ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第78話 四年前――現実の逆転

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「あのような屈辱は初めてです!どうせ何かあなたが粗相をしたのでしょう!」
「ち、違いますお母さんっ、私は何も…」
「言い訳なんか聞きたくありません!反省なさい!」
「お母さんっ!」

 バタンッ!……

「……どうしましょう」

 メールで冒険者センターに来いと言われたから行って、契約交渉が行われるからと席に着こうとしたら突然失望されて帰れと言われ、家に帰って来て早々にあなたのせいで恥をかいたと母親に怒鳴られ家出状態に。

 意味が分からない。

 悪い意味で人生一番の濃密な時を過ごした桜子はただただ家の前で呆然とするしかなかった。

(…とにかく今晩泊まれる場所を探さないと)

 そうして何を考えることもなく十分ほど経って。
 ここまで理不尽なことをされては流石の桜子も許してもらってから家に入れてもらうという選択肢が浮かぶはずもなく。ようやく今の状況を無理矢理だが呑み込んだ桜子は今晩の宿を探すためにスマホを開いた。まぁ家出先のあてなんて一つしかないが。

「ん?朝陽からLimeが来てますね……えっと…『この前桜子ちゃんにも秘密でダンジョンの謎に関係する論文を研究機関に出してたんだけど。今日ね、その件について話がしたいってそこから連絡が来たの!ワンチャンあるよ~これ。桜子ちゃんはシーカーズ、私はダン研!クラスのみんな目ぇ引ん剝くぞ!』……引ん剝くって…というか朝陽は知らない間に凄いことをしていたんですね」

 唯一の選択肢である朝陽からは自分とは違い、とてもいい報告が来ていた。

(…朝陽の邪魔には…なりたくありませんね)

 ここで桜子が『聞いてよ!今日ね……』と相談していたら未来は変わっていただろう。しかし、気分が落ちに落ちていた桜子の思考はネガティブ方向一直線だった。せめてそのお話とやらが終わってから報告しよう、朝陽の方が落ち着いてから相談に乗ってもらおうと考えてしまった。

(今晩どこに泊まりましょうか……)

 片手間とはいえ冒険者業ではかなり儲かっているから警備が整っているホテルに泊まることは出来る。けれども何もない空間に一人でいると余計なことばかり考えてしまう気がするからなし。
 ならSNSで………は絶対ない。朝陽は何てことを教えてくれたんだ。

 頼りの朝陽宅を選択肢から一方的に消してしまった桜子は思い付く限りの宿泊先を考えては消し、考えては消すを続けて——

「…ここしかなさそうですね」

 結局、桜子が最後に行きついた宿泊先というのは渋谷のダンジョン内にある宿泊施設だった。



 ◇◇◇



 ヒュンッ…パンッ
「ウギャッ……キ…キィ…」
 ヒュオン…パンッ
「キイッ……ガ…ガ…」

 鬱蒼とした熱帯雨林に空気を切り裂く音と破裂音、そして獣の悲鳴と藻掻き苦しむ声だけが響き渡る。つい先ほどまでお祭り騒ぎのように騒いでいた周辺の怪物たちはその蹂躙劇が始まってすぐに脱兎の如く逃げ失せていた。
 生き物の坩堝である熱帯雨林の中で生存競争に勝ち残ってきた。殺される覚悟などとうの昔に出来ている。そんな歴戦の怪物たちでさえアレはおかしいと思った。

「……ここはなんて居心地の良い場所なんでしょう」

 蹂躙劇の中心に一人立ち、藻掻き苦しんだ末に果てた好色猿人《ハーレムエイプ》とその取り巻きの猿人種の炭化していく骸に眼もくれず、怪物たちにアレ呼ばわりされていた人間――我妻桜子は憑きものが落ちたような、晴れやかな顔で緑の天を仰ぎ呟く。

 ―――あの日。致し方なく家出をさせられた日のうちに桜子は渋谷ダンジョン第41層で狩りを始めた。そしてダンジョンに惹きこまれていった。

 ただ単に「ファンタジーすげ~」と思う者や常に死と隣り合わせの非日常感が素晴らしいと思う者、現代社会の柵のしの字も存在しないもう一つの世界に魅了されてという者、と人によってその理由は様々だがダンジョンの魅力に憑りつかれる冒険者は多い。
 しかし大抵の者はその魅力に憑りつかれながらも頭のどこかではここは非現実世界、ファンタジーな世界、自分の帰るべき場所はここではない地上にあると理解している。
 ただし全員ではない。例外も存在する。
 ではその例外、大抵の者に含まれない者はどういった人間なのだろうか。

 地上のではなくダンジョンの中に居場所を求め、現実と非現実が逆転してしまった人間―――それに桜子はなりつつあった。

 ダンジョンの中にただ一人。周りには母親のように自分を縛り付ける存在や一方的に失望し自分を見放す存在なんていやしない。あるのは自分の心配事なんてちっぽけなものだと無意識のうちに思わせてくれる圧倒的な大自然と裏表のない純粋な殺意を向けてくる怪物たち。
 私は全力でそれらにぶつかっていけばいい。非常にシンプルで分かりやすい力の世界。

 なんて居心地の良い場所なのだろう―――。

 ダンジョンの危険な魅力は桜子の心の傷口から入り込み、彼女の心を蝕んだ。

 気付けば地上のことなど忘れ、桜子はただひたすらにダンジョンを楽しんでいた。
 最後に地上へと顔を出したのは高校の新学期が始まる直前に冒険者センターへ生存報告を一方的に告げた時だ。今頃はもう新学期が始まっているだろう。

 それでもいい。ダンジョンの方がずっと楽でずっと楽しい―――。

 年がら年中、成績を上げろだのあーだのこーだの母親に言われて受ける授業は楽しくなかった。
 話したことすらない男子に告白される昼休み時間が嫌いだった。
 普段自分の陰口ばかり叩く女子に合コンの数合わせに呼ばれたりする放課後が嫌いだった。
 高校なんて、現実なんてどうでもよくなっていた。


(あと少しでまた別の世界に入りますね……あぁ、愉しみです)


「【花魔法】―――魔装『絶壁一輪《ぜっぺきいちりん》』」


 渋谷ダンジョン第59層。翡翠色のドレスを身に纏った美しい死神が熱帯雨林を征く―――。
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