ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第71話 蹂躙

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「グァ…ハフ……―――」
「……」

 今まさに自らの務めを全うした末に、目の前で泡を吹きながら倒れた一匹の草原狼《グラスウルフ》を翡翠色の瞳が見下ろしていた。

 確かな知性を感じさせる鋭い翡翠色の瞳、口の中に収まりきらない発達した二本の長い牙、下位種である草原狼《グラスウルフ》よりも二回りほど大きな体躯は深い森を連想させる深緑の体毛に覆われており、まるで彼の周りだけ風が吹いているかのように微小ながらも常に揺れている。

 七等級怪物――疾風狼《ウィンドウルフ》。第15層の西に位置する『狼の森』の支配者だ。

 支配者は先ほどまで息をしていた部下の最期の感情恐怖と伝言から何者かがたった一匹でこの森に向かってきていることを理解していた。

 であればその何者は何者なのか。無尽蔵の体力を誇る狼が恐怖のあまり息をすることを忘れて脱兎のごとく逃げ出す相手とはどのような生物なのだろうか。
 隣の森にいる小鬼種ではないだろう。あれらは我ら以上に数がおり連携が取れるが個の力は我らに遠く及ばない。
 遠くの森にいる犬人族でもないだろう。あれらは奇襲などの騙し討ちを得意手としている。見晴らしのいい草原では奇襲も何もない。

 ――人間か。

 疾風狼《ウィンドウルフ》は冒険者と呼ばれる体毛が頭部にしかない生物が今回の襲撃者だと判断する。それも時たま現れる特殊《階層のレベルに合わない》個体だ。
 一つ前の群れの長疾風狼これ特殊個体が率いる徒党《パーティ》に為す術もなくやられていたと当時、一匹の草原狼《グラスウルフ》でしかなかった現在の疾風狼《ウィンドウルフ》は記憶している。
 小鬼種の群れより、犬人族の群れより何倍も厄介な相手だ。
 しかし今回の襲撃者、否獲物はたった一匹と聞いた。いくら個の力に優れていたとしても数の前では無力であると疾風狼《ウィンドウルフ》は知っている。
 だからいつも通りで良い。包囲網を築きじわじわと追い詰めていけばいいと考えた。




 ―――しかしその作戦はあくまでも包囲される側が地に足を付いている状態であることを前提としている。地に足を付いていない者に対しては何の意味もなさない。
 また作戦全てに言えることだが囲まれる前に気が付かれれば手痛いしっぺ返しを食らう危険性もある。

 ああ哀しきかな。今回の獲物、否襲撃者は地に足を付けずとも戦えることを、何故か猿の真似をして木登りの訓練を十分に行っているということを、襲撃者の頭には半径5㎞にも及ぶ広大な範囲を索敵できるレーダーが乗っていることを、全てにおいて常識が当てはまらないことを疾風狼《ウィンドウルフ》は何一つ知らない。

 前提まで何もかもが崩れた作戦。
 それはもはや作戦でも何でもない。烏合の衆による初めからの負け戦だ。




 蹂躙が始まる―――。



 ◇◇◇



「(カリカリ)キュウッ」

 狼の森に足を踏み入れてからちょうど10分が経とうとしている頃だろうか。僅かな痛みと共に頭の上から知らせが入った。

「え、包囲されかけてる?本当に?」
「キュッ」
「えぇ……」

 悲報。俺、包囲されかけているらしい。
 草原狼《グラスウルフ》追跡班班長のサンゴさんが自信満々に伝えてきた。サンゴが胸を張って言うのなら間違いだろう。

「どうしよっかなぁ…」

 ここは狼の森、間違いなく相手は狼だ。であるならば、相手の土俵である地面はさっさと見限るべし。

「ん~取り敢えず木の上に登るか」

 大声を出すことはもちろん戦闘だって一度もしていないのになぜバレたと疑問に思いながらも一先ず完全に包囲される前に木の上に登ることにした。

「ほっほっほっ…っと」
「キュ!?」

 下からは見えなくても上からなら見えるものがある。
 先日のノルマで嫌という程に鍛えられた木登り技術を遺憾なく発揮し、僅か数秒で地上から20mの地点に到着。突然の上への動きでずり落ちかけていたサンゴを掴んで頭の上に乗せてから目を細め周囲360度をぐるりと見回すと確かにいた。

「うわ、めっちゃいるじゃん」

 四方八方、豆粒大の浅緑色のナニカが一点目指して駆けている。草原狼《グラスウルフ》だ。枝豆みたい。数は大体30と言ったところか。
 しかし、草原狼《グラスウルフ》殲滅班班長の俺にとって最も重要なのは草原狼《雑魚》の数ではなくどこに奴がいるか、疾風狼《群れのボス》がどこにいるかだ。
 木の上に登れるかどうかも分からない雑魚の数は眼中にない。地上からでも木の上にいる俺の首に攻撃を届かせることのできる唯一の存在の位置を把握しなければならない。
 そう、疾風狼《ウィンドウルフ》はその名の通り風属性魔法を使うことが出来る怪物なのだ。
 土属性魔法が体内マナを用いて土を自在に操るスキルであるのと同じように、風属性魔法は体内マナを用いて風を自在に操る。
 実際に見たことは一度たりともないのだが、何でも一流の使い手ともなれば大木をも断ち切る不可視の刃がポンポンと出せるらしい。知らなければ初見殺しの攻撃だ。
 そんな恐ろしい攻撃手段を用いる存在の動向は常に把握しておかないといけない。七等級の実力を測るためにも無視をするという選択肢は端からないのだ。

 ということで探しましょうか―――

「草原狼《グラスウルフ》よりも大きい狼を索敵してくれない?」

 ―――サンゴが。
 索敵はその道のプロに頼るべきだ。

「キュッキュッキュ!……キュ?」

 ただ俺の頭から少し身を乗り出して下を見ていた興奮状態のサンゴは俺の話を聞いていなかったらしい。「あとで高い高いしてやるから今は索敵を頼む」と改めて頼んだらすぐに索敵を始めてくれた。

「キュッ」

 10秒も経たないうちに髪の毛が数本、右方向へと引っ張られた感覚があった。目標の敵を見つけた時のサンゴなりの合図だ。
 首を右に回転させ、引っ張られている髪の毛がちょうど見ている方向と重なったところで停止。それから目を細めて地面から空へ、下から上へなぞるように移動させていくとお目当ての怪物の姿を視界の中に捉えることに成功した。

「……お、いた」

 深緑の体毛が森の緑と若干同化していて見えづらいが確かな存在感を視線の先に感じる。
 すると俺の視線を遠巻きながら感じたのだろう、奴も視線の先を俺に合わせてきた。

 次の瞬間―――。

「キュウッ!!!」

 …ブオン!ドン!

 サンゴの鳴き声のあと、一拍置いて俺の頭上――一瞬前まで俺の頭部があった虚空を一迅の風が唸りを上げて通過した。疾風狼《ウィンドウルフ》の風属性魔法による攻撃だ。

 ミシ…ミシ……

「っ…!…ふっ……!」

 決して疾風狼《ウィンドウルフ》がいる方向から目を逸らすことなく、左隣の木に飛び移り静止。

 ミシ…ミシ……バキ…バキ…………ずどんっ

 視界の端で重力に従って落ちていく木の幹を捉えると頬を一筋の冷や汗が伝っていった。

(なるほど……これが七等級か…)

 理不尽な超常現象を目の前で起こされて納得する。しかも俺の髪の毛と視線はどんどん別の方向に引っ張られていっていた。どうやら的を絞らせないために走り出したらしい。

(頭も回るのかよ。まぁそうか、それが七等級だもんな)

 であればこちらも動くとしよう。木の幹が地面に叩きつけられた音を聞き取った草原狼《グラスウルフ》が上を見上げて木の上にいる俺の存在を認識したようだが、一先ず放置……いや、片手間でも倒せるか。

 疾風狼《ウィンドウルフ》最大の武器はもちろん不可視の刃《長距離砲》を放つことが出来る風属性魔法だ。距離を取っている時間が長ければ長いほど俺は不利になるから近づく必要がある。
 だからその道中に草原狼を倒そう小遣い稼ぎをしよう
 下でこっちを見上げながらワンワン吠えている様子を見る限り草原狼《グラスウルフ》は木に登ることが苦手だと分かる。頑張って登ろうとしている個体もちらほら見えるが―――

「そいっ」
 ビュンッ…グサ「ガゥッ――」ッ

 ―――と、このように【土属性魔法】で50㎝程の投槍を生成し【投擲】を使って首元に投げつければ、一撃で仕留めることが出来る。

 何分視界の中心には疾風狼《ウィンドウルフ》が陣取っているから、最速で殺ることは出来ないだろうけど視界の端に捉えさえすれば仕留められる。
 疾風狼《ウィンドウルフ》のもとに着く頃には約30匹全部とは言わないまでもそのほとんどがいなくなっているはずだから疾風狼《ウィンドウルフ》との近接戦に集中することが出来るだろう。

(よし、これで行こう)

「キュッ!」
 …ブオン!

 戦闘プランを立てている間にも次々と飛んでくる一迅をサンゴの鳴き声《警報》を頼りに左右の木々へ足場を変えて避けていた俺は、疾風狼《ウィンドウルフ》に近づくため前へと跳躍する。

 もちろん俺の跳躍に合わせて方向転換のために一瞬立ち止まった草原狼《グラスウルフ》への攻撃は忘れない。

「そいっ…ほっ…やっ」ビュンッ…グサ「ガゥッ――」ッ…ヒュンヒュンッ…ズ「カフッ――」サグサ「ガッ――」ッッ…「キュッ!」…ブオン!バキャッ!
「よっと」ビュンッ…グサッ「ガゥッ――」「キュウ!」…ブワンッ!「っと…よいしょっ!」ビュンッ…………「ッ……」…つさっ

 加速しながら飛んでくる風魔法より数段階遅いけど、こちらからでも攻撃は届くんだぞ、と牽制のための投槍を投げながら近づいていく。

「まぁ当たらねぇよな…よっ…ほっ…そいやッ」ビュンッ…ザク「アオンッ――」ッ…ヒュンヒュンッ…ズ「キャンッ――」サグサ「ガッ――」ッッ…「キュウッ!」…ブオン!「よっと」ビュンッ…グサッ「ガゥッ――」「キュウ!」…ブワンッ!「っと…よいしょっ!」ビュンッ…………「ッ……」…つさっ

 そうやって疾風狼《ウィンドウルフ》へ牽制の投槍を投げつつ、草原狼《グラスウルフ》の数も減らしていき、順調に近づいていった。

 だがしかし相手は七等級、簡単には肉薄させてくれない。

「――――――」

 残り20mの所で風属性魔法の襲来が突如止んだ。
 俺の動きについてこれず生き残りの草原狼《グラスウルフ》5匹がやや後ろの方で置き去りになっていることもあってか森に静寂が訪れる。




 ―――まるで嵐の前の静けさのようだった。


(何か来るな…)


 瞬間―――。

「キュウッ!!!!!」

 今までで一番大きいサンゴの鳴き声が静寂を切り裂く。
 それと同時に幾重にも重なりあった風の刃が一点ではなく面で迫りくるのが
 突然の攻撃停止、不自然極まりない。そこには必ず何か意味があると犬人頭《コボルトリーダー》戦で学んでいた俺は酷く冷静に対処する。

(なるほど…見えないってのはこういうことか)

 目と鼻の先いっぱいに敷かれた風刃の網の向こうの風景が歪んで見えた。モヤモヤと蜃気楼みたいだ。―――マナの揺らぎだろう。
 忘れもしない、初めての実戦で戦ったあの小鬼頭《ホブ・ゴブリン》がスキル身体強化魔法を使った時、身体の周りは目の前の光景と同じように歪んでいた。

 よくよく見れば網を形成する風の刃一つ一つが僅かに空気を震わせていることが分かる。

 だから気づけた――。
 この網は地上には張り巡らされていない、と。

 だから考えた――。
 今俺は木と木を移動するために空中にいる。避けれない。
 なら自分自身を撃ち落としてしまおう、と。





(【土属性魔法】)





 手足を動かすように特に焦ることなく自然な動作で空中に50㎝程の土塊を生成、それから体内マナを浮遊と前進運動につぎ込み―――

 ズンッ「うぉあ!!」

 ―――丸めた俺の背中にバーン。

 バギャバギャバキャッッッ!!!

 サンゴの頭上スレスレを通り過ぎていった風刃の網が木を粉々にしている音を後方に聞きながら、膝を深く折り曲げ衝撃を吸収、地面に何とか着地。

 トンッ「…とっとっと……おっと」
 すとんっ「キュウ!」

 つんのめって前に倒れそうになるのを我慢してから落下速度に耐え切れず空中で一旦離れてしまっていたサンゴを腕でキャッチ。

「キュウ!キュウ!」

 楽しそうで何より。再び頭にドッキング。

 残り10m。

 背後に草原狼《グラスウルフ》の気配、背中にズキズキとした痛み、正面の疾風狼《ウィンドウルフ》は―――

「グル……」

 ―――大技の反動が大きかったのか、ふらふらと隙を晒していた。

 どうやら決着したようだ。背中の鞘から幅広剣《ブロードソード》を抜く。

「ありがとな、楽しかったぜ」

 刀身が映し出す俺の表情は喜びに満ち溢れていた。
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