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Ⅳ 祖国へ

ロロの密航 2

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 「さてと、君だ」
俺は密航者ロロに向き直った。

「密航は重罪だということはわかっているよな? 君のせいで、危うくコックは、首を刎ねられるところだったんだぞ?」

「コックさんには、申し訳ないことをしました。でも、僕はどうしても、兄のところへ行きたい……他に方法がなかったんです! リール代将は行ってはいけないと止めるし」

「当たり前だ。今、ユートパクスがどういう状態か知っているだろう? アンゲルへ亡命していた君が帰国しようなんて、死にに帰るようなものだ」

 ユートパクスでは、亡命貴族に対し、厳しい制裁措置を取っている。王党派蜂起軍のリーダーの弟とあらば、なおさらだ。

 「フェリシン大佐だって、帰るじゃないですか!」

 この期に及んで言い返して来る。なかなか、見どころがあると思った。

「俺はいいんだよ。二つも人生を生きたしな。王へ忠誠を尽くす他、やり残したことはない」

 そう言い切るには、少し、寂しい気がした。絶対に認めない、認めはしないけど、何かとてつもなく大きな欠落を身内に抱えている気がする。
 シャルワーヌ・ユベールという名の、巨大な欠落……。

「僕だって、ブルコンデ十七世陛下に、心からの忠誠を誓っています!」
「十七世陛下は亡くなられたよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない」

 十七世、処刑された十六世の王子は幽閉されているうちに亡くなったという情報が、つい最近流れたばかりだ。亡命王朝は、十七世の叔父、殺された十六世陛下の弟君の即位を公言した。
 自分と年齢の誓い王子の死に、ロロは大きなショックを受けたようだ。

「今、ユートパクスで繰り広げられているのは、ゲリラ戦の内乱だ。同じ国の民同士が殺し合っている。君は兄上に会いたいと言ったが、そのような修羅場を、彼は君に見せたくなかったのだ」

 一度、俺は言葉を途切らせた。
 再度、ダメ押しをする。

「いずれにしろ君の年齢では、味方の足手纏いになるばかりだ。だから、君の兄上は、君をリール代将に預けた」

「足手纏いになんてならない! 誓って! 僕は体が小さく、どこへでも潜り込める。敵だって油断するだろう。僕にできることだってあるはずだ!」

「だが、君は、兄上の弱点アキレス腱だ。それも、最も脆弱な。敵が狙うとすれば、まず君だろう。君の兄上は、君を愛していらっしゃる。だから君を、ラルフに預けた」

 がくんと、ロロの頭が前へ落ちた。

 さらに俺は言葉を重ねた。
「兄上の気持ちを理解してやれ」


 「こいつ、どうします?」
ロロを拘束していた船員が、後ろから小突いた。

「乱暴してはいけない」

 強く諫めると、船員は肩を竦めた。船長が割って入る。

「フェリシン大佐、あんたを上陸させたら、俺達は、エイクレへ帰るよう言われている。もしその子が足手纏いなら、一緒に連れて帰ってもいい」
 そこで彼は、にやりと笑った。
「あんたがいなくなって、シャルキュ太守はお冠だからな。その子じゃ役者不足だが、少しは足しになるかもしれん」

 ぞっとした。こんな年端もいかない少年を、屠殺屋と名高いシャルキュの愛玩に供する? 冗談じゃない!

「それはダメだ。なんとかリオン号かオシリス号のいるところへ連れて行ってもらえないだろうか」
「無理だね」
「そこをなんとか。シャルキュ太守には、今度会った時に、俺から言っておくから」
「それまでに俺らの首が飛ぶ。文字通りな」

 にべもない拒絶に途方に暮れた。
 再びロロが、強い瞳を上げた。

「お願いです、フェリシン大佐。僕も連れて行ってください。僕だって戦える。僕も兄さんの役に立ちたいんだ!」

 そこでロロは限界を迎えたようだ。大きく見開いた目から、涙が滝のように溢れ始めた。




 結局、ロロは俺が預かることになった。行く先は、野戦状態の西海岸だ。戦場に子どもを、それも蜂起軍のリーダーの弟だ。危険だからと兄が案じ、ラルフが預かった……そんな少年を連れて行くなんて、先が案じられた。

 しかし、このままタルキアに返してしまったら、彼は屠殺屋といわれるシャルキュ太守の言いなりにされてしまうだろう。兄への面目が立たないという点では、同じことだ。

 どうせなら、本人の要望を優先することにした。彼の、兄への強い愛情と役に立ちたいという決意に絆された面もある。

 俺には兄弟はいない。母は生まれてすぐに亡くなり、幼児だった俺を手放してすぐ、父も死んだ。
 家族の絆というものに、敬意と憧れを抱いている。

「ここまで来てしまったのだ。仕方がない。君は連れていく」

 俺が告げると、ロロは文字通り飛び上がって喜んだ。
「ありがとうございます、フェリシン大佐! この御恩は一生、忘れません!」

「俺への恩など、今すぐ忘れろ。いいか、ロロ。兄さんへの助太刀とか、仲間との連帯とか、いろいろあるだろう。だが君が行くのは、戦場だ。しかも、内戦の修羅場だ。そこでは、同じユートパクス人同士が殺しあっている。君が第一に考えなければならないことは、わが身が危なくなったら、すぐに逃げろ、ということだ」

 俺が諭すと、ロロは目を丸くした。

「すぐに逃げろ? できません! 俺は、仲間と一緒に、最後まで戦う!」
「それじゃだめだ。タルキアへ送り返す」
「だって、ジョシュアたちと約束した! 立派な戦士となるって!」

 やっぱりジョシュアか。
 すでにわかりきっていたことだが、再び俺は、頭を抱えざるをえなかった。

「ジョシュアとアレックスとした約束は忘れろ。さもなければラルフに連絡して、あいつらもリオン号から下すぞ」
「えっ! それは困ります、フェリシン大佐」

 友人たちに迷惑が及ぶのを見てはいられない、というわけだ。
 少しだけ、俺は語調をやわらげた。

「君は戦うというが、9歳の子どもに、何人の大人が殺せるというのだ? 確かに君は、標準より体が大きい。しかし、子どもであることに変わりはない。しかも敵は、兵士達だ。蜂起軍と違って、プロの兵士も含まれている」

 オーディンの軍も、民間からの徴兵によって成り立っている。しかし、雑多な住民たちの寄り集まりである蜂起軍と違い、訓練を受け、武器の扱いを教えられた兵士たちによる、組織された軍隊だ。むろん、彼らを率いる将校達はプロだ。

「君の使命は、むしろ、後日にある」
「後日? ですって!?」
「そうだ。戦場で君は、最後までしぶとく生き残らなければならない。そして、苦しみに耐え、それが何年先であろうと、再起を図るのだ。それが、君の使命だ。わかるか?」

 懇々と諭すと、ついにロロは頷いた。
 よかった。
 とりあえず、この子に、無茶をさせたくない。子どもを戦闘に駆り出すなんて、間違いだ。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ジョシュア他の悪童たちは、

Ⅱ章「敵機襲来!」
及び、
Ⅱ章とⅢ章の間のSS「嫌われる理由」

で、悪さをしております。






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