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第四章 『渋谷』ダンジョン 浅層編
第52話 八つ当たり
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「そいっほっよいしょっ!」
ザパッ「グフ―――」ザッ「ギ――」ズンッ「グファ――」
気の抜けそうな掛け声と風を、肉を、骨を発つ音、断末魔が緑あふれる森の中に木霊する。
「こりゃぁ氷室の狸の勘が働くわけだ……」
『渋谷』ダンジョン第14層。13層に繋がる階段から1㎞程離れた茂みの中で臼井は舌を巻く。
十数m先で3体の小鬼頭と切り結ぶ青年の動きはおよそ八等級冒険者とは思えないほど俊敏でいて力強いものだったからだ。
原石とはこういった人間のことを指すのかと臼井は理解する。
小鬼頭《ホブ・ゴブリン》は八等級の怪物である。
だがしかし、だからと言って八等級の冒険者が小鬼頭を倒せるというわけではない。
何故なら怪物の等級は、個人《ソロ》ではなく集団《パーティ》用に冒険者センターが定めた等級であるからだ。
ダンジョン内での冒険者の死亡率を極力下げるために冒険者センターは4~6人のパーティでダンジョンに潜ること勧めている。
凄くシンプルに言ってしまえば、八等級冒険者が4~6人集まってようやく討伐することのできる怪物が小鬼頭や岩装小鬼といった八等級の怪物なのだ。
そんな八等級の怪物を視線の先の青年《八等級冒険者》はいとも容易く、しかもほとんど一撃で仕留めて見せていた。それも眼に見える強力なスキルを使わずに。
だがしかし、格上であるはずの化け物を複数体屠った青年の顔からは一切の慢心が見て取れない。むしろその逆、何もないはずの空間をちらりと見て顔を顰めていた。
(何が気に入らないんだぁ…?なぁ天才君)
「…世の中ってのはほんっと不平等だ……」
『身体能力向上系スキルの保有者である可能性あり。しかし未だ有力な情報はなし』
木に隠れこの世の不条理を嘆きながら手元の情報端末にメモをとる。
(とっとと先に進めよ……ここはお前さんのいるべき場所じゃないだろ…)
海が第14層に足を踏み入れてから約3時間。臼井はいつまで経っても八等級を屠り続ける調査対象に色々とモヤモヤしていた。
◇◇◇
―――出来ることならば百匹連続、一撃で倒したいところだ。
とか格好つけてたのはどこの誰だったのでしょうか。
そうです、俺です。
『渋谷』ダンジョン第14層に足を踏み入れてから3時間。俺は森の中でただひたすらに小鬼頭を倒しまくっていた。
草原の上でなく森の中にいるのはこちらの方が八等級の怪物との遭遇率が高いからだ。
当然のことながら森は草原よりも周りの見通しが悪い。なので怪物を見つけることは草原と比べれば若干難しくなる。
このことだけを聞いたら「え、効率悪っ」と思われるだろう。
だがしかし、考えてみて欲しい。
すぐそばにある草原よりも敵《冒険者》に見つかりづらくまた遮蔽物が多いため敵《冒険者》を迎撃しやすい場所。
な?暮らすにはもってこいの場所だろ?
そして当然怪物の敵は冒険者《人間》だけではない。他の怪物もまた敵なのだ。
弱肉強食―――。
森の中で生き残っている怪物はそのほとんどが階層の最上位種。つまりは八等級の怪物。
だから俺は効率よくノルマを熟すために森の中で八等級の怪物をプチプチと潰している。あわよくばもう一つのノルマ『怪物を一撃で倒す』も八等級相手に出来ないかなぁと思いながら。
「…油断したぁ…………」
ただ現実はそこまで甘くなかったようだ。
足元で炭化を始めた小鬼頭を見下ろし、そして落ち込む。
黒ずんだ小鬼頭の死体には胸元と首に一つずつ刺し傷があった。首に一刺ししようとしたら胸元にズレた。一撃で仕留め損なったのである。
あれ、小鬼頭ってこんなもんだっけ、と思っていた矢先の出来事だった。
恐る恐る石板に目をやる。
<渾身の一撃のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右半分:八等級以上の怪物を倒す
52/100体
左半分:怪物を一撃で倒す
連続0/100体
――――――――――――――――――――
「っ…!」
先ほどまで49と表記されていた場所に0の文字が現れたのを見て、いやああああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁっああああああっ!と叫びそうになるが、顔を思いっきり顰めることで我慢した。森の中とは謂え誰か人がいるかもしれない。変人とみなされてしまうような行動は極力とりたくなかった。
「はぁ…一から……いや、ゼロからか…」
分かっていたが、実際に石板の数字を見るとグサリと心に来るものだ。
3時間かけて一つ一つ丁寧に積み上げてきた数字が一瞬の油断で無に還る。まるでいいところまで行ったのにセーブするのを忘れたままゲーム機の電源を切ってしまったようなあの喪失感。でも悪いのは他の誰でもない自分であるという遣る瀬無さ。
膝が地面に着きそうになるのを必死にこらえる俺。
そんな俺のもとに不愉快な存在が三つ。
「「「グフッ♪」」」
そいつらは出来物だらけの顔面にある二つの瞳を細め、口を三日月型にしていた。
「……お前ら…俺を嗤っているのか?」
「「「グヒャヒャッ!」」」
「あぁ…そうか………そうか…」
「「「グフ♪」」」
「―――――――――失せろ…」
(食らえ、マジスイングッ!)
俺は喪失感と遣る瀬無さを力に変えて思い切り幅広剣《ブロードソード》を振り抜いた。
◇◇◇
「……どこにキレる要素があったんだ…?」
『怒りの沸点が低い可能性あり』
胴体から上が消失した三体の黒ずんだ小鬼頭の骸を木の陰から見つめながら臼井は情報端末にメモをする。
ザパッ「グフ―――」ザッ「ギ――」ズンッ「グファ――」
気の抜けそうな掛け声と風を、肉を、骨を発つ音、断末魔が緑あふれる森の中に木霊する。
「こりゃぁ氷室の狸の勘が働くわけだ……」
『渋谷』ダンジョン第14層。13層に繋がる階段から1㎞程離れた茂みの中で臼井は舌を巻く。
十数m先で3体の小鬼頭と切り結ぶ青年の動きはおよそ八等級冒険者とは思えないほど俊敏でいて力強いものだったからだ。
原石とはこういった人間のことを指すのかと臼井は理解する。
小鬼頭《ホブ・ゴブリン》は八等級の怪物である。
だがしかし、だからと言って八等級の冒険者が小鬼頭を倒せるというわけではない。
何故なら怪物の等級は、個人《ソロ》ではなく集団《パーティ》用に冒険者センターが定めた等級であるからだ。
ダンジョン内での冒険者の死亡率を極力下げるために冒険者センターは4~6人のパーティでダンジョンに潜ること勧めている。
凄くシンプルに言ってしまえば、八等級冒険者が4~6人集まってようやく討伐することのできる怪物が小鬼頭や岩装小鬼といった八等級の怪物なのだ。
そんな八等級の怪物を視線の先の青年《八等級冒険者》はいとも容易く、しかもほとんど一撃で仕留めて見せていた。それも眼に見える強力なスキルを使わずに。
だがしかし、格上であるはずの化け物を複数体屠った青年の顔からは一切の慢心が見て取れない。むしろその逆、何もないはずの空間をちらりと見て顔を顰めていた。
(何が気に入らないんだぁ…?なぁ天才君)
「…世の中ってのはほんっと不平等だ……」
『身体能力向上系スキルの保有者である可能性あり。しかし未だ有力な情報はなし』
木に隠れこの世の不条理を嘆きながら手元の情報端末にメモをとる。
(とっとと先に進めよ……ここはお前さんのいるべき場所じゃないだろ…)
海が第14層に足を踏み入れてから約3時間。臼井はいつまで経っても八等級を屠り続ける調査対象に色々とモヤモヤしていた。
◇◇◇
―――出来ることならば百匹連続、一撃で倒したいところだ。
とか格好つけてたのはどこの誰だったのでしょうか。
そうです、俺です。
『渋谷』ダンジョン第14層に足を踏み入れてから3時間。俺は森の中でただひたすらに小鬼頭を倒しまくっていた。
草原の上でなく森の中にいるのはこちらの方が八等級の怪物との遭遇率が高いからだ。
当然のことながら森は草原よりも周りの見通しが悪い。なので怪物を見つけることは草原と比べれば若干難しくなる。
このことだけを聞いたら「え、効率悪っ」と思われるだろう。
だがしかし、考えてみて欲しい。
すぐそばにある草原よりも敵《冒険者》に見つかりづらくまた遮蔽物が多いため敵《冒険者》を迎撃しやすい場所。
な?暮らすにはもってこいの場所だろ?
そして当然怪物の敵は冒険者《人間》だけではない。他の怪物もまた敵なのだ。
弱肉強食―――。
森の中で生き残っている怪物はそのほとんどが階層の最上位種。つまりは八等級の怪物。
だから俺は効率よくノルマを熟すために森の中で八等級の怪物をプチプチと潰している。あわよくばもう一つのノルマ『怪物を一撃で倒す』も八等級相手に出来ないかなぁと思いながら。
「…油断したぁ…………」
ただ現実はそこまで甘くなかったようだ。
足元で炭化を始めた小鬼頭を見下ろし、そして落ち込む。
黒ずんだ小鬼頭の死体には胸元と首に一つずつ刺し傷があった。首に一刺ししようとしたら胸元にズレた。一撃で仕留め損なったのである。
あれ、小鬼頭ってこんなもんだっけ、と思っていた矢先の出来事だった。
恐る恐る石板に目をやる。
<渾身の一撃のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右半分:八等級以上の怪物を倒す
52/100体
左半分:怪物を一撃で倒す
連続0/100体
――――――――――――――――――――
「っ…!」
先ほどまで49と表記されていた場所に0の文字が現れたのを見て、いやああああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁっああああああっ!と叫びそうになるが、顔を思いっきり顰めることで我慢した。森の中とは謂え誰か人がいるかもしれない。変人とみなされてしまうような行動は極力とりたくなかった。
「はぁ…一から……いや、ゼロからか…」
分かっていたが、実際に石板の数字を見るとグサリと心に来るものだ。
3時間かけて一つ一つ丁寧に積み上げてきた数字が一瞬の油断で無に還る。まるでいいところまで行ったのにセーブするのを忘れたままゲーム機の電源を切ってしまったようなあの喪失感。でも悪いのは他の誰でもない自分であるという遣る瀬無さ。
膝が地面に着きそうになるのを必死にこらえる俺。
そんな俺のもとに不愉快な存在が三つ。
「「「グフッ♪」」」
そいつらは出来物だらけの顔面にある二つの瞳を細め、口を三日月型にしていた。
「……お前ら…俺を嗤っているのか?」
「「「グヒャヒャッ!」」」
「あぁ…そうか………そうか…」
「「「グフ♪」」」
「―――――――――失せろ…」
(食らえ、マジスイングッ!)
俺は喪失感と遣る瀬無さを力に変えて思い切り幅広剣《ブロードソード》を振り抜いた。
◇◇◇
「……どこにキレる要素があったんだ…?」
『怒りの沸点が低い可能性あり』
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