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Ⅱ 海から吹く風

エ=アリュ講和条約

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 リオン号に、タルキアの大使達がやってきた。

 翌日、タルキア国境に接したザイードの軍港、エ=アリュ港で、リオン号は、ユートパクス側の2名の大使を乗船させた。


 洋上のリオン号で話し合いが始まった。


 交渉のテーブルについているのは、タルキア側からは、2名の大使、外務大臣フェンデと経済担当のターダ。
 ユートパクス側からは、市民ペリエルクとシャルワーヌ将軍。
 そして、仲介役のアンゲル海軍将校、ラルフ・リールの5名だ。




 「ウテナ島の封鎖を解除して欲しい」

 開口一番、シャルワーヌが要求した。断固とした口調だ。

 ザイードへ来る前、ユートパクス軍はこの小さな島に上陸し、ここを占領、王子を人質にした。

 しかしウテナが浮かぶメドレオン海は、アンゲル国海軍の支配下にある。すぐにアップトック提督はウテナを封鎖した。例の、ラルフとそりの合わない上官だ。

 これにより、ウテナを占領していたユートパクス軍は、島から出ることも、補給物資を運んでくることもできなくなっていた。


「封鎖解除? それはできませんね」
 腕を組んで、ラルフは答えた。

「なぜ、」

 意気込むシャルワーヌの腕を、ペリエルクが抑えつけた。どうやら交渉は自分に任せろと言っているようだ。

 ペリエルク。その名を聞き、エドガルドというよりジウ王子が、激烈な反応を起こした男だ。
 小柄で俊敏そうだ。目は窪んでおり、計算高そうな印象を与える。

 軍人ではないこの男は、オーディン・マークスにつけられた、革命政府からの派遣議員だった。軍の内情を探り、叛意ありとあらば即、中央政府に報告するのが本来の仕事だ。しかし、長い間オーディン・マークスの下にいるうちに、今ではすっかり、彼に心酔してしまったと聞く。


 「アンゲル軍に海を封鎖されて、本国から物資が届かず、わが軍は、食べる物にも不自由している状況だ。ネズミを捕えて食べているとも伝わっている」
 シャルワーヌを黙らせ、ペリエルクは訴えた。

「ウテナ王や民も、飢えておられる筈だ」
 腕から同僚の手を跳ねのけ、シャルワーヌが主張する。

 ……おや。シャルワーヌ将軍は、ウテナのことを心配しているぞ?

 さてはジウ王子に同情しているのかと、ラルフは考えた。あくまでジウ王子だ。エドガルドではない。


「その点はご心配ありませんよ」
 彼は、余裕で答えた。

 実は、タルキア皇帝の許可を得て、アンゲル軍はウテナへ向けて、密かに気球を飛ばしていた。気球は、地元の住民しか行かない密林に、食べ物他、必要物資を落とす。

 エドガルドの発案だった。元砲兵にふさわしい、大胆な案だ。同時に、ウテナ王子ジウらしい、心のこもった配慮だった。


 「ウテナ王と、民の安全は保障するのだな」

シャルワーヌはしつこかった。仕方なくラルフは頷く。

「そこはお任せください。アンゲル国王は人道支援に最大限配慮する偉大な国王です。陛下の僕としてわがアンゲル軍は、ウテナ王やその民を危険に晒すような真似は決して致しません」

 エイクレ要塞の攻防戦を初め、ユートパクス軍との戦いで、ラルフは、敵味方を問わず、負傷者の保護に尽力してきた。このことは、ユートパクス軍のワイズ総司令官も高く評価している。
 どうやらシャルワーヌも、ワイズ総司令官からその話を聞かされていたらしい。しぶしぶ、彼は頷いた。


 さらにラルフは続けた。
「私は代将コモドールです。メドレオン海域の封鎖については、何の権限もありません。ここでウテナの封鎖について話し合うのは、時間の無駄です」

 小さな舌打ちが聞こえた。ペリエルクかシャルワーヌか、あるいは両方か。

 タルキアの大使がにやにや笑っている。アンゲルは、同盟国だ。彼らは、ラルフが自分たちの味方になってくれることを信じて疑わなかった。



 ラルフは、ユートパクス軍の名誉ある撤退を提案した。既に総司令官のワイズ将軍からは、賛成の書簡が届いている。彼は一刻も早いソンブル大陸からの撤退を望んでいた。

 ユートパクス軍の「名誉ある撤退」について、ラルフは事前にタルキアの大宰相に根回ししていた。


 講和と、ユートパクス軍の「名誉ある撤退」を認める、と、ユートパクス・タルキアの両大使の間で合意がなされた。

 ほっと、ラルフは安堵のため息を吐いた。






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