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Ⅱ 海から吹く風

アンゲル船の襲撃

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 シャルワーヌの幻影が、俺の全てを圧倒しそうになった時だ。 

「アンゲル艦だ! アンゲル艦が舷側についたぞ!」
甲板に、大きな叫び声が聞き渡った。
「まずい、横付けされた。逃げろ! 砲撃されたらひとたまりもない!」

 俺の死刑執行人たちがたじろぐ気配がした。思わず振り返ると、遮蔽物を求め、駆けていくのが見えた。

「おっと、あんたはこっちね」
 さっきの叫び声と同じ声が言った。同時に、マストの上から手が伸びてきた。太くたくましい腕に、俺は、檣楼(マストの上の物見台)に引き上げられた。

 「ルグラン!」
俺を引き挙げた男の、懐かしい顔に、思わず俺は叫んだ。

 ルグラン……マワジで俺を待っていた、ラルフの部下だ。

 海賊のルグランは、古くからのラルフの手下だ。シュール港でラルフと初めて会った時、ルグランも一緒だった。シュエル地方の蜂起で、俺が辛うじて救い出した王党派の死刑囚達を引き受け、沖へ逃がしてくれた時のことだ。

 ラルフ・リールがアンゲルの海軍代将として採用された時に、ルグランも大尉に任命された。エイクレ要塞包囲戦では、ラルフと共に、タルキア帝国軍に武器を輸送し、また、海からオーディン軍を攻撃していた。
 ……俺が死ぬまではそうだった。エイクレ要塞でエドガルド・フェリシンが死ぬまでは。


 「……なぜ俺の名を?」
 俺から名を呼ばれ、いぶかし気にルグランは眉を顰めた。

 そうだ。
 今の俺は、ジウ王子……。中身はどうであろうと、外見はか弱いウテナ王子のままだ。だから、あんなにあっさりとオーディンの部下に捕らえられ、フリゲート艦の船倉に閉じ込められた挙句、殺されそうになったのだ。

 マワジから、俺の後を追ってきたのだと、ルグランは言った。

 物々しい暴力沙汰に、最初は盗賊の仲間割れかと思った。だが、よく見ると、やられているのはウテナ人だ。

 ルグランの待ち人もウテナ人だ。

 それで、俺が平船に積まれてからは、馬に乗り、河に沿って陸路をずっとつけてきたという。そして、ユートパクスのフリゲート艦に乗せられたのを見るや、乗組員のふりをして、自分も船に乗り込んだ……。

 その時、船が激しく揺れた。弾みで帆から落ちそうになった俺を、ルグランが支えた。それから、口の中に、親指と人差し指を突っ込み、ピーッと吹き鳴らす。

 「そこにいたか、ルグラン!」
懐かしい声がした。いや、つい数週間前に聞いたばかりなのだが……。

「親分、砲撃するんじゃなかったんですかい?」
ルグランが叫び返す。

「馬鹿、お前が乗ってるってわかってる船を爆撃なんてできるか」
 白い歯を輝かせて笑っている。

 ラルフだ。
 砲撃する代わりに彼は、自分の船を横付けし、敵船に乗り移ってきたのだ。
 単身、敵船に乗り込んでくるとは! アンゲル海軍の代将ともあろう者が!

 甲板から上を見上げ、ラルフが叫んだ。
「早く降りて来い! 手伝え!」
「へい!」

 ルグランは俺に向き直った。
「そういうわけで、俺らはちっとばかり、火薬庫に用がある。あんたを一人にしなきゃならねえ」

「誰かいるのか?」
 どうやら、二人の間の連絡は、細部までうまくいっていなかったらしい。
 檣楼を見上げ、ようやくラルフは、帆影にいた俺の姿に気がついた。

 ルグランが肩を聳やかす。
「親分。俺を見くびったらいけねえぜ。俺ぁ、与えられた仕事はちゃんとこなすタイプだぜよ」

「うむ。ご苦労だつた、ルグラン」

 そろそろと俺は、帆柱を折り始めた。

「良く来たな、ジウ王子」

 手を伸ばし、ラルフは俺を抱き受けようとした。
 首を横に振り、ある程度の高さまで滑り下りると、俺は自分で飛び降りた。

「上ザイードでは楽しかったな。君の舞も、深夜の密会も素晴らしかった」
軽くつんのめった俺を支え、耳元でラルフが囁いた。

 ……深夜の密会?
 こういうところも、全く変わっていない。


 「さあ、親分! 行きますぜ!」
 続いて帆から滑り降りてきたルグランが急かす。

 ラルフは首を横に振った。
「いや、撤収だ!」
「撤収? 火薬庫を爆破するんじゃないんですかい?」

「生憎と、この船の爆破命令は出てないんだ。それどころか今俺は、マワジ封鎖軍の中にいることになっている。ただでさえ、上官の覚えがめでたくないからな。敵艦を爆破なんかして、マワジから抜け出してきたことがバレたら、大変だ」

「はあ。親分は、確かにアップトック提督から嫌われていますね。それも手ひどく」

「そうなんだよ。ルグラン、お前がジウ王子を見つけておいてくれてよかったよ。おかげで、船の中を探し回らなくて済んだ」

 俺は呆れた。
 俺を救出する、たったそれだけの為に、ラルフは軍の命令に背き、外洋まで出向いてきたのか? おまけに、船を横づけにして、自ら敵艦に乗りこんでくるなんて。

「そうと決まったら、こんなとこに長居は無用ですぜ。さっさと行きましょう」
「そうだな。俺も、オーディン・マークスと鉢合わせしたくないしな」

 「ラルフ。オーディンは、ザイードを捨てて、祖国へ逃げ帰ろうとしているんだよ? 彼を捕まえれば、君の手柄になるんじゃないか?」

 思わず俺は、ラルフの袖を引いた。
 にっこりとラルフは笑った。

「知ってる。彼に祖国の窮状を教えてあげたのは、この俺だからな。オーディンがこう出ることはわかりきっていた」

 俺は何か言おうとしたが、飛んできた弾丸がそれを邪魔した。

「ちっ、敵さんが集まってきやがった」
ルグランが舌打ちをした。

「いくぞ、ルグラン! ジウ王子も!」
こちらも銃で応戦しつつ、俺達は、舷側をラルフの船目掛けて走り始めた。








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