ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第76話 四年前――争奪戦の鐘が鳴る

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 お洒落な雰囲気と音楽、色とりどりの髪色で満たされた店内の一席。
 紺と白の制服に身を包まれた栗色ロングと黒色セミショートの女子二人。

「ねぇねぇ聞いて下さいよ朝陽」
「やだ」
「今日、隣の組の芦屋《あしや》君?でしたっけ。その人に告白されたんです」
「…やだって言葉の意味わかる?」
「全くもって面識ない人だったんですけど……その…必死に好きだと言われてしまって…」
「…え、ちょタンマ。無視するつもりだったんだけど無視できないや。…え?そんなんでおっけーしちゃったの?何、桜子ちゃんってチョロインだったの?」
「チョロイン?…が何かは分かりませんけど、もちろんおっけーしてませんよ?」
「はぁ…よかった。で、何がそんなに気になるわけ?」
「その…お付き合いできませんと断った時の彼の顔があまりにも悲しそうだったので…えっと…」
「心が痛いってわけだ」
「……はい」
「優しいねぇ桜子ちゃんは。でもそいつには言っちゃだめだよ、絶対。…芦屋?だったっけ。告るんだったらそれくらいの傷つくくらいの覚悟は持ってろっての。桜子ちゃんが気にすることないよ。その気持ちだけで十分だと思うよ?」
「そう、ですね」
「そうともっ……でさ、この間話した―――」

 その日、春休みの始まりと同時に、より一層力を入れ始めたダンジョン攻略を無事終えた女子高生二人―――我妻桜子と間瀬朝陽は冒険者センター本部セントラル内のカフェにいた。
 雑談の内容は高校で起きた恋愛?の話だったりお互いが共有していないふとした些細な出来事だったり。およそどこにでもいる女子高生同士が行うものだ。

「……あ、そろそろ時間だね」
「え?…あ、本当ですね。……ん?」

 いつも隣にいる友人といつもと同じような会話を楽しみ、お互いそろそろ家に帰らなければならい時間になったころ。朝陽の言葉によってスマホの画面を見た桜子はLimeの通知が来ていたことに気づく。

「…うわぁ」

 そして、Limeの内容を見て思わずため息交じりの声を出してしまった。

『ラコ、今どこにいるの?』

 それは母親からのLimeだった。
 より詳しく言うのならば、桜子が冒険者活動を行っていることに反対し続けている母親からのLimeだった。

「なに、どしたの?」
「お母さんが…」
「あぁ…」

 恐らく開かれているであろうLimeの画面と桜子の微妙な表情、『お母さん』という言葉から朝陽はいつものあれか、ご愁傷様と思う。
 高校入学直後から今――二年の春休みまで桜子と友達をやってきた朝陽は当然何度も桜子の家に遊びに行っているため、スマホの画面を通した先で桜子を睨んでいるであろう彼女の母親の考えを知っていた。別に珍しくない考えだ。

『お金を稼ぎたいのなら女の子は女の子らしくカフェとかでアルバイトをすればいい、何も命を落とす危険性があるダンジョンの中に自分から行く必要ないじゃない』

 朝陽としては、女の子は女の子らしくというのは些か時代遅れが過ぎるのでは?と思うが、ダンジョンの中は命が云々というのは子を想う親としては当然の考え方だと思う。
 しかし桜子の母親の場合、その考えの前に『私が生んだ子なのだから、私の言うことを聞いて当然』という枕詞が付く。ヒステリックを起こすことはないが、頭のどこかにそういった自己中心的なものを持っているのが桜子の母親――我妻梅という人物なのだ。自分とは対極的な思考を持った人だなぁと初めて我妻梅と会い、話した時、朝陽は思ったものである。出来ることなら一生話したくないなぁとも思っていたりした。無理だが。

 だから桜子のLimeの画面を見ずともどのような言葉が飛んできたのか容易に予想することが出来た。そしてその予想は寸分も違えることなく当たっている。

『渋谷』
『まさか冒険者センター?』
『うん』
『冒険者にはならないって約束しましたよね?』

「……」

 ウウーッウウッー!…ウウーッウウッー!

 同情の視線を隣にいる友人に向けられながら桜子がLimeを返すとすぐさま電話がかかってきた。
 この音は母親からかかってきた時の着信音。朝陽がふざけて設定したザ・警音といった音だ。

「うぅ…」
「いざとなったら私が替わって説き伏せてあげよう」
「頼りにしてますよ、朝陽…―――もしもし、お母さん、私…」
『今すぐに帰ってきなさい』
「お母さん聞いて下さい!私——」
「あなたは私との約束を破ったのです。言い訳は聞きたくありません。すぐに帰ってきなさい」

 私この前、五等級冒険者になったんです——。

 桜子のその言葉は最後まで聞かれることなく、途中で遮られる。

 桜子と朝陽はつい先日、ともに五等級へと昇格した。才能の壁、凡人とそうでない者を線引きするのが六等級であれば五等級というのはその才能の壁を越え、一流へと大きな一歩を踏み出した者に与えられる称号だ。生涯に渡ってその称号を獲得できない人間はごまんといる。
 しかし、桜子と朝陽はその壁をいとも容易く飛び越えた。こんな高校二年生、全国を見渡してもそうそういるものではない。

 そんな五等級冒険者の凄さを分かってもらえればお母さんは認めてくれるかもしれない。冒険者をしてもいいって言ってくれるかもしれない――。

 しかし、桜子の願いは届くことなく、届く前に呆気なく霧散していった。耳に届く以前の問題だったのだ。

(やはりダメですか…)

「……分かりました。今から…」
「貸して」
「え、あっ、朝陽!?」

 どうせ聞いてくれやしない。声色的に今度こそは本気で怒っているなぁ、冒険者辞めないといけないのかと諦めてしまった桜子。しかし、そんな桜子のスマホを朝陽が取り上げる。

「もしもし、おばさん?」
『…その声……間瀬さん?』
「そうで~す。桜子ちゃんの親友の間瀬朝陽で~す」
『ふざけてる暇はないの。ラコに替わりなさい』
「え?いやですけど」
『はぁ…人様の家庭事情に口を挟んではいけないと親御さんから教わらなかったのですか?』
「あはは、生憎うちは放任主義でしてそんなことは教わってないんですよ。ただ、困っている人には手を差し伸べてあげなさいとは教わってますよ?私でも」
『……何が言いたいのですか』
「――桜子ちゃんをこれ以上苦しませるなって言ってんだよ毒親が……じゃっ」

 プツっ

「ほい、桜子ちゃん。言ってやったぜっ」
「……説得の言葉の意味を知っていますか?朝陽」

 ほんの数十秒で起きた出来事に理解が回っていない桜子は朝陽からスマホを返されてようやく気付く。やってくれましたね?こいつ、と。
 しかし事の下手人である朝陽は何が?と表情で惚け、少し前の桜子のように友人の言葉を無視して話を進める。

「今日ウチくる~?」
「……」
「ネカフェに泊まる~?」
「……」
「パパ活して知らない男の人の家に泊めてもらう~?私と桜子ちゃんならよりどりみどりだよ?」
「しません!そんなこと!」
「――そうやって強く言えばいいじゃん、お母さんに。嫌だって。冒険者したいですって」

 朝陽の声色が突然、ふざけていたものから真剣みを帯びたものになった。

「え?」

 思わず隣にいる朝陽の顔を見る。
 桜子が見た時には既に友人の表情はいつもの悪戯好きのそれに戻っていた。

「桜子ちゃんはさ、冒険者辞めたいの?」
「…やめたくありません」
「じゃあ何でもっと反抗しないの?あ、もしかしてお母さんが怖いんだっ」
「ち、違います!……ただ…」
「ただ?」

(……あれ?どうしてでしょう…)

 ただ、と言ってから桜子は考える。どうして自分は母親に逆らおうとしなかったのだろう。母親の意思を拒絶しようとしなかったのだろう、と。
 しかし、考えても理由が見当たらない。どこにもない。しかしそれは当然のことである。
 物心ついたころには母親の言うことを聞くことが当たり前だと思っていた。『お母さんの言うことを聞けばあなたは幸せになれるの』…そう言い聞かされて育って来た。今の今までそのこと自体に疑問を持つことなんて一度たりともなかった。今、朝陽に言われて初めて疑問に思ったのだ。
 だから理由なんてない。理由はあるが気づくことが出来ない。気づくためには他の家庭を知らないといけないのだ。

(私が気づかせてあげないとね~)

 故に、朝陽は。桜子の家に遊びに行き、桜子と母親の普通とは違う関係性に気づいた朝陽は気づかせなければならないのだと思った。

「ねぇねぇ桜子ちゃん。親に対して不満を覚えた子供がとる手段にはお決まりがあるってこと知ってる?」
「…知りません」
「だよね~……知りたい?」
「…知りたいです。教えてください」

 ニマニマとする朝陽に聞くことは非常に、ひっじょーに不本意であるが桜子は知りたかった。世の子供たちは親に対してどう反抗するのか。どうやって子供は親に嫌だと拒絶するのだろうか。

「ふっふ~ん、そこまで言うのなら教えてあげよ~」

 鼻の穴を引く付かせ自信満々に胸を張る朝陽の言葉に自然と期待感が増していく。

「家出をすればいいのさ!」
「……」

(自分の家で遊びたいだけなのでは……)

 しかし、桜子が膨らませた期待感は朝陽のあまりにも簡単すぎる反抗方法を聞いた瞬間に萎んでいった。

「それだけでいいんですか…?」
「そう、それだけでいいの」

(それだけでいいんだよ、桜子ちゃん。親に反抗するなんてそう難しくないことなんだ)

 朝陽の『親に反抗するハードルを下げよう』作戦は成功したのだった。















 その夜。母親から逃れ朝陽の部屋で羽を伸ばしていた桜子のもとに冒険者センターから一通のメールが届く―――




『冒険者センター<BokennsyaCenter.go.jp>
 To自分▼

 我妻桜子様

 いつもお世話になっております。
 冒険者センター企業交渉担当の駿河一徹《するが いってつ》でございます。

 先日『Seeker's Friend株式会社』より我妻桜子様との交渉の席を設けたいとの連絡を受けました。
 本メールは情報の伝達を目的としたものでございます。
 詳細については私、駿河一徹が直接申し伝えますので、お手数をおかけしますが我妻様のご都合がよろしい時に渋谷・冒険者センター本部五階受付までお越しください。
「駿河一徹を…」と受付の者にお声がけ下されば参ります。

 ※保護者の方にも本メールと同様のメールを送信しております。

 冒険者センター企業交渉担当 駿河一徹』



「朝陽、なんか冒険者センターの方から来ました…」
「ん?……へぇ~すごいじゃん。これならお母さんに冒険者続けて良しって言われるかもね~」
「え、ホントですか!?」
「うん。だって天下のシーカーズフレンドからの契約の打診だもん」
「そう…ですか。…そうですか」

(ちぇっ、もうちょっと桜子ちゃんを家に泊めたかったのにな~)
(朝陽には悪いですけど、これなら家出している必要がなくなるかもしれませんね…)

 朝陽に言われて桜子は母親に認めてもらえるかもしれないと素直に喜んだ。

 このメールが前代未聞の規模にまで広がる争奪戦の開始を告げる鐘であることも知らずに―――。



 ◇◇◇



「うおーー!待ってろ俺の熱き青春!」

 勉強机に向かいながらシャーペンを片手に未来へと想いを馳せる少年は知らない。

「おにいうるさいっ!」
「……ごめん、奈美…」

 向こう六年間、灰色の日々が続くことに絶望する時が来るだなんて―――。
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