ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第91話 移動中のファッションショー

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 草原の上を高速で滑る乗り物とそれに引っ張られる積荷台のような物がダンジョンラボから出てきた瞬間、第一層の各地で息を潜めていた者《間諜》たちが疑問符を浮かべた。なんだ、あれは……と。
 草原の上を滑るように走る車の座席では滅多にお目に掛れないほどの美女が二人で談笑をしている…かと思えば、後ろの荷台では頭に綿飴を乗せた男が腕立て伏せをして話に交じっているのだからそりゃ不思議だろう。が大の筋トレ好きであると知っていても尚首を傾げざる負えない光景である。

「…何しとんねん」

 シーカーズフレンドの子会社のそのまた子会社『シーカーズファミリー』に所属する冒険者の池田礼二も例に漏れず疑問符を浮かべた一人だった。他の間諜と違うのは心に思ったことをつい口に出してしまったことだが彼自身はそのことに気付いていないし、気付いたとしても何も思うまい。

 そう、彼は間諜としてはズブの素人だった――。

 直属の上司から「池田、お前の次の仕事決まったから。この後、24時からセントラルの特別会議室に集合な」と言われ、理不尽に憤りながらもその通りに行動したら何故か同じ建物内にある一等級ダンジョン『渋谷』の第一層にある茂みの一つに隠れていたのだから責められるべきは彼ではない。

「なんでオレみたいな若手の星がこんな場所でこそこそと…」

 しかもこれからすることは人道から逸脱した若手潰しであり、作戦に参加している仲間は自分のような有望株ではなく草臥《くたび》れたおっさん冒険者ばかり。

(オレはこんなところで終わってええ人間ちゃうねん)

 斥候《スカウト》でもないのに斥候もどきをやらされ、周りを見るにどう考えても上からの評価と自己評価が噛み合っていない。不貞腐れて当然だった。

 しかしそれはそれ、これはこれ。私情を挟んだ結果仕事に支障が出れば自分は自他ともに認める無能冒険者に成り下がってしまう。そうなることだけは許されない。

「ちっ…しゃあない、やったるわ」

 視線の先を高速で進む妨害対象《三人》には聞こえまい、と先ほどよりもやや大きな声で己を鼓舞し、立ち上がった―――…その時だった。

 真っ白な天竺牡丹《ダリア》が彼の足元に咲き誇ったのは―――。

「あ…ぇ……?」

 池田礼二はしばらくの間、夢の国へと旅立った。



 ◇◇◇



「異界牡丹《セ・パレッセ・ダリア》…―――眠り姫」

 桜子さんがそう一言呟くと遠く離れた茂みががさりと揺れる。

 ふっ…ふっ…

「これが私のスキル【花魔法】です」

 そして茂みの陰から氷室東郷派の間諜と思しき冒険者が無様に地面にキスしているのを見届けると桜子さんはどんなもんだと少し自慢げに胸を張った。大きい。

 ふっ…ふっ…

 ―――ダンジョンラボを出発して早三十分。竜胆さんの所有するダンジョン専用探索車『ダンジョンモービル』のお陰で未だ嘗てないスピードと快適さでダンジョン内を順調に進む俺、竜胆さん、桜子さん、サンゴの三人と一匹は

『ここからは正真正銘、私たちは互いの背中を預け合う戦友だ。背中を預け合うためには信頼関係がなくてはならない。さぁ、各々のスキルを教え合おうじゃないか』

 という竜胆さんの言葉に従い自分たちのスキルを見せ合っていた。

 ふっ…ふっ…

 で、今は桜子さんの番。【花魔法】と言われていまいちピンと来なかった俺のために実演形式で説明してくれていたところである。

「なるほど…花の特性、形状、質量を自由自在に操り戦うから花魔法ですか」
「そういうことです。分かってくれましたか?」
「お陰様で。それにしてもエグいスキルですね」
「エグい…ですか」

『エグい』は男を褒める上で最上位にあたる言葉だ。しかし女性の桜子さんにとってはそうでなかったらしく明るかった表情が一気に曇り何やら不満げなものとなってしまった。

 ふっ…ふっ…

「海…それはないだろう」
「えぇ…」

(褒めたつもりだったのに)

「その…とても綺麗なスキルだと思います」
「ふふ、ありがとうございます」

 こんなダンジョンのど真ん中で男子校の弊害が出るとは思わなんだ。
『エグい』の次に浮かんだ褒め言葉を口にすると桜子さんの表情は明るさを取り戻したのでまずは一安心。…よし、じゃあ愚痴を言わせてもらおうか…――何そのチートスキル…と。

(ふぁーーーーーーーーーーーっ俺、三桁時間筋トレやって未だに弱っちぃままなんですがッ!?)

 男の嫉妬ほど醜いものはないと分かっていても嫉妬で狂いそうになる。それほどまでに桜子さんのスキル【花魔法】は強力なものだった。

 今桜子さんが使っている『花』――異界牡丹《セ・パレッセ・ダリア》は天竺牡丹《ダリア》に似たダンジョン産の植物で…——

 赤は『興奮』
 ピンクは『発情』
 オレンジは『混乱』
 黄色は『麻痺』
 紫は『毒』
 緑は『回復』
 黒は『脱力』
 白は『睡眠』

 ——…と花弁の色によってそれぞれの状態に陥らせる花粉を散布する特性を持つ。
 んで、桜子さんはその全てを使えるわけ。

 ふっ…ふっ…

 相手を衰弱させたい場合は紫若しくは黒の花弁を。傷を癒したい時には緑の花弁を。敵を釘付けにしたい場合は黄色の花弁を。
 敵の思考を鈍らせたい場合にはオレンジ若しくは赤、ピンクの花弁を。
 ——そして今のような無傷で長時間に渡って無力化したい場合には白色『睡眠』を誘発する白色の異界牡丹《セ・パレッセ・ダリア》を…とこのようにして状況に応じて手を変え品を変え攻撃することが出来るのだ。

 ふっ…ふっ…

 な、強すぎるだろ?しかもこれだけの能力があるってのに『花』の種類は一つだけ。つまり、他にも強力な特性を持った『花』がいくつもあるってわけだ。
 そして『花』の特性を使う時は必ずその花弁で作った装備を身に纏う。そうすることで、特性そのものだけでなく特性を産み出した過程で作り出された副産物――特性に対する耐性まで獲得してしまうという。
 分かりやすく言えば、白の異界牡丹《セ・パレッセ・ダリア》の装備を纏うことで『睡眠耐性』のスキルが付くってわけ。何だそれ、ずるじゃん。

 ふっ…ふっ…

「どうですか海君、似合ってます?」
「あ、はい…とても似合ってると思います」

(まぁいっか…。可愛いし綺麗だし美しいから)

 しかし醜い嫉妬心も桜子さんの前では塵芥に過ぎない。
 ダリアが所々に散りばめられた純白のウエディングドレスを身に纏い悪戯っぽく聞いてくる彼女を見て思う、可愛いは正義なのだと。

 ふっふっふッ…

 桜子さんが強い=変な男が寄り付かない=頑張れば俺にもワンチャンッ!の公式が成り立ち俺に勇気と力を与えた。

「桜子さんが良かったらなんですけど、その、他の装備とかって見れますかね?…あ、えと、もっと『花』の種類を知りたいなと思ってですね…」
「他の、ですか…ふふ、良いですよ」

 思い切ってよかった聞いてよかった。どうやら桜子さん、俺の要望に応えて変身してくれるらしい。

「まずはこれからです…――魔装『絶壁一輪』――。」

 少しだけ考える素振りを見せた後に桜子さんが唱えるとたちまち辺りを強風が包み込み、その中心にいる彼女の身体も風を帯びる。
 桜子さんが操っているのか車と進行方向、そして俺たちには一切風が吹いていないが思わず目を瞑りそうになってしまう程の風量だった…もちろん目は瞑っていないけど。変身最中にラッキースケベがあるかもしれないからな。美女の変身シーンは放送事故の宝庫である。

 ふっ…ふっ…

 それから数秒後、無事変身を遂げた桜子さんが風の中から現れた。
 畜生、結局何も見えなかった…と思ったのも束の間、俺はすぐに歓喜する。

「これは絶壁一輪という花の魔装です。
 絶壁一輪は強風を独り占めしたがる植物で断崖絶壁の突き出た場所に自分で移動するんですけどその際に風魔法を使っているらしくて結構素早いんですよ。捕まえるのが大変でしたね。
 特性はもちろん風属性魔法と強風耐性で、私は主に風を鞭状にして戦ったりします。どうですか、似合ってますかね?スースーしてちょっぴり恥ずかしいです」

 少し照れるようにして座席の上で一回転。風を完璧に操っているからか、かなりの速度で車が走っているというのに身体の芯が全くぶれない…いや、さっきも同じようにしてたから桜子さんの体幹がお化けなのか。
 しかし問題はそこではない。問題は魔装『絶壁一輪』の布面積があまりにも少なすぎることである。

 ふっ…ふっ…

「でもこれ結構すごいんですよ?暴風竜《テンペストドラゴン》の息吹《ブレス》くらいならほぼほぼ受け流してしまうので」

 こりゃ~けしからんです。少し自慢げになることで翡翠色の布《ドレス》がより一層盛り上がります。おっ、お~っと、これは……あ~…見えない、だがそれでいい!これこそがチラリズム!

「これはどうですか?」
「素晴らしい!」
「こんな魔装もあります」
「美しい!」
「流石にこれは露出が多すぎますかね?」
「いやら……エクセレントです桜子さん!」

 その後も火願華《ひがんばな》や火日葵《ひまわり》、氷化粧《こおりげしょう》といった特性が一壊れ二壊れした魔装を見せてもらったがどれも素晴らしいものだった。

「海、お前まさか!見損なったぞ!」

 俺がそういう目で見ていたことに竜胆さんが気づくまでファッションショーは続き、いつのまにか三人と一匹を乗せたダンジョンモービルは二十五層へと辿り着いていた。





『渋谷』の二十五層とは階層主が棲む二十六層、その一つ手前の階層である――。
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