79 / 95
第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編
第78話 四年前――現実の逆転
しおりを挟む
「あのような屈辱は初めてです!どうせ何かあなたが粗相をしたのでしょう!」
「ち、違いますお母さんっ、私は何も…」
「言い訳なんか聞きたくありません!反省なさい!」
「お母さんっ!」
バタンッ!……
「……どうしましょう」
メールで冒険者センターに来いと言われたから行って、契約交渉が行われるからと席に着こうとしたら突然失望されて帰れと言われ、家に帰って来て早々にあなたのせいで恥をかいたと母親に怒鳴られ家出状態に。
意味が分からない。
悪い意味で人生一番の濃密な時を過ごした桜子はただただ家の前で呆然とするしかなかった。
(…とにかく今晩泊まれる場所を探さないと)
そうして何を考えることもなく十分ほど経って。
ここまで理不尽なことをされては流石の桜子も許してもらってから家に入れてもらうという選択肢が浮かぶはずもなく。ようやく今の状況を無理矢理だが呑み込んだ桜子は今晩の宿を探すためにスマホを開いた。まぁ家出先のあてなんて一つしかないが。
「ん?朝陽からLimeが来てますね……えっと…『この前桜子ちゃんにも秘密でダンジョンの謎に関係する論文を研究機関に出してたんだけど。今日ね、その件について話がしたいってそこから連絡が来たの!ワンチャンあるよ~これ。桜子ちゃんはシーカーズ、私はダン研!クラスのみんな目ぇ引ん剝くぞ!』……引ん剝くって…というか朝陽は知らない間に凄いことをしていたんですね」
唯一の選択肢である朝陽からは自分とは違い、とてもいい報告が来ていた。
(…朝陽の邪魔には…なりたくありませんね)
ここで桜子が『聞いてよ!今日ね……』と相談していたら未来は変わっていただろう。しかし、気分が落ちに落ちていた桜子の思考はネガティブ方向一直線だった。せめてそのお話とやらが終わってから報告しよう、朝陽の方が落ち着いてから相談に乗ってもらおうと考えてしまった。
(今晩どこに泊まりましょうか……)
片手間とはいえ冒険者業ではかなり儲かっているから警備が整っているホテルに泊まることは出来る。けれども何もない空間に一人でいると余計なことばかり考えてしまう気がするからなし。
ならSNSで………は絶対ない。朝陽は何てことを教えてくれたんだ。
頼りの朝陽宅を選択肢から一方的に消してしまった桜子は思い付く限りの宿泊先を考えては消し、考えては消すを続けて——
「…ここしかなさそうですね」
結局、桜子が最後に行きついた宿泊先というのは渋谷のダンジョン内にある宿泊施設だった。
◇◇◇
ヒュンッ…パンッ
「ウギャッ……キ…キィ…」
ヒュオン…パンッ
「キイッ……ガ…ガ…」
鬱蒼とした熱帯雨林に空気を切り裂く音と破裂音、そして獣の悲鳴と藻掻き苦しむ声だけが響き渡る。つい先ほどまでお祭り騒ぎのように騒いでいた周辺の怪物たちはその蹂躙劇が始まってすぐに脱兎の如く逃げ失せていた。
生き物の坩堝である熱帯雨林の中で生存競争に勝ち残ってきた。殺される覚悟などとうの昔に出来ている。そんな歴戦の怪物たちでさえアレはおかしいと思った。
「……ここはなんて居心地の良い場所なんでしょう」
蹂躙劇の中心に一人立ち、藻掻き苦しんだ末に果てた好色猿人《ハーレムエイプ》とその取り巻きの猿人種の炭化していく骸に眼もくれず、怪物たちにアレ呼ばわりされていた人間――我妻桜子は憑きものが落ちたような、晴れやかな顔で緑の天を仰ぎ呟く。
―――あの日。致し方なく家出をさせられた日のうちに桜子は渋谷ダンジョン第41層で狩りを始めた。そしてダンジョンに惹きこまれていった。
ただ単に「ファンタジーすげ~」と思う者や常に死と隣り合わせの非日常感が素晴らしいと思う者、現代社会の柵のしの字も存在しないもう一つの世界に魅了されてという者、と人によってその理由は様々だがダンジョンの魅力に憑りつかれる冒険者は多い。
しかし大抵の者はその魅力に憑りつかれながらも頭のどこかではここは非現実世界、ファンタジーな世界、自分の帰るべき場所はここではない地上にあると理解している。
ただし全員ではない。例外も存在する。
ではその例外、大抵の者に含まれない者はどういった人間なのだろうか。
地上のではなくダンジョンの中に居場所を求め、現実と非現実が逆転してしまった人間―――それに桜子はなりつつあった。
ダンジョンの中にただ一人。周りには母親のように自分を縛り付ける存在や一方的に失望し自分を見放す存在なんていやしない。あるのは自分の心配事なんてちっぽけなものだと無意識のうちに思わせてくれる圧倒的な大自然と裏表のない純粋な殺意を向けてくる怪物たち。
私は全力でそれらにぶつかっていけばいい。非常にシンプルで分かりやすい力の世界。
なんて居心地の良い場所なのだろう―――。
ダンジョンの危険な魅力は桜子の心の傷口から入り込み、彼女の心を蝕んだ。
気付けば地上のことなど忘れ、桜子はただひたすらにダンジョンを楽しんでいた。
最後に地上へと顔を出したのは高校の新学期が始まる直前に冒険者センターへ生存報告を一方的に告げた時だ。今頃はもう新学期が始まっているだろう。
それでもいい。ダンジョンの方がずっと楽でずっと楽しい―――。
年がら年中、成績を上げろだのあーだのこーだの母親に言われて受ける授業は楽しくなかった。
話したことすらない男子に告白される昼休み時間が嫌いだった。
普段自分の陰口ばかり叩く女子に合コンの数合わせに呼ばれたりする放課後が嫌いだった。
高校なんて、現実なんてどうでもよくなっていた。
(あと少しでまた別の世界に入りますね……あぁ、愉しみです)
「【花魔法】―――魔装『絶壁一輪《ぜっぺきいちりん》』」
渋谷ダンジョン第59層。翡翠色のドレスを身に纏った美しい死神が熱帯雨林を征く―――。
「ち、違いますお母さんっ、私は何も…」
「言い訳なんか聞きたくありません!反省なさい!」
「お母さんっ!」
バタンッ!……
「……どうしましょう」
メールで冒険者センターに来いと言われたから行って、契約交渉が行われるからと席に着こうとしたら突然失望されて帰れと言われ、家に帰って来て早々にあなたのせいで恥をかいたと母親に怒鳴られ家出状態に。
意味が分からない。
悪い意味で人生一番の濃密な時を過ごした桜子はただただ家の前で呆然とするしかなかった。
(…とにかく今晩泊まれる場所を探さないと)
そうして何を考えることもなく十分ほど経って。
ここまで理不尽なことをされては流石の桜子も許してもらってから家に入れてもらうという選択肢が浮かぶはずもなく。ようやく今の状況を無理矢理だが呑み込んだ桜子は今晩の宿を探すためにスマホを開いた。まぁ家出先のあてなんて一つしかないが。
「ん?朝陽からLimeが来てますね……えっと…『この前桜子ちゃんにも秘密でダンジョンの謎に関係する論文を研究機関に出してたんだけど。今日ね、その件について話がしたいってそこから連絡が来たの!ワンチャンあるよ~これ。桜子ちゃんはシーカーズ、私はダン研!クラスのみんな目ぇ引ん剝くぞ!』……引ん剝くって…というか朝陽は知らない間に凄いことをしていたんですね」
唯一の選択肢である朝陽からは自分とは違い、とてもいい報告が来ていた。
(…朝陽の邪魔には…なりたくありませんね)
ここで桜子が『聞いてよ!今日ね……』と相談していたら未来は変わっていただろう。しかし、気分が落ちに落ちていた桜子の思考はネガティブ方向一直線だった。せめてそのお話とやらが終わってから報告しよう、朝陽の方が落ち着いてから相談に乗ってもらおうと考えてしまった。
(今晩どこに泊まりましょうか……)
片手間とはいえ冒険者業ではかなり儲かっているから警備が整っているホテルに泊まることは出来る。けれども何もない空間に一人でいると余計なことばかり考えてしまう気がするからなし。
ならSNSで………は絶対ない。朝陽は何てことを教えてくれたんだ。
頼りの朝陽宅を選択肢から一方的に消してしまった桜子は思い付く限りの宿泊先を考えては消し、考えては消すを続けて——
「…ここしかなさそうですね」
結局、桜子が最後に行きついた宿泊先というのは渋谷のダンジョン内にある宿泊施設だった。
◇◇◇
ヒュンッ…パンッ
「ウギャッ……キ…キィ…」
ヒュオン…パンッ
「キイッ……ガ…ガ…」
鬱蒼とした熱帯雨林に空気を切り裂く音と破裂音、そして獣の悲鳴と藻掻き苦しむ声だけが響き渡る。つい先ほどまでお祭り騒ぎのように騒いでいた周辺の怪物たちはその蹂躙劇が始まってすぐに脱兎の如く逃げ失せていた。
生き物の坩堝である熱帯雨林の中で生存競争に勝ち残ってきた。殺される覚悟などとうの昔に出来ている。そんな歴戦の怪物たちでさえアレはおかしいと思った。
「……ここはなんて居心地の良い場所なんでしょう」
蹂躙劇の中心に一人立ち、藻掻き苦しんだ末に果てた好色猿人《ハーレムエイプ》とその取り巻きの猿人種の炭化していく骸に眼もくれず、怪物たちにアレ呼ばわりされていた人間――我妻桜子は憑きものが落ちたような、晴れやかな顔で緑の天を仰ぎ呟く。
―――あの日。致し方なく家出をさせられた日のうちに桜子は渋谷ダンジョン第41層で狩りを始めた。そしてダンジョンに惹きこまれていった。
ただ単に「ファンタジーすげ~」と思う者や常に死と隣り合わせの非日常感が素晴らしいと思う者、現代社会の柵のしの字も存在しないもう一つの世界に魅了されてという者、と人によってその理由は様々だがダンジョンの魅力に憑りつかれる冒険者は多い。
しかし大抵の者はその魅力に憑りつかれながらも頭のどこかではここは非現実世界、ファンタジーな世界、自分の帰るべき場所はここではない地上にあると理解している。
ただし全員ではない。例外も存在する。
ではその例外、大抵の者に含まれない者はどういった人間なのだろうか。
地上のではなくダンジョンの中に居場所を求め、現実と非現実が逆転してしまった人間―――それに桜子はなりつつあった。
ダンジョンの中にただ一人。周りには母親のように自分を縛り付ける存在や一方的に失望し自分を見放す存在なんていやしない。あるのは自分の心配事なんてちっぽけなものだと無意識のうちに思わせてくれる圧倒的な大自然と裏表のない純粋な殺意を向けてくる怪物たち。
私は全力でそれらにぶつかっていけばいい。非常にシンプルで分かりやすい力の世界。
なんて居心地の良い場所なのだろう―――。
ダンジョンの危険な魅力は桜子の心の傷口から入り込み、彼女の心を蝕んだ。
気付けば地上のことなど忘れ、桜子はただひたすらにダンジョンを楽しんでいた。
最後に地上へと顔を出したのは高校の新学期が始まる直前に冒険者センターへ生存報告を一方的に告げた時だ。今頃はもう新学期が始まっているだろう。
それでもいい。ダンジョンの方がずっと楽でずっと楽しい―――。
年がら年中、成績を上げろだのあーだのこーだの母親に言われて受ける授業は楽しくなかった。
話したことすらない男子に告白される昼休み時間が嫌いだった。
普段自分の陰口ばかり叩く女子に合コンの数合わせに呼ばれたりする放課後が嫌いだった。
高校なんて、現実なんてどうでもよくなっていた。
(あと少しでまた別の世界に入りますね……あぁ、愉しみです)
「【花魔法】―――魔装『絶壁一輪《ぜっぺきいちりん》』」
渋谷ダンジョン第59層。翡翠色のドレスを身に纏った美しい死神が熱帯雨林を征く―――。
10
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説

アレク・プランタン
かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった
と‥‥転生となった
剣と魔法が織りなす世界へ
チートも特典も何もないまま
ただ前世の記憶だけを頼りに
俺は精一杯やってみる
毎日更新中!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる