ダンジョン溢れる地球の世界線 ~青春に焦がれる青年は脳筋スキルで最強を目指す 「え、冒険者ってモテるの?ならなります」~

海堂金太郎

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第二章 実技講習編

第25話 ゴブリンと戦わせてください…

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「ギャギャギャッ!」

 何故だかは分からない。遠巻きに俺たちを狙っていた怪物の一体――小鬼だけがこちらに向かって駆けだしてきた。

「さぁ、まずは君だ」

 竜胆教官はどこからともなく取り出した幅広の剣ブロードソードを国分に手渡す。

「え?」
「え、じゃない。君は小鬼が弱いと言ったんだ。特級冒険者を目指しているのだろう?なら自分の言葉くらい行動で証明して見せろ。もちろんスキルなんて野暮なものは使うなよ?相手が持っていない力を振りかざして勝っても真の意味で勝ったとはいえないからな」

(こじつけが酷いな…)

 最終実技講習の主たる目標は怪物《モンスター》と正面から向き合い、刃を交えることが出来るようになること。スキル使用不可という条件はないはずなのだが、まぁ、国分の【火炎剣】や木寺の【水魔法】ははっきり言って強すぎる。
 昨日、小菅さんが持ってきた瀕死の一角兎《ホーンラビット》を仕留めるのに使っていたが、あれはズルい。不覚にもカッコいいと思ってしまった。使用後のドヤ顔で台無しだったが…。

 スキルを使って圧倒的な勝利を収めた場合、増長する未来しか見えないという竜胆教官の判断なのだろう。にしたってこじつけが過ぎるけどな。
 俺の悪口から小鬼退治って飛び過ぎ…。

「…っ……ま、まぁ、小鬼くらいなら…」

 俺が竜胆教官をジト目で見つめている間にも事は進む。
 国分は手渡された幅広剣《ブロードソード》を握りしめ、段々と近づいてくる小鬼を見据えていた。

「「「「「……っ…」」」」」

 深緑の小柄な体躯、全身に浮き出ている出来物、漂う悪臭、鉤鼻の根本付近にある両の黄色眼は嗤っている。

 段々と明瞭になってくる小鬼の表情《狂気》に俺たち参加者は息を呑んだ。

「ギャギャギャッ!!!」

 眼と鼻の先、僅か数メートルのところで小鬼が叫ぶ。

(これはキツイな…)

 不純物が一切含まれていない純粋な殺気―――。
 死に触れあったことのない現代っ子には効果抜群だ。

 直接向けられていない俺でさえも思わず身構えてしまう程のもの。
 直接向けられている国分は今何を感じているのだろうか。

「ギャギャッ!!!」
「…ぁ、ぁぁ……」

 振り下ろされるこん棒。思った通りに一歩たりとも動けず、何もすることなく、ただただ己が頭蓋に近づく凶器を見つめる国分。

「ぎゃっぎ―――――」

 棍棒が国分の頭に触れるか触れないか。

 突如小鬼が搔き消えた。

(…何が起きた……?竜胆教官は何をした…?)

 目の前から消え失せた小鬼の代わりに竜胆教官が放心状態の国分の前に立っていた。

「どうだ?小鬼は弱かったか?」
「……ぃ、ぃぇ………」
「強かったか?」
「……(コクリ)…」
「そうか、よかったな。知ることが出来て」
「「「「……」」」」

 次は自分の番だ。
 俺たちはビクビクしながらその時を待つ。


 ◇◇◇


 あの後。俺の目の前で木寺と森田は国分と同じように小鬼に殺されかけ、国木田さんは昨日散々可愛いと褒めちぎっていた十等級の怪物《モンスター》、一角兎《ホーンラビット》に殺されかけていた。
 竜胆教官はそのすべてを丁度死を覚悟したくらいのタイミングで助け出すという荒療治を行っていたわけだ。

 後衛職のスキル持ちの二人《木寺・国木田》は自分たちには近接戦闘能力は必要ないとごねていたが、「では、君たちは前衛がいなくなった後、怪物《モンスター》の前で命乞いをするのか?」と竜胆教官にド正論を掲げられて何も言えなくなっていた。

「君たちはもう一度初めから実技講習を受けなさい。真面目にな?」
「「「「……はい」」」」

 第五層で活動していた冒険者たちに連れられて、第四層につながる階段を上っていく同期達を俺は竜胆教官と二人で見送る。

 見送った後、すぐに竜胆教官に尋ねた。

「竜胆教官、どうして自分だけ荒療治されないんですか…」

 そう、俺だけはまだ小鬼と戦って死の恐怖を味わっていないのだ。
 しかし竜胆教官は何を言っているんだ君はと謂わんばかりの顔をする。

「君は彼らと同じで小鬼を九等級だから、教官《小菅》が八等級の冒険者であるからと侮ったか?」
「…いえ(スクワットはしていたけれど)侮っていません」
「ならば必要ない。ただ、彼らは君と違って冒険者の世界を侮っていた。ああいった輩は誰に何と言われても根本を変えようとしない。力づくで分からせないと変わらないのだよ……」
「自分は言われれば根っこを変えると…?」
「いやいや、そういうわけではない。より正確に言い表すのならば人に言われたことを自分の中で理解し、正しいか否か、益があるかないかを判断し、己の糧とする―――君はそれが出来るのではないか?と言っているのだ」

(何で知っているんだろう……)

 別に俺が俺自身を竜胆教官の言うような聡明な人であると思っているわけではない。
 ただ何故彼女は俺のことをさも知っているかのように話すのだろうか。
 それが不思議で、少し怖くもあった。

「…随分と自分のことを知っていますね?」

 ちょっぴしビビりる俺に竜胆教官は安心しろと言わんばかりに微笑む。

「本当のことを言ってしまうと今日この場に私が来たのは問題児四人を更生させるためではない。あれはついでだ、ついで。世間知らずな生意気小僧たちが紛れ込んでいると水沢から聞いてたのでね。
 で、本来の目的というのは美作君、君を間近で見ることなのだよ。あの朝陽を夢中にさせる新スキル【スキルボード】、その保持者がどのような子なのか…だから私は教官として今ここにいるのだ。そして、君に関してそこそこ詳しいのは桜と朝陽の二人に聞いていたからだ。……これでいいかな?そう怖がらないでくれ」
「……はい、納得しました」

 まさかの桜子さんと朝陽さん経由の情報だったか……。桜子さんは竜胆教官と近い冒険者等級を持ってるし、朝陽さんも高名なダンジョン研究家らしいから接点があるんだろうな。
 てかあの二人、俺のことを買い被り過ぎじゃない?
 俺、不純な動機で冒険者になろうとしてるただのボッチだぜ?

(まぁ、低くみられるよりはましか…)

 少々耳が熱くなってきたので、話題を変えよう。

「えっと、何故竜胆教官が俺のことを知っているのかは分かりました。まさか桜子さんと朝陽さんの知り合いだったなんて……あ、それよりも実技講習は――」
「なあ?」
「はい?」
「桜と朝陽のことを名前呼びしているのなら私も教官ではなくせめて竜胆さんと呼んでくれないか?教官呼びはどうにもなれなくてな…むず痒いのだ。私も美作君のことを海と呼ぶから…その、どうだ?」
「え?」

(…話題変えるの失敗)

 俺以外の参加者帰っちゃったけど、この後の実技講習どうなるんですかねと聞こうとしたらまさかの呼び名指定されてしまった。
 しかし、話を遮られても全然構わない。
 むしろウェルカムだから。こっちの方が大事な話だから。

 まぁ?突拍子ないところもあるけど?竜胆さんが美人さんであることは間違いないし?だから桜子さんと朝陽さんの時みたいに仲良くさせてもらいたいし?下の名前じゃなくて上の名前だからそんなにハードル高くないし?身内以外の女性から呼び捨てされたいっていう願望もないわけではないし?

 (喜んでその提案に乗らせてもらおう!)

「…分かりました竜胆さん」
「あぁ、助かるよ海」

(おぉ、悪くない…)

 大人な女性のハスキーボイスで名前を囁かれる。実に良い。
 …周囲30m外で数多の怪物《モンスター》が見つめていなければなお良い。

(この場から早く離れたいな…)

 何だか動物園の動物側になった気分だ。

「あの、竜胆さんそれでですね。俺はこれからどうすればいいのでしょうか。…俺以外の参加者は帰っちゃいましたけど、俺としてはなるべく早く冒険者になりたいので実技講習はこのまま続けて欲しくてですね……」
「あぁ、それなら心配しなくてもいい。水沢には好きにやってくださいと許可を得ているからな。もちろんこのまま実技講習は続けるし、それが終われば晴れて君も冒険者だ」
「そうですか、ならよかったです」

 じゃあ早くこの場から離れましょう、他のグループがいる第二層に戻りましょうとチラチラ四層へと続く階段を見る。
 ただ、竜胆さんが見ていたのはその真逆の方向。

「どうした?そちらばかりを見て。私たちが今から向かうの方向とは逆だぞ?」
「……どこ行くんですか?」
「―――第十層だよ…。四度も見たのだ。この階層の怪物《モンスター》たちの殺気には慣れてしまっただろう?海……君の相手はもう少し強くなくてはな」
「……ここの小鬼《ゴブリン》で十分です。小鬼《ゴブリン》と戦わせてください…」
「ダメだ♪」

 俺の意見は聞いていないと第六層につながる階段を目指す竜胆さん。
 ついていかないと怪物《モンスター》たちの餌になりかねないので追うしかない。

「諦めろ。楽しんだもの勝ちだぞ?」
「無理です」

 やっぱりこの人、ちょっとおかしい…。
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