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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編
第73話 想定外の一時間
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「サンゴ~何食べたい~?好きなもの言っていいぞ~。今の俺の財布の紐はゆるっゆるだからな~」
「キュウ!」
「え、カロリーバぁ?…そっか、サンゴはジャーキーとカロバー以外知らないのか。……よしっ!今度ダンジョン内用携帯料理ってやつを食わせてやる。絶対うまいぞ?何てったって一食1000円以上するんだからな」
「キュウ?」
「え、どれくらい美味しいかって?そうだなぁ、俺も食ったことないからなぁ。ただ値段的にはカロリーバーの5倍以上だ。単純に考えるとカロリーバーの5倍以上は美味い」
「キュッ!?キュウ♪」
「あ、俺にも食わせろよ?俺も食ったことないんだから」
「キュッ!」
「えぇ……。じゃあ二個買うよ。これでいいだろ?」
「キュウキュウ」
「はぁ……まぁいっか!」
足取りが軽い。まるで脚に翼が生えたみたいだ。
15層からの帰り道、一時間と少し前に赤く染まる空から満天の星空へと表情を変えた空の下。ドロップアイテムの換券と魔法鞄《マジックボックス》のレンタル代金を支払う前にサンゴを預けるため、1層のダンジョンラボに向かう。
それにしても気分がいい。サンゴにどんな我儘を言われてもまぁいっか!ってなるし、小鬼《ゴブリン》が目の前に現われたとしとしても手よりまず先に挨拶が出そうだ。
(まぁここ1層だから小鬼《ゴブリン》なんて出ないんだけどな!)
ところで何故俺がこんなにもテンションが高いのかというと、あと少しで俺の財布に春が訪れるからである。そう、まとまったお金が入ってくるのだ。
お金の出所は今日のドロップアイテム買取代とそれから一週間前に氷室さん、小松さんと一緒に倒した幼地竜の異常発生個体のドロップアイテム買取代、異常発生個体の情報代だ。
帰り道の8層で小休憩を挟んでいた時だったか。何気なくスコッドを弄っていたら冒険者センターの方から『幼地竜の異常発生個体の件について』という題名のメールが届いているのに気づいたんだ。内容は先延ばしにされていたドロップアイテム買取代と情報代の振り込みが完了したとのこと。
金額はそれぞれドロップアイテム買取代が31万2500円、情報代が19万円をパーティメンバーの数で割って、一人当たり16万7500円。
どうしてその金額になったかの説明はされていないけどまぁ大金だからいっか!
どうしてスコッドの中に美作海で登録済みの銀行アプリが入っていて、既に入金されているのが確認できたのか分からないけど、まぁ………いっか…。
あ、ちなみに今日のドロップアイテム買取代は特に問題がなければ10万1800円になる予定だ。そこから魔法鞄《マジックバック》のレンタル代 3000円×15時間=45000円が引かれて最終的には今日の狩りの収入は56800円になる。
つまり22万4300円が俺の懐に入るというわけ。そりゃ気分も良くなるさ。
「明日は学校があるから今日みたいに早く迎えに来れないけど、明日も一緒に冒険しような~サンゴ」
「キュウ!」
俺は今の実力を知ることが出来て、今まで以上に儲けることが出来た。
サンゴは初めて外に出て初めてにたくさん触れることが出来た。
「お、着いた」
互いに充実した一日となったことを喜び合っているといつの間にか目的地――ダンジョンラボに着いていた。
◇◇◇
「…それじゃ朝陽さん…また明日……」
「明日は絶対に全部聞くまで帰さないからね!」
「…あ…はい。…報告は学校が終わった後にします……サンゴもまた明日な…」
「キュウ!」
「おう…………じゃっ!」
「ああ!あれ演技だったの!」
ダンジョンラボに到着してから1時間。
想定していた時間の6倍もの時間をダンジョンラボで過ごしてしまった俺は最後の力を振り絞って走り、少ししてから後ろに朝陽さんがいないことを確認し、歩を緩める。向かう先はもちろんダンジョンの出口だ。
「まだ一日一緒にいただけなんだけどなぁ…」
頭の上にいるべきものがいない少しの寂しさ。あれほど頭の上にサンゴが乗ることを嫌がっていたのにいなくなると何だかなぁとなる。
心なしか身体だけでなく心の疲れもどっと出てきた、いや、疲れているのを思い出したと言うべきか。気を紛らわしてくれる喋り相手という存在は偉大なようだ。
(いつから俺はクールキャラから寂しがりやなツンデレキャラにジョブチェンジしたんだ?)
「ふっ…」
少しふざけてクールキャラっぽい雰囲気を出して鼻で笑い、それからダンジョンラボでの朝陽さんとのやり取りを思い返す。
案の定、俺とサンゴダンジョンラボに入るといきなり朝陽さんは目をキラッキラ輝かせて「ねぇ!どうだった!」とサンゴを抱き上げて言ってきた。
手に取ったサンゴは俺の体内マナを吸ったからか、ダンジョンのマナを吸ったから、マナ吸収したからか分からないけど一回り大きくなっていたことで朝陽さんのテンションが上りに上がっていたけど、俺はそんな朝陽さんからの追及をフル無視していた。
うん、だってストッパーがいないときに話したくないもん、サンゴのスキルのこと。
俺は桜子さんよりかは押しに弱くないが、朝陽さんに押されまくって倒れないでいられる自信はない。朝陽さんの話に乗かったら最期、今日起きた全ての出来事を聞き出される。
そしたら絶対にスキル検証が始まる。実験中のあの人の辞書に常識という言葉はない。ストッパーがいないから日を跨いでも続けるだろう。
それだけは勘弁だった。明日は学校があるから家に帰らないといけないし、何より今日は疲れていた。帰りたかった。
だから無視しました。「何か隠してるでしょ!言え!言いなさい!言うまで今夜は帰さないんだから!」という言葉、特に「今夜は帰さないんだから!」に不覚にも一瞬ドキッとしちゃったけど頑張って……無視、しようと、して……耐えようとして……出来なくて結局、朝陽さんの話に乗ってしまいました。
そして全部ゲロっちゃいました。サンゴのスキルから『狼の森』で経験したこと全部を全部。
だって朝陽さんがあまりにも楽しそうに俺の話聞くから。つい。
でも途中で本当に徹夜してでもスキル検証をやっちゃおうという流れになって。
流石にヤバいと思った俺は生気が抜かれた人間の演技をして、続きはまた明日って約束を何とか取り付けて逃げるようにダンジョンラボを後にした、というわけだ。
以上がダンジョンラボに入ってから出るまでの一時間の間に起きた出来事である。
狼の森での戦闘以上に濃い時間だった。
(思い出しただけで疲れるなぁ…でもそのやり取り、嫌いじゃないんだよなぁ……てか疲れる環境が嫌いじゃないとか俺はMにもジョブチェンジできるのか?俺の可能性無限大じゃん)
疲労からか、いつも以上にくだらないことを考えつつ歩いているといつの間にか出口の近くにいた。
「こちらで換券を行っていま~す!」
(久々に見たな)
換券場のカウンターに立つ複数人の受付嬢の中から見覚えのある女性――美浜千鶴《みはまちずる》を見つけたので、何気なくふら~っと彼女の前に出来ている列に並ぶ。
明らかにここよりも並んでいる人数の少ない両隣を見て、ミスったと思ったがまぁいい。今更横に移動するのも面倒だし、何より今しがたここに並んだ俺を一部の受付嬢が睨んでいる。嫌だよ、そっち行くの。そんな目してるから列が出来ないんだよ。
(あ~…眠い)
俺はショボショボとする目を擦って睨んで来る受付嬢たちから目を切り、向日葵のような明るい笑顔を咲かせる美浜さんに目をやる。
彼女は俺が参加した第一回目の実技講習を担当した冒険者センター職員の女性だ。小柄、ポニテ、可愛い系と癒し要素てんこ盛りの美浜さんはあの時も今のように人気が高かったっけ。
「次の方どうぞ~」
列の先頭辺りから聞こえてくる美浜さんの元気な声と男のデレデレする声を子守歌にうつらうつらしていると俺の番が回ってきた。
「…つぎのかた~……あ、講習で見た変な子だ…」
列に並びながら舟をこぐ人間を初めて見たのだろう。困惑の感情が多分に含まれている美浜さんの声で少し目が覚める。変な子呼ばわりされた気がしたんだけど気のせいかな?
「あぁ、すみません。とても疲れていて……あ、換券お願いします。あとこれ借りてた魔法袋《マジックバック》です」
「あっ、はい!換券いたしますね。レンタル料は買取金額から引く形となりますがよろしいでしょうか」
「それでお願いします」
「畏まりました。では失礼致します………え、うそ…」
「ん?何か変なの入ってました?」
「い、いえ…………えっと…全部で10万1800円となりますが、ここからレンタル料を引かせていただきます。―――16時間なので48000円を引いて、合計53800円となります」
明日絶対に朝陽さんに一時間の延滞料金を補填させようと心に決め、美浜さんから冒険者カードを受け取る。
「え~っと……確かに。…それじゃあ」
換券と魔法鞄《マジックバック》の返却が終わればもうここに用はない。美浜さんとのやり取りが少しばかり長引いてしまったからか、刺さる嫉妬の視線を横顔に感じながら出口へと向かう。
「あ、あの!」
そんな俺を美浜さんは呼び止めた。
普段の俺ならすわ連絡先聞かれちゃうのか!などと思っているところだが……いや、今もほんの少しくらい期待しているけど、その期待以上に周りの男どもの視線がうざかった。
「…はい?」
疲れと面倒臭さから不愛想になってしまった俺。
「えっと…その……無理だけはしないようにしてくださいね」
しかし、美浜さんの言葉と心の底から他人を気遣うような表情が俺の心を浄化し、僅かながらも心の疲れを回復させてくれた。
「?……どうも、お気遣いありがとうございます?」
疲れてはいるけど無理をした覚えはない。が、まぁ…人からのご厚意は素直に受け取っておこう。
ぺこりと一礼してから、身体を出口の方向に翻しゲートを潜った。
◇◇◇
「合計で6200円となります」
「どうもっ。それでさぁ、千鶴ちゃんこのあとって―――」
「次の方どうぞ~!」
「え、ちょっ――」
「邪魔だ…」
「何だよお前、まだ俺が―――」
「邪魔だ」
「……ちっ」
(確か講習にいた…美作君、だったけ?あれで新人かぁ…すごかったなぁ…)
カウンター一枚挟んだ向こう側で軟派な男が撃退されていることには目もくれず。
美浜千鶴は自分のもとへ換券に来ていた一人の新人冒険者とその新人冒険者が魔法鞄《マジックバック》に詰め込んで来たドロップアイテム数々を思い出す。
(シーカーズフレンドの社長さんが言ってたことって本当のことだったんだ…)
それから一時間ほど前に冒険者センター一階のど真ん中でばら撒かれたばかりの情報とつい先ほど自分で見た情報を照らし合わせ、納得した。
「換券を頼む…」
「……」
(桜子先輩みたいに…あの子も争奪戦で……嫌だな…)
「…あの……換券を、頼む…」
「え?」
「……換券を…」
「あ、ああ!大変申し訳ございません!換券ですね!今すぐに致します!」
美浜は大慌てで自分の仕事に集中し始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<収入>
犬人族の湾曲剣×1 +1500円
小鬼頭のマナ石×1 +2500円
歪な湾曲剣×11 +2400円
小鬼のマナ石×1 +500円
草原狼の毛皮×43 +86000円
疾風狼の毛皮×1 +8000円
魔法鞄《マジックバック》レンタル 15時間分
-45000円
変幻地竜の大鱗
変幻地竜の情報
+167500円
計 +224300円
「キュウ!」
「え、カロリーバぁ?…そっか、サンゴはジャーキーとカロバー以外知らないのか。……よしっ!今度ダンジョン内用携帯料理ってやつを食わせてやる。絶対うまいぞ?何てったって一食1000円以上するんだからな」
「キュウ?」
「え、どれくらい美味しいかって?そうだなぁ、俺も食ったことないからなぁ。ただ値段的にはカロリーバーの5倍以上だ。単純に考えるとカロリーバーの5倍以上は美味い」
「キュッ!?キュウ♪」
「あ、俺にも食わせろよ?俺も食ったことないんだから」
「キュッ!」
「えぇ……。じゃあ二個買うよ。これでいいだろ?」
「キュウキュウ」
「はぁ……まぁいっか!」
足取りが軽い。まるで脚に翼が生えたみたいだ。
15層からの帰り道、一時間と少し前に赤く染まる空から満天の星空へと表情を変えた空の下。ドロップアイテムの換券と魔法鞄《マジックボックス》のレンタル代金を支払う前にサンゴを預けるため、1層のダンジョンラボに向かう。
それにしても気分がいい。サンゴにどんな我儘を言われてもまぁいっか!ってなるし、小鬼《ゴブリン》が目の前に現われたとしとしても手よりまず先に挨拶が出そうだ。
(まぁここ1層だから小鬼《ゴブリン》なんて出ないんだけどな!)
ところで何故俺がこんなにもテンションが高いのかというと、あと少しで俺の財布に春が訪れるからである。そう、まとまったお金が入ってくるのだ。
お金の出所は今日のドロップアイテム買取代とそれから一週間前に氷室さん、小松さんと一緒に倒した幼地竜の異常発生個体のドロップアイテム買取代、異常発生個体の情報代だ。
帰り道の8層で小休憩を挟んでいた時だったか。何気なくスコッドを弄っていたら冒険者センターの方から『幼地竜の異常発生個体の件について』という題名のメールが届いているのに気づいたんだ。内容は先延ばしにされていたドロップアイテム買取代と情報代の振り込みが完了したとのこと。
金額はそれぞれドロップアイテム買取代が31万2500円、情報代が19万円をパーティメンバーの数で割って、一人当たり16万7500円。
どうしてその金額になったかの説明はされていないけどまぁ大金だからいっか!
どうしてスコッドの中に美作海で登録済みの銀行アプリが入っていて、既に入金されているのが確認できたのか分からないけど、まぁ………いっか…。
あ、ちなみに今日のドロップアイテム買取代は特に問題がなければ10万1800円になる予定だ。そこから魔法鞄《マジックバック》のレンタル代 3000円×15時間=45000円が引かれて最終的には今日の狩りの収入は56800円になる。
つまり22万4300円が俺の懐に入るというわけ。そりゃ気分も良くなるさ。
「明日は学校があるから今日みたいに早く迎えに来れないけど、明日も一緒に冒険しような~サンゴ」
「キュウ!」
俺は今の実力を知ることが出来て、今まで以上に儲けることが出来た。
サンゴは初めて外に出て初めてにたくさん触れることが出来た。
「お、着いた」
互いに充実した一日となったことを喜び合っているといつの間にか目的地――ダンジョンラボに着いていた。
◇◇◇
「…それじゃ朝陽さん…また明日……」
「明日は絶対に全部聞くまで帰さないからね!」
「…あ…はい。…報告は学校が終わった後にします……サンゴもまた明日な…」
「キュウ!」
「おう…………じゃっ!」
「ああ!あれ演技だったの!」
ダンジョンラボに到着してから1時間。
想定していた時間の6倍もの時間をダンジョンラボで過ごしてしまった俺は最後の力を振り絞って走り、少ししてから後ろに朝陽さんがいないことを確認し、歩を緩める。向かう先はもちろんダンジョンの出口だ。
「まだ一日一緒にいただけなんだけどなぁ…」
頭の上にいるべきものがいない少しの寂しさ。あれほど頭の上にサンゴが乗ることを嫌がっていたのにいなくなると何だかなぁとなる。
心なしか身体だけでなく心の疲れもどっと出てきた、いや、疲れているのを思い出したと言うべきか。気を紛らわしてくれる喋り相手という存在は偉大なようだ。
(いつから俺はクールキャラから寂しがりやなツンデレキャラにジョブチェンジしたんだ?)
「ふっ…」
少しふざけてクールキャラっぽい雰囲気を出して鼻で笑い、それからダンジョンラボでの朝陽さんとのやり取りを思い返す。
案の定、俺とサンゴダンジョンラボに入るといきなり朝陽さんは目をキラッキラ輝かせて「ねぇ!どうだった!」とサンゴを抱き上げて言ってきた。
手に取ったサンゴは俺の体内マナを吸ったからか、ダンジョンのマナを吸ったから、マナ吸収したからか分からないけど一回り大きくなっていたことで朝陽さんのテンションが上りに上がっていたけど、俺はそんな朝陽さんからの追及をフル無視していた。
うん、だってストッパーがいないときに話したくないもん、サンゴのスキルのこと。
俺は桜子さんよりかは押しに弱くないが、朝陽さんに押されまくって倒れないでいられる自信はない。朝陽さんの話に乗かったら最期、今日起きた全ての出来事を聞き出される。
そしたら絶対にスキル検証が始まる。実験中のあの人の辞書に常識という言葉はない。ストッパーがいないから日を跨いでも続けるだろう。
それだけは勘弁だった。明日は学校があるから家に帰らないといけないし、何より今日は疲れていた。帰りたかった。
だから無視しました。「何か隠してるでしょ!言え!言いなさい!言うまで今夜は帰さないんだから!」という言葉、特に「今夜は帰さないんだから!」に不覚にも一瞬ドキッとしちゃったけど頑張って……無視、しようと、して……耐えようとして……出来なくて結局、朝陽さんの話に乗ってしまいました。
そして全部ゲロっちゃいました。サンゴのスキルから『狼の森』で経験したこと全部を全部。
だって朝陽さんがあまりにも楽しそうに俺の話聞くから。つい。
でも途中で本当に徹夜してでもスキル検証をやっちゃおうという流れになって。
流石にヤバいと思った俺は生気が抜かれた人間の演技をして、続きはまた明日って約束を何とか取り付けて逃げるようにダンジョンラボを後にした、というわけだ。
以上がダンジョンラボに入ってから出るまでの一時間の間に起きた出来事である。
狼の森での戦闘以上に濃い時間だった。
(思い出しただけで疲れるなぁ…でもそのやり取り、嫌いじゃないんだよなぁ……てか疲れる環境が嫌いじゃないとか俺はMにもジョブチェンジできるのか?俺の可能性無限大じゃん)
疲労からか、いつも以上にくだらないことを考えつつ歩いているといつの間にか出口の近くにいた。
「こちらで換券を行っていま~す!」
(久々に見たな)
換券場のカウンターに立つ複数人の受付嬢の中から見覚えのある女性――美浜千鶴《みはまちずる》を見つけたので、何気なくふら~っと彼女の前に出来ている列に並ぶ。
明らかにここよりも並んでいる人数の少ない両隣を見て、ミスったと思ったがまぁいい。今更横に移動するのも面倒だし、何より今しがたここに並んだ俺を一部の受付嬢が睨んでいる。嫌だよ、そっち行くの。そんな目してるから列が出来ないんだよ。
(あ~…眠い)
俺はショボショボとする目を擦って睨んで来る受付嬢たちから目を切り、向日葵のような明るい笑顔を咲かせる美浜さんに目をやる。
彼女は俺が参加した第一回目の実技講習を担当した冒険者センター職員の女性だ。小柄、ポニテ、可愛い系と癒し要素てんこ盛りの美浜さんはあの時も今のように人気が高かったっけ。
「次の方どうぞ~」
列の先頭辺りから聞こえてくる美浜さんの元気な声と男のデレデレする声を子守歌にうつらうつらしていると俺の番が回ってきた。
「…つぎのかた~……あ、講習で見た変な子だ…」
列に並びながら舟をこぐ人間を初めて見たのだろう。困惑の感情が多分に含まれている美浜さんの声で少し目が覚める。変な子呼ばわりされた気がしたんだけど気のせいかな?
「あぁ、すみません。とても疲れていて……あ、換券お願いします。あとこれ借りてた魔法袋《マジックバック》です」
「あっ、はい!換券いたしますね。レンタル料は買取金額から引く形となりますがよろしいでしょうか」
「それでお願いします」
「畏まりました。では失礼致します………え、うそ…」
「ん?何か変なの入ってました?」
「い、いえ…………えっと…全部で10万1800円となりますが、ここからレンタル料を引かせていただきます。―――16時間なので48000円を引いて、合計53800円となります」
明日絶対に朝陽さんに一時間の延滞料金を補填させようと心に決め、美浜さんから冒険者カードを受け取る。
「え~っと……確かに。…それじゃあ」
換券と魔法鞄《マジックバック》の返却が終わればもうここに用はない。美浜さんとのやり取りが少しばかり長引いてしまったからか、刺さる嫉妬の視線を横顔に感じながら出口へと向かう。
「あ、あの!」
そんな俺を美浜さんは呼び止めた。
普段の俺ならすわ連絡先聞かれちゃうのか!などと思っているところだが……いや、今もほんの少しくらい期待しているけど、その期待以上に周りの男どもの視線がうざかった。
「…はい?」
疲れと面倒臭さから不愛想になってしまった俺。
「えっと…その……無理だけはしないようにしてくださいね」
しかし、美浜さんの言葉と心の底から他人を気遣うような表情が俺の心を浄化し、僅かながらも心の疲れを回復させてくれた。
「?……どうも、お気遣いありがとうございます?」
疲れてはいるけど無理をした覚えはない。が、まぁ…人からのご厚意は素直に受け取っておこう。
ぺこりと一礼してから、身体を出口の方向に翻しゲートを潜った。
◇◇◇
「合計で6200円となります」
「どうもっ。それでさぁ、千鶴ちゃんこのあとって―――」
「次の方どうぞ~!」
「え、ちょっ――」
「邪魔だ…」
「何だよお前、まだ俺が―――」
「邪魔だ」
「……ちっ」
(確か講習にいた…美作君、だったけ?あれで新人かぁ…すごかったなぁ…)
カウンター一枚挟んだ向こう側で軟派な男が撃退されていることには目もくれず。
美浜千鶴は自分のもとへ換券に来ていた一人の新人冒険者とその新人冒険者が魔法鞄《マジックバック》に詰め込んで来たドロップアイテム数々を思い出す。
(シーカーズフレンドの社長さんが言ってたことって本当のことだったんだ…)
それから一時間ほど前に冒険者センター一階のど真ん中でばら撒かれたばかりの情報とつい先ほど自分で見た情報を照らし合わせ、納得した。
「換券を頼む…」
「……」
(桜子先輩みたいに…あの子も争奪戦で……嫌だな…)
「…あの……換券を、頼む…」
「え?」
「……換券を…」
「あ、ああ!大変申し訳ございません!換券ですね!今すぐに致します!」
美浜は大慌てで自分の仕事に集中し始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<収入>
犬人族の湾曲剣×1 +1500円
小鬼頭のマナ石×1 +2500円
歪な湾曲剣×11 +2400円
小鬼のマナ石×1 +500円
草原狼の毛皮×43 +86000円
疾風狼の毛皮×1 +8000円
魔法鞄《マジックバック》レンタル 15時間分
-45000円
変幻地竜の大鱗
変幻地竜の情報
+167500円
計 +224300円
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