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1 悪役令息
1.婚約破棄
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「サハル=カフラー・ド・エメドラード!」
王座の上から金髪碧眼の少女が睨んでいる。彼女は、インゲレ王国王女ヴィットーリア。傍らに、楚々とした美少女が寄り添っている。
「貴様が、このポメリアに働いた狼藉の数々、決して許されるものではない!」
ちっ。
俺は小さく舌打ちをした。
今はおとなしくヴィットーリア王女に寄り添っているが、男爵令嬢ポメリアは、とんでもない性悪女だ。心が腐りきっている。
ほら、俺をちらりと見た、あの顔を見ろよ。王女の蔭に隠れて、いかにもいい気味って風に、笑ってるぜ。
悪辣なポメリアには、彼女にふさわしいいたずらを仕掛けてやった。肥溜めに突き落としたり、通り道に馬糞を置いて踏ませたり。部屋のドアに腐った生卵を投げつけたのは、いいストレス解消になった。
自分でいうのも何だが、どれも可愛いいたずらばかりだ。俺は、基本、優しいのだ。血を見るのは、さんざんいたぶった後でいい。
なにしろ、まだ、この国に来てから日が浅いからな。悪役令嬢を血祭りにあげるのは、もう少ししてからにしようと思っていたのだ。その方が、じっくり楽しめるし?
それなのによ。
「エメドラード王国第2王子、サハル=カフラー。貴様との婚約は解消だ!」
玉座から王女ヴィットーリアが言い放つ。あの椅子はまだ、父王のものだけどね。けど、娘の言いなりになっている大アマダメダメな父親だ。よって国政はほぼ、ヴィットーリアが仕切っている。
……あれ?
なんだか俺の方が、悪役令嬢みたいじゃね? いや、俺は男だから、悪役令息か。しかし、悪役令息って、女性から婚約破棄されるもんだっけ? いやいやいや。悪役令息との婚約を破棄するのは、カオだけが取り柄のオツムの弱い王子だろ、普通は。俺様ともあろうものが、絵に描いたようなイケメンで、おまけに頭もよくて、その上武芸に秀でた、しかも正真正銘の王子が、だよ? なんで王女なんかに弾劾されなきゃいけないわけ?
いや、男ならいいってわけじゃないけどね。
つか、俺の結婚相手が男なんて、最初からありえねえ。俺は男だし、ま、男同士でひっついてるやつらもいないことはないが、俺はそういうんじゃない。相手にするなら女の方が断然、いい。そこは、父エメドラード王も理解していたようだ。
エメドラード王国とインゲレ王国は、隣国同士だ。そして、隣人関係の常識として、当然のごとく、仲が悪い。
御多分に漏れず、両国も戦争が絶えなかった。特にここ10年ほどは、互いに領土侵犯を繰り返し、どちらの国も疲弊していった。両国とも、このままでは北の大国ロードシア帝国や東のフェーブル帝国に、併合されかねない。
講和が必要だった。
幸い、というか、インゲレには可愛くはないが、一応、姫が、エメドラードには見目麗しい王子がいた。そういうわけで、両国の講和の象徴として、俺とヴィットーリアの婚姻が提案されたのだ。
エメドラードが最初に提案してきたのは、ヴィットーリアの弟、ジョルジュ王子だった。けれど、男と結婚なんてとんでもない。何考えてくれちゃってるの? 男とできるか? 自分と同じ体をしている奴と? いいや、無理だね。俺は、断固拒否した。
まあ、あの時は、彼の姉がまさかこんな女丈夫だとは思わなかったわけだけど。
ヴィットーリアは、外見だけは、まるで深層の令嬢なのだ。送られてきた肖像画に、俺はすっかりダマされたってわけ。この絵を描いた絵師を特定次第、首を刎ねてやるつもりだ。
「つかさ、その女、何よ?」
ヴィットーリアの隣に立つポメリアを、俺は指さした。
誤解しないで貰いたい。
婚約破棄は、むしろ望むところだ。祖国がどうなるかなんて、知ったこっちゃない。国の平和を、外交ではなく、王族の婚姻に頼るところに、エメドラード、インゲレとも、限界が見えているというものだ。
驚いたことに、ヴィットーリアの顔がぱっと赤くなった。
「妾は、これからの人生を、この女性とともに生きていく決意を固めた」
その声は小さかったけれど、堂々としていた。励ますようにポメリアが、ヴィットーリアの手を握る。
「王女様」
「うん。貴女はわたしのものよ、ポメリア」
「嬉しい」
「そういうのは、よそでやってくれないかなあ」
小さい声で俺はぼやいた。こういうの、どこかの国では、犬も喰わないって言うんじゃなかったっけ? あ、あれは夫婦喧嘩か。ま、似たようなもんだ。第三者には何の関係もない。見せつけられても、目線のやり場に困るだけだ。
きっ、とヴィットーリアが顔を上げた。
「ポメリアのお陰で、妾は真の愛を知ることができた。もはや汝と褥を共にすることなどできそうにない」
「よかったな。俺も同意見だよ」
俺だってやだよ、こんな強気な女。知ってるか? 彼女、柔道空手ボクシング、プロレスに至るまで、インゲレ最上位なんだぜ? ま、いずれこの俺が、うち負そうと思っていたが……。
自分で言ったくせに、俺が同意すると、ヴィットーリアはむっとした顔になった。
「ポメリアに加えられた狼藉の数々。いくら妾の気を引こうとしたとしても、限度がある。到底、許されることではない」
はあ?
気を惹こうとしただと?
俺が、アマゾネスの?
「俺はあんたの気を惹こうとなんて、1ミクロンも思ってなかったから」
もちろん今でも。
「なら、なぜ、わが麗しのポメリアのドレスの裾に猫の……」
ヴィットーリアは、ぽっと頬を赤らめた。
「ああ、はいはい。猫の小便を掛けた件ね。それが、彼女にふさわしいと思ったから。ぴったりの香水だったろ、ポメリア」
ヴィットーリアの背後から顔を覗かせているポメリアに目を向けると、再び彼女は、さっと王女の背後に隠れた。
この女、最初に俺の屋敷の中庭に、タヌキのフンを、大量に運び込みやがったくせに。いわゆるためふんってやつだ。タヌキはフンを、縄張り表示や情報伝達として使う。フンのあるところに、やつらは集まって来る。おかげで俺は、夜ごと集まって来るタヌキどもの腹鼓に悩まされたものだ。なにより、フン害は強烈だった。
ヴィットーリアの顔が、おもしろいように青ざめていった。
「わが愛しのポメリアを呼び捨てにするとは……おのれ、エメドラード、許さじ」
俺のちょっとしたいたずらが、国規模で糾弾されてる。つか、発端はポメリアだろ、どう考えたって。タヌキの腹鼓がうるさくて、眠れなかった身にもなってほしい。寝不足は、美容の敵なのだ。
それなのにヴィットーリアは仁王立ちになって言い放った。
「お前の国との同盟関係はこれにて解消だ。即刻、我が国から立ち去るがよい」
こうして俺は、平和の使者として送り込まれた敵国から、結婚式前に追い出されたのだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※女性から弾劾された悪役令息です
王座の上から金髪碧眼の少女が睨んでいる。彼女は、インゲレ王国王女ヴィットーリア。傍らに、楚々とした美少女が寄り添っている。
「貴様が、このポメリアに働いた狼藉の数々、決して許されるものではない!」
ちっ。
俺は小さく舌打ちをした。
今はおとなしくヴィットーリア王女に寄り添っているが、男爵令嬢ポメリアは、とんでもない性悪女だ。心が腐りきっている。
ほら、俺をちらりと見た、あの顔を見ろよ。王女の蔭に隠れて、いかにもいい気味って風に、笑ってるぜ。
悪辣なポメリアには、彼女にふさわしいいたずらを仕掛けてやった。肥溜めに突き落としたり、通り道に馬糞を置いて踏ませたり。部屋のドアに腐った生卵を投げつけたのは、いいストレス解消になった。
自分でいうのも何だが、どれも可愛いいたずらばかりだ。俺は、基本、優しいのだ。血を見るのは、さんざんいたぶった後でいい。
なにしろ、まだ、この国に来てから日が浅いからな。悪役令嬢を血祭りにあげるのは、もう少ししてからにしようと思っていたのだ。その方が、じっくり楽しめるし?
それなのによ。
「エメドラード王国第2王子、サハル=カフラー。貴様との婚約は解消だ!」
玉座から王女ヴィットーリアが言い放つ。あの椅子はまだ、父王のものだけどね。けど、娘の言いなりになっている大アマダメダメな父親だ。よって国政はほぼ、ヴィットーリアが仕切っている。
……あれ?
なんだか俺の方が、悪役令嬢みたいじゃね? いや、俺は男だから、悪役令息か。しかし、悪役令息って、女性から婚約破棄されるもんだっけ? いやいやいや。悪役令息との婚約を破棄するのは、カオだけが取り柄のオツムの弱い王子だろ、普通は。俺様ともあろうものが、絵に描いたようなイケメンで、おまけに頭もよくて、その上武芸に秀でた、しかも正真正銘の王子が、だよ? なんで王女なんかに弾劾されなきゃいけないわけ?
いや、男ならいいってわけじゃないけどね。
つか、俺の結婚相手が男なんて、最初からありえねえ。俺は男だし、ま、男同士でひっついてるやつらもいないことはないが、俺はそういうんじゃない。相手にするなら女の方が断然、いい。そこは、父エメドラード王も理解していたようだ。
エメドラード王国とインゲレ王国は、隣国同士だ。そして、隣人関係の常識として、当然のごとく、仲が悪い。
御多分に漏れず、両国も戦争が絶えなかった。特にここ10年ほどは、互いに領土侵犯を繰り返し、どちらの国も疲弊していった。両国とも、このままでは北の大国ロードシア帝国や東のフェーブル帝国に、併合されかねない。
講和が必要だった。
幸い、というか、インゲレには可愛くはないが、一応、姫が、エメドラードには見目麗しい王子がいた。そういうわけで、両国の講和の象徴として、俺とヴィットーリアの婚姻が提案されたのだ。
エメドラードが最初に提案してきたのは、ヴィットーリアの弟、ジョルジュ王子だった。けれど、男と結婚なんてとんでもない。何考えてくれちゃってるの? 男とできるか? 自分と同じ体をしている奴と? いいや、無理だね。俺は、断固拒否した。
まあ、あの時は、彼の姉がまさかこんな女丈夫だとは思わなかったわけだけど。
ヴィットーリアは、外見だけは、まるで深層の令嬢なのだ。送られてきた肖像画に、俺はすっかりダマされたってわけ。この絵を描いた絵師を特定次第、首を刎ねてやるつもりだ。
「つかさ、その女、何よ?」
ヴィットーリアの隣に立つポメリアを、俺は指さした。
誤解しないで貰いたい。
婚約破棄は、むしろ望むところだ。祖国がどうなるかなんて、知ったこっちゃない。国の平和を、外交ではなく、王族の婚姻に頼るところに、エメドラード、インゲレとも、限界が見えているというものだ。
驚いたことに、ヴィットーリアの顔がぱっと赤くなった。
「妾は、これからの人生を、この女性とともに生きていく決意を固めた」
その声は小さかったけれど、堂々としていた。励ますようにポメリアが、ヴィットーリアの手を握る。
「王女様」
「うん。貴女はわたしのものよ、ポメリア」
「嬉しい」
「そういうのは、よそでやってくれないかなあ」
小さい声で俺はぼやいた。こういうの、どこかの国では、犬も喰わないって言うんじゃなかったっけ? あ、あれは夫婦喧嘩か。ま、似たようなもんだ。第三者には何の関係もない。見せつけられても、目線のやり場に困るだけだ。
きっ、とヴィットーリアが顔を上げた。
「ポメリアのお陰で、妾は真の愛を知ることができた。もはや汝と褥を共にすることなどできそうにない」
「よかったな。俺も同意見だよ」
俺だってやだよ、こんな強気な女。知ってるか? 彼女、柔道空手ボクシング、プロレスに至るまで、インゲレ最上位なんだぜ? ま、いずれこの俺が、うち負そうと思っていたが……。
自分で言ったくせに、俺が同意すると、ヴィットーリアはむっとした顔になった。
「ポメリアに加えられた狼藉の数々。いくら妾の気を引こうとしたとしても、限度がある。到底、許されることではない」
はあ?
気を惹こうとしただと?
俺が、アマゾネスの?
「俺はあんたの気を惹こうとなんて、1ミクロンも思ってなかったから」
もちろん今でも。
「なら、なぜ、わが麗しのポメリアのドレスの裾に猫の……」
ヴィットーリアは、ぽっと頬を赤らめた。
「ああ、はいはい。猫の小便を掛けた件ね。それが、彼女にふさわしいと思ったから。ぴったりの香水だったろ、ポメリア」
ヴィットーリアの背後から顔を覗かせているポメリアに目を向けると、再び彼女は、さっと王女の背後に隠れた。
この女、最初に俺の屋敷の中庭に、タヌキのフンを、大量に運び込みやがったくせに。いわゆるためふんってやつだ。タヌキはフンを、縄張り表示や情報伝達として使う。フンのあるところに、やつらは集まって来る。おかげで俺は、夜ごと集まって来るタヌキどもの腹鼓に悩まされたものだ。なにより、フン害は強烈だった。
ヴィットーリアの顔が、おもしろいように青ざめていった。
「わが愛しのポメリアを呼び捨てにするとは……おのれ、エメドラード、許さじ」
俺のちょっとしたいたずらが、国規模で糾弾されてる。つか、発端はポメリアだろ、どう考えたって。タヌキの腹鼓がうるさくて、眠れなかった身にもなってほしい。寝不足は、美容の敵なのだ。
それなのにヴィットーリアは仁王立ちになって言い放った。
「お前の国との同盟関係はこれにて解消だ。即刻、我が国から立ち去るがよい」
こうして俺は、平和の使者として送り込まれた敵国から、結婚式前に追い出されたのだった。
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※女性から弾劾された悪役令息です
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