ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第88話 土下座は無敵時間

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 古今東西どこを見渡してみても父親より母親が強い家庭というのは山ほど存在する。

 …というか俺ん家美作家がそうだ。

 父さんは惚れた弱みで母さんに対して相当甘いし、息子である俺はそもそも母親に敵うはずがない。妹の奈美は…まぁ時として母さんよりも立場が上になる場合もあるが基本素直に母さんの言うことを聞く。そう、美作家は母さん――美作美海の家と言っても何ら差支えないだろう。

「もう一度言ってくれるかしら、海。どこの誰を敵に回したですって?」
「……はぃ、母上ぇ…シーカーズフレンドの狸さんを敵に回して参りましたぁ…」

 ――だから俺が今こうして母さんの前で床に頭を擦り付けているのは不思議なことではない。自然の摂理なのである。

「パパ。これもまた男のロマン?」
「…違う」

 …ちっ、最悪なタイミングで父さんと奈美が帰って来たようだ。床に這いつくばる兄《息子》を見て何か言っているが意味はよく分からない。たがしかし、今この状況は限りなくロマンから遠い位置にあることだけは分かる。これは男のロマンなんかじゃないぞ奈美、家庭内カーストって言うんだ。

(……うっし)

 渋谷の冒険者センターから家まで帰る道の上、玄関の前、リビングに繋がる廊下とビビり散らかし碌に回っていなかった頭。それが土下座という無敵時間を経てようやく回り出した。その証拠にふざけることが出来ている。

(そろそろ真面目に考えようか)

 そして思い出すのはダンジョンラボで交わされた作戦会議。中でも最後、会社に対する妨害工作にどう対処していくか。「…あ、見つけた…万能策」から始まった話し合いの内容だ。



 ◇◇◇



「――…あ、見つけた…万能策」
「「…え?」」
「万能策…ねぇ?」

 暗中模索の作戦会議の中、ふと差し込んだ希望の光。ぼそりと呟いた俺に対して桜子さんと竜胆さんの二人は疑問符を、それ万能策が如何に夢物語かを理解していた朝陽さんは苦笑いを浮かべた。

「そうです、万能策です」
「それが一番シンプルで、一番難しいことだって分かってる?」
「理解しているつもりです」
「万能策というと…その、なんだ、問題点をまるッと全部解決してくれる策ということか?」
「そゆこと」
「それは…難しいなぁ」
「ですね。本当にあるんですか?」

 朝陽さんに少し遅れて残りのお二人も俺が思い付いたであろう万能策に難色を示す。そりゃそうだ、彼女たちの立場にあれば自分だって「あ~……うん」とか微妙な返事を返すだろう。でもまぁ、取り敢えず聞いてみてくださいよ、坊ちゃんの悪足掻き万能策を。

「親の力を借りようと思ってます。これが万能策です」

 そう、簡単な話だ。敵が権力を振りかざそうとするのならこちらも権力を振りかざすまで。万能策とは今言った通り親に力を借りること。それ以上でもそれ以下でもない。

「海、ふざけている場合ではないぞ」
「ちゃんと説明してよ~。変に期待させた罪は重いよ?」
「……」

 ただ、俺のバックグラウンドを知らない人たちからしたら裏切られた気分だろう。竜胆さんは少し気色ばみ、朝陽さんは眼が笑っていない、桜子さんに至っては失望の色が表情から隠しきれていなかった。

「ふざけてませんよ、俺は至って真面目です」

 上げて落とすは悪男の為す所業であるからしてモテ男を目指す俺がそのような真似するはずがない。

「美作美海って知ってますか?」

 だから俺は聞いた…うちの母親知っていますか?と。
 美作美海とは名字から分かる通り俺の母親である。突然母親の名前を出して知っているか?と聞いて馬鹿なんじゃないかと普通は思われるだろう。しかし、うちの家族は生憎と普通じゃないんだ…——

「え、知ってますけど」

 ——…ほらこんな感じで。知っているか?と聞けば知っているよと答えてくれる人間が当たり前のようにいる。特に今回は質問した相手が全員女性だ。母さんの名前を知らないはずがなかった。

「美白華の社長さんですよね?それと何の関係が……あれ、美作?…親の力?」

 そう、何故ならうちの母親は日本で最も有名な化粧品メーカー『美白華』のしゃっちょさんなのだから。

「そうです美白華の社長さんです…うちの母」
「「「…え、まじ(ですか)?」」」

 突然でいて大き過ぎる告白に朝陽さんを含めた美女三人が固まる。分かっていた、こうなることは。何度も経験しているさ。だから知っている、こういう時は待つに限ると。

 それから数十秒後。三人の中で一番早くに動き出したのはやはり朝陽さんだった。

「…あはは、確かに万能策だね~」

 進みたくても進めなかった現状から脱却できるかもしれないという嬉しさ半分、今まで自分たちが悩んでいた問題を同じ権力でどうにかされてしまいそうなことに対する虚しさ半分。

「世の中結局は権力ってね…」

 朝陽さんは複雑な感情を隠すことなく表に出しニヒルに笑い…―――

「俺だってなるべく親に頼りたくなかったですよ。すっげぇダサいじゃないですか…でも、もうそれ以外に方法はないと思うんです」
「ごめんごめん、取り乱した…うん、そだね。恰好を気にしている場合じゃないね……―――よし、じゃあ『美白華』の協力を大前提に話し合おうか……っと、その前に。どうやって美作社長に頷いてもらえるか考えないとね~」

「……それが一番ムズイかもしれません」

 ―――…俺は思い切り顰めた顔で無理に笑った。



 ◇◇◇



 …ということで、お分かりいただけただろうか。そう、ダンジョンラボで話し合った内容とは実は『どのようにしたら美白華社長『美作美海』の協力を仰げるのか』であって、会社に対する妨害工作についての議論はほとんど行っていない。

 目には目を歯には歯を、権力には権力を―――。

 大きな権力に抗うためには同格の大きな権力が必要であり、『美白華』はそれを満たしていた。また『美白華』が協力したいと思えるを幸い俺たちは持っている。
『美白華』の協力なしに俺たちが生き残る道はない。であれば敵対勢力の妨害工作云々を考えるよりもまず先に、今目の前にいる女傑をこちら側に引きずり込むよう行動するのは当然の流れだった。そしてその女傑の息子である俺がまず初めに交渉する役になるのもまた当然の流れ。

(出来るのか…?俺に)

 だがしかし、俺には母さんを説き伏せられる自信がこれっぽっちもなかった。

 母さんは仕事している時としていない時の差が激しい。仕事していない時はゆるふわ系人妻、している時は泣く子も黙るバリキャリウーマンに姿を変える。
 で、今はもちろんバリキャリウーマンモード。俺が帰ってきてすぐは「おかえりぃ~」とニコニコしていたけど、俺の口から氷室東郷の名前が出て来た途端に豹変した。

「で、いつまでそうして這いつくばっているつもりなのかしら?土下座は無敵時間だなんて考えていないでしょうね」
「はは、まさか」

 動揺を誤魔化すようにして笑顔を貼り付け床から視線を上げるとそこには無表情の母さんの顔が。

(この状態の母さんに口で勝てたためしないんだよなぁ…)

 自信の無さは今までの人生の積み重ね。無謀にも口喧嘩を母さんに挑み、ことごとく負けて来た過去がやる気をゴリゴリと削っていく。
 でもやるしかないのだ。ここで『美白華』の協力を得ることが出来なければ俺たちは詰む。まさに背水の陣。俺一人が不幸になるのであればまぁ何とか堪えられるが、桜子さん、朝陽さん、竜胆さんの三人が不幸になるのだけは我慢ならない。

 美人さんに似合うのは泣き顔ではなく笑顔。その言葉を胸に勇気を振り絞る。ここが俺にとっての本当の意味での交渉の席だ。

「母さん…いや、美白華の美作美海さんに話があります」
「何かしら」

 息子『海』ではなく冒険者『美作海』として、美白華社長『美作美海』に話を切り出すと彼女は整った眉の片方をピクリと動かし短く聞き返した。

「俺たちの味方になってください」
「俺たち…味方…曖昧ね。まずはあなたの周りで何が起きているのかを私に説明しなさい」
「あ、はい。すんません…」

 よし、交渉開始だ!と、気合を入れてどこぞのビジネス本で眼にした『初めに自分が一番伝えたいことを相手にはっきりと言いましょう』を実践してみたが敢え無く撃沈。よくよく考えてみなくてもそりゃそうだといった具合である。
 自分が思っている以上に緊張していたらしい。これじゃいかんなと頭の整理整頓と緊張緩和、そして母さんに俺を取り巻く現状を理解してもらうため話す。冒険者適性検査から始まった世にも不思議な俺の冒険者活動のことを――。



 ◇◇◇



「―――…というわけです」
「おにぃ、その話をした後で私たち家族に何か言うことないの?」
「本っ当に申し訳ございませんでした!」


 時間にして二十分くらいだろうか。気付けば何故か母さんだけでなく、父さんと奈美までもが椅子に座って机を囲み俺の話を聞き、話した俺はというと本日三度目となる土下座をかましていた。ダンジョンラボで朝陽さんに土下座とは…教えられたが、間違いなく今はする時だった。

(そろそろ座らせてもらえたりしないかなぁ…なんつって)

 三十分以上も正座し続けているので既に両爪足先には感覚がない。そろそろ椅子に座りたいなぁという細やかな願いを目線で奈美に送る。

「権力者に喧嘩売って家族にまで迷惑掛けるような人間が椅子に座れると思う?」
「……ぃぃぇ(ちらっ)」

 すると許しの代わりにぐうの音も出ないド正論が容赦なく叩きつけられた。

「……」
「…ごめんなさい」

 隣の父さんには救いを求めてみたが『私は言ったよな?社会とはお前が思っている以上に醜い場所だと』と眼で諭されてさらにしょぼくれる。袋叩きである。
 
 しかしそれは仕方のないこと。
 何故なら俺は家族を争奪戦の渦に巻き込んだのだから。

「海、冒険者を辞めなさい」

 だから母さんにそう言われた時、あぁ本当にその通りだなぁと素直に思った。
 どうして今の今まで忘れていたのだろうか。十六歳は法的には成人年齢を超えているけどまだまだ子供、子供のやらかしは親のやらかし。
 いや、忘れていたというわけではない。母さんなら父さんなら大丈夫と一人勝手に納得していたのだ。両親の偉大さに甘え考えないようにしていたとも言える。

「それが最も確率の高い手段だわ…あなたが社会的に死なないためのね」

 淡々と現実を突き付けてくる母さんに対して俺は黙って頷いた。「分かってるよ、そんなこと」と返せば「ならやめなさい」と言われるのが眼に見えていたからな。
 だがしかしずっと黙っているわけにもいかない。以上、家族を納得させる必要が、責任が俺にはある。

「…いや、冒険者を辞めたところで収まるような問題じゃないんですよ」
「どういうことかしら」
「……フラペチーノ飲んでたんで、俺」
「…?」
「氷室東郷との顔合わせで俺、最後の会話の時以外基本氷室の後ろにいた秘書さんに話しかけてたんだよね…」
「海、あなたまさか…」
「…はい、全無視してました…やつのこと」

 もう取り返しの付かないことをしています、だから冒険者辞めても意味ありません…―――そう答えるしかなかった。我ながら最低である。けれどもこれ以外の方法を思いつかなかったんだ。
 …ん、何の方法かだって?そりゃ向こう側から「で、私たちはどうすればいいの?」と切り出させる方法だよ。

(……ほんと最低だな、俺)

 自分たちの知らないところで既に賽は投げられていた。その上、やらかした張本人がそれを逆手にとって自分たちを協力者に仕立て上げようとしているときた。

「屑おにぃ、千疋屋のプリン詰め合わせで許してあげる」

 手段を選ばない長男に対して妹は率直な感想と詫び品の要求を。
 
「はぁ…分かったわ、聞いてあげましょう。あなたたち『竜胆派』はわが社美白華にどのような利益とリスクを齎してくれるのかしら」
「致し方あるまい、私にも聞かせてくれ。話の内容によってはうちの会議に持ち掛けることも考えよう」

 両親は一旦ではあるが協力的な姿勢を見せてくれた。

「ありがとうございます」

 四度目は感謝の土下座だった。
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