ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第80話 四年前――どこにもない

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「ん?風……ですか」

 渋谷ダンジョン第93層。第76から前の階層、第92階層に渡って続いていた氷に閉ざされた世界ツンドラバイオーム。その終着点であり、階層主の住まいでもある階層に一歩足を踏み入れた桜子はすぐに違和感を覚えた。

 無理もない。桜子は風と言い表しているが、93層は嵐の中にあるのではないかと疑ってしまう程の暴風が吹いているのだから。間違いなく渋谷ダンジョンの第93階層はおかしかった。
 むしろこの嵐の中、涼しい顔をして突っ立ち、おかしいですねと思案している桜子の方がおかしい。
 しかし、ここは強者だけが肯定される暴力の世界、孤独な世界。単身で飛び込みおよそ三か月という異次元の早さで二等級のみならず一等級までもが犇めき合う90層の壁を越えてきた桜子の横にはツッコミ役などいない。朝陽はいない。

「―――絶壁一輪《ぜっぺきいちりん》―――」

 既に身も心も暴力の世界に染まってしまった桜子は『違和感』という単語を脳内で即座に『異常事態』へと変換し、まだ見ぬ危機の可能性に備えるべく対氷属性怪物用に身に纏っていた深紅のドレス――火願華《ひがんばな》の魔装を解除し、風を操る怪物に対して無類の強さを誇る花――絶壁一輪《ぜっぺきいちりん》の魔装をすぐさま身に纏った。

 先ほどまで桜子を優しく包み、激しく燃え盛って地面を真っ赤に染め上げていた火願華《ひがんばな》の魔装《ドレス》とは対照的で静寂を思わせる薄緑色をした軽やかな、それこそ少し風が吹くだけで飛んでいってしまいそうな煽情的なドレス——魔装:絶壁一輪《ぜっぺきいちりん》。しかし侮ることなかれ。二等級の暴風竜《テンペストドラゴン》ごときのブレスくらいはほぼほぼ受け流してしまう。

 敵の弱点や特性に臨機応変にアジャストし、敵の好きなようにさせない、ペースに持ち込ませない。それが桜子のスキル【花魔法】であり、幾百幾千と存在する個性的な怪物たちをたった一人で蹴散らすことが出来た理由だった。

「行きますか」

 歩く分には邪魔にならないが戦闘をする際には邪魔になるであろう暴風対策、その暴風を引き起こしているかもしれない存在への対策。その両方を行った桜子は長い一本道のずっと先に見える豆粒大の扉――階層主の部屋に続く扉を目指してゆっくりと歩を進めた―――次の瞬間。









 ――――それ以上近づけば殺すぞ。――――








「ッッッッッ!!!」

 ズガガガガガガガガガガガ―――!!!

 まるで実体化したような濃い殺気と共に、目に映ってしまう程の濃いマナが乗った風塊が緊急回避し倒れ込んだ桜子の真横を通過した。
 そしてそんな危険極まりない風塊が立て続けに桜子のいる方向目指して飛んでくる。

(何ですか!)

 本来、渋谷ダンジョンの第93階層に居座る階層主は二等級の極光竜《オーロラドラゴン》の上位存在である一等級怪物――氷晶龍《クリスタルドラゴン》のはずだった。その特徴は極光竜《オーロラドラゴン》のものをそのまま上位互換に昇華させた感じ。だから間違っても風塊をポンポン連射してくる、なんてことはない。

(イレギュラーですか)

 次の風塊が射出されるまでのコンマ数秒の間に背後の氷壁に付いた切りつけられたような跡をチラ見した桜子は今自分が対峙している敵は氷晶龍《クリスタルドラゴン》ではない別の存在だと判断した。本来ならばいない怪物――異常発生個体《イレギュラー》と推測した。

 ズガガガガガガガガガガガ―――!!!
「くッ…!」
 ズガガガガガガガガガガガ―――!!!
「うッ…!」
 ズガガガガガガガガガガガ―――!!!
「はあっ…!」

 桜子が考え事をしている間にも当然と言わんばかりに刃状の風塊は飛んでくる。
 桜子に出来ることはそれらを絶壁一輪《ぜっぺきいちりん》の魔装の特性と自らの受け流しの技術を用いて全力でいなし続けることだけ。どう攻めるかではなくどう守るかしか考えることが出来ない、考えさせてもらえない。

 当然だ。桜子の推測が正しければ刃状の風塊を際限なく飛ばしてくる怪物は異常発生個体《イレギュラー》なのだから。
 異常発生個体《イレギュラー》とは本来出現するはずのない低階層に突然発生する異分子、イレギュラーそのもの。出現した階層に見合わない戦闘力を持っている。
 であれば、だ。
 ここ第93層、一等級の怪物でさえも低レベルであると判断せざるを得ない力の持ち主はどのような怪物なのだろうか―――。

(ここは私の居場所なんです……ここでしか私は生きていけない!)

「私の居場所を奪わないでっ!!!」

 以前の桜子――まだ、朝陽と一緒にダンジョンへと潜り冒険者をしていた頃の、本当の自分の居場所を忘れてしまう前の桜子ならば、今この瞬間。まだ見えもしない未知の怪物から迷うことなく逃げ出していたことだろう。
 ただ、今の桜子――自分の居場所を忘れ、暴力と孤独の世界こそが自分の世界だと信じて止まない桜子は恐れた。自分よりも格上の存在を認めてしまうとダンジョンに『お前の居場所はここではない』と言われる気がしたから。
 怪物は人間とは違い、ありのままの自分を見てくれる。裏表ない殺意を向けてくれる。―――そのうえで怪物は私に倒されるべきであり、殺されるべきである。

 桜子の手によって殺された怪物たちの骸は彼女の心の内に自信という名の種を植え付けた。それは今まで桜子の心の中にはなかったもの。彼女を裏切った氷室東郷が求めていたものだった。
 そしてその種は深層へと近づけば近づくほど成長した。

 第59層――好色猿人《ハーレムエイプ》とその取り巻きの猿人種たちを圧倒したことで根を張り芽を出した。

 第82層――レイドや一流パーティで挑むこと必須の極光竜《オーロラドラゴン》相手に一方的な戦いをすることが出来た。その芽は成長の速度をぐんぐんと上げた。

 第83層~第92層――怪物とは違い、純粋な気持ちを向けてくれない人間が媚びるような態度で自分に接触してきた。気持ちが悪かった。
 だから逃げるようにして怪物たちと戦った。自分には純粋な殺意を向けてくれる怪物たちがいると思えた。気づけば成長し切っていた芽は酷く歪んでいた。

 そして今、歪ながらも育ち切った自信は砕かれようとしていた。




 ―――怪物は私に倒されるべきである、殺されるべきである。



 私が負けるなんてありえない―――。



 人生で初めての増長が桜子の眼を曇らせた。




 ――――他愛もない。――――




 眼が曇った状態で倒せるほど、は甘くない。

「あああああああああッッッ!!!」
 ズガガガガガガガガガガガ―――!!!

 半ば死兵と化した桜子が一直線の廊下を駆け抜ける。自分が倒れる前に早く階層主の部屋の中へと最低限の受け身を取るだけで、あとは全て絶壁一輪《ぜっぺきいちりん》の魔装に衝撃緩和を任せてひたすらに走る。
 あまりの衝撃にマナで構成された魔装にヒビが入ろうと構わず走り続け…そして遂には開け放たれていた階層主の扉を通過し部屋の中へと入ることが出来た。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……かはっ…」

(………火日葵《ひまわり》…)

 極寒の冷気が立ち込める部屋の中で無意識のうちに魔装を変更した桜子は喉から込み上げて来た血を地面に巻き散らしてから、魔装の特性を使い怪我を回復させていく。


 ドサッ……

 そこで彼女は限界を迎えた。

「…あれ?」

(まだ…まだ…私は……)

 力を入れているはずなのに膝と腰が勝手に砕け、頬がヒンヤリと冷たい地べたに張り付き氷を解かす。



 ――――殺すか。――――



 自分はまだやれる、自分はまだ限界じゃない。そんな風に足搔く桜子の脳内に何処からともなく死の足音が声色に乗って聞こえて来た。

(あぁ…私は…負けたんですね)

 ここに至ってようやく桜子は今の自分が置かれている状況を正確に理解することが出来た。自分は死ぬんだ、私の居場所はここではないのだ、ここにもないのだ、と。

 その事実を認めた途端、歪み切った自信の芽が踏みつぶされたと同時に桜子の頭を覆いつくしていた黒い霧のようなものが晴れた気がした。
 それから思い出す。そう言えば、まだ自分の居場所はあったなと。

 あの何処までも適当で陽気で心優しい親友は行方をくらました自分を心配してくれているだろうか。

(あぁ…朝陽に会いたいですね……)

 簡単な話だった。朝陽の事情など知ったことかと彼女の家に突撃して『聞いて下さい!』と自分の悩みを打ち明ければ良いだけのこと。

 朝陽に会いたい――。
 しかしその願いは決して叶わない。何故なら自分はこれから殺されるのだから。

(早く殺してください…これ以上後悔したくありません)

 叶うはずもない願いを想うことは辛い。探し求めていた自分の居場所が実はすぐそこにあったというのに自分は今の今まで気づくことが出来なかった。そんな愚かな自分が惨めで仕方なかった。

 桜子は見上げる。
 赤子の手を捻るが如く自分を追い詰めた相手を。
 本来であればこの部屋の主である氷晶龍《クリスタルドラゴン》、その巨体の上で胡坐をかき掌に頬を乗せ退屈そうに自分を見下ろしている青髪の化け物を。
 敵意を込めるのではなく、殺してくれと祈るような眼で。



 ―――興が削がれた、立ち去れ。―――



 ソレはただ一言、言っただけだった。酷く不機嫌な声色だった。桜子の大嫌いな言葉だった。

「………」

 しかしもうソレに対して怒りの感情が浮かぶことはない。折れてしまったから、諦めてしまったから。


 ―――三度目はない、立ち去れ。―――


 再び殺意が籠り始めた声に反応するかのように、ゆらりゆらりと立ち上がり、覚束ない脚で桜子は階層主の部屋を、93層をあとにする。


「キュオオオオオオオオオン!!!」

「会いたいなぁ……」

 スッ…―――ドスゥゥゥゥン…「……―――」

「グルルルルルルア!!!」

「会ったら何を話しましょうか」

 シュパッ…―――ズウウウゥゥゥン…「……―――」

「あぁ…会うのが愉しみですねぇ……」



















「あ、久しぶり桜子ちゃん!どうよそっちは。楽しくやってる?」

「………え?」

 彼女の居場所はどこにもない。




 ◇◇◇




 ―――なぁ、龍の。何か面白いことはないか?―――

 ―――知らぬよ。退屈ならば先ほどの小娘を甚振ればよかったではないか。―――

 ―――弱者を甚振るのは趣味でない。―――

 ―――………―――

 ―――………―――

 ―――……のぉ。―――

 ―――なんだ。貴様が我の退屈を埋めてくれるのか?―――

 ―――戯け、命が幾つあっても足りんわ。―――

 ―――では何だ。―――

 ―――……お主、そろそろ戻らなくてはいかぬ時間なのではないか?―――

 ―――………あ………―――

 ―――はぁ…すぐに戻れ。退屈云々と言っている間にもあの御方の機嫌は悪くなる一方…………もう行きよったわ―――



 視線の先。赤い空間の歪から目を切った氷晶龍《クリスタルドラゴン》は溜息をついてから再び眠りにつくのであった。次の挑戦者が現れるまで。
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