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Ⅳ 祖国へ

療養の勧め 1

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※エドガルド視点に戻ります
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 リオン号から、オハラという医者が派遣されてきた。何やら酒臭く、顔も赤かったが、これは日に焼けたせいだと、強引に自分を納得させた。
 だって、他に医者はいない。

 オハラは、それでもきびきびと診察し、治療を始めた。

 撃たれたのが体の右側でよかったのだと、彼は言った。左だったら心臓が撃ち抜かれていたかもしれないと聞き、俺は震えあがった。

 シャルワーヌが死んでしまう……。
 いやだ。
 絶対に。

 何のために俺は、ジウに転移したというのだ? もちろん、王の復権の為だ。わかってる、そんなこと。

 しかしこの時の俺は、王のことなど、みじんも考えなかった。もう少しでシャルワーヌを失ったかもしれないという恐怖で、頭がいっぱいだった。

 我ながら矛盾していると思う。

 とはいえ、彼は幸運だった。弾はすでに抜けており、手術をする必要はない。縫合は済ませたから、後は、傷口を清潔に保ち、療養することだと、医師は言った。 

 オハラ医師が船へ帰る間際の短い会話から、ラルフが、祖国アンゲルから帰っているとわかった。医師の派遣は、ラルフが命じ、手配したということだ。

 やっぱり俺は、最後に、どうしてもラルフに頼ってしまう。
 ダメだとわかっていても、彼の好意に縋りついてしまう。

 でもこの場合、他に選択肢はなかった。
 シャルワーヌを死なせるわけにはいかなかったのだから。




 数日後、再び診察に訪れたオハラ医師は、意外なことを勧めてきた。
 シャルワーヌのアンゲルでの療養を打診したのだ。
 打診というより、すでに決定事項のようだった。
 明朝、船が迎えに来るという。




 夜を徹し、俺とサリは議論を続けた。過酷な移動とオハラ医師の施術で疲れ果てたシャルワーヌは、気を失うように眠ってしまっている。

 時折、俺かサリが席を立ち、寝息を窺いに行く。医師の処方した薬が効いたのか、寝息は穏やかなものに変わっていた。

 「ダメだ。将軍をアンゲルへなんかやれない」
 サリの鼻息は荒い。

 「アンゲルは、長年のユートパクスの敵だ。亡命した君だって、知っているだろう? そんなところへ、共和国の将軍を送り込んだらどういうことになるか! 捕虜にされるのは目に見えている!」

 俺の意見は、シャルワーヌの副官とは少し違う。

「だが、ここにいてどれだけの治療が期待できるというのだ? リオン号だって、そういつまでもイスケンデルに停泊しているわけではない。出航したら、医師も一緒にいなくなってしまうんだぞ」

「構うものか。あの医者はヤブ医者だ」

 そこは、俺としても、彼に同意したい気分だった。だが、現地の医者よりはましだということに、俺とサリの意見は一致した。少なくとも、呪術や瀉血で治療したわけではない。

「言ったろ。大宰相の軍はまだ、武装を解いていない。ここだって、いつ何時、戦禍に巻き込まれるかわかったものじゃない」

 俺が言うと、サリは肩を竦めた。

「そこを何とかしてくれたんじゃないのか、アンゲルの代将さんがよ」

「ラルフは精一杯のことをしたはずだ。タルキア皇帝の合意も取った。だが、現場の人間には、軍人としての考えがある。ソンブル大陸は、俺達ウアロジアの人間とは、常識が違うのだ」

「……」

 サリにも思い当たる節があったようだ。
 さらに俺は、推し進めた。

「捕虜と君は言ったが、タルキア軍の捕虜になるより、アンゲル軍の捕虜になる方が、ずっと安全だと思わないか? すくなくともアンゲルはウアロジアの文明国だ。捕虜に対し、そこまで残酷なことはしない」

 拷問したり。性器を切り取ったり。同盟国の手前、目を覆うようなひどいことはしないだろう。

「そうだな。シャルワーヌ将軍は有名人だしな」

 サリが同意し、大きく俺は頷いた。

「『品位ある侵略者』『公正な配分者』。シャルワーヌの、上ザイードでの人道的な統治は、ウアロジアの国々でも、新聞プレスで伝えられ、高く評価されている」

「そんな将軍を、無残な拷問に晒したりはしないと、君は考えているのだな」

「ああ。牢獄でも、丁寧に扱ってもらえると思うよ」

 シャルワーヌほど有名人ではなかったが、シテ塔に幽閉されていたラルフは、看守を味方に引き込み、結構優雅な暮らしをしていた。時には町へ食事に行ったり、定期的に風呂にも入っていたらしい。
 潔癖なシャルワーヌは、特別扱いを望まないかもしれないが、大切な囚人として扱われることは間違いない。

「アンゲル側だって、大切な捕虜に死なれたら困る。運動や食事にも気を使うだろうし、もちろん医療だって、ちゃんと受けさせてもらえるはずだ」
「なるほど」

 サリが考え込んでいる。さらに俺は、言葉を重ねた。

「そうしているうちに、ユートパクスから、捕虜交換の申し出があるはずだ」
「捕虜交換……なるほど。その手があったか」

 サリが大きく頷いた。

「そうだ。だが、タルキアの捕虜になったら、それは望めない」
 拷問の果てに殺されるだけだ。

「わかった」
ついにサリは折れた。
「俺が、将軍に同行して、最後まで彼をお守りする」

「頼んだぞ、サリ」
「君は一緒に来ないのか、エドガルド」
「うん」

 ユートパクスの西海岸で、王党派に合流する途中だということは、伏せておいた方がよかろう。
 俺が言葉を濁した時だった。奥の寝台から掠れた声がした。

「……かない」
「あ、将軍、お目覚めですか?」

 弾かれたようにサリが立ち上がる。ちらりと俺に目をくれてから、ベッドサイドへ向かう。
 二人の話し声が聞こえた。

「俺はいかない」
「え?」
「俺はここに残る」

「ですが、医者の勧めももっともです。過酷な気候の下で療養しても、体調は悪化するばかりでしょう」

 荒い呼吸の音がする。やがてシャルワーヌが言った。

「お前が邪魔で……見えない」
「何が?」
「エドゥが」

呆れたようにサリは振り返った。
「大怪我をして、将軍、すっかり甘えん坊になっちゃってる」

 邪魔者扱いされるサリ副官が気の毒で、俺はシャルワーヌの側へ寄っていった。






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