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13 白いコスモスと黄色い薔薇

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 「ゾフィー。君の部屋の前に、これが」
 ある日、訪ねてきたフランツは、白いコスモスの花束を、手にしていた。

 花束には、送り主の名は、入っていなかった。が、聡い彼は、すぐに、誰からの贈り物か、悟ったようだった。恐らく、上官ヴァーサ公が彼女を見る、その目つきから。近づいてくる彼の、その気配から。
 自分は、彼の話をし過ぎたのかもしれないと、ゾフィーは思った。後悔はなかった。フランツと彼の話をするのは、楽しかった。フランツになら、秘密の恋を知られても構わない。むしろ、知っていてほしかった。

 白いコスモスの花言葉は、「優美」。女性に対する、最高の誉め言葉だ。
 フランツは無言で、廊下に置かれていた花束を、ゾフィーに手渡した。


 次の日。シェーンブルンの薔薇園から、フランツは、黄色い薔薇を摘んできた。
 「僕は、君の味方だ」
微笑みながら、ゾフィーに差し出す。
 黄色い薔薇の花ことばは、「友情」。
 しかし、彼は、知っているのだろうか。黄色い薔薇には、もうひとつ、花ことばがある。
 それは、「嫉妬」……。





 フランツが、愁いに沈んだ眼差しを一時、ゾフィーに向ける。やおら叔父に向き直る。
「叔父上。また、ゾフィー大公妃をお借りしたいのですが」
「おお、いいとも」
 甥と出かけるのなら、夫は咎めない。むしろ、気分転換にいいとばかり、賛成してくれる。
「叔父上の許可も得た。さ、ゾフィー。行きましょう」
優しく微笑み、ゾフィーの手を取る。
 フランツは、彼女が「彼」と共に過ごす時間を、作ってくれた。


 だが、究極のところで、ゾフィーは、夫を裏切らなかった。
 あの頃、それを、フランツは知っていたのだろうか。
 彼女には義務があった。オーストリアの為に、次世代の皇帝を産む、という。
 それこそが、母国バイエルンの安全と繁栄につながる筈だ。


 いずれにしろ、フランツは、彼女の味方だった。彼女が何をしようと、たとえ、夫を裏切ろうと、フランツは、ゾフィーの味方でいてくれただろう。
 それは、ゾフィーは、確信している。
 二人は、同志だった。同じ孤独を分け合う、仲間だった。


 そんな中、とうとう、ゾフィーの願いは叶えられた。6年間の不妊を経て、ようやく、フランツ・ヨーゼフを授かった。
 この子は、間違いなく、夫の子だ。ハプスブルクの子だと、胸を張って言える。

 ……「ホイップ・クリームをトッピングした、ストロベリー・アイスみたいだね!」
 フランツはそう言って、飽かずに、生れたばかりの従弟を眺めていた。


 出産は、ゾフィーの心に、思いもかけない変化を齎した。いとけない赤ん坊の存在が、激しかった恋の炎を、まるで魔法のように消し去ってしまったのだ。
 ……だってこの子は、私がいないと生きられない。
 恋とは別の次元の、もっと生存に根差した、強い愛情を、ゾフィーは、フランツ・ヨーゼフ赤ん坊に対して感じた。
 夫に対しては、相変わらずだったけれども。


 一方、ヴァーサ公は、どうしても、彼女を諦めなかった。
 ゾフィーが距離を置こうとすればするほど、執拗に、追いかけてくる。

 軍の上官でもある彼との恋を支援してくれたフランツは、今度は、楯となって、ゾフィーを守ってくれた。

 フランツは、「彼」との間に立ちそうな悪い噂は、全て、自分が引き受けてくれた。なぜなら 彼女の夫、F・カールは、フランツを、完全に信じていたからだ。甥と妻の間に、何かが起こるとは、この善良な夫は、まるで考えていなかった。
 しかし、グスタフ・ヴァーサとなると、話は別だ。夫の猜疑の目は、即座に、妻に向けられただろう。






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