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2 天空への旅
4.夜襲
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「ホライヨン、起きて!」
痛いくらいに肩先を突つかれ、目を覚ました。葦の根元のちくちくした大地に辛うじて茣蓙を強いて、俺は眠っていた。
まだ深夜だ。月の光が冴え冴えと照り渡っている。
「母さん……」
「寝ぼけてないで。追っ手よ。逃げなさい。これを持って、早く!」
母は、俺の首に革袋を吊るした。呪文で縮めた父の両手の入っている革袋だ。
「落としたら許さない。全速力で走るのよ。私は後から追いつく」
「僕も戦う」
それは当然のことと思われた。
「お前がいたら邪魔!」
それなのにどんと背中を押された。よろめき、やっとのことで立ち止まりと、母は俺を凄い目で睨んだ。
「お前が一番邪魔なの」
それは、全く本意ではなかった。母の邪魔になるのは。
生い茂った水草の間を、俺は、よろよろと走りはじめた。
「あそこだ! いたぞ!」
揺れる葦の茂みに気がついたのか、兵士たちの一団が追いかけてきた。すっかり見慣れたエメドラードの兵士達、叔父の親衛隊だ。
「裏切り者の犬どもめ。私に何か用?」
ふわりと母の体が上空に舞い上がる。湿地から浮き上がり、母は兵士たちを睥睨した。
「タビサ王太妃!」
親衛隊長が敬礼した。とってつけたような礼だった。
「我らが王は、貴女のお命を狙っているわけではありません。ただ、例のものをお返し頂きたいだけです」
「例のものとは?」
嘲るような高い声が、月光を浴びて冴えわたる。
「言わずともおわかりでしょう? 先日貴女が河原で回収された二つのものです」
「なるほど。私としたことが、尾行をつけられていたってわけね」
「偉大なるサハル陛下にご存じないことなど何もないのです。貴女がお持ちであることはわかっています。諦めてお返し下さい」
「変な言い方ね。返すなんて」
「そもそもあれは、サハル陛下がタバシン河に流されたものです」
「やっぱりあの人がサハルが殺したのね」
確信を持って問い詰めた言葉に、親衛隊長は言葉を途切らせた。しまったという表情から、国王から口止めされていたのだとわかる。
してやったとばかり、母は笑った。
「ばらばらにして河に投げ捨てたものに、なぜ今更執着するの?」
「それは……」
「母さん、後ろ!」
俺は叫んだ。
背後の草むらから、今まさに兵士が槍を投げようとしていた。
凄みのある笑みを母が浮かべた。
その華奢な手が、飛んできた槍を掴む。間髪入れず投げ返した。槍は過たず投げた兵士の胸に突き刺さり、兵士は者も言わずに昏倒した。
それが合図だった。
周囲から一斉に矢が放たれた。飛んできた矢は一点でぶつかる。さっきまでそこにいた母は、いなかった。空しく互いの矢じりがぶつかり合った矢たちは、鋭い音を立てて四散した。
母は、高い位置に跳ね上がっていた。もちろん、全くの無傷だ。大きな声で笑いながら両手を上へ差し出す。凄まじい突風が巻き起こった。細かい砂を巻き上げた風は竜巻となり、師団に襲い掛かった。
「気の毒ね。私たちがここにいることがわかってしまった以上、貴方がたを生きて返すわけにはいかないの。ただの一人もね!」
嘲るような声が聞こえた。次の瞬間、うめき声と凄まじい血の雨が、乾いた大地に降り注いだ。
痛いくらいに肩先を突つかれ、目を覚ました。葦の根元のちくちくした大地に辛うじて茣蓙を強いて、俺は眠っていた。
まだ深夜だ。月の光が冴え冴えと照り渡っている。
「母さん……」
「寝ぼけてないで。追っ手よ。逃げなさい。これを持って、早く!」
母は、俺の首に革袋を吊るした。呪文で縮めた父の両手の入っている革袋だ。
「落としたら許さない。全速力で走るのよ。私は後から追いつく」
「僕も戦う」
それは当然のことと思われた。
「お前がいたら邪魔!」
それなのにどんと背中を押された。よろめき、やっとのことで立ち止まりと、母は俺を凄い目で睨んだ。
「お前が一番邪魔なの」
それは、全く本意ではなかった。母の邪魔になるのは。
生い茂った水草の間を、俺は、よろよろと走りはじめた。
「あそこだ! いたぞ!」
揺れる葦の茂みに気がついたのか、兵士たちの一団が追いかけてきた。すっかり見慣れたエメドラードの兵士達、叔父の親衛隊だ。
「裏切り者の犬どもめ。私に何か用?」
ふわりと母の体が上空に舞い上がる。湿地から浮き上がり、母は兵士たちを睥睨した。
「タビサ王太妃!」
親衛隊長が敬礼した。とってつけたような礼だった。
「我らが王は、貴女のお命を狙っているわけではありません。ただ、例のものをお返し頂きたいだけです」
「例のものとは?」
嘲るような高い声が、月光を浴びて冴えわたる。
「言わずともおわかりでしょう? 先日貴女が河原で回収された二つのものです」
「なるほど。私としたことが、尾行をつけられていたってわけね」
「偉大なるサハル陛下にご存じないことなど何もないのです。貴女がお持ちであることはわかっています。諦めてお返し下さい」
「変な言い方ね。返すなんて」
「そもそもあれは、サハル陛下がタバシン河に流されたものです」
「やっぱりあの人がサハルが殺したのね」
確信を持って問い詰めた言葉に、親衛隊長は言葉を途切らせた。しまったという表情から、国王から口止めされていたのだとわかる。
してやったとばかり、母は笑った。
「ばらばらにして河に投げ捨てたものに、なぜ今更執着するの?」
「それは……」
「母さん、後ろ!」
俺は叫んだ。
背後の草むらから、今まさに兵士が槍を投げようとしていた。
凄みのある笑みを母が浮かべた。
その華奢な手が、飛んできた槍を掴む。間髪入れず投げ返した。槍は過たず投げた兵士の胸に突き刺さり、兵士は者も言わずに昏倒した。
それが合図だった。
周囲から一斉に矢が放たれた。飛んできた矢は一点でぶつかる。さっきまでそこにいた母は、いなかった。空しく互いの矢じりがぶつかり合った矢たちは、鋭い音を立てて四散した。
母は、高い位置に跳ね上がっていた。もちろん、全くの無傷だ。大きな声で笑いながら両手を上へ差し出す。凄まじい突風が巻き起こった。細かい砂を巻き上げた風は竜巻となり、師団に襲い掛かった。
「気の毒ね。私たちがここにいることがわかってしまった以上、貴方がたを生きて返すわけにはいかないの。ただの一人もね!」
嘲るような声が聞こえた。次の瞬間、うめき声と凄まじい血の雨が、乾いた大地に降り注いだ。
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