ピュアなカエルの恋物語

せりもも

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1章 ハーレム・ハーレム

14 おみやげ

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 キフルの要塞に、ロンウィ将軍が帰ってきた。
 馬車にいっぱい、麦やらイモやら豆を積んで。

 他に、銃弾と火薬も積まれていた。それから、包帯、医薬品、強い蒸留酒も。

 要塞中の人が出てきて、総大将の帰還を喜んだ。
 彼らは、地面に車輪をめり込ませて止まっている馬車を見て、歓声をあげた。



 「こんなに大量の物資を、いったい、どこで、手に入れたんですか?」

 副官のレイが尋ねた。馬車から下した弾丸を、大事そうに運んでいる。
 留守番させられた不満も、お土産でいっぱいの馬車を見た途端、吹っ飛んだようだ。


「あっ、長靴だ!」
「貴重な防水加工だぞ。こんなにたくさん!」
兵士たちの喜びの声が聞こえる。

 寒い冬の河渡りに、長靴は、是非、必要な物だ。けれど、兵士たちに、それを購入する金はない。彼らは、布を足に巻いて、靴の代わりにしていた。


「長靴まで……。シテへ行ったんですか?」
 レイが首をかしげる。シテは、リュティスの首都だ。

「いいや。バーンの中継基地へ寄った」
ロンウィが答えた。

「バーンから?」


 集められ軍資や食料などの物資は、バーンの中継基地で、各駐屯地へ振り分けられる。
 手元の包みに目をやったレイが、あっと叫んだ。

「将軍! これ、南軍行きって書いてある!」

「うん。南軍へ送ろうとしていたのを、分捕ってきたんだ」


 国境を越えた軍は、3つに分かれて、配置されている。

 ゴドウィ河下流を渡河した、北軍。
 同じ河の、上流を渡ったのは、中央軍、ロンウィ・ヴォルムス将軍麾下だ。
 そして、はるか南、峻厳なベルベティア山脈を越えた麓に駐屯しているのが、南軍。元々は、ナタナエレ皇帝が指揮を執っていた。 クーデターを起こす前に。


 南軍は、今は、ジョルベル将軍が、指揮官になっているはずだ。

「えっ! 南軍のを分捕ってきちゃったんですか? それじゃ、ジョルベル将軍が困るでしょ?」

レイ大尉は仰天した。ロンウィ将軍は澄ましている。

「いいんだよ。あのあたりは、トウモロコシが豊富に採れるから」
「トウモロコシ?」

「女性もきれいだし」
「……」

「ささ、食料も足りたことだし、酒も充分にある。今夜は、羽目を外そうぜ」
ロンウィ将軍は、鼻歌を歌っている。

「ジョルベル将軍は、皇帝のお気に入りなんですよ? ああ、怖怖怖。怒られるのはあなたですからね……」
レイは震えあがった。

「構わないさ。銃弾も火薬もない上に、飲まず食わずじゃ、兵士たちは、いい仕事ができない。全ては、皇帝の為さ」

「まったく、あなたって人は……」
「大丈夫。皇帝は、怒らない。ジョルベル将軍もね」

 あきれ顔のレイを前に、ロンウィ将軍は、気楽な顔をしている。


「あ、将軍! おかえりなさい! ちょうど良かった。今朝、皇帝から、将軍の馬が届いたところです」

 輜重しちょう係(武器や食料などの輸送係)の軍曹が、声を掛けた。

 ロンウィの顔が、ぱっと輝いた。
「そうか!」

「大きな葦毛ですぜ? あなた好みの」

「さすが皇帝! ロンウィ将軍の趣味を、よくわかっていらっしゃる!」
すかさず、レイが褒め讃える。

 くすぐったそうに、ロンウィは笑った。子どものように、満ち足りた笑顔だった。

「それから」
 輜重係の軍曹が、さらに指を折る。
「白パンと、極上の赤ワインが1ダース。ゴドウィ河南岸を平定したお祝いだそうです」

「白パンと赤ワインか。それらは、病棟へ運べ」
「病棟?」

 戦場で傷ついた兵士や、病気の兵士を、収容している場所だ。

「皇帝ご自身から、ロンウィ将軍への、お祝いのお品ですぜ?」

「俺は、兵士と同じものを食べる。黒パンで充分だ。だが、病人や怪我人はな。上等なものを食べなくちゃ、ダメなんだよ」







 ロンウィ将軍が帰還した晩は、蒼い満月の夜だった。
 将軍が持ち帰った酒と食糧で、砦は大騒ぎだった。

 飲めや歌えのどんちゃん騒ぎで、近くの村から、若い娘たちも、たくさん呼んだようだ。レイが、大張り切りしていた。

 日頃の感謝を込めて、村人達への振る舞いもあり、人や馬車の出入りが激しい。

 うっかり混ざって踏みつぶされたらかなわないので、俺は、川へ泳ぎに出かけた。
 せっかく月もきれいだしね。



 雨が上がって数日経ち、川の水は、気持ちよく澄んでいた。
 冷たくなりはじめた水の中を、すーい、すーいと泳ぐ。水や土、枯れた草の混ざった、深い匂いがする。

 大人になって、人型になったら、このにおいも、感じ取れなくなるのだろうか。
 それはつまらないと思う。


 水の中でカエルは、手足が充分に伸びる。普段は縮こまっている四肢を思いっきり伸ばすのは、本当に気持ちいい。


 水の波紋が伝わってきた。
 夜の静けさを損なうことなく、だが、何かの気配がする。

 俺よりはるかに大型で、水底深く潜水している奴がいる!
 つまり、俺の真下に!

 そいつは、川底を、呆れるほど長い時間、そして素早く移動していく。

 大型の魚だろうか。それとも、俺と同じ両生類? もしかして、爬虫類とか! 


 突如、地震に遭ったように全身が揺れ、水が大きく隆起した。

 波のてっぺんまで押し上げられた俺は、次の瞬間、あっというまに、水面に落とされ、もみくちゃにされる。顔面から水に落ちた俺は、ただでさえ扁平な顔が、余計、平たくなりそうな衝撃を受けた。

 衝撃に耐えられるように、カエルの顔は扁平なんですけどね。


 派手に水しぶきを上げ、川の真ん中に立ち上がったのは、素っ裸のロンウィ将軍だった。こちらに背中を向けている。


 ……あれ?
 ……可愛い女の子と、お楽しみじゃなかったのか?


 ロンウィ将軍のことだから、てっきり……。
 どうにか水面から顔を出し、俺は首を傾げた。


 水から出てきた将軍は、ぶるんと頭を振った。顔に掛かった水気を払い、岸に向かって歩いている。

 背に長く掛かった髪から、ぽたぽたと水が落ちている。背筋をまっすぐに伸ばし、何ひとつ隠そうとせず、彼は、真っ直ぐに歩いている。そのたくましい裸体を、蒼い月光に晒したまま。

 そして将軍は、俺の存在に、全く気付いていない。
 自分が水中に叩きつけた、可哀そうなカエルに。

 うーーーー。
 だから、大型動物は嫌いなんだよ! 鈍いんだから!

 気づけよ。振り返れってば!




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