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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編
第72話 近づく権力、迫る嵐
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ブワンッ「ゥ…―――」ゴトッ…
青年と疾風狼《ウィンドウルフ》による激闘は一つの風切り音と一つの落下音を最後に決着した。風切り音は海が放った斬撃の音、落下音は海によって落とされた疾風狼《ウィンドウルフ》の首が地面に衝突した音だ。
青年が勝利したのである―――。
しかもほぼ無傷で。1対30だったにもかかわらず、だ。
またその結果に至るまでの過程もぶっ飛んでいた。
翼が生えているのではないかと錯覚してしまう程華麗に、素早く木の枝から木の枝へと飛び移り、草原狼《グラスウルフ》を羽虫の如く潰し、親玉であった疾風狼《ウィンドウルフ》に全ての手札を切らせてから討ってしまった。
そして何よりも驚くべきことはこの蹂躙劇を引き起こしたのはベテラン冒険者などではなく、ダンジョンに潜り始めてまだひと月も経っていない駆け出しの冒険者であるということだ。
事実、戦いの一部始終全てを見届けた二人のうち一人は驚愕のあまり仕事中であることを忘れ、地面に伏せたまま口を半開きにして固まっていた。
「な……」
(何なんだ…あれ)
黒髪黒目、中肉中背、全くもって特徴のない顔という特徴を持つ男――藻部昴《もべ すばる》は声に出かかった自分の思いを何とか呑み込む。
今の自分ならまず間違いなく勝つことができる。なんなら30体の疾風狼にだって勝てる。
でも冒険者歴ひと月にも満たない自分なら?草原狼を前にビクビクしていた記憶しかない。
それから青年が慌てた様子で森の中を駆け回り、あちこちにばら撒きっぱなしのドロップアイテムを拾い出す様子を見て藻部は思った。
(僕なんかと違って彼には自信があるんだろうなぁ……)
「俺の2000円…俺の2000円…」と呟きながら森の中を彷徨く青年のどこをどう見れば自信満々に見えるのか分からないが、藻部は知っている。少し遠くでドロップアイテムのとり残しがないようにと血眼になって走り回っている青年――美作海こそが今、藻部が所属しているヒノモト鍛冶屋をはじめとする極一部のダンジョン関連企業に注目されている新人冒険者であると。
現在行っている仕事をヒノモト鍛冶屋代表取締役――梶英二から直接与えられた時に聞いた話だ。
「すごいなぁ…僕よりも5つも若いのに」
その時も今も、藻部は顔を合わせたこともない海に対して憧れを抱いていた。そして僅かながらも劣等感を抱いていた――――
「……嫌味ですかこの野郎ぉ」
(その歳でヒノモト鍛冶屋の次期エース張ってる奴が何言ってんだ。俺なんかずっと狸の操り人形なんだぜ?)
―――100m後方にてSeeker’sFriendの10年連続平社員が睨んでいるとも知らずに。
(はぁ…)
思わず声を出してしまった。
戦いの一部始終全てを見届けた二人のうちのもう一人、そろそろ年頃の子にはおじさんと呼ばれてしまう二十代後半の男――臼井影人は眩い光を放つそれぞれ300m、100m前方にいる若者二人を眺めながら心の中でため息を吐く。俺にもあんな頃あったなぁ、と。でも一年だけだったなぁ、と。
いつもの臼井である。
しかしそんな臼井は初めて海が持つ力の片鱗を見た藻部とは違い、海の戦いに驚くことなく、まぁこれくらいはやるだろうなと海の頭に乗っている綿飴を見ていた。
何せ一週間もの間、四六時中ダンジョン内にいる海の行動を四六時中間近で見てきたのだ。評価こそすれど、これくらいのことでは驚かない。
いきなり狂ったように暴れ出した時もあった、木登りしたかと思えば木の上から飛び降り出した時もあった、狼の鳴き真似だってしていたのだ。空を駆けるように戦いだしてもおかしくない。
(それよりも今はあの綿飴だ。なんだぁあれ)
だから臼井はすぐに気持ちを切り替えて再び仕事を始める。もちろん観察の対象は海の頭の上に乗っている綿飴だ。
今朝、ダンジョンラボから出てきた海の頭の上に突如現れたそれはどうやら美作海の召喚獣らしい。
初めてソレを見た時はまた奇行が始まったと思ったものだ。しかしソレが意志を持って動いているのを見て臼井はため息を吐いた。
『美作海がまた新しいスキルを使い始めた。それも【召喚獣】という特殊なスキルを』
海が新たに見せたスキルが普通のスキルならば臼井のため息は藻部に向けての一回だけで済んでいただろう。
常時発動の身体能力向上系スキル、【投擲】、【土属性魔法】、それと瞬間的な身体能力向上系スキル。ここに新たな普通のスキルが加わり合計五つ。一人の人間にスキルが五つも発現することは極めて稀であるが前例がないわけではない。よって『五つ目のスキルを観測しました。新しいスキルは○○と思われます』と上に報告して、今日を終えることが出来た。
しかし、そのスキルが【召喚獣】という中々に特殊なスキルであった以上頭を使って考えないといけなくなった。
『美作海との接触を図るため東郷様は現在、渋谷に向かう車の中にいらっしゃいます。ですので、本日の美作海のダンジョン探索終了時刻見込みと本日の報告を早めに送ってください』
(ちっ、急なんだよ)
しかも自分が飛ばす報告の最終到着地点である氷室東郷はここ渋谷に向かっているというではないか。
(はぁ…)
仕事の量は増えるし、複雑化するし、急かされるしと散々な臼井は情報端末――スコッドの画面に表示されている文字列を睨み本日何回目になるか分からないため息を心の中で吐く。
(まぁ、出来る限りのことはするか)
それでも仕事だと割り切って、海が未回収だった草原狼の毛皮を全て拾い終わり、14層に続く階段に向かい走り出すその時まで考えて、考えて……―――。
『美作海が今朝方、正体不明の小型の召喚獣を伴ってダンジョンラボを出てくる姿を確認。召喚獣は索敵系のスキルを所持していると推測。また美作海単独で犬人頭一体を討伐、疾風狼1体草原狼24体の同時討伐を達成。なお、美作海の探索終了時刻は20時頃』
(狸、あんたが考えろ。あんたなら俺に視えていない何かをそこからでも視ることが出来るだろ)
――【召喚獣】の特殊性に敢えて触れることなく、ありのままの事実を報告として送ることにした。
◇◇◇
「美作海が今朝方、召喚獣を伴ってダンジョンラボを出てくる姿を確認。召喚獣は索敵系のスキルを所持していると推測。また美作海単独で犬人頭一体を討伐、疾風狼1体草原狼24体の同時討伐を達成。なお、美作海の探索終了時刻は20時頃……とのことです。東郷様」
「ほう、召喚獣か」
―――『Seeker’sFriend』渋谷支店。その最上階にある氷室東郷専用の部屋にて、東雲《秘書》からの報告を受けた氷室は頬を緩ませた。
「はい。ですが……」
「召喚獣の性能についての説明が乏しい、か?」
「…はい。諜報部の方からの報告には『美作海の正体不明の召喚獣は索敵を得意としており、小型で、支援を含む戦闘に参加していなかったため<貸与種>である可能性が高い』と」
「そうか」
臼井の報告に漏れがあると東雲は珍しく上機嫌な氷室に告げるが、氷室は東雲の言葉を右から左へと聞き流す。その態度は氷室が諜報部からの情報よりも臼井影人からの情報を重要視していることを示していた。
「……」
そのことを察した東雲は諜報部からの報告のどこに不満があるのかと思いつつも、口を噤み思考の沼に入り始めた氷室から少し離れて控える。
しかし東雲は少し勘違いをしていた。
氷室は諜報部からの情報に不満など持っていないし信じていないわけでもない。
今回の件に限り、諜報部のものよりも臼井からの情報に信を置いているというだけに過ぎないのだ。
臼井の考察には冒険者としての勘が多分に含まれている。
勘とは根拠のない推測だ。根拠ある推論の上に根拠なき推測が立つことなどありえない。これは常識である。
しかし、ダンジョンはその常識を覆す。
常識を的外れな推測に、根拠のない推測を真実に変えてしまうのだ。
氷室は海をダンジョンのような存在だと認識している。美作海とは予測不可能な人物、常識では測れない人物だと氷室の勘がそう告げていた。
スキルを五つも持っているというのなら普通は初めから全てを使う。しかし、美作海はそうはしない。まるで新しく手に入れたから使うといったように時間を経るごとに一つずつ出していく。
先ほど報告に上がっていた召喚獣に関してもそうだ。何故今になって召喚獣を連れまわし始めたのだろうか。
一般的な【召喚獣】スキル持ち――一般的な召喚士はダンジョンの中では必ず召喚獣を連れて歩いている。戦闘時非戦闘時に関係なくだ。
理由としては召喚したほうが召喚士にも召喚獣にも利があるから。
召喚獣といってもその種類は様々だが、大雑把に<戦闘種><支援種><貸与種>と召喚獣の特徴を三つに分けることが出来る。
<戦闘種>は召喚士と共に、あるいは召喚士の前に立って怪物と戦うことを得意とする召喚獣たちのことを指す。
<支援種>は召喚士に【付与魔法】のようなバフ効果を与えたり、敵に対してデバフ効果を与えたりして戦うことを得意とする召喚獣たちのことを指す。
<貸与種>は自身が持っているスキルを召喚士に貸し出すことで召喚士を強化し、召喚士と共に戦うことを得意とする召喚獣たちのことを指す。
そしてどの種にも言えることは『召喚されていないと自分の力を出すことが出来ない』ということだ。
また召喚獣はダンジョン内のマナを吸うことで成長することが出来るという特徴が種に関係なくある。逆に言うと引っ込んでいる状態だとダンジョンのマナを吸うことが出来ずにいつまで経ってもステータスは初期値のままだ。
体内マナを消費するのは召喚した瞬間だけなので召喚し続けていた方が―――いや、召喚し続けなければ【召喚獣】のスキルはごみスキル同然の性能になる。
だから、一般的な【召喚獣】スキル持ちは戦闘時非戦闘時に関係なく常に召喚獣を自分の傍に侍らせている。
しかし、美作海はそうしなかった―――。
「―――否、出来なかった…と言い表すのが正しい」
臼井は一度、諜報部と同じように『美作海の正体不明の召喚獣は索敵を得意としており、小型で、支援を含む戦闘に参加していなかったため<貸与種>である可能性が大に高い―――いや、<貸与種>なのだろう。今までは召喚獣の小ささを上手く使ってこちらには見えないように隠していた。しかし召喚獣の成長により隠すことが出来なくなった』という結論を出し、報告しようとした。
スキルを五つも持っています!と言われるより、自分の召喚獣が持っているスキルを四つ借りていました!と言われた方が納得しやすいからだ。
人間がスキルを五つ持っている前例は数件しかないが、召喚獣を含む怪物がスキルを四つ持っている前例は星の数ほどある。というか五等級以上の怪物の大半は四つ以上のスキルを持っている。
でも臼井はしなかった。冒険者としての勘が「否」と否定してきたのだ。
その結果が東雲に苦言を呈された情報量の足りない報告文である。
そこに氷室は正解を視た―――。
海が14層を我が物顔で走り回っていると聞き思った。
何故そこから下には潜らない、と。
徐々に増えていくスキル確認の報告に疑問を持った。
何故初めから全てを使わない、と。
見せびらかすように召喚獣を連れていると聞いて思った。
何故初めからそうしない、と。
「―――条件付きでスキルを増やすスキル、か」
「え?」
「東雲、時間だ。行くぞ」
「は、はい…!」
争奪戦の嵐はすぐそこまで迫っていた——。
青年と疾風狼《ウィンドウルフ》による激闘は一つの風切り音と一つの落下音を最後に決着した。風切り音は海が放った斬撃の音、落下音は海によって落とされた疾風狼《ウィンドウルフ》の首が地面に衝突した音だ。
青年が勝利したのである―――。
しかもほぼ無傷で。1対30だったにもかかわらず、だ。
またその結果に至るまでの過程もぶっ飛んでいた。
翼が生えているのではないかと錯覚してしまう程華麗に、素早く木の枝から木の枝へと飛び移り、草原狼《グラスウルフ》を羽虫の如く潰し、親玉であった疾風狼《ウィンドウルフ》に全ての手札を切らせてから討ってしまった。
そして何よりも驚くべきことはこの蹂躙劇を引き起こしたのはベテラン冒険者などではなく、ダンジョンに潜り始めてまだひと月も経っていない駆け出しの冒険者であるということだ。
事実、戦いの一部始終全てを見届けた二人のうち一人は驚愕のあまり仕事中であることを忘れ、地面に伏せたまま口を半開きにして固まっていた。
「な……」
(何なんだ…あれ)
黒髪黒目、中肉中背、全くもって特徴のない顔という特徴を持つ男――藻部昴《もべ すばる》は声に出かかった自分の思いを何とか呑み込む。
今の自分ならまず間違いなく勝つことができる。なんなら30体の疾風狼にだって勝てる。
でも冒険者歴ひと月にも満たない自分なら?草原狼を前にビクビクしていた記憶しかない。
それから青年が慌てた様子で森の中を駆け回り、あちこちにばら撒きっぱなしのドロップアイテムを拾い出す様子を見て藻部は思った。
(僕なんかと違って彼には自信があるんだろうなぁ……)
「俺の2000円…俺の2000円…」と呟きながら森の中を彷徨く青年のどこをどう見れば自信満々に見えるのか分からないが、藻部は知っている。少し遠くでドロップアイテムのとり残しがないようにと血眼になって走り回っている青年――美作海こそが今、藻部が所属しているヒノモト鍛冶屋をはじめとする極一部のダンジョン関連企業に注目されている新人冒険者であると。
現在行っている仕事をヒノモト鍛冶屋代表取締役――梶英二から直接与えられた時に聞いた話だ。
「すごいなぁ…僕よりも5つも若いのに」
その時も今も、藻部は顔を合わせたこともない海に対して憧れを抱いていた。そして僅かながらも劣等感を抱いていた――――
「……嫌味ですかこの野郎ぉ」
(その歳でヒノモト鍛冶屋の次期エース張ってる奴が何言ってんだ。俺なんかずっと狸の操り人形なんだぜ?)
―――100m後方にてSeeker’sFriendの10年連続平社員が睨んでいるとも知らずに。
(はぁ…)
思わず声を出してしまった。
戦いの一部始終全てを見届けた二人のうちのもう一人、そろそろ年頃の子にはおじさんと呼ばれてしまう二十代後半の男――臼井影人は眩い光を放つそれぞれ300m、100m前方にいる若者二人を眺めながら心の中でため息を吐く。俺にもあんな頃あったなぁ、と。でも一年だけだったなぁ、と。
いつもの臼井である。
しかしそんな臼井は初めて海が持つ力の片鱗を見た藻部とは違い、海の戦いに驚くことなく、まぁこれくらいはやるだろうなと海の頭に乗っている綿飴を見ていた。
何せ一週間もの間、四六時中ダンジョン内にいる海の行動を四六時中間近で見てきたのだ。評価こそすれど、これくらいのことでは驚かない。
いきなり狂ったように暴れ出した時もあった、木登りしたかと思えば木の上から飛び降り出した時もあった、狼の鳴き真似だってしていたのだ。空を駆けるように戦いだしてもおかしくない。
(それよりも今はあの綿飴だ。なんだぁあれ)
だから臼井はすぐに気持ちを切り替えて再び仕事を始める。もちろん観察の対象は海の頭の上に乗っている綿飴だ。
今朝、ダンジョンラボから出てきた海の頭の上に突如現れたそれはどうやら美作海の召喚獣らしい。
初めてソレを見た時はまた奇行が始まったと思ったものだ。しかしソレが意志を持って動いているのを見て臼井はため息を吐いた。
『美作海がまた新しいスキルを使い始めた。それも【召喚獣】という特殊なスキルを』
海が新たに見せたスキルが普通のスキルならば臼井のため息は藻部に向けての一回だけで済んでいただろう。
常時発動の身体能力向上系スキル、【投擲】、【土属性魔法】、それと瞬間的な身体能力向上系スキル。ここに新たな普通のスキルが加わり合計五つ。一人の人間にスキルが五つも発現することは極めて稀であるが前例がないわけではない。よって『五つ目のスキルを観測しました。新しいスキルは○○と思われます』と上に報告して、今日を終えることが出来た。
しかし、そのスキルが【召喚獣】という中々に特殊なスキルであった以上頭を使って考えないといけなくなった。
『美作海との接触を図るため東郷様は現在、渋谷に向かう車の中にいらっしゃいます。ですので、本日の美作海のダンジョン探索終了時刻見込みと本日の報告を早めに送ってください』
(ちっ、急なんだよ)
しかも自分が飛ばす報告の最終到着地点である氷室東郷はここ渋谷に向かっているというではないか。
(はぁ…)
仕事の量は増えるし、複雑化するし、急かされるしと散々な臼井は情報端末――スコッドの画面に表示されている文字列を睨み本日何回目になるか分からないため息を心の中で吐く。
(まぁ、出来る限りのことはするか)
それでも仕事だと割り切って、海が未回収だった草原狼の毛皮を全て拾い終わり、14層に続く階段に向かい走り出すその時まで考えて、考えて……―――。
『美作海が今朝方、正体不明の小型の召喚獣を伴ってダンジョンラボを出てくる姿を確認。召喚獣は索敵系のスキルを所持していると推測。また美作海単独で犬人頭一体を討伐、疾風狼1体草原狼24体の同時討伐を達成。なお、美作海の探索終了時刻は20時頃』
(狸、あんたが考えろ。あんたなら俺に視えていない何かをそこからでも視ることが出来るだろ)
――【召喚獣】の特殊性に敢えて触れることなく、ありのままの事実を報告として送ることにした。
◇◇◇
「美作海が今朝方、召喚獣を伴ってダンジョンラボを出てくる姿を確認。召喚獣は索敵系のスキルを所持していると推測。また美作海単独で犬人頭一体を討伐、疾風狼1体草原狼24体の同時討伐を達成。なお、美作海の探索終了時刻は20時頃……とのことです。東郷様」
「ほう、召喚獣か」
―――『Seeker’sFriend』渋谷支店。その最上階にある氷室東郷専用の部屋にて、東雲《秘書》からの報告を受けた氷室は頬を緩ませた。
「はい。ですが……」
「召喚獣の性能についての説明が乏しい、か?」
「…はい。諜報部の方からの報告には『美作海の正体不明の召喚獣は索敵を得意としており、小型で、支援を含む戦闘に参加していなかったため<貸与種>である可能性が高い』と」
「そうか」
臼井の報告に漏れがあると東雲は珍しく上機嫌な氷室に告げるが、氷室は東雲の言葉を右から左へと聞き流す。その態度は氷室が諜報部からの情報よりも臼井影人からの情報を重要視していることを示していた。
「……」
そのことを察した東雲は諜報部からの報告のどこに不満があるのかと思いつつも、口を噤み思考の沼に入り始めた氷室から少し離れて控える。
しかし東雲は少し勘違いをしていた。
氷室は諜報部からの情報に不満など持っていないし信じていないわけでもない。
今回の件に限り、諜報部のものよりも臼井からの情報に信を置いているというだけに過ぎないのだ。
臼井の考察には冒険者としての勘が多分に含まれている。
勘とは根拠のない推測だ。根拠ある推論の上に根拠なき推測が立つことなどありえない。これは常識である。
しかし、ダンジョンはその常識を覆す。
常識を的外れな推測に、根拠のない推測を真実に変えてしまうのだ。
氷室は海をダンジョンのような存在だと認識している。美作海とは予測不可能な人物、常識では測れない人物だと氷室の勘がそう告げていた。
スキルを五つも持っているというのなら普通は初めから全てを使う。しかし、美作海はそうはしない。まるで新しく手に入れたから使うといったように時間を経るごとに一つずつ出していく。
先ほど報告に上がっていた召喚獣に関してもそうだ。何故今になって召喚獣を連れまわし始めたのだろうか。
一般的な【召喚獣】スキル持ち――一般的な召喚士はダンジョンの中では必ず召喚獣を連れて歩いている。戦闘時非戦闘時に関係なくだ。
理由としては召喚したほうが召喚士にも召喚獣にも利があるから。
召喚獣といってもその種類は様々だが、大雑把に<戦闘種><支援種><貸与種>と召喚獣の特徴を三つに分けることが出来る。
<戦闘種>は召喚士と共に、あるいは召喚士の前に立って怪物と戦うことを得意とする召喚獣たちのことを指す。
<支援種>は召喚士に【付与魔法】のようなバフ効果を与えたり、敵に対してデバフ効果を与えたりして戦うことを得意とする召喚獣たちのことを指す。
<貸与種>は自身が持っているスキルを召喚士に貸し出すことで召喚士を強化し、召喚士と共に戦うことを得意とする召喚獣たちのことを指す。
そしてどの種にも言えることは『召喚されていないと自分の力を出すことが出来ない』ということだ。
また召喚獣はダンジョン内のマナを吸うことで成長することが出来るという特徴が種に関係なくある。逆に言うと引っ込んでいる状態だとダンジョンのマナを吸うことが出来ずにいつまで経ってもステータスは初期値のままだ。
体内マナを消費するのは召喚した瞬間だけなので召喚し続けていた方が―――いや、召喚し続けなければ【召喚獣】のスキルはごみスキル同然の性能になる。
だから、一般的な【召喚獣】スキル持ちは戦闘時非戦闘時に関係なく常に召喚獣を自分の傍に侍らせている。
しかし、美作海はそうしなかった―――。
「―――否、出来なかった…と言い表すのが正しい」
臼井は一度、諜報部と同じように『美作海の正体不明の召喚獣は索敵を得意としており、小型で、支援を含む戦闘に参加していなかったため<貸与種>である可能性が大に高い―――いや、<貸与種>なのだろう。今までは召喚獣の小ささを上手く使ってこちらには見えないように隠していた。しかし召喚獣の成長により隠すことが出来なくなった』という結論を出し、報告しようとした。
スキルを五つも持っています!と言われるより、自分の召喚獣が持っているスキルを四つ借りていました!と言われた方が納得しやすいからだ。
人間がスキルを五つ持っている前例は数件しかないが、召喚獣を含む怪物がスキルを四つ持っている前例は星の数ほどある。というか五等級以上の怪物の大半は四つ以上のスキルを持っている。
でも臼井はしなかった。冒険者としての勘が「否」と否定してきたのだ。
その結果が東雲に苦言を呈された情報量の足りない報告文である。
そこに氷室は正解を視た―――。
海が14層を我が物顔で走り回っていると聞き思った。
何故そこから下には潜らない、と。
徐々に増えていくスキル確認の報告に疑問を持った。
何故初めから全てを使わない、と。
見せびらかすように召喚獣を連れていると聞いて思った。
何故初めからそうしない、と。
「―――条件付きでスキルを増やすスキル、か」
「え?」
「東雲、時間だ。行くぞ」
「は、はい…!」
争奪戦の嵐はすぐそこまで迫っていた——。
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