ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも

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7 オーストリア皇女マリー・ルイーゼ

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 オーストリアのフランツ帝には、懸念があった。
 ナポレオンは41歳。父である彼よりも、1歳年下であるにすぎない。マリー・ルイーゼとは、22歳も年の差がある。
 それに、宗教上の問題もあった。
 ナポレオンとジョセフィーヌとの離婚が、教会から認められないのではないかという恐れだ。
 離婚は、カトリックの教義に反する。もし、二人の離婚が認められないのなら、皇帝の娘は、重婚の罪を犯すことになってしまう。

 昨年(1809年)、12月14日。皇太后《ナポレオンの母》を含む、宮廷の全員が見物した、ナポレオンとジョセフィーヌの「離婚」は、法的なものだった。二人が交わした離婚証書は、宗教的な拘束力を持たない。(「ジョゼフィーヌとの離婚」、参照)
 ナポレオンの「離婚」は、宗教的に認められていないのではないか。
 これが、オーストリア皇帝の危惧だった。

 キリスト教に於いて、「重婚」は罪である。何も知らなくして妻になっても、その重罪からは免れることはできない。
 長女、マリー・ルイーゼは、神の怒りに触れることになる。
 堅物で信仰心の厚いフランツ帝は、愛する娘に、宗教的な誤り犯させるわけにはいかなかった。





 基本的に、カトリックでは、離婚は認められていない。もちろん、抜け道はある。王族が離婚する、一番簡単な方法は、ローマ教皇の許可を取り付けることである。昔から、教皇の権威を借用し、王族の離婚は成り立ってきた。教皇庁も政治判断に長けていたので、たいていは、離婚許可状を発行してきた。

 ところが、今回に限って、この方法は、うまくいきそうになかった。
 ナポレオンが、教皇ピウス7世を、拉致監禁していたからである。


 ナポレオンの戴冠式を執り行ったピウス7世だが、彼は、この独裁者に危惧を抱いていた。
 それは、ナポレオンの方でも同じだった。
 ナポレオンは、大陸封鎖に協力しなかったとして、教皇領を取り上げた。そして、ピウス7世を「狂人」として、サヴォイ(イタリア)に幽閉してしまった。



 当初、ロシア皇帝の妹をもらうつもりだったナポレオンは、宗教問題を気にしていなかった。ロシア正教会の儀典に従えば、何の問題もないと、たかをくくっていたのだ。
 しかし、ロシア皇帝ツァーはのらりくらりと躱すばかりで、妹をくれそうにない。

 ターゲットをオーストリア皇女マリー・ルイーゼオーストリア皇女に移すに当たり、この宗教上の離婚問題が障壁となることは、目に見えていた。
 オーストリアは、厳格なカトリック国家だ。その上、オーストリア皇帝……彼の1歳年上の舅候補……は、この上もない石頭だったから。

 フランス側は、策を練る必要があった。教皇不在でも、皇帝の離婚を、カトリック宗教界に認めさせねばならない。



 フランス帝国の名目上の大法官、カンバセレスが、フランス宗教裁判所に対し、ジョゼフィーヌとの結婚解消を申し出た。
 しかし、宗教裁判所は、なかなか、これを了承しなかった。

 これに対し、ナポレオンの叔父、フェシュ枢機卿が、声明を送った。
 1804年の宗教上の婚姻は、証明書に立会人のサインがないから無効だ、というのである。
 フェシュ枢機卿は、この結婚を執り行っている。
 さらに、立会人となったタレイランも、結婚式が、教会法上不備であったと、力説した。
 そもそもジョゼフィーヌとの間には、(神の御前において)婚姻が成り立っていなかったのだから、改めて離婚の必要などない。ナポレオンは、ずっと、独身だったのだ、と。

 3週間ほどねばり、ついに、宗教裁判所は折れた。
 宗教裁判所は、ナポレオンとジョセフィーヌとの婚姻は、無効であると宣言した。
 戴冠式前夜に、駆け込みで得た筈の宗教上の結婚……ジョセフィーヌの策略……は、灰燼に帰したのだ。


 こうして、教皇不在のまま、ナポレオンは、新しく妻を娶る手段を手に入れていた。







 この報告に、フランツ帝は頷いた。
 他国の宗教問題など、どうでもよかった。ただ、カトリックの教義に反しないことだけが、重要なのだ。重婚罪が適用されないのなら、それで十分だ。
 そもそも、婚姻による版図拡大は、オーストリアの国是だった。フランス皇帝との間に子どもが生まれれば、次の皇帝は、ハプスブルクの血を引くことになる。

 皇帝は、メッテルニヒの考えを容れる決意をした。






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