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Ⅲ 東と西の狭間の国
オーディンの回想(エドガルドとの再会3)
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「ちょっと待て」
憑かれたように、シャルワーヌとの始まりを話し続けるオーディンを、エドガルドが遮った。
「昔気質の忠誠? 命を擲つ部下? 君にとって、彼は何だったのだ? 恋人ではなかったのか」
「シャルワーヌは俺の部下だ。それ以上でも以下でもない。ベッドでも、俺の命じるがままだ」
「……そうだな」
冷たい声が応じた。
「彼の想い人は、俺だから」
「許さん!」
脊髄から出た反射だった。全く何も考えないうちに、オーディンは叫んでいた。
エドガルドが嘲った。
「彼は君の部下に過ぎないのだろう? 君の為に死んでくれる、都合のよい僕だ。その彼にも愛する者がいるという事実を、君は受け容れることができないのか」
ふん、と、オーディンは鼻で笑った。
「あれは、多情な男だ。お前が、その恋人だと言い切る自信があるのか?」
「『終わらせるよ。俺が終わらせる。再び君と会う為に』」
「は?」
「あいつが言った言葉だ。この俺に」
「……」
シャルワーヌのこの言葉だけを心の糧に、エドガルドは生き抜いてきたのだと、瞬時にオーディンは悟った。
そしてシャルワーヌ……、彼自身もまた、そんな風にして、長い年月、戦ってきたというのか。エドガルドへの思いだけを胸に。
彼の戦意は、このオーディン・マークスへの忠誠ではなかったというのか。
身を焼くほどの怒りが込み上げてきた。
「もしお前が、シャルワーヌに近づくようなことがあれば、彼は死ぬ」
「は?」
「俺が殺す」
「オーディン!」
士官学校時代そのものの声で、エドガルドが叫ぶ。オーディンは足を踏ん張った。
「俺は彼の上官だ。麾下の兵士の生殺与奪の権利は、この手の内にある」
それは事実だった。気に入らない部下がいれば、命を奪うことは簡単だ。
例えば、戦闘の激しい戦地へ送り込むとか。
政府からの派遣議員に在りもしない裏切りを伝えるとか。
あるいはもっと単純に、刺客を送り込むだけでいい。
軍務違反でも上官への反逆でも、口実は、後からいくらでもつけられる。
それが、軍だ。
「馬鹿な!」
エドガルドがわなわなと震えだした。
反対に、オーディンは平静さを取り戻していた。
「軍を離れて、シャルワーヌが生きられると思うか? あの男は、戦いから逃れることができない。それが、戦争で敵を一人でも殺した兵士の宿命だ。お前だってそうだろう、エドガルド」
「……」
エドガルドは答えなかった。真っ青になって、ただ、立ち竦んでいる。
「兵士というものは、軍から離れられないように運命づけられているのだ。その上、シャルワーヌが求めるものは、栄光だ。そしてその栄光には、この俺に従うことによってしか、到達することができないのだ」
革命政府の弱体化は、当時から目を覆うばかりだった。そして、王党派が頼みとする王族は、状況を把握できていない。
この混沌を制することができるのは、オーディン・マークスだけだ。軍を完全に掌握し、諸外国をねじ伏せるようにして打ち負かしてきたユートパクス軍総司令官の。
「俺だって、シャルワーヌが愛しい」
打って変わってやさしい口調でオーディンは言った。
「あの男の愛撫が好きだ。しつこいほどの執着と、体中を嘗め回す濡れた舌、そして、中へと入り込んでくる熱……それらを愛している。重みを、激しい律動を、汗を、喘ぎを、そしてついに解き放たれる熱情を」
「止めろ!」
エドガルドが叫んだ。血の気はすっかり失せ、まるで死人のような顔をしている。
それで、オーディンは悟った。
「まさか……」
爆笑した。
「そうか。シャルワーヌが相手では、さしものお前も、自分を差し出すしかなかったというわけか。女になるしかなかったというのだな、エドガルド・フェリシンともあろう者が」
オーディンを貫いた男が。
列強を打ち負かしてきた総司令官である、オーディン・マークスを、かつて組み敷いた男が!
笑い過ぎて出てきた涙を、オーディンは拭った。
「あの男の傍若無人ぶりでは、無理もないことだ」
「シャルワーヌを貶めるな」
怒りに満ちた声が威嚇した。けれど、勝負はもう、ついている。少なくともオーディンにとっては。
「おやまあ。自分を裏切った男を庇うとは。お前も焼きが回ったものだな、エドガルド。いいさ。俺だってシャルワーヌを死なせたくない。彼は今しばらく生かしておこう。あの男は俺の意のままだ。俺はまだまだ、彼を楽しみたいからな。だが、」
蒼白の顔から燃えるようにこちらを睨んでくる二つの鋼球に向けて、オーディンは言い放った。
「お前は彼を忘れるんだ。思い出すことさえ許さない。彼は俺のものだ」
休戦協定は結ばれなかった。
ユートパクス軍からのエイクレ要塞爆撃は熾烈を極めた。
要塞陥落の直前、通眼鏡の向こうに、一瞬、エドガルドを見た気がした。次の瞬間、何千年もの間、敵を寄せ付けなかった古い要塞は、轟音と共に崩れ落ちて行った。
しかしオーディンは、彼の死を確認できなかった。兵士共がエドガルドだと言って引きずってきた遺体は、全くの別人だった。
あまつさえ、エイクレでは、外壁や半月堡に妨害され、オーディンの軍は多大な被害を出した。いずれも、エドガルドの造営した障壁だ。
自分は未だに、エドガルドに翻弄されている気がしてならない。
エドガルドに、シャルワーヌをも奪われてしまうのだろうか。自分の最初を奪った男に、生涯で得た、最愛の男を。
それだけではすまないだろう。
シャルワーヌとエドガルド、いずれも、自分を組み敷いた男達。二人は手を取り合って、自分に反撃してくるだろう。強大な敵となり、自分の行く手に立ち塞がるのだと、オーディンは予見した。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※元カレが、今の恋のライバルに……。これを書いてて、改めて、そういうこともあるんだなあ、と。
NLでは絶対、ありえません!
BLって奥が深いですね!
これを突き詰めて、もっとどろどろしたお話を……私に描けるかな? そして、需要はあるのでしょうか。
いつもお読みくださって、本当にありがとうございます。畳み始めたお話ですが、もうあと1章(は)続きます。どうぞどうぞ、最後までお付き合い頂けますように……。
憑かれたように、シャルワーヌとの始まりを話し続けるオーディンを、エドガルドが遮った。
「昔気質の忠誠? 命を擲つ部下? 君にとって、彼は何だったのだ? 恋人ではなかったのか」
「シャルワーヌは俺の部下だ。それ以上でも以下でもない。ベッドでも、俺の命じるがままだ」
「……そうだな」
冷たい声が応じた。
「彼の想い人は、俺だから」
「許さん!」
脊髄から出た反射だった。全く何も考えないうちに、オーディンは叫んでいた。
エドガルドが嘲った。
「彼は君の部下に過ぎないのだろう? 君の為に死んでくれる、都合のよい僕だ。その彼にも愛する者がいるという事実を、君は受け容れることができないのか」
ふん、と、オーディンは鼻で笑った。
「あれは、多情な男だ。お前が、その恋人だと言い切る自信があるのか?」
「『終わらせるよ。俺が終わらせる。再び君と会う為に』」
「は?」
「あいつが言った言葉だ。この俺に」
「……」
シャルワーヌのこの言葉だけを心の糧に、エドガルドは生き抜いてきたのだと、瞬時にオーディンは悟った。
そしてシャルワーヌ……、彼自身もまた、そんな風にして、長い年月、戦ってきたというのか。エドガルドへの思いだけを胸に。
彼の戦意は、このオーディン・マークスへの忠誠ではなかったというのか。
身を焼くほどの怒りが込み上げてきた。
「もしお前が、シャルワーヌに近づくようなことがあれば、彼は死ぬ」
「は?」
「俺が殺す」
「オーディン!」
士官学校時代そのものの声で、エドガルドが叫ぶ。オーディンは足を踏ん張った。
「俺は彼の上官だ。麾下の兵士の生殺与奪の権利は、この手の内にある」
それは事実だった。気に入らない部下がいれば、命を奪うことは簡単だ。
例えば、戦闘の激しい戦地へ送り込むとか。
政府からの派遣議員に在りもしない裏切りを伝えるとか。
あるいはもっと単純に、刺客を送り込むだけでいい。
軍務違反でも上官への反逆でも、口実は、後からいくらでもつけられる。
それが、軍だ。
「馬鹿な!」
エドガルドがわなわなと震えだした。
反対に、オーディンは平静さを取り戻していた。
「軍を離れて、シャルワーヌが生きられると思うか? あの男は、戦いから逃れることができない。それが、戦争で敵を一人でも殺した兵士の宿命だ。お前だってそうだろう、エドガルド」
「……」
エドガルドは答えなかった。真っ青になって、ただ、立ち竦んでいる。
「兵士というものは、軍から離れられないように運命づけられているのだ。その上、シャルワーヌが求めるものは、栄光だ。そしてその栄光には、この俺に従うことによってしか、到達することができないのだ」
革命政府の弱体化は、当時から目を覆うばかりだった。そして、王党派が頼みとする王族は、状況を把握できていない。
この混沌を制することができるのは、オーディン・マークスだけだ。軍を完全に掌握し、諸外国をねじ伏せるようにして打ち負かしてきたユートパクス軍総司令官の。
「俺だって、シャルワーヌが愛しい」
打って変わってやさしい口調でオーディンは言った。
「あの男の愛撫が好きだ。しつこいほどの執着と、体中を嘗め回す濡れた舌、そして、中へと入り込んでくる熱……それらを愛している。重みを、激しい律動を、汗を、喘ぎを、そしてついに解き放たれる熱情を」
「止めろ!」
エドガルドが叫んだ。血の気はすっかり失せ、まるで死人のような顔をしている。
それで、オーディンは悟った。
「まさか……」
爆笑した。
「そうか。シャルワーヌが相手では、さしものお前も、自分を差し出すしかなかったというわけか。女になるしかなかったというのだな、エドガルド・フェリシンともあろう者が」
オーディンを貫いた男が。
列強を打ち負かしてきた総司令官である、オーディン・マークスを、かつて組み敷いた男が!
笑い過ぎて出てきた涙を、オーディンは拭った。
「あの男の傍若無人ぶりでは、無理もないことだ」
「シャルワーヌを貶めるな」
怒りに満ちた声が威嚇した。けれど、勝負はもう、ついている。少なくともオーディンにとっては。
「おやまあ。自分を裏切った男を庇うとは。お前も焼きが回ったものだな、エドガルド。いいさ。俺だってシャルワーヌを死なせたくない。彼は今しばらく生かしておこう。あの男は俺の意のままだ。俺はまだまだ、彼を楽しみたいからな。だが、」
蒼白の顔から燃えるようにこちらを睨んでくる二つの鋼球に向けて、オーディンは言い放った。
「お前は彼を忘れるんだ。思い出すことさえ許さない。彼は俺のものだ」
休戦協定は結ばれなかった。
ユートパクス軍からのエイクレ要塞爆撃は熾烈を極めた。
要塞陥落の直前、通眼鏡の向こうに、一瞬、エドガルドを見た気がした。次の瞬間、何千年もの間、敵を寄せ付けなかった古い要塞は、轟音と共に崩れ落ちて行った。
しかしオーディンは、彼の死を確認できなかった。兵士共がエドガルドだと言って引きずってきた遺体は、全くの別人だった。
あまつさえ、エイクレでは、外壁や半月堡に妨害され、オーディンの軍は多大な被害を出した。いずれも、エドガルドの造営した障壁だ。
自分は未だに、エドガルドに翻弄されている気がしてならない。
エドガルドに、シャルワーヌをも奪われてしまうのだろうか。自分の最初を奪った男に、生涯で得た、最愛の男を。
それだけではすまないだろう。
シャルワーヌとエドガルド、いずれも、自分を組み敷いた男達。二人は手を取り合って、自分に反撃してくるだろう。強大な敵となり、自分の行く手に立ち塞がるのだと、オーディンは予見した。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※元カレが、今の恋のライバルに……。これを書いてて、改めて、そういうこともあるんだなあ、と。
NLでは絶対、ありえません!
BLって奥が深いですね!
これを突き詰めて、もっとどろどろしたお話を……私に描けるかな? そして、需要はあるのでしょうか。
いつもお読みくださって、本当にありがとうございます。畳み始めたお話ですが、もうあと1章(は)続きます。どうぞどうぞ、最後までお付き合い頂けますように……。
応援ありがとうございます!
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