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Ⅲ 東と西の狭間の国
ティオンの都
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タルキアの都ティオンは、西と東に海を臨む歴史ある古い町だ。幾多の帝国に治められ、最終的にタルキア帝国の手に落ちた。
狭い海峡を渡れば、そこはもう、ソンブル大陸ではない、ウアロジア大陸だ。
ティオンには、大陸間の文化が集う。
港には、宮殿からの迎えの馬が待機していた。ヴィレルたちと別れ、高台に向けて馬を走らせる。
エイクレ要塞も三方を海に囲まれていた。しかしあの殺伐とした要塞と違い、そこはなんという美しさだったろう。単純にオリエンタリズムという言葉では片づけることのできないまさに文化のるつぼだ。
青い海を見下ろす高台には、白亜の宮殿が、太陽の光を浴びて眩しく聳え立っていた。丸い屋根が幾つも積み重ねられ、その周囲を高い尖塔が取り囲んでいる。女性的な丸みと男性的な鋭さが入り混じった、不思議な宮殿だ。
馬を降り、通された謁見の間も、不思議な美しさに満ち溢れていた。複雑な模様が織り込まれた毛足の長い絨毯やどっしりとしたカーテンは言うまでもなく、さりげなく壁に飾られたガラス細工、壁際の大きな水槽の中を涼し気に泳ぐ赤い金魚、昼なので灯りはともされていなかったがまるで芸術品のようなランプと、異国情緒でいっぱいだ。
勧められるままに俺は、絨毯の上に直接腰を下ろした。それがタルキアの礼儀だからだ。
腰の後ろをふかふかしたクッションが柔らかく支えてくれる。目にも彩な刺繍を施された、下に敷くのが申し訳なくなるようなクッションだ。
しばらく待たされた。
やがて現れたのは、思っていたよりずっと若い男だった。
「お前が、アンゲル大使か?」
「御意」
畏まって俺は頭を下げる。
「アンゲル人ではないようだが」
「アングル海軍将校ラルフ・リール代将の大使にございます」
「ラルフ・リールの?」
男の目がきらりと光った。
「ほう。それはそれは」
遅ればせながら、俺は、この男は皇帝ではないと悟った。皇帝なら、俺がラルフの使いであることを知っているはずだ。
「あの、私はここで皇帝の謁見を……」
言いかけた言葉は、途中で遮られた。
「本日は、皇帝はお忙しいのだ。俺が代わりに話を聞いてやる」
男は玉座に腰を下ろした。その傲慢さに俺は驚きを通り越して呆れた。
「貴方が? 皇帝の代わりに?」
いったいこの男は誰だろう。部屋に控えた付き人達は皆、頭を垂れ、恭順の意を示しているが……。
「言い忘れた。俺の名は、キャプテン・アガ。大宰相グラントの息子だ」
タルキアでは、政治外交の実権を握っているのは宰相だ。もちろん皇帝は彼の上に君臨し、その命令は絶対だが、それは建前にすぎない。
実際にタルキアの政治経済外交を動かしているのは、宰相なのだ。
この男は、タルキアの宰相の息子だという。キャプテンというからには、軍属だろうか。
俺の心が読めたのだろうか。男はにやりと笑った。
「リール代将の大使ということは、お前の用件とは、ザイードでの戦闘の件だろう? 俺は、イスケンデルへ向かう途中だ。1万の兵を率いてな」
「1万!」
俺は目を丸くした。すでにイスケンデルには、相当数の兵が集まっている。更にこの男の軍1万が加わったら、ユートパクス軍に勝ち目はない。
アガは、にやりと笑った。
「首都は、グレルシアの駐屯地からの途中にあるので立ち寄った。そういうわけだ。皇帝に奏上するより直接俺に言った方が話が早いぞ」
確かにその通りかもしれない。タルキアの皇帝に実権はない。彼が戦争を止めさせようとしたら、真っ先に話を通すのは、宰相のグラントだろう。グラントは今、ザイードへ遠征中で、彼の息子であるこのアガは、父の軍に加わる途中だという。彼に話を通すのは悪いことではない。
「承りました、キャプテン・アガ」
俺が肯うと、アガは王座から立ち上がった。
「ここは居心地が悪いな。ついてこい」
「アイシテル、アイシテル」
その時、足元で奇怪な声がした。
「エドガルド、アイシテル! キュレレキュレキュレ……」
甲高い声で鳴き続ける。
「何だそれは?」
アガが不気味そうに下を見る。絨毯には、言わずと知れた鳥籠が置かれていた。
「あ、これは、その……」
タルキア人の召使が、気を利かせて運び込んでくれていたのだ。あるいは、ヴィレルから何か言われていたのかもしれない。
籠には豪奢な布が掛けられていたので、今まで気がつかなかった。というか、鳥籠のことなどまるで忘れていた。
さっとアガが布を取り払った。大きな色鮮やかな鳥が、不機嫌そうに彼を見上げた。
「キュれレキュれレキュれ……」
「ふむ、オウムだな。お前の鳥か?」
「まあ、そういうことになりますね」
「何か、愛を語らっているように聞こえたが」
「気のせいです」
このアガという男、意外と繊細な面もあるのかもしれない。
「連れてゆきたければ連れてきてもいいぞ」
キャプテン・アガが、寛大な所を見せた。
「いえ、パルルはここに置かせていただきましょう」
皇帝が来るまでの間だ。長い時間ではあるまいと思った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
タルキア側の布陣です
・皇帝:カンダーナ2世
・宰相:グラント
・軍トップ:キャプテン・アガ(グラントの息子)
他に、閣僚のフェンデとターダがいます。この二人は、エ=アリュ会談の時、タルキア側の大使でした。
いつもお読み下さり、本当にありがとうございます。
あまり御礼を申し上げる機会がございませんが、私のような者がここまで続けてこれたのは、読んで下さる方がいらしたからこそです。心から感謝申し上げます。
狭い海峡を渡れば、そこはもう、ソンブル大陸ではない、ウアロジア大陸だ。
ティオンには、大陸間の文化が集う。
港には、宮殿からの迎えの馬が待機していた。ヴィレルたちと別れ、高台に向けて馬を走らせる。
エイクレ要塞も三方を海に囲まれていた。しかしあの殺伐とした要塞と違い、そこはなんという美しさだったろう。単純にオリエンタリズムという言葉では片づけることのできないまさに文化のるつぼだ。
青い海を見下ろす高台には、白亜の宮殿が、太陽の光を浴びて眩しく聳え立っていた。丸い屋根が幾つも積み重ねられ、その周囲を高い尖塔が取り囲んでいる。女性的な丸みと男性的な鋭さが入り混じった、不思議な宮殿だ。
馬を降り、通された謁見の間も、不思議な美しさに満ち溢れていた。複雑な模様が織り込まれた毛足の長い絨毯やどっしりとしたカーテンは言うまでもなく、さりげなく壁に飾られたガラス細工、壁際の大きな水槽の中を涼し気に泳ぐ赤い金魚、昼なので灯りはともされていなかったがまるで芸術品のようなランプと、異国情緒でいっぱいだ。
勧められるままに俺は、絨毯の上に直接腰を下ろした。それがタルキアの礼儀だからだ。
腰の後ろをふかふかしたクッションが柔らかく支えてくれる。目にも彩な刺繍を施された、下に敷くのが申し訳なくなるようなクッションだ。
しばらく待たされた。
やがて現れたのは、思っていたよりずっと若い男だった。
「お前が、アンゲル大使か?」
「御意」
畏まって俺は頭を下げる。
「アンゲル人ではないようだが」
「アングル海軍将校ラルフ・リール代将の大使にございます」
「ラルフ・リールの?」
男の目がきらりと光った。
「ほう。それはそれは」
遅ればせながら、俺は、この男は皇帝ではないと悟った。皇帝なら、俺がラルフの使いであることを知っているはずだ。
「あの、私はここで皇帝の謁見を……」
言いかけた言葉は、途中で遮られた。
「本日は、皇帝はお忙しいのだ。俺が代わりに話を聞いてやる」
男は玉座に腰を下ろした。その傲慢さに俺は驚きを通り越して呆れた。
「貴方が? 皇帝の代わりに?」
いったいこの男は誰だろう。部屋に控えた付き人達は皆、頭を垂れ、恭順の意を示しているが……。
「言い忘れた。俺の名は、キャプテン・アガ。大宰相グラントの息子だ」
タルキアでは、政治外交の実権を握っているのは宰相だ。もちろん皇帝は彼の上に君臨し、その命令は絶対だが、それは建前にすぎない。
実際にタルキアの政治経済外交を動かしているのは、宰相なのだ。
この男は、タルキアの宰相の息子だという。キャプテンというからには、軍属だろうか。
俺の心が読めたのだろうか。男はにやりと笑った。
「リール代将の大使ということは、お前の用件とは、ザイードでの戦闘の件だろう? 俺は、イスケンデルへ向かう途中だ。1万の兵を率いてな」
「1万!」
俺は目を丸くした。すでにイスケンデルには、相当数の兵が集まっている。更にこの男の軍1万が加わったら、ユートパクス軍に勝ち目はない。
アガは、にやりと笑った。
「首都は、グレルシアの駐屯地からの途中にあるので立ち寄った。そういうわけだ。皇帝に奏上するより直接俺に言った方が話が早いぞ」
確かにその通りかもしれない。タルキアの皇帝に実権はない。彼が戦争を止めさせようとしたら、真っ先に話を通すのは、宰相のグラントだろう。グラントは今、ザイードへ遠征中で、彼の息子であるこのアガは、父の軍に加わる途中だという。彼に話を通すのは悪いことではない。
「承りました、キャプテン・アガ」
俺が肯うと、アガは王座から立ち上がった。
「ここは居心地が悪いな。ついてこい」
「アイシテル、アイシテル」
その時、足元で奇怪な声がした。
「エドガルド、アイシテル! キュレレキュレキュレ……」
甲高い声で鳴き続ける。
「何だそれは?」
アガが不気味そうに下を見る。絨毯には、言わずと知れた鳥籠が置かれていた。
「あ、これは、その……」
タルキア人の召使が、気を利かせて運び込んでくれていたのだ。あるいは、ヴィレルから何か言われていたのかもしれない。
籠には豪奢な布が掛けられていたので、今まで気がつかなかった。というか、鳥籠のことなどまるで忘れていた。
さっとアガが布を取り払った。大きな色鮮やかな鳥が、不機嫌そうに彼を見上げた。
「キュれレキュれレキュれ……」
「ふむ、オウムだな。お前の鳥か?」
「まあ、そういうことになりますね」
「何か、愛を語らっているように聞こえたが」
「気のせいです」
このアガという男、意外と繊細な面もあるのかもしれない。
「連れてゆきたければ連れてきてもいいぞ」
キャプテン・アガが、寛大な所を見せた。
「いえ、パルルはここに置かせていただきましょう」
皇帝が来るまでの間だ。長い時間ではあるまいと思った。
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タルキア側の布陣です
・皇帝:カンダーナ2世
・宰相:グラント
・軍トップ:キャプテン・アガ(グラントの息子)
他に、閣僚のフェンデとターダがいます。この二人は、エ=アリュ会談の時、タルキア側の大使でした。
いつもお読み下さり、本当にありがとうございます。
あまり御礼を申し上げる機会がございませんが、私のような者がここまで続けてこれたのは、読んで下さる方がいらしたからこそです。心から感謝申し上げます。
応援ありがとうございます!
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