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第二章 実技講習編
第26話 初戦闘
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第十層は駆け出し冒険者最後の関門と呼ばれる階層である。
ダンジョンによって異なるがほとんどのダンジョンは十一層以降、八等級の怪物《モンスター》が当たり前のように出現してくる。そして十階層はその八等級が稀有ではあるが存在しているのだ。
十等級と九等級、その差はあってないようなものだと言われているが八等級からは言葉の通り格が違ってくる。
八等級を倒してようやく駆け出し卒業。それが日本の冒険者業界での常識だ。
そんな駆け出し冒険者最後の関門と呼ばれる第十層に初心者以前の俺は連れられてきたわけだが、はてさて何をやらされるのだろうか。
第五層とそう変わらない草原のど真ん中に立ち辺りを見渡す。
そう変わらないといっても全く変わらないというわけじゃない。
明らかに危険な森林が遠くに見えるし、さらに遠くには湿地帯も見える。
極めつけは遠くからこちらを凝視してくる怪物《モンスター》たちだ。
第五層の怪物よりも一回り大きく、凶暴に見えた。
あれらと戦うのだろうか。意味わかんない。
「海、これを持て」
竜胆さんが国分たちの時と同様、どこからか取り出した幅広剣《ブロードソード》を俺に手渡してきた。
本日の相棒らしい。
「あ、どうも」
受け取った幅広剣《ブロードソード》の刀身を見る。
太陽光を反射する一点の曇りのない銀色、根元から先端にかけて徐々に細くなっていく刀身、両刃の中間を伸びる線は角がない。
何というか恐ろしいほどに滑らかな刀身だった。
(……これ国分たちが使ったやつより上物なんじゃないか?)
直感的なものではあるが間違ってはいないと思う。
「あの竜胆さん。この剣って国分たちに渡したものより…」
「あぁそうだよ。一段階上の性能を持つ剣だ。彼らが使っていた幅広剣《ブロードソード》は十等級、九等級の怪物《モンスター》を相手取るためのもの。使用者が一定以上の技量を持たない限りそれで八等級を相手にしようものなら簡単に刃こぼれしたり、最悪折れてしまうからね。相手によって武器を変えるのは常識だ。覚えておくといい」
「あ、はい……」
質問はそれだけかい?と目で聞いてくる竜胆さん。冒険者知識を授けてくれるのはありがたいんだけどちょっと待ってほしい。
(俺、八等級と戦うの…?)
竜胆さんは俺が今手にしている幅広剣《ブロードソード》を対八等級武器と言った。つまりはそう言うことなのだろう。彼女とは今日初めて会ったが少なくとも彼女は八等級用の剣で九等級を倒すこと——甘えを許すような人間でないことは確かだった。
「俺、今から八等級相手にするんですか?……ホントに?」
え、正気?と竜胆さんを見るが彼女の視線は既に外側に向いている。
視線を追っていくとその先には周りにいる小鬼供よりも二回りほど体が大きく、背の高い小鬼が眼をギラつかせていた。
「グフッ♪」
「……っ…」
小鬼とは似て非なる存在と目が合う。本能が警戒鈴を鳴らす。こいつはヤバいと。
無意識に身体が強張る。だが、震えるほどではない。放心状態にならなくてよかった。まだ30mも距離が開いているけれど…。
俺の緊張を察した竜胆さんは目線をそのままに意識と声だけをこちらに向ける。
「海、改めて言うが君の相手は十等級でも九等級でもない八等級だ。今の君では逆立ちしてようやく一矢報いることが出来るほどの強敵だろう……だが、そこまで気負わなくていい。負けて当然なんだ。勝てなくてもいいんだ。死にかけたら私が助けてやる。……周りの雑魚は視界に入れなくていい。私が君に近づかせない。
海、君はあいつを…小鬼頭《ホブ・ゴブリン》だけを見ていろ……」
「……はい」
(あいつ、ホブゴブリンっていうのか……)
「すぅぅぅぅぅっ、ふぅぅぅぅぅ……」
息を大きく吸い、深く吐いてから竜胆さんに言われた通り、俺は小鬼頭《ホブ・ゴブリン》と必要な情報だけを眼に、耳に、頭に入れる。
周りの怪物《雑魚》は竜胆さんに任せればいいからいらない。
奥に見える木々や湿地帯も今はいらない。
はやし立てる怪物《雑魚》どもの喚き声もいらない。
欲しいのは小鬼頭《ホブ・ゴブリン》の声だけ。
それと、色もいらない。濃淡さえ分かればそれでいい。
「グフッ……」
「…………」
白と黒、俺と小鬼頭《ホブ・ゴブリン》しか存在しない世界―――。
「スキル使っていいですか?」
「…あぁ」
(ってことはあいつもスキルを持っているのかもしれないな…)
最後の情報も受け取った。竜胆さんの声もいらない。
―――準備は整った。あとは一歩前に踏み出すだけ。踏み出せば戻れない。
躊躇ったりはしなかった。
安全が保障されている死闘。メリットしかないのだから踏み出さない理由がないと気づいたからだ。
(――覚悟は決まった…)
これが俺の最強への第一歩、モテ男への第一歩と己を奮い立たせ足に力を込める。
「…すぅぅぅぅっ…ふっ!」
吸った息を一瞬で吐き出し大地を蹴る。
「グアッ!」
同時に小鬼頭も大地を蹴った。
筋トレの効果と【身体能力補正】の効果で駆ける俺と人外の身体能力をもって急接近する小鬼頭。
―――二秒。
お互いが走り出してから俺の幅広剣が、小鬼頭の金棒が、お互いの身体に触れるまでの時間。
「ぐっ……!」
「グアッ…!」
俺の一撃は奴の右脇腹、背中を掠め、奴の金棒は俺の右脇腹を掠める。
脇腹と背中から少しばかり出血した奴に対し、俺は切りつけた直後に身体を無理矢理時計回りに回して鉄棒の衝撃を緩和させ、そのうえで背中まで切りつけた。
ぱっと見、俺が一枚上手な初撃。
しかし、大きなダメージを受けたのは他でもない俺だった。
(いつぁぁぁぁぁぁ……!)
右の脇腹がズキンズキンと痛む。ヒビは入っていないと思うがまあまあな打撲。
掠った上に受け流してこれだ。なんつぅ怪力だろう。受け流していなかったら確実にヒビが入るか最悪折れていた。
「…グフゥ……」
「ちっ……」
(畜生……一番力がこもる初撃で決定打を与えたかった…)
油断の消えた小鬼頭を見ながら舌を打つ。
だが、後悔している時間はない。後悔の時間は後で取ればいい。
「ふっ…!」
(待つのではなく自分から攻めよう……)
先ほどの初撃で俺の方がリーチがあると分かったからには攻めなければ勿体ない。
とは思いつつもなるべくコンパクトに幅広剣を振るよう意識する。
「グアッ!」
もちろん小鬼頭も黙ってやられるわけにはいかないので金棒を振るってくる。
「はあっ!」
「グギャッ!…ッ…」
「せいッ!…ぐッ…」
「グアッッ!…ッ…」
「ふッ!……ちっ……」
「ギャギャッッッ!」
一撃二撃三撃……と剣と棒で傷つけあう。俺の斬撃は全て奴を捉えた。対して奴の打撃は掠りはするものの一度も俺の胴体を捉えていない。
傍から見れば互角かそれ以上に見えるのかもしれない。
しかし当事者同士は分かっている。流れは小鬼頭の方にあると。
いくら俺が奴の胴体を捉えたって掠り傷でしかないのだ。多少血が出る。それだけ。当てさせてもらっている。
対して奴の振りかぶりは一つ一つが一撃必殺。一回でも奴の打撃が俺を捉えたら俺は即戦闘不能になる。
今はまだ足りない身体能力を初撃同様、直感ともいえるような反射で避けているから戦えている。
が、何度も掠った。全身痣だらけ。数か所はヒビが入っているだろうし、骨の一本や二本は折れているだろう。奴の打撃が俺の胴体を捉えるのは時間の問題だ。
「グフッ♪」
「……ッ…!」
直感や反射で逃げるように避け、ちょっとばかしの反撃を繰り返していると、突如小鬼頭の打撃速度が上がる。
(これ以上の速度があんのかよ!)
避けられないことを直感的に理解し、思わず幅広剣でガードする。
ギャンッッッ!!!
初めての武器の衝突。耳をふさぎたくなる金属音。それを上回る圧倒的腕への衝撃。
「うおッ………!!!」
地面を衝突の瞬間、地面を蹴って後ろに飛ぶことで衝撃を和らげ何とか剣を離さずに済んだが、ヤバい。手がめっちゃ痛い。痺れて感覚ほとんどない。てか数m吹き飛んだから着地した衝撃で足もヤバい。
「グフッ♪」
しかし小鬼頭は待ってくれない。とどめを刺しに一歩で数mの間合いを詰めてくる。先ほどまでとは比べ物にならない速さ。
ギャンッッッ!!!
「ぐッ……!」
次はないと謂わんばかりの打撃を先ほど以上の後ろ飛びで何とか耐える。
しかしその代償として、俺の身体は大きく宙に浮き、後方に投げ出された。
(あいつスキル使いやがった…!)
宙を舞う中、「グフッ♪」と生理的に受け付けない狂気の籠った笑みを浮かべ、俺を見る小鬼頭の身体の周りの空気がゆらゆらと揺れているのが見えた。
十数秒前までの必死な打撃を遥か上回る打撃を事も無げに放ってきた小鬼頭。
十中八九スキルによるものだろう。じゃなきゃ困る。先ほどまでは演技をしていただけとか言われたらもう何もできない。いやマジで。
でも、それは違う。奴は攻め急いだ。格下であるはずの生き物に粘られて、本気を出した。結果、圧倒している。今の状況を言葉にするとこうなる。
故にこそ出る初め同様の油断。虚をつくには絶好のシチュエーション。
(……ここだな。こっちも使うか)
空中で姿勢を整え着地する準備をしながら幅広剣を左手に持ち替えた。
数瞬後―――
「ぐッ……!」
下半身を走り抜ける第二の衝撃。だが分かっていれば何とか踏ん張れる。
その踏ん張りを生かし、すぐさま次のモーション―――投擲に移行する。流れるように、奴に悟られる前に…。
(―――【投擲】!)
声には出さず心の中で叫ぶ。
ブオンッ……
左手から放たれた幅広剣が空を切る。流石に160㎞は出ていない。しかし、生き物を殺すには十分すぎる速度のまま―――
ブシャッ……
「……ギャ?」
―――油断し切った小鬼頭の頭部を引き裂き通過していった。
奴の眼に映った最後の感情は憤りでも、悲しみでもない、ただただ分からないというシンプルなもの。なぜ自分が死んだか分からない。そのままに小鬼頭《ホブ・ゴブリン》は死んだ。
「………はは、勝った………」
数m先で脳髄をぶちまけ倒れ込む小鬼頭だったものは徐々に炭化したかのように黒ずみ、やがて消えていく。
その光景を見ながら俺は遅れて襲い掛かってきた激痛に耐え兼ね、意識を手放す。
(これにプラスで周りのモンスターを相手取らなきゃならないのか……)
勝利の喜びとまだ見えぬ高みをひしひしと感じながら…。
ダンジョンによって異なるがほとんどのダンジョンは十一層以降、八等級の怪物《モンスター》が当たり前のように出現してくる。そして十階層はその八等級が稀有ではあるが存在しているのだ。
十等級と九等級、その差はあってないようなものだと言われているが八等級からは言葉の通り格が違ってくる。
八等級を倒してようやく駆け出し卒業。それが日本の冒険者業界での常識だ。
そんな駆け出し冒険者最後の関門と呼ばれる第十層に初心者以前の俺は連れられてきたわけだが、はてさて何をやらされるのだろうか。
第五層とそう変わらない草原のど真ん中に立ち辺りを見渡す。
そう変わらないといっても全く変わらないというわけじゃない。
明らかに危険な森林が遠くに見えるし、さらに遠くには湿地帯も見える。
極めつけは遠くからこちらを凝視してくる怪物《モンスター》たちだ。
第五層の怪物よりも一回り大きく、凶暴に見えた。
あれらと戦うのだろうか。意味わかんない。
「海、これを持て」
竜胆さんが国分たちの時と同様、どこからか取り出した幅広剣《ブロードソード》を俺に手渡してきた。
本日の相棒らしい。
「あ、どうも」
受け取った幅広剣《ブロードソード》の刀身を見る。
太陽光を反射する一点の曇りのない銀色、根元から先端にかけて徐々に細くなっていく刀身、両刃の中間を伸びる線は角がない。
何というか恐ろしいほどに滑らかな刀身だった。
(……これ国分たちが使ったやつより上物なんじゃないか?)
直感的なものではあるが間違ってはいないと思う。
「あの竜胆さん。この剣って国分たちに渡したものより…」
「あぁそうだよ。一段階上の性能を持つ剣だ。彼らが使っていた幅広剣《ブロードソード》は十等級、九等級の怪物《モンスター》を相手取るためのもの。使用者が一定以上の技量を持たない限りそれで八等級を相手にしようものなら簡単に刃こぼれしたり、最悪折れてしまうからね。相手によって武器を変えるのは常識だ。覚えておくといい」
「あ、はい……」
質問はそれだけかい?と目で聞いてくる竜胆さん。冒険者知識を授けてくれるのはありがたいんだけどちょっと待ってほしい。
(俺、八等級と戦うの…?)
竜胆さんは俺が今手にしている幅広剣《ブロードソード》を対八等級武器と言った。つまりはそう言うことなのだろう。彼女とは今日初めて会ったが少なくとも彼女は八等級用の剣で九等級を倒すこと——甘えを許すような人間でないことは確かだった。
「俺、今から八等級相手にするんですか?……ホントに?」
え、正気?と竜胆さんを見るが彼女の視線は既に外側に向いている。
視線を追っていくとその先には周りにいる小鬼供よりも二回りほど体が大きく、背の高い小鬼が眼をギラつかせていた。
「グフッ♪」
「……っ…」
小鬼とは似て非なる存在と目が合う。本能が警戒鈴を鳴らす。こいつはヤバいと。
無意識に身体が強張る。だが、震えるほどではない。放心状態にならなくてよかった。まだ30mも距離が開いているけれど…。
俺の緊張を察した竜胆さんは目線をそのままに意識と声だけをこちらに向ける。
「海、改めて言うが君の相手は十等級でも九等級でもない八等級だ。今の君では逆立ちしてようやく一矢報いることが出来るほどの強敵だろう……だが、そこまで気負わなくていい。負けて当然なんだ。勝てなくてもいいんだ。死にかけたら私が助けてやる。……周りの雑魚は視界に入れなくていい。私が君に近づかせない。
海、君はあいつを…小鬼頭《ホブ・ゴブリン》だけを見ていろ……」
「……はい」
(あいつ、ホブゴブリンっていうのか……)
「すぅぅぅぅぅっ、ふぅぅぅぅぅ……」
息を大きく吸い、深く吐いてから竜胆さんに言われた通り、俺は小鬼頭《ホブ・ゴブリン》と必要な情報だけを眼に、耳に、頭に入れる。
周りの怪物《雑魚》は竜胆さんに任せればいいからいらない。
奥に見える木々や湿地帯も今はいらない。
はやし立てる怪物《雑魚》どもの喚き声もいらない。
欲しいのは小鬼頭《ホブ・ゴブリン》の声だけ。
それと、色もいらない。濃淡さえ分かればそれでいい。
「グフッ……」
「…………」
白と黒、俺と小鬼頭《ホブ・ゴブリン》しか存在しない世界―――。
「スキル使っていいですか?」
「…あぁ」
(ってことはあいつもスキルを持っているのかもしれないな…)
最後の情報も受け取った。竜胆さんの声もいらない。
―――準備は整った。あとは一歩前に踏み出すだけ。踏み出せば戻れない。
躊躇ったりはしなかった。
安全が保障されている死闘。メリットしかないのだから踏み出さない理由がないと気づいたからだ。
(――覚悟は決まった…)
これが俺の最強への第一歩、モテ男への第一歩と己を奮い立たせ足に力を込める。
「…すぅぅぅぅっ…ふっ!」
吸った息を一瞬で吐き出し大地を蹴る。
「グアッ!」
同時に小鬼頭も大地を蹴った。
筋トレの効果と【身体能力補正】の効果で駆ける俺と人外の身体能力をもって急接近する小鬼頭。
―――二秒。
お互いが走り出してから俺の幅広剣が、小鬼頭の金棒が、お互いの身体に触れるまでの時間。
「ぐっ……!」
「グアッ…!」
俺の一撃は奴の右脇腹、背中を掠め、奴の金棒は俺の右脇腹を掠める。
脇腹と背中から少しばかり出血した奴に対し、俺は切りつけた直後に身体を無理矢理時計回りに回して鉄棒の衝撃を緩和させ、そのうえで背中まで切りつけた。
ぱっと見、俺が一枚上手な初撃。
しかし、大きなダメージを受けたのは他でもない俺だった。
(いつぁぁぁぁぁぁ……!)
右の脇腹がズキンズキンと痛む。ヒビは入っていないと思うがまあまあな打撲。
掠った上に受け流してこれだ。なんつぅ怪力だろう。受け流していなかったら確実にヒビが入るか最悪折れていた。
「…グフゥ……」
「ちっ……」
(畜生……一番力がこもる初撃で決定打を与えたかった…)
油断の消えた小鬼頭を見ながら舌を打つ。
だが、後悔している時間はない。後悔の時間は後で取ればいい。
「ふっ…!」
(待つのではなく自分から攻めよう……)
先ほどの初撃で俺の方がリーチがあると分かったからには攻めなければ勿体ない。
とは思いつつもなるべくコンパクトに幅広剣を振るよう意識する。
「グアッ!」
もちろん小鬼頭も黙ってやられるわけにはいかないので金棒を振るってくる。
「はあっ!」
「グギャッ!…ッ…」
「せいッ!…ぐッ…」
「グアッッ!…ッ…」
「ふッ!……ちっ……」
「ギャギャッッッ!」
一撃二撃三撃……と剣と棒で傷つけあう。俺の斬撃は全て奴を捉えた。対して奴の打撃は掠りはするものの一度も俺の胴体を捉えていない。
傍から見れば互角かそれ以上に見えるのかもしれない。
しかし当事者同士は分かっている。流れは小鬼頭の方にあると。
いくら俺が奴の胴体を捉えたって掠り傷でしかないのだ。多少血が出る。それだけ。当てさせてもらっている。
対して奴の振りかぶりは一つ一つが一撃必殺。一回でも奴の打撃が俺を捉えたら俺は即戦闘不能になる。
今はまだ足りない身体能力を初撃同様、直感ともいえるような反射で避けているから戦えている。
が、何度も掠った。全身痣だらけ。数か所はヒビが入っているだろうし、骨の一本や二本は折れているだろう。奴の打撃が俺の胴体を捉えるのは時間の問題だ。
「グフッ♪」
「……ッ…!」
直感や反射で逃げるように避け、ちょっとばかしの反撃を繰り返していると、突如小鬼頭の打撃速度が上がる。
(これ以上の速度があんのかよ!)
避けられないことを直感的に理解し、思わず幅広剣でガードする。
ギャンッッッ!!!
初めての武器の衝突。耳をふさぎたくなる金属音。それを上回る圧倒的腕への衝撃。
「うおッ………!!!」
地面を衝突の瞬間、地面を蹴って後ろに飛ぶことで衝撃を和らげ何とか剣を離さずに済んだが、ヤバい。手がめっちゃ痛い。痺れて感覚ほとんどない。てか数m吹き飛んだから着地した衝撃で足もヤバい。
「グフッ♪」
しかし小鬼頭は待ってくれない。とどめを刺しに一歩で数mの間合いを詰めてくる。先ほどまでとは比べ物にならない速さ。
ギャンッッッ!!!
「ぐッ……!」
次はないと謂わんばかりの打撃を先ほど以上の後ろ飛びで何とか耐える。
しかしその代償として、俺の身体は大きく宙に浮き、後方に投げ出された。
(あいつスキル使いやがった…!)
宙を舞う中、「グフッ♪」と生理的に受け付けない狂気の籠った笑みを浮かべ、俺を見る小鬼頭の身体の周りの空気がゆらゆらと揺れているのが見えた。
十数秒前までの必死な打撃を遥か上回る打撃を事も無げに放ってきた小鬼頭。
十中八九スキルによるものだろう。じゃなきゃ困る。先ほどまでは演技をしていただけとか言われたらもう何もできない。いやマジで。
でも、それは違う。奴は攻め急いだ。格下であるはずの生き物に粘られて、本気を出した。結果、圧倒している。今の状況を言葉にするとこうなる。
故にこそ出る初め同様の油断。虚をつくには絶好のシチュエーション。
(……ここだな。こっちも使うか)
空中で姿勢を整え着地する準備をしながら幅広剣を左手に持ち替えた。
数瞬後―――
「ぐッ……!」
下半身を走り抜ける第二の衝撃。だが分かっていれば何とか踏ん張れる。
その踏ん張りを生かし、すぐさま次のモーション―――投擲に移行する。流れるように、奴に悟られる前に…。
(―――【投擲】!)
声には出さず心の中で叫ぶ。
ブオンッ……
左手から放たれた幅広剣が空を切る。流石に160㎞は出ていない。しかし、生き物を殺すには十分すぎる速度のまま―――
ブシャッ……
「……ギャ?」
―――油断し切った小鬼頭の頭部を引き裂き通過していった。
奴の眼に映った最後の感情は憤りでも、悲しみでもない、ただただ分からないというシンプルなもの。なぜ自分が死んだか分からない。そのままに小鬼頭《ホブ・ゴブリン》は死んだ。
「………はは、勝った………」
数m先で脳髄をぶちまけ倒れ込む小鬼頭だったものは徐々に炭化したかのように黒ずみ、やがて消えていく。
その光景を見ながら俺は遅れて襲い掛かってきた激痛に耐え兼ね、意識を手放す。
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