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1 悪役令息
12.最先端で突撃
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「敵艦隊の戦列は?」
見張り台の歩哨に俺は尋ねた。
「横一列に並んでいます!」
撃てば響く声が返ってくる。
「よし。わが軍艦隊を2つに分ける。ひとつは、俺のアルシノエ号が先頭に立つ。もうひとつは、ラシャド提督の船に引率させろ。わが船団は、敵艦先頭から1/3 の地点に、ラシャド提督率いる船団は、敵艦後方から1/3 の地点に突っ込む」
味方より遥かに数に勝る敵艦隊と戦うにはこれしかない。
分断するのだ。
俺とラシャドの隊列で、インゲレの戦列を3等分し、攻撃を分散させる。
「全軍に至急、通達せよ!」
「しかし、サハル殿下。王弟殿下であられる貴方の船が、攻撃の先頭を行くのですか?」
忙しく暗号文が飛び交う中、艦長がにじりよってきた。
「当たり前だ。アルシノエは、旗艦だからな。そして俺は総司令官だ」
「先頭でつっこむということは、それだけ危険が勝ります」
「まあ、そうだろうな」
「こんなことが国王陛下に知られたら……」
「大丈夫だ。王弟殿下は俺が守る。げろっ」
もう吐くものはなかろうに、ジョルジュが割り込んできて、また吐き散らしている。俺は眉を顰めた。
「いいからお前は引っ込んでろ。邪魔するな」
「いえ、私の聖なる務めは殿下の盾となることです。げえっ」
「お前に死んでもらったら困るんだよ」
いざとなったら、捕虜にして、インゲレとの交渉に使うつもりだ。ヴィットーリアの弟をこちらが抑えていれば、有利な条件で交渉に臨めるだろう。
「なんか、黒い顔をしていらっしゃいますね、サハル殿下」
艦長が不安そうに俺を窺っている。
「気のせいだ」
即座に俺は、彼の不安を打ち消してやった。
◇
アルシノエが、海の上を滑るように走っていく。フリゲート艦は船体も軽く、素早い攻撃に打ってつけだ。
「あああ……。王弟ともあろうあんたが、最先端で突っ込んでいくなんて……。陛下に知られたらなんとおっしゃられることか……」
相変わらず暗い声で艦長が嘆いている。その足元で、ジョルジュが伸びていた。高速で走るフリゲート艦の揺れに、ついに限界を越えたようだ。
「行くぞ! 砲撃、用意!」
華々しく砲弾を打ち鳴らしながら、旗艦アルシノエは、敵艦隊の中へ突っ込んでいった。
「敵砲艦の砲撃技術は低い。連射を浴びせろ」
インゲレの発砲速度は、3分で1発。対するわが軍には、1分半で1発撃つだけの技術がある。
その上、インゲレ船は、こちらの船の帆綱ばかり狙ってきた。
帆綱……帆の上げ下ろしに使う綱だ。これが機能しなくなれば、船は立ち往生するしかない。敵は、停泊した船に乗り移り、わが軍の船を強奪するつもりだ。
そしてもちろん、この後の戦争で再利用する。自国の戦艦として。
「ちぇっ、せこい手ぇ使いやがって」
俺は毒づいた。船は高価だ。まして戦艦となったら、なおさらだ。エメドラードだって、一隻でも余計に船が欲しいのに変わりはない。けれど俺は、そのような姑息な手段は採らない。
やるとなったらやる。
敵の船を乗っ取ってまで自国の船を増やす必要などない。敵艦隊を再起不能にすればそれでいいのだ。
全艦、撃破してやる。
「おい、敵の火薬を積んだ船はどれだ?」
艦長に尋ねた。
「わっ、わかりません!」
「なんだと? 斥候を放てと命じたじゃないか」
伝令からインゲレ艦隊が攻めて来たと聞いた時に、すぐに、スパイを放つよう、命じてあったのだ。
「放ったスパイは、帰って来ませんでした。敵軍に捕まった模様です」
「おのれ……インゲレめ!」
王女ヴィットーリアの婚約者として屋敷に閉じ込められ、軟禁状態だった日々が、脳裏に蘇る。拷問や虐待こそされなかったし、食事はまあまあで待遇もそこそこだったけど、自由がなかった。メイドや女官に手を出すことは禁じられており、貴族令嬢には近寄らせても貰えなかった。
まるで囚人か捕虜のような生活だった。
「おいっ!」
足元に伸びているジョルジュを、俺は胸倉を掴んで引き起こした。
「あああ……麗しいお顔が眼前に」
錯乱状態に陥っている彼に、一発張り手を噛ます。
「お前の国では、火薬はどの船に積んでいる!?」
「ああ、もっと……」
「もっとじゃない! 火薬だ! インゲルの火薬積載船はどれだ?」
「ぶって」
「は?」
「もっとぶってくれたら、教えてあげる」
「……」
やむを得ない。暴力は嫌いだが、相手を正気に返らせる時と、祖国を守る場合は、話が別だ。俺はもう一発、ジョルジュに食らわせた。ただし気絶されたら困るから、手加減はした。
「もっと……もっと!」
「うるさい! 速く言え!」
「言ったら、もっとしてくれる?」
「ええい、気色が悪い! いくらでも殴り倒してやるわ!」
「ヴィクトリー」
くっ、ヴィットーリアのやつ、自分の船に火薬を満載にしていたとは!
「ヴィクトリー号を探せ!」
立ち上がって俺は叫んだ。急に胸倉を離したものだから、ジョルジュは勢いよく船板に頭をぶつけ、再び気絶した。
見張り台の歩哨に俺は尋ねた。
「横一列に並んでいます!」
撃てば響く声が返ってくる。
「よし。わが軍艦隊を2つに分ける。ひとつは、俺のアルシノエ号が先頭に立つ。もうひとつは、ラシャド提督の船に引率させろ。わが船団は、敵艦先頭から1/3 の地点に、ラシャド提督率いる船団は、敵艦後方から1/3 の地点に突っ込む」
味方より遥かに数に勝る敵艦隊と戦うにはこれしかない。
分断するのだ。
俺とラシャドの隊列で、インゲレの戦列を3等分し、攻撃を分散させる。
「全軍に至急、通達せよ!」
「しかし、サハル殿下。王弟殿下であられる貴方の船が、攻撃の先頭を行くのですか?」
忙しく暗号文が飛び交う中、艦長がにじりよってきた。
「当たり前だ。アルシノエは、旗艦だからな。そして俺は総司令官だ」
「先頭でつっこむということは、それだけ危険が勝ります」
「まあ、そうだろうな」
「こんなことが国王陛下に知られたら……」
「大丈夫だ。王弟殿下は俺が守る。げろっ」
もう吐くものはなかろうに、ジョルジュが割り込んできて、また吐き散らしている。俺は眉を顰めた。
「いいからお前は引っ込んでろ。邪魔するな」
「いえ、私の聖なる務めは殿下の盾となることです。げえっ」
「お前に死んでもらったら困るんだよ」
いざとなったら、捕虜にして、インゲレとの交渉に使うつもりだ。ヴィットーリアの弟をこちらが抑えていれば、有利な条件で交渉に臨めるだろう。
「なんか、黒い顔をしていらっしゃいますね、サハル殿下」
艦長が不安そうに俺を窺っている。
「気のせいだ」
即座に俺は、彼の不安を打ち消してやった。
◇
アルシノエが、海の上を滑るように走っていく。フリゲート艦は船体も軽く、素早い攻撃に打ってつけだ。
「あああ……。王弟ともあろうあんたが、最先端で突っ込んでいくなんて……。陛下に知られたらなんとおっしゃられることか……」
相変わらず暗い声で艦長が嘆いている。その足元で、ジョルジュが伸びていた。高速で走るフリゲート艦の揺れに、ついに限界を越えたようだ。
「行くぞ! 砲撃、用意!」
華々しく砲弾を打ち鳴らしながら、旗艦アルシノエは、敵艦隊の中へ突っ込んでいった。
「敵砲艦の砲撃技術は低い。連射を浴びせろ」
インゲレの発砲速度は、3分で1発。対するわが軍には、1分半で1発撃つだけの技術がある。
その上、インゲレ船は、こちらの船の帆綱ばかり狙ってきた。
帆綱……帆の上げ下ろしに使う綱だ。これが機能しなくなれば、船は立ち往生するしかない。敵は、停泊した船に乗り移り、わが軍の船を強奪するつもりだ。
そしてもちろん、この後の戦争で再利用する。自国の戦艦として。
「ちぇっ、せこい手ぇ使いやがって」
俺は毒づいた。船は高価だ。まして戦艦となったら、なおさらだ。エメドラードだって、一隻でも余計に船が欲しいのに変わりはない。けれど俺は、そのような姑息な手段は採らない。
やるとなったらやる。
敵の船を乗っ取ってまで自国の船を増やす必要などない。敵艦隊を再起不能にすればそれでいいのだ。
全艦、撃破してやる。
「おい、敵の火薬を積んだ船はどれだ?」
艦長に尋ねた。
「わっ、わかりません!」
「なんだと? 斥候を放てと命じたじゃないか」
伝令からインゲレ艦隊が攻めて来たと聞いた時に、すぐに、スパイを放つよう、命じてあったのだ。
「放ったスパイは、帰って来ませんでした。敵軍に捕まった模様です」
「おのれ……インゲレめ!」
王女ヴィットーリアの婚約者として屋敷に閉じ込められ、軟禁状態だった日々が、脳裏に蘇る。拷問や虐待こそされなかったし、食事はまあまあで待遇もそこそこだったけど、自由がなかった。メイドや女官に手を出すことは禁じられており、貴族令嬢には近寄らせても貰えなかった。
まるで囚人か捕虜のような生活だった。
「おいっ!」
足元に伸びているジョルジュを、俺は胸倉を掴んで引き起こした。
「あああ……麗しいお顔が眼前に」
錯乱状態に陥っている彼に、一発張り手を噛ます。
「お前の国では、火薬はどの船に積んでいる!?」
「ああ、もっと……」
「もっとじゃない! 火薬だ! インゲルの火薬積載船はどれだ?」
「ぶって」
「は?」
「もっとぶってくれたら、教えてあげる」
「……」
やむを得ない。暴力は嫌いだが、相手を正気に返らせる時と、祖国を守る場合は、話が別だ。俺はもう一発、ジョルジュに食らわせた。ただし気絶されたら困るから、手加減はした。
「もっと……もっと!」
「うるさい! 速く言え!」
「言ったら、もっとしてくれる?」
「ええい、気色が悪い! いくらでも殴り倒してやるわ!」
「ヴィクトリー」
くっ、ヴィットーリアのやつ、自分の船に火薬を満載にしていたとは!
「ヴィクトリー号を探せ!」
立ち上がって俺は叫んだ。急に胸倉を離したものだから、ジョルジュは勢いよく船板に頭をぶつけ、再び気絶した。
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