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Ⅱ 海から吹く風

青い眼玉

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 思案深げにヴィレルが首を傾げた。

「タルキア皇帝に軍を引き上げるよう要請するのはいい考えだと思う。だが問題は、ラルフ、君以外にタルキア語が堪能なやつがいないということだ」

「俺が行こう」

「エドガルド!」
「君が!?」
 ラルフとヴィレルが驚いたようにこちらを見ている。

「そうか。フェリシン大佐はタルキア語ができたものな」
「ラルフほど堪能ではないが」
「いや、なかなかのものだ。そうだ。皇帝の元には、大佐に行って貰おう。それでいいな、ラルフ」
「えっ! いや、それは……エドガルドは俺と一緒にアンゲルへ来るんじゃ……」
「仕方ないだろ。他にタルキア語ができるやつがいないんだから」
「でも……君も久しぶりで都会の風に吹かれてみたいだろ、エドガルド」
「別に」

俺が答えると、ラルフは困り切った表情になった。

「だって、彼がいないと、アップトック提督が俺に冷たく当たるから」
「提督は今、クルス半島の南端だ。アンゲル国内で彼に会うことはないよ」

すかさずヴィレルが応じる。

「母さんも久しぶりにエドガルドに会いたいだろうし」
「君の母上にはもう少し我慢してもらえ」
「アンゲルでもタルキア語が話せる人が必要かも……」
「必要ない。それにラルフ、君はタルキア語が話せるだろ」

「ラルフ」
呆れて俺は口を挟んだ。
「時間は限られている。君がアンゲル政府に抗議している間に、俺はタルキア皇帝の元へ軍を引き上げてくれるよう、交渉に行く。合理的に動かねば、ユートパクス軍は本当に、タルキア軍の捕虜になってしまうぞ。そうなれば、和平交渉を取り持った君の汚点になる」

「ラルフだけじゃない。エ=アリュは、アンゲル国が取り持った講和条約だ。それを簡単に翻すなんざ、アンゲル国、つまり陛下の信用を落とすことになる」
 ヴィレルが正論を吐いた。

「だが、もし、タルキア皇帝が、エドガルドに横恋慕したら? 彼をかっさらって、自分のものにしたいと思ったら!」
言いながら、ラルフは身もだえている。

「アホか」
呆れたようにヴィレルが吐き捨てる。
「どこの国の王様が、同盟国の大使に手を出すかよ。今アンゲルに手を引かれたら、タルキアは困った立場になるのは目に見えているというのに」

「ヴィレル大尉の言う通りだ。それに俺を見くびって貰ったら困る」
俺もヴィレルに加勢する。

「そんなこと言ったって、今のエドガルドは見ての通り、ウテナの王子で、非力……」

「国と国の力関係のことを言ってんの!」
「そうだぞ。それに、タルキア皇帝は理知的で、優しい皇帝だというじゃないか」

 音楽が好きで、自分でも譜面を書くという。エイクレ要塞のシャルキュ太守が話していた。

「だから心配なんだよ! 知性があって、しかも王様なんて、ひどいじゃないか。勝てる気が全くしない」
「別に勝てなくてもいいだろうよ」
と、ヴィレル。

 悲鳴のような声でラルフは叫んだ。
「馬鹿を言うな! 彼にエドガルドを奪われてしまうかもしれないんだぞ!」

「いい加減俺を信じろ。前世から俺は君をあい、」
言いかけて、慌てて口を閉じた。案の定、ヴィレルがにやにや笑っている。

「俺に構わず、続けて」
「いや、大したことじゃないから」

「大したことじゃないのか!」
もはやラルフは泣きそうだ。

「続きを言ってやってくれ、フェリシン大佐。さもないとラルフは、君にくっついてタルキアまで行ってしまうぞ」
「それは困る」
ラルフには本国アンゲル政府と交渉してもらわねばならない。

 俺はラルフに向き直った。席を立ち、向かいに座ったラルフの耳に口を近づけた。
 慈悲深くもヴィレルはそっぽをむいている。

「君だけだ。俺の恋人は」

一瞬浮かんだ幸せそうな笑みが、すぐに不服そうな表情にとって変わった。

「さっき言いかけたろ。あい、なんとか?」
「言わせるのか、馬鹿野郎」
「しばらく会えないんだ。言ってくれよ。頼むから」

 再び俺は、ラルフの耳に口を寄せる。
「君を愛している、ラルフ」

 こほん。
 咳払いがした。

「ところでラルフ。さっきから気になっているのだが……リオン号のあちこちにぶら下がっている、これは何だ?」

 ヴィレルが見ているのは、青いガラス玉に描かれた白と紺色の同心円だ。外側が白で、その内側に紺の円が描かれている。

「まるで目玉みたいだが」
 青い眼玉が、リオン号のあちこちに吊るされている。

「ああ、それ」
嬉しそうにラルフが言う。
「邪眼除けだよ」
「邪眼、除け?」
「邪悪なユートパクス人の執念深い怨念を追い払うのだ」

 イスケンデルの露店で、ラルフが大量に買いつけた護符だ。ラクダに乗せられて、今朝、リオン号に到着した。
 ヴィレルが眉を顰めた。

「随分具体的だな。誰かに妬まれている自覚でもあるのか?」
「大ありだね。何しろ俺は素晴らしい天使をこの手で射止めたのだから」
「それって……」

 リオン号の乗組員全員に白い目で見られながら、今日一日かけて、ラルフは大量の目玉を、リオン号のあちこちに吊るして歩いた。

 天上の目玉に向けていた視線を、ヴィレルがこちらに投げかけてくる。
 恥ずかしくて死にそうだった。

「ああ、そうだ。追加で発注しておいたから、明日の朝には君の船にも届くぞ、ヴィレル」
「オシリス号には、遠慮しておくよ……」
「何を言うか。俺の留守中、エドガルドは君の船に乗ることもあるんだぞ」

 ヴィレルが絶句した時だ。

 「イスケンデル港より、ユートパクス艦が出航しました!」
 甲板から報告が入った。

「よりによって今か?」
呻き声が、ラルフの口から漏れた。

「エ=アリュ講和条約に基づいて帰国すると通告してきています。通行証も持っていると」
「俺がサインしたやつだ!」
ラルフは頭を抱えた。

「貴方のサインだけでは不安だから、タルキア政府発行の通行証も貰ってあると、言ってますが……」

「……あいつだ。この嫌みな態度、あいつに間違いない」
ラルフは呻いた。
「あいつの噂なんか、するんじゃなかった」

「どうする、ラルフ? 政府からは、とりあえずソンブル大陸から出すなと言われてるんだよな?」
ヴィレルがそわそわしている。

「ぐぬぬ。あんなやつはさっさと追い払った方がいいのだが……だが、政府の命令とあらば仕方がない」
「拿捕しますか?」
「イスケンデル港へ追い返せ」
「了解!」






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