ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第63話 広まる噂、動く権力

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 人の口には戸が立てられない―――。
 ダンジョン及び冒険者を統括する国の機関冒険者センターにおいてもそうだし、日本が誇る世界的ダンジョンメーカー『Seeker’s Friend』においても例外ではない。

 そう、海の情報はどうしても漏れてしまうのだ。
 朝陽と竜胆はあの手この手で海についての情報のシャットアウトに勤しんでいるがあくまでもそれは隠蔽ではなく遅延行為。時が経つにつれてバレていくもの。
【スキルボード】の情報に関して言えばほぼほぼ完璧な隠蔽が為されているが、適正検査から一か月が経っても未だスキル検証中の駆け出し冒険者がいるという情報は少しずつ、しかし確かに漏れ出していた。

 そのような前例のない、稀有な情報を掴み損なうほど日本のダンジョン関連企業のトップ層は愚かではない。氷室東郷が海の存在に気づくことが出来たのは『Seeker’s Friend』の情報網が頭一つ飛び抜けていたから。ただそれだけなのだ。


 ◇◇◇


「測定からひと月が立ってなお詳細が判明していないスキルを持ち、その活動報告内容は非常に抽象的。異常発生個体《イレギュラー》討伐の功績すらも隠された冒険者が一人いるみたいですよ?あなた」
「なに?本当か」
「えぇ」
「それぁどう考えても不自然だなぁ…」

 場所は池袋、大規模オフィスビル『ダイヤモンドゲート』の最上階の一室。
 今年で30年目、長い付き合いである妻兼秘書の梶洋子《かじようこ》からの報告を受けた洋子の夫であり、日本におけるダンジョン関連大手企業『ヒノモト鍛冶屋』の代表取締役でもある男――梶英二《かじえいじ》は輪郭に沿って伸びる赤紫色の髭を擦りながら思案する。

(あの狸は既に知っているのだろうな…)

 そして思案し始めた梶の脳裏を銀髪の狸が通過し、梶を苦笑いさせた。

 銀色の狸とは勿論『Seeker’s Friend』代表取締役の氷室東郷のことである。

 数年前まではぶつかり合いながらもお互い肩を並べ日本のダンジョン業界の先頭を走ってきただけあって梶は誰よりも『Seeker’s Friend』の情報網の異常さを知っていた。
 網の広さ、情報伝達の早さ、情報自体の正確性。まるで直接見聞きしているのではないかと疑ってしまう程の情報戦における戦闘力を持っているのならばとうの昔に奴は知り、動いていることだろう。
 それ故の苦笑いである。情報分野で出し抜かれても何も悔しくない。量より質のヒノモト鍛冶屋の領分はそこじゃないからだ。

 しかし、だからと言って情報戦を放棄するわけにもいかない梶は妻に入れてもらったコーヒー片手に情報を求めた。

「どこからの情報だ」
「顧客名簿を精査していたら随分と優秀な若い女の子の冒険者がいまして。なんでも八等級だというのに幼地竜の異常発生個体《イレギュラー》を討伐したようです。冒険者センター、シーカーズフレンドにいる諜報員からも噂程度ですけど同様の情報が入っています」
「ん~…であれば疑いようがないな。それによりにもよって幼地竜の異常発生個体《イレギュラー》か…レイド討伐組に参加していたのか?」
「いえ、三人組のパーティです」
「んぐっ……えほっえほっ……はぁ?三人組だと?」

 妻から出た予想外の言葉に思わず梶はコーヒーを器官に詰まらせ盛大にむせる。
 あぁあぁあぁ…誰がここの掃除をしていると思ってるんですか、と愚痴りながら社長机の上に飛び散ったコーヒーを拭く洋子に申し訳なさを感じたが梶は気にせずにはいられなかった。

「パーティ構成は?」
「七等級が一人、八等級が二人です」
「…幼地竜のスキルは?」
「確認された限りでは【同化】【身体強化】【土属性魔法】の三つです」
「信じられん…」
「事実です」

 圧倒的格上の生物相手をたった三人で倒す。弱肉強食の権化、ダンジョン内において起こり得るはずもない下剋上《ジャイアントキリング》。
 しかしそれを語る妻、洋子の顔は真剣そのものだ。冗談などでは決してない。
 また顧客リストから、冒険者センターとSeeker’sFriendに忍び込ませている諜報部からの情報ということもあって梶はそれを事実として吞み込むしかなかった。

(なるほど…中心にいる人物こそが件の駆け出し冒険者ということか)

 そして下剋上劇を巻き起こした人物こそが洋子の言う情報の隠蔽が施されているであろう駆け出し冒険者に他ならないと理解する。

「洋子、その冒険者の名前は何という」
「―――美作海です」
「美作…海…か」

 洋子の口から出た噂の新人冒険者の名前が梶の冒険者としての勘を激しく揺さぶる。『接触を試みる価値が大いにある』と勘が梶に訴えかけてくる。
 三十年前、世間の注目を一身に受けていたダンジョンの中で駆け出し女性冒険者とばったり出くわした時も今と同じように勘は語り掛けてきた。その時は確か『この女性を何としてでもものにしろ』だった気がする。

(う~む…専属雇用は出来なくともまだ駆け出しのうちに唾くらいは付けておきたいな)

 既に氷室東郷率いるSeeker’sFriendにはだいぶ後れを取っている。だが時すでに遅しとなったわけではない。チャンスはまだ残っている。洋子が自分に話をしたのが何よりの証拠だ。

「洋子、今すぐ役員を会議室に召集してくれ。緊急会議だ」
「はい、畏まりました社長。開始時刻は13時半でよろしいですか?」
「構わん」
「畏まりました。それでは失礼します……あ」

 妻から一転、秘書に早変わりを果たし、午後一発目の予定を決めてから社長室を後にしようと離れた洋子がドアノブに手を掛けたところでぴたりと止まった。

「ん?どうした」

 さて、どうやって美作海に接触を図ろうか、かなり出遅れているはずだから少々強引にでもと考え始めていた梶は再び洋子の方へと視線を向ける。

「一つ言い忘れていたことがありました」
「なんだ」
「美作海は『美白華』の美作美海さんのご子息です。いくら氷室さんに後れを取っていたとしても強引な方法で接触するのは避けて下さい。『美白華』との共同企画に不安要素を持ち込みたくありませんから」
「……わ、分かった」
「お願いしますよ?」
「…おう」
「それでは失礼します」

 ガチャッ―――カチャン

「……」

(口に出したか?…いや、出してないよな……)

 釘を刺された梶の頭には慎重に、ね?と微笑んだ妻の顔とつい先月に顔を合わせたばかりの若手女社長の顔が浮かんでいた。

「慎重に…慎重に…欲張るなぁ…」



 ◇◇◇



(―――と梶は思っているはずだ。『ヒノモト鍛冶屋』は現在『美白華』との共同企画が進行している最中だからな。美作海に接触することはあれど強引に取り込むようなことはあるまい)

 場所は変わって新宿。都庁よりも何よりも目立つ『Seeker’sFriend』本社の最上階、社長室。
 かつてのライバル企業であった『ヒノモト鍛冶屋』現代表取締役梶英二の思考を氷室東郷は正確に読むことができていた。
 氷室自身の能力と過去における少なくない梶本人との関わり、加えて日本一の情報網を駆使した結果である。
 しかし、どこの企業よりも早く美作海を発見し調査し、どこの企業よりもより細かく美作海について詳しくなった『Seeker’sFriend』であっても大雑把な見方をすれば『ヒノモト鍛冶屋』のような一歩遅れて海の存在を知った企業と同じく海との直接の接触は一度としてない。

 そう、『企業によるダンジョン内での勧誘行為、またはそれに準ずる行為の禁止』といった冒険者を守るための法律はあるが残念ながら法の眼はダンジョン内全てを見渡すことが出来ないため『海へのアポなし突撃』という強引な手段を取りさえすれば、『Seeker’sFriend』が情報戦で完全勝利し掴み取った今現在の優位性は突如としてなくなってしまう可能性も十分にあるのだ。

 まぁその違法行為を行った企業が日本の企業であれば大抵の場合潰すことが出来るのだが、行為主体が『ヒノモト鍛冶屋』レベルの大企業もしくは海外の企業だと本当に優位性が消失しかねない。
 また今現在美作海を準保有している冒険者センターの幹部竜胆真の存在も相当厄介だった。

(あと少し彼についての調べたかったのだが、まぁいいだろう…。彼の可能性を見ることは出来た。それだけで十分だ)

 故に氷室は大きな一歩、誰も止めることの出来ない一歩を踏み出す―――。

「東雲、車の用意を。今から出かける」
「どちらへ?」












「――渋谷だ」
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