アルゴスの献身/友情の行方

せりもも

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アルゴスの献身 4

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 ハプスブルク家の皇族は、その死に際し、分割埋葬を行う風習があった。遺体、心臓、内臓の3つに分けて、それぞれ別に埋葬するのだ。

 ハルトマンとモルら従者は、プリンスの内臓を、シュテファン大聖堂に安置する任務を担った。貴族の身分を持たないスタンは、馬車に同乗することが許されなかった。

 ……プリンスの内臓と対面するなんて。

 司祭の説話を聞きながら、モルは、深い感慨に浸った。それは、悲しみではなかった。プリンスの死に涙するには、付き人達は、あまりに雑事が多すぎた。





 ライヒシュタット公の死から、半月が経っていた。もはや、シェーンブルン宮殿に、モルたちの居場所はない。
 今、ハルトマン、モル、スタンら、軍の3人の付き人は、ウィーンで、待機の身だ。

 ハルトマンは、ボヘミア旅団の司令官に職が決まった。ライナー大公(皇帝の弟)の将軍を蹴っての就任だ。儀礼官ではなく、実戦重視の、軍人らしい、尊敬すべき選択だった。

 スタンは、皇妃の式部官に。

 そして、モルは、皇太子フェルディナンド大公(皇帝の長男)の式部官を打診された。

 ……ほんの少し前だったら、自分は、大喜びしただろう。

 ハルトマンから話を持ち掛けられた時、モルは思った。だが、彼は、どうせなら、フェルディナンド大公ではなく、フランツ・カール大公(皇帝の次男)の式部官になりたかった。

 宮廷に出入りするようになって、体の弱いフェルディナンド大公の在位は、短命で終わりそうだと思ったのも、その一因だ。その上、彼には、子どもが見込めない。皇位は、弟のフランツ・カール大公の子が襲うことになる。

 だが、モルが、フランツ・カール大公に仕官したかったのは、そのような打算的な理由だけではなかった。

 ……大公は、ライヒシュタット公を、最後まで、親身に見舞ってくれた。

 その死に臨み、身も世もあらぬほど大泣きしたのは、この、九歳年上の叔父君だった。フランツ・カール大公は、ゾフィー大公妃のご夫君でもある。ゾフィー大公妃もまた、プリンスに優しく、思いやり深く接してくれた。

 フランツ・カール大公の式部官になりたいというモルの希望を、しかし、ハルトマンは叱りつけた。そして、次期皇帝であられるフェルディナンド大公への仕官を、強く勧めた。

 気のいい上官ハルトマンの勧めを、モルは受け入れたのだが……。





 ちょうどその頃、モルは、メッテルニヒの食事会に呼ばれた。

 これは、滅多にないことだった。この国の宰相が、なぜ、自分のような一介の軍人を、食事会に招待するのか。


 宰相は、モルを、自分のすぐ左隣に座らせた。そして、軍務とは全く関係のない話を始めた。

 モルには、メッテルニヒの真意がわからなかった。ただ、彼がじっと、自分の様子を観察していることだけは、感じ取れた。

 せっかくのご馳走の、味もろくにわからぬまま、食事会は終わった。


 ハルトマンから、フェルディナンド皇太子への仕官が見送られたと通達されたのは、それからすぐのことだった。

 ……「モルの体調では、式部官のような激務は無理でしょう」
 宰相がそう、皇帝に進言したという。

 ……具合が悪いのを、見抜かれた?

 それで宰相は、あのように、自分をじろじろ見ていたのだと、モルは悟った。恐らく、プリンスの付き人だった誰かの口から、モルの不調が、宰相に伝えられていたのだろう。宰相は、モルの体調を確認する為に、食事会に招いたのだ。

 結核は、うつる病だという認識は、当時のウィーンにはまだ、なかった。しかし、イタリアや南フランスなど、ヨーロッパの南の国々では、経験則として、存在した。

 モルの母親は、イタリア出身だ。それで、モル自身にも、そうした認識が、ないわけではなかった。しかし、

 ……あのプリンスが、自分に害をなすわけがない。

 ライヒシュタット公から結核をうつされたとは、モルは、毫も考えなかった。もし、うつされたとしても、病は穏やかに潜伏し、命を奪われることはないだろう。
 モルは、確信していた。

 しかし、メッテルニヒは、そうは考えなかったようだ。
 外交官出身の宰相は、結核は感染するという、はっきりとした知見を持っていた。彼の家族も多く、この病で亡くなっている。

 宰相は、軍で、結核が流行することを恐れた。
 彼は皇帝に進言し、皇帝は、モルに、空気のきれいなチロルで、休暇を取ることを命じた。

 ……転地療法。

 結核には、これしか治療法がないと言われている。
 在りし日のライヒシュタット公は、暖かいイタリアへの転地を望んでいた。半島の国々には、彼の友人たちが、派遣されている。北イタリアには、母君の領国もある。

 しかしメッテルニヒは、頑として、プリンスの転地を許そうとしなかった。いや、許したことは許したのだが、それは、彼の死の1ヶ月ちょっと前のことだった。もはやプリンスは、自分の力で歩くことさえ、できなくなっていた。

 ……転地療法。

 プリンスがあんなに望んだのに叶わなかった転地が、付き人の自分には、こんなにあっさりと与えらえた。
 そのことに、皮肉を感じた。

 ……休暇を取れるのは嬉しい。

 金の心配はいらなかった。プリンスの看護の報酬として、十分な一時金も貰った。2年は、贅沢に暮らせる。つましく暮らせば、3年間は、働かずに済む。

 ただ、形見分けでもらったプリンスの馬を連れていけないのだけが、心残りだった。馬は、ウィーンの友人に預けることになった。

 ……プリンスの荒くれ馬と、プリンスの思い出話ができなくなっちまうのは、とても残念だ。

 馬の毛並みを入念に梳ってから、別れを告げた。






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