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Ⅱ 海から吹く風

祈り

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 「何を怒ってるんだ、エドガルド」
執務室で海図を改めていたルグランが顔を上げた。
「知るか」
むしゃくしゃしすぎて話す気にもなれない。

「彼は何を怒ってるんだ、ラビック」
俺の後ろに控えた副官に、ルグランが顔を向けた。
「あー、それは……」
生真面目な副官が困っている。彼は、勝手に上官の気持ちを代弁したりしない。

「もしかして、うちの大将がまた何かしたのか?」
「えと……」
「じゃ、ユベール将軍だ」
「あー、」

「両方だ!」
怒りに任せ、俺は叫んだ。
「あいつら、神聖な葬儀で何を考えていやがるんだ? しかも、アソムの葬儀だぞ? 彼はジウにとてもよくしてくれたのに」

「リール代将とユベール将軍が、エドガルド大佐の痣を見たがりまして」
「痣?」
「星型の痣です。背中にある」
「ああ、なるほどね」
だいたい、ルグランは察したようだ。

「ルグラン、君はひどく察しがいいな」
俺は驚いた。

「エドガルド、君の肌を見るチャンスを、あの二人が逃がすわけがないだろう? 君は、もっと自覚を持つべきだ」
「はあ?」

何の自覚を持てというのか。というか、あの二人はうざすぎる。

「ちょっとちょっとちょっと」
ラビックがルグランの袖を引いている。
「大佐の痣を確認したのは私です。変なことは言わないで下さい」

「なんとラビック、君は彼らの恨みを買ったぞ」
「ええっ! アンゲル軍海軍将校とユートパクス軍将軍の恨み……恐ろしい。今後私はどこへ行けばいいのか」
「タルキア軍に入ったらどうだ? 捕虜の頭を刎ねることさえできるのなら、いつだって歓迎してもらえるぞ」
「うーーーーーー」

 「お前らまで、何を言い合ってるんだ? アソムが死んだんだぞ」
 振り返った二人は、俺の顔を見てぎょっとしたような顔になった。

「大佐……」
「エドガルド……」

「何だ?」

「すまなかった、エドガルド。俺らはその、アソム? 彼のことは、良く知らなかったから」
「ジウ王子の侍従と言うことは、上ザイードで大佐の身近におられた方ですよね。本当に配慮が足りませんでした」

 突然の変化が気持ち悪い。

「いや、俺だって、彼のことは良く知らない。たかだか数ヶ月の付き合いだったし。ただ、ジウ王子に親身になって尽くしていることは良く伝わってきた」

「本当にな」
「お気の毒に」

 もちろん二人とも、アソムの遺書のことは知っている。依代のことも、いずれジウを殺す任務を担っていたことも。そして、全てが露見した時、ジウの体を殺す代わりに、自ら命を絶ったことも。

「俺たちはもっと話し合うべきだったんだ。俺とアソムは」
 そうすれば、お互い補い合って、アソムは死なずに済んだかもしれない。

「仕方のないことだ。依代も転生も、にわかには信じられない突飛な話だからな」
「そうですよ。それに、エドガルド大佐が転生したのは、ユートパクス駐留軍のど真ん中です。前世が亡命貴族だということを明かさなかったのは、正しい選択だったと思います」

 二人とも、むきになっている。

「そう言ってくれるのは嬉しいが……なぜ君たちはそんなに一生懸命なんだ?」

 俺が問うと、ルグランとラビックは顔を見合わせた。

「だって、大佐は泣いておられます」
「右目だけだけどな」
「へ?」

 二人から指摘され、反射的に右の目に手をやると、確かに目の縁が濡れていた。溢れた雫が、静かに頬を流れ落ちている。
「泣いて、」

「さっきからずっとだ。ずっと右目だけで泣いている」
 傷ましそうにルグランが言う。
「とても悲しそうに。涙がほろほろと」
 ラビックもすまなそうに俯いた。

「気がつかなかったよ。俺は泣いていたんだな」

「ご存じなかったんですか?」
ラビックが目を丸くする。

「ああ。俺は、人前で泣いたことがない」
「そうですね。大佐は強いお方です」

「これは、ジウの体が泣いているんじゃないかな」
俺はつぶやいた。
「ジウの魂の方はアソムと一緒にどこかへ行ったけど、体の方は置き去りだから。残された体が、二人の死を悼んでいるのだ」

「そうかもしれんな」
「不思議なことですね」

 二人は同意し、誰からともなく、俺達は頭を垂れ、両手を組んで、瞑目した。






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