取りが必要です。妃を娶られねばなりません」

 早くも皇妃を娶れと進めてきた宰相に、オーディンは不快を感じた。
 ……女など。

「お前に任せる」
「は?」
「適当な妃を見繕っておけ」

 ……見繕っておけって、大根じゃないんだから。
 あっけにとられて立ちつくす宰相を後に、オーディンは、広間の外へ出て行った。



 着替えのために、控えの間に入った時だった。

 一度部屋に入った彼は、誰かに呼ばれた気がして、再び廊下に出た。長い廊下を、今来た方に向かって少しだけ、歩いてみる。

 開けたばかりのドアを、恭しく侍従が閉めた。

 その時だった。
 部屋の中から爆音が聞こえた。少し遅れて、廊下に面したドアが、その前にいた侍従ごと吹っ飛んだ。







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*蜂起軍に武器を供与したのは、アンゲルだ
 つまり、ラルフの上官・アップトック提督のアンゲル艦隊です(「アップトック提督の称賛」参照下さい)






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