ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第82話 決起のお菓子

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「どういうつもりですか、朝陽」
「何が?」
「あぁ~、お前はどうしてこんなにも可愛いんだ」
「キュゥゥ…♪」

 部屋の中央、テーブルの上には人事部から掻っ攫われて来たお茶菓子と淹れたての紅茶。竜胆の太ももの上にはごろんと腹を上に向けたサンゴ。険しい顔で問いただす桜子、何が?と惚けた様子の朝陽。
 ダンジョンラボの一室で定期的に行われる女子会は定期的に訪れる険悪なムードに包まれていた。

 今回の原因はもちろん朝陽が海に対して発した言葉。
 氷室東郷の魔の手から逃げおおせるため、引いては争奪戦の対策として自分で会社を作ろうよという提案にあった。

 当然、この提案は朝陽の独断専行だ。事前に話し合った結果なら桜子が朝陽を問い詰めることはないし、独断専行の原因となる失態を犯した竜胆がサンゴをモフって現実逃避することもなかった。

「何が?…ではありません。どうして起業という難しい選択肢だけを与えたんですか。海君が逃げ込める場所を作るという点では正しいかもしれませんが、後のことを考えればあまりにも……」
「現実的じゃない?」
「……はい」

(じゃあどうしてっ…)

 自分の言わんとしていることがしっかりと伝わっている。にもかかわらず朝陽はもう一つの選択肢――ダンジョンラボのこの部屋を海の居場所にするという選択肢を彼に与えなかった。そのことが不思議で仕方ない。
 起業という選択肢が桜子の中になかったわけではないが、その選択肢はあまりにも茨の道過ぎる。仮想敵である『Seeker’s Friend』があまりにも大き過ぎた。起業すること自体は出来るだろうが、すぐさま潰されることが目に見えているのだ。よしんばその波を乗り越えることが出来たとしても海を狙う企業は何も『Seeker’s Friend』だけではない。
 近いうちに海の元へと届くであろう交渉の席への案内。交渉の席には桜子の時と同じく氷室東郷本人が足を運ぶだろう。起業するのであればもちろん海は氷室東郷の申し出を拒絶する。そしてそのことが外に漏れ出ない訳がない。
国内外問わずダンジョン関連企業が海を付け狙うはずだ。桜子の時と同じように。起業直後の吹けば飛ぶような会社がその荒波の中を突破することなど不可能なのだ。
 であれば。事前に確定に近い未来が見えているのならば。わざわざ破滅の未来に向かうことなく、今ある環境を守ればいい。今までみたく朝陽、桜子、竜胆と陰ながら支えている竜胆の部下たち全員で海を守ればいいじゃないか。居場所があるのにそれをわざわざ捨てるとはどういうつもりだ。
 桜子はそう思わずにはいられない。

(まぁその気持ちは分からないでもないけどねぇ。桜子ちゃんは自分で捨てちゃったから。でもさ…)

 しかし、朝陽は理解していた。今ある居場所は簡単に奪われてしまうことを。

「ねぇ、桜子ちゃん」
「…なんですか」

(もともとあった居場所なんて氷室が手を下せば簡単に奪われちゃうんだよ?)

 朝陽は思う。仮にあの時、桜子が望む言葉を自分が掛けられていたら未来は変わっていたのだろうか、と。どこに行ってたのさ!心配したんだよ、このおバカ!と抱きとめていたら親友は自ら命を絶つという選択肢を取らないでいられただろうか。
 その答えはイエス。未来は確実に変わっていた。過程はそのまま結果だけ。

 朝陽は思う。それじゃあ意味がないんだ、と。朝陽があの時桜子を抱きとめていたとしても、争奪戦が止まるわけじゃない。桜子を取り巻く状況はほとんど変わらず、自殺未遂が朝陽依存に変わるだけ。自分の足で立っているわけじゃない、まともじゃない。
 争奪戦そのものを止め、逆に利用してやる。朝陽が目指しているところは遥か高みにある。その高みに辿り着くためには既存の居場所――権力者によってどうとでもなってしまうような仮初の居場所など必要ない。
 自分たちの力で一から作り上げた、本物の居場所に価値がある。

「ダンジョンラボのこの部屋ってさ。誰のものだと思う?」
「それはもちろん朝陽のものですよ。朝陽の研究所なんですから」
「あぁそうだね、ここは私の研究所だ。でも違うよ。ここは冒険者センターに与えてもらった私の研究所だ。奴ら、裏切り者たちの匙加減でどうとでもなってしまう場所なんだよ、悲しいことにね」
「っ…それはそうですけど……」

 桜子は言われて初めて気付いた。そう、ここは朝陽の研究所であっても、朝陽が所有しているわけではない。あくまでも所有者は冒険者センターのもの、お偉いさんのものなのだ。お偉いさんの匙加減でここはどうとでもなってしまう。確かに不安定だ。しかし、行く先行く先茨の道だらけの起業コースよりかはマシに思えた。

「…でも、朝陽は高名な研究者です。しかもこの研究所を与えたのは幹部よりもさらに上、政府の人間。いくら『Seeker’s Friend』でも政府の人たちには…」
「あぁ、甘いよ。甘いよ桜子ちゃん。マコちゃんが掻っ攫って来たカヌレより甘い」
「おい朝陽。私は掻っ攫ってきてなどいない。貰って――」
「真さんは黙っていてください。……で、どういうことですか。私が甘いというのは」

 こんな時でさえ茶化すことを忘れない朝陽、それに乗ってしまう竜胆。言い負かしやすい方を黙らせることに成功した桜子は問う。ダンジョンラボの何がそこまで朝陽を起業方向に持って行ったのか。

(分からせないとダメだね。じゃなきゃ桜子ちゃんを会社に引き入れることは出来ない)

 桜子の甘さは温厚な性格から来ているものではない。『Seeker’s Friend』の恐ろしさを知らない所からきているのだと理解した朝陽は現在進行形で練られている起業構想に桜子を入れるため諭すように話し出す。

「桜子ちゃん、君は『Seeker’s Friend』の恐ろしさを知らない。ここまではいい?」
「ちょっと待ってください、知らない訳ないでしょ!私は氷室東郷に貶められた側の人間だから、誰よりも…」
「いんや、知らないね。だって君逃げたじゃん。…まぁ、お前が言うなって感じだけどさ」
「っ……」

 自分は氷室東郷に否定されダンジョンに逃げ込んだだけ。ダンジョンから戻った後は現実に目を向けず、朝陽に拒絶されたことを引きずっていただけ。
『Seeker’s Friend』の脅威に身を晒し続けたのは桜子ではない、精神を摩耗し切った桜子を救おうと必死に動き回っていた竜胆だ。

「……」

(やべ…言い過ぎたかな)
(おい研究馬鹿、流石に言い過ぎだ)

 黙り込んでしまった桜子を見て朝陽は焦るが、致し方なし、これはショック治療だ、カイ君の傍に居続けるためには『Seeker’s Friend』に対する考え方を変えなくてはならない。そう思い、心を鬼にして話を続ける。竜胆のジト目は無視した。

「まぁ別に桜子ちゃんが『Seeker’s Friend』を嘗めているとか下に見ているとかは思っていないよ?ホントだからね!……んんっ…私が言いたいのは一般人よりも『Seeker’s Friend』を危険視している桜子ちゃんが思っている以上に『Seeker’s Friend』は危険っていうことなんだよ」
「……」
「…た、例えばさ。桜子ちゃんは『Seeker’s Friend』が冒険者センターの幹部クラスに影響を及ぼすことができる。けど、流石に政府は~…って思ってるじゃん」
「…(こくり)」
「そうでしょそうでしょ!…でもさ、『Seeker’s Friend』は何と政府までにも影響を及ぼすことが出来るんだ」
「…え、そうなんですか」
「そうなんだよ!…ね?マコちゃんっ」
「ん?…あ、ああ。世間には出回っていないが、氷室東郷が政界の重鎮と会食をした…という情報を仲のいい幹部のやつから聞いたな。それも一度や二度ではない」

(…これでいいのか、朝陽)
(グッジョブ)

 心を鬼にしてとは思ったものの、桜子の顔色が気になる朝陽は突然のSOSに応じてくれた竜胆に感謝の念を送る。
 それから畳みかけるようにして説明を続けた。

「ダンジョン開発は人類の向こう千年の繁栄を約束する一大産業だ。そんな一大産業の担い手日本代表である『Seeker’s Friend』に政治家たちが媚びを売ったり癒着の関係にならない世界線ってのはまずあり得ない。
『Seeker’s Friend』に嫌われたら政治家人生終わっちゃうからね。面白く思っていない人間でも表面上は友好を取り繕っている。
 だから、ちょっとばかし高名なダンジョン研究家の研究室を『Seeker’s Friend』に売ることで恩を売れるなら、奴らはもろ手を挙げてここを私から取り上げるだろうね」
「それは私たちとて例外ではないんだ、桜子。冒険者センターに勤めている一介の受付嬢でしかない君はもちろんのこと、幹部の大半から良く思われていない私も氷室の手の上にいる」
「…なるほど」
「ねぇ、セリフ取らないでよ」
「私にも喋らせろ。一応この中で一番偉いのは私なんだぞ?年長者でもある」
「三十路だもんねマコちゃん」

 説明を終えた、桜子は自分なりに理解しようと頭を回している、暇だなぁ、んじゃ茶化そう。
 桜子に覇気がない時は朝陽の茶化しの的が竜胆に移る。

「今すぐにでもここを潰してやろうか?出来るぞ?一瞬で」

 対する竜胆は口では勝てないと分かってか武力で対抗しようとする。
 既に部屋の中には先ほどまでの険悪なムードはないが、代わりに妙な緊張感が漂い始めた。

(まずい、マコちゃんに年齢いじりはご法度だった)

 珍しく朝陽が反省したその時、凛とした声が部屋に響く――。

「私はどうしようもなく甘かったんですね。過去のことはすでに乗り越えたつもりでいましたけど、分かっていなかった。―――もう目を逸らしたりはしません。自分の居場所は自分で作る。そういうことですよね?朝陽」
「そゆこと。分かってもらえて何よりだよ」

(ありがと~桜子ちゃ~ん!命拾いしたよ~!)
(ちっ、運のいいやつだ。代わりに海に朝陽の悪口を言って朝陽嫌いにさせてやる)

 曇りも迷いもない眼、心底安堵した眼、仕返しに燃える眼。三者三様の眼をした三人の美女は今後の話をするために一端休憩に入り、お菓子をパクつく。

 桜子は過去の過ちを繰り返させたくないから。
 朝陽は大事な大事な研究対象を独り占めしたいから。
 竜胆は自分を上回る力をその眼で見たいから。

 三者三様の欲望はあるが、海を想う気持ちは三者一様。

 三人に迷いはない―――。











『海、聞いてくれ。先ほど朝陽がな、私のプリンを勝手に食べたんだ』
『…あ、そうですか。ご愁傷さまです。朝陽さんはそういう人なんで一々目くじら立ててると無駄に疲れますよ』
『そ、そうだな……あ、そうだ。海、聞いてくれ。先ほど朝陽がな、桜子のブラを振り回してつくがががががががザザザザザ……ぼそぼぼおぼぼぼ…』
『え、桜子さんのブラをなんですか?めっちゃ気になります。その先を是非!是非!………ちょ、竜胆さん!?そこまで言ってお預けはないですよ!』
『あ~あ~…もしもし、聞こえていますか海君』
『…はい』
『忘れて下さい、いいですか?』
『はい』
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