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1 悪役令息

3.おじちゃまぁ~っ!

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タビサの宮殿は、西の対にある。いわゆる、後宮ハーレムだ。ダレイオタビサ一筋で側室を入れようとしなかったから、一般的な「ハーレム」とはちょっと、意味が違うが。むしろ、王の私的空間だ。

そこに、彼女の妹のエルナも同居していた。姉の話し相手、兼、女官長というのが、彼女に与えられた地位だったはずだ。今ではタビサは王妃だから、エルナの役割りも、それなりに重くなっているのだろう。

宮殿から、小さな男の子が走り出て来た。羽が生えていて、丸々と太っている。兄の子のホライヨンだ。
頭を下げ、一直線に走って来た男の子は、俺の脚にぶつかって止まった。正確には弾き飛ばされた。

「あっ、おじちゃま」
廊下にへたり込んだチビスケが、黄色い声を張り上げた。
「おじちゃまだ!おじちゃまだ!おじちゃまだ!」

尻をついたまま、ずりずりいざり寄って来る。立ち上がる暇さえ惜しいという感じだ。

「おお、ホライヨン、大きくなったな」

わずか半年ほど会わなかっただけだけど、なんだか人間らしくなった。俺が宮殿を出るまで、この子はひどく、人間離れして見えた。なぜか羽も生えてるし。俺の身近には、他に幼児がいないからわからないが、小さい子にはみな、羽が生えているんだろうか? それとダレイオの子だからちょっとおかしいのか?

「おじちゃま!」

叫んでホライヨンは飛び上がった。人類を超える跳力である。やっぱりこいつは妖怪だ。

「うおっ」

5メートルほど飛んで危うく天井にぶつかりそうになった彼の足を掴んで引きずりおろした。
さすがダレイオの息子、跳躍力が半端ない。

ただし、ホライヨンの肌は、緑色ではない。褐色だ。雀の羽のようなこげ茶色。肌の色はこの先変わるのかもしれないが、もしかしたらこの子には、王位継承権がないのかもしれない。

誰が次の王になるのかは、生命魔力の継承によって決まる。緑色の肌の王子が、次の王だ。肌が緑色になる場合は、概ね思春期までの間に変色する。

ダレイオは、早くから緑色だった。俺は、生まれた時から白かった。だから、ダレイオは、両親の愛をいっぱいに受けて育った。
俺は……まあ、お察しだ。

それなのに、自分が可愛がっていた方の王子に殺されるなんてな。人生の究極の皮肉だ。そして、期待されず愛されもせずに育てられたせいで、俺は父王の死に悲しみを抱くこともない。
殺人犯が実の兄であったとしても、何の違和感も感じていない。

そんなことをぼんやり考えていると、ホライヨンが俺の首に両手を回し、抱き着いてきた。

「わはは。暑いぞ、こら」
「おじちゃま……」

胸に顔を埋め、すりすりしている。何を思ったか、俺の首元に顔を埋めたまま、鼻と口ですーはーすーはーしている。走って来て、息が苦しいのだろうか。

暑いと言ったのはその通りで、幼児は体温が高い。さらにこの時のホライヨンは、病気じゃないかと心配になるくらい、高温だった。顔も赤い。その上、こいつには羽が生えている。まるで、羽毛布団を被せられたようだ。

俺に抱き着いたまま、ホライヨンの体温は、ぐんぐん上昇していく。

暑さに耐えきれず、胸元にかじりついている幼児をむしり取ろうとした。ところが、引っ付き虫のように、離れない。
さらに力を入れる。

「おい、いい加減で離れろ」
しまいには、全力で引っぺがそうとした。

「きゃあっ! おじちゃまぁ!」
耳障りな金属音で、幼児が泣きわめく。

「くっ。離れねえ」
「おじちゃまぁぁん」

「ちょっと! うちの子になにしてるの!」

部屋の中から女が出て来た。
ダレイオの妃のタビサだ。

「よう、タビサ。久しぶり。相変わらずいい女だな」
「まあ! サハルじゃないの! よくもまあ、おめおめと帰って来れたものね!」
「いやいやいや、母子で熱烈歓迎してくれなくても……ん?」
なんだかディスられた気がする。

「あんたが私の妹エルナにした仕打ちときたら!」
あ、やっぱそこね。

「エルナには悪かったと思ってる。だが、インゲレ王女との婚姻は、先王の命令だった。仕方ないだろ。俺はいわば、国の犠牲になったんだよ」

胸を張って言ってやった。だって本当のことだろ? 俺は、わが国エメドラード隣国インゲレとの友好と平和の為に、好きでもない王女ヴィットーリアと婚約したんだからな! 破談になったけど。

「まっ。物はいいようね。それより、うちの子、返してよ」
「こいつが離れねえんだよっ!」

タビサは俺に近づき、強引にホライヨンをむしり取った。

「いやあっ! おじちゃまぁあっ!」
長い悲鳴が後を引き、俺は耳を塞いだ。
「うぎゃあっ! きゃーーーーーっ!」
「タビサ、そのガキ黙らせろ!」
「できないわ」
「できないってさ、」
「おじちゃ、まぁぁぁぁぁっ!」
「う、うるさい! お前、母親だろ? 頼むから早く黙らせてくれ」

「無理よ、こうなったら」
「無理って……」
「ホライヨンは頑固なの」

「おじちゃまぁあ~」
その甥は、母親の腕から全身を乗り出し、俺の方に向けて両手を差し出している。

「おい、落ちるぞ」
「大丈夫よ。羽があるから」
タビサはぱっと両手を離した。
「あっ!」

子どもは落下し、床に就く直前で羽を広げた。が、少し遅すぎたようだ。床にべちゃりと叩きつけられた。

「だ、大丈夫か?」
「おじちゃま……」

叩きつけられた顔を、よけいに赤くして、嬉しそうに両手を差し出してくる。俺の服を掴もうとするから、慌てて横へ飛びのいた。

子どもを落とし、両手が自由になったタビサは、身体のどこからか耳栓を取り出した。両耳に押し込んでいる。
「自分だけかよ!」

耳栓を無事に装着し終えたタビサは自分が落とした子どもを拾い上げた。

「さあ、悪い叔父上は放っておいて、あっちに行きましょう、ホライヨン」
「悪い叔父で悪かったな」

「いやぁーーーーーーっ!」
幼児は全力で泣き叫んだが、母親の耳には全く届いていなかった。耳栓をしているのだから、仕方がない。

「さあさ、いい子ね、ホライヨン。おいしいお菓子を食べましょう」
ぴたりと子どもが泣き止んだ。

「おじちゃま……」
立ち去る母親の方から顔だけ乗り出し、涙でいっぱいの目でホライヨンは、いつまでも俺を見ていた。

「でも、お菓子の方がいいんだろ?」
一人取り残された俺は毒づいた。





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