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第二章 実技講習編
第21話 実技講習二日目
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<投擲のスキルボード>をゲッツした翌日。
二回目の実技講習は以前、説明会で訪れたセントラルの6階――601室から始まった。
「……二回目の実技講習を始める。…教官の水沢だ、よろしく。ダンジョン内では俺の言うことと自分の班のパーティリーダーは絶対に聞くように。以上。…何か質問あるか?」
異様なほど静かな601室に本日の教官――昨日美浜さんを困らせていた不真面目野郎――二等級冒険者、水沢楽の声だけが響き渡る。
―――質問しかないんですけど…。
この場にいる誰もが思ったであろうその言葉。しかし、誰も発しないし質問もしない。水沢楽がないよな?と無言の圧力を加えてくるからだ。
今は平日の午前9時、夏休み中の学生以外は皆忙しい時間帯。
数々の死線を乗り越えて来たであろう二等級冒険者に凄まれて言い返せるような人間はこの場にいなかった。
(うわ、せっこ…)
参加者の反応を見ることなく水沢は話を続ける。
「……では、グループ分けをする。グループは参加者五人と冒険者のスタッフ一人で一グループだ。……今から1から4まで振り分ける。自分が呼ばれた番号の札を持つスタッフの前に並べ。以上」
水沢は自分の仕事は終わりといった感じで腕を組み、参加者を俯瞰する。
水沢に代わって口を開いたのは、水沢が言ってたであろう冒険者のスタッフ四人のうち一人。俺たちとそう変わらない年代の黒髪センター分け男だった。
「えーっと、名前の後に1から4の数字のどれかを言うので、呼ばれた人はその番号のプラカードを持った我々スタッフの前に並んでください。ちなみに俺は一番です。では早速名前を読み上げていきます――――――――」
◇◇◇
ふっ、ふっ、ふっ…
「うわっ、あれスライムじゃね?画像で見るよりリアルだわぁ」
「だね。それにしても遅いな。簡単に殺せそうだよ」
「それな!」
「わぁ、ホーンラビットだ。可愛いぃ。千香のペットにしたいなぁ…」
ふっ、ふっ、ふっ…
「そこの三人、怪物《モンスター》が寄ってきてしまうから少し声を抑えなさい。それと、君。怪物《モンスター》にそういった気持ちを抱くこと自体は仕方ないが表には出すな。血生臭い話になってしまうが、殺さないとやられる。それがダンジョン内での常識だからな」
「きゃ~、おじさんこわ~い」
「おいおっさん。千香ちゃんを怖がらせるなよな。…千香ちゃん安心して。いざとなったら俺が守るから」
「抜け駆けさせませんよ……千香さん、何かあったら僕の背中に隠れるといい」
「オレも頼ってくれよな、千香!」
「みんなありがとぉ。千香嬉しい」
(ハズレだ……)
一等級ダンジョン『渋谷』の第二層に入った直後に始まった、目の前で繰り広げられる喜劇を見ながら俺はゲンナリする。
(いや、始まったのはもっと前のグループ分けをした直後からか…)
生《リアル》で見てリアルだわぁと言っているのが確か国分《こくぶん》、軽々しく殺すとかなんとか言う奴が確か木寺《きでら》、うるさいのが確か森田《もりた》、目が血走っている一角兎《ホーンラビット》を見て、何故かときめいている紅一点の女の子が国木田千香《くにきだちか》。
何を隠そう、目の前で至って真面目に喜劇を繰り広げている四人こそが俺のグループ――第三班のメンバーだった。ここから二時間行動を共にする仲間としては最悪な四人だ。
まともなのは俺たち五人を引率している強面の屈強な漢、小菅巌《こすげいわお》のみ。自己紹介のところで23歳とか言ってたけど、失礼な話40歳くらいにしか見えない。ただ、その見た目に反してかなり優しい。
俺以外の四人が軽率な言動を取るたび、丁寧に何故その言動が危ういのかを理由とともに説くという光景を何度も見てきた。
だが、四人は全く聞かない。それどころか立ち止まって反発する始末。
今いるところはまだ比較的怪物《モンスター》が寄り付かないとされる第一層へとつながる階段付近なので安全だが、数十m先はそうはいかない。
ダンジョンのど真ん中で今みたいに立ち止まって大声を上げれば途端に怪物《モンスター》の標的に早変わりだ。
ふっ、ふっ、ふっ……
(いい加減進もうよ……)
<投擲のスキルボード>のノルマの一つ、スクワットをしながらいつまでも第一階層へつながる階段付近で立ち往生するメンバーに苛立ちを募らせる。
ノルマがなければブちぎれていたかもしれない。お前らスキルボードに感謝しろよ?
ちなみに俺がスクワット出来ている理由は二つ。
一つ目は時間が勿体ないから。小菅教官が進めばすぐにスクワットを止めて進むよ。
二つ目は昨日の俺の奇行を見ていた国分が「あいつ、マジでヤバい奴だから気を付けろよ、千香ちゃん」と興味もない喜劇の舞台から俺を蹴落とすため、国木田さんにチクったから。「え、きも~い…」って言われてちょっと傷ついたから。奇人とみなされているなら俺が失うものは何もない。
モテたい気持ち一心で最強を目指しているのに、一生懸命になればなるほどその逆。奇人の道を歩んでいるとはこれ如何に。
遣る瀬無い気持ちを胸に周りを見ると、先ほどまでは周りにいた他のグループが100mほど先にいた。豆粒くらいのサイズだ。
(絶対キレてるな。あれは…)
俺たちと他のグループの中間地点に立ち、各グループを監視している水沢の「早くしろ」という視線?圧?みたいなものをビンビン感じる。
そのどこか殺気を帯びた視線?圧?に気づいたであろう小菅教官が四人を黙らせるために最終手段を取る。
「…とにかくだ。第二階層以降は安全地帯である第一階層とは違い、死亡のリスクが常に身近にあると思え。今は私たちや水沢さんが守ってくれるが、正式な冒険者となったら誰も君たちを守ってくれない。この言葉を聞いたうえで、まだ自分たちの言動がいかに危ういかを理解できないというのであれば冒険者適性なしと水沢さんに伝えなければならなくなる」
「「「「……」」」」
必殺―――先生にチクっちゃうぞ。
出来れば使いたくなかったと表情を歪ませる小菅教官の言葉を聞いた途端、四人《問題児たち》は口を閉じた。
(……実技講習のスタッフはやらないでおこう)
スクワットを止めて、出発する準備を整えながら思う。
初めの自己紹介で言っていたのだが、小菅さんは八等級冒険者で現在は『上知会』という大学サークルの友達同士で作った七等級冒険者パーティに所属しており、実技講習スタッフのバイトで教官を務めているらしい。
俺はへぇ、冒険者としての稼ぎ方にも色々あるんだ、と思っていたが他の四人は小菅教官の冒険者等級に目を付けたようで、あろうことか八等級=雑魚=言うことを聞かなくていい、という判断をした。
先ほどまでの茶番は小菅教官を下に見た結果起きたものだったのだ。桜子さんが大嫌いな部類の四人である。
(めんどくさいと思って放置していた俺も同罪か……?)
「……行くぞ。……美作君、君もだ」
「…あぁ、はい、すみません」
一回り小さくなった小菅教官の背中を追い、第一階層とぱっと見変わらない第二階層の草原を踏みしめる。
(最悪だよ……)
初めてダンジョンに入った時とは真逆。
感動もなく第二階層の中心へと足を延ばす。
◇◇◇
「……これにて、第二回実技講習を終える…解散」
始まりとは違い、ゲート前に集まっていた実技講習受講者たちを眺め、質問などが来ないことを確認した教官――水沢楽は四名の雇われ教官たちから各グループの受講者に対する評価が書かれた紙を回収する。
(さて、面倒だが早くやってしまおうか…)
海が思った通りの性格をしている水沢だが、彼は『自分にしかできない仕事は必ずこなす』というやや変わったポリシーを持っていた。
面倒だと思いながらも、自らの記憶と評価シートを照らし合わせ、受講者の冒険者適性を見極める作業をエレベーターの中、そしてオフィスに向かう道中に行う。
(この四人は落とすか……)
思い出されるのは第二階層に降り立った直後。
他の三グループが問題なく順調に講習を進めていく中、いつまで経っても第二階層の入り口付近で立ち往生していた一つのグループ。
滅多に見かけない問題児が偶然、四人も集まってしまったグループ。
(国分敦《こくぶん あつし》、木寺健斗《きでら けんと》、森田功《もりた こう》、国木田千香《くにきだ ちか》……根拠は教官の命令無視…か。俺の名前を出して注意された時点で情状酌量の余地なしだな…)
水沢は遠慮なく頭の中の名簿表に四つのチェックを付ける。
(小菅も災難だったな…)
かなりの頻度で教官役が重なる老け顔の若者を労いながら水沢はオフィスに入ろうとする―――
「――久しいな水沢」
―――直前。何者かに後ろから肩を叩かれた。
「っ……!」
完全に意表を突かれた水沢は勢いよく振り返り、そしてうんざりとする。
「……あなたですか。私に何の用です?―――竜胆さん」
わざと気配を遮断して水沢に近寄り声をかけたのは冒険者センターが幹部の一人、竜胆真《りんどう まこと》であった。
仕掛け人からすればちょっとした。仕掛けられた側からすれば心臓が口から出るくらいには驚いた悪戯を成功させた竜胆はにやりと笑う。
「何か用がないと声をかけてもいけないのか?」
「…私は掛け方を注意しているんですよ……」
「そうか、すまないな」
「……」
気配を遮断してまで仕掛けた悪戯なのにあっさりと引く竜胆。
彼女からしたら再会の余興に過ぎないのだな、と同じ視点で話すことを諦めた水沢。
そんな水沢の手にある紙に興味を持った竜胆はスッと予備動作なくその紙を水沢から取り上げた。
「っ…!……竜胆さん、返してくれませんか?」
「まあまあ、いいじゃないか少しくらい……どれどれ…ほう、実技講習の評価か……ん?評価基準を満たしていない者が四人もいるな……それにこの名前は―――面白いじゃないか…」
―――竜胆真が笑う。
(面倒な人に見られた…最悪だ……)
かつて、短い間ではあるものの竜胆と同じ冒険者パーティに所属していた水沢には分かる。今、竜胆が浮かべている笑みは面倒ごとが引き起こる前兆である、と。
しかし、水沢とて元は第一線で活躍していた冒険者。人並み以上の知的好奇心を持っている。
故に少し興味を持ってしまった。
冒険者時代の竜胆真が思わず出てきてしまうほどの人物が誰なのか、と。
「…なにか問題が?」
「いや、問題と呼べる問題はない。ただ、稀に見る問題児が四人も集結したグループを持った教官はなかなかの運の持ち主だと思ってな。参考までにこの四人が何をしでかしたかを教えてくれないか?」
「…悪運の間違えでは?…まぁ、いいですけど……」
(この四人の情報に何の価値があるのだろうか…)
竜胆の考えが全く読めない上に、今の竜胆から逃げることは不可能なので渋々水沢は答える。
「私が見聞きした限り…国分敦、木寺健斗……あれはすぐに死ぬ部類の人間です。脳がないくせして無駄にプライドが高い、おまけに周りを巻き込んで死んでいく。
…森田功……注意力散漫の極み、好奇心の塊。他三人は私の名前が出たことで言うことを聞くようになりましたが、こいつだけは違った。大きな幼児は無垢なままに人を傷つける。厄介な人種です。
…国木田千香……モンスター愛護主義者、博愛主義者…な、自分が大好きな人間。自分がいかに危険な思想を平然と語っているか理解できていない。
…以上四名、ここで外すのが奴らのためになるだろうと思い、適性なしと判断しました…」
「―――というのが一応の建前で、本当は?」
いつの間にか昔の竜胆は鳴りを潜め、幹部としての竜胆が水沢の眼を射抜く。
(…だから面倒なんだ…この人は……)
冒険者としての竜胆。幹部としての竜胆。結局はどちらからも逃れることの出来ない水沢はゲロッた。
「……評価シートに書いてある通り、現場の教官の注意無視、私の名前を出してまで注意をさせるに至った……これだけで十分でしょう?」
「まぁ、な。ただそういった判断を下す前に、水沢…お前は自分で動いたか?子供たちを変えようとしたか?面倒だ。俺が手を下す必要がないことだ―――そう思っただろう?」
「……」
「…あぁ、すまない。説教をするつもりはなかったんだ…」
ぐぅの音も出ない正論を叩きつけられ黙り込んだ水沢を見た竜胆は言い過ぎてしまったと少し反省する。
しかし、竜胆の心はある一人の青年に奪われてしまっていた。
「…とりあえずその資料を私にくれ。更生の余地がある者ばかりじゃないか。犯罪者が紛れ込んでいたわけではあるまい。私が直々に指導しよう。
水沢は冒険者適性の有無を報告しなくていい。私が報告するからな。分かったか」
「……なんでそうなるんですか?」
再び冒険者時代の面影が出てきた竜胆の奇行に水沢はただただ呆れる。
(あなたが実技講習の教官をやったら、現場はパニックになる…)
「ふふっ、美作海か~。どのような人物なのだろう…なあ、水沢。お前から見て美作海はどのような人物だった?」
しかし、竜胆は既に手遅れ状態。何も聞かない状態。水沢に出来ることはただただ彼女に従うことのみ。
「…彼は大人しかったですよ。突然スクワットをし始めたりと奇行が節々に見られましたがそれ以外は特に何も。テントの立て方などの必須技能に問題は見られませんでしたし、同グループの他四人とは違い、初心者の関門である怪物《モンスター》へのとどめも難なくさせていました」
「そうか、そうか。スクワットをしていたか……。熱心なことだ。会うのが楽しみだな…」
(…そこかよ)
柄にもなく内心でツッコミを入れてしまった水沢は、触らぬ神に祟りなし、面倒ごとの匂いがする、と実技講習の責任をすべて竜胆に擦り付けその場を後にした。
二回目の実技講習は以前、説明会で訪れたセントラルの6階――601室から始まった。
「……二回目の実技講習を始める。…教官の水沢だ、よろしく。ダンジョン内では俺の言うことと自分の班のパーティリーダーは絶対に聞くように。以上。…何か質問あるか?」
異様なほど静かな601室に本日の教官――昨日美浜さんを困らせていた不真面目野郎――二等級冒険者、水沢楽の声だけが響き渡る。
―――質問しかないんですけど…。
この場にいる誰もが思ったであろうその言葉。しかし、誰も発しないし質問もしない。水沢楽がないよな?と無言の圧力を加えてくるからだ。
今は平日の午前9時、夏休み中の学生以外は皆忙しい時間帯。
数々の死線を乗り越えて来たであろう二等級冒険者に凄まれて言い返せるような人間はこの場にいなかった。
(うわ、せっこ…)
参加者の反応を見ることなく水沢は話を続ける。
「……では、グループ分けをする。グループは参加者五人と冒険者のスタッフ一人で一グループだ。……今から1から4まで振り分ける。自分が呼ばれた番号の札を持つスタッフの前に並べ。以上」
水沢は自分の仕事は終わりといった感じで腕を組み、参加者を俯瞰する。
水沢に代わって口を開いたのは、水沢が言ってたであろう冒険者のスタッフ四人のうち一人。俺たちとそう変わらない年代の黒髪センター分け男だった。
「えーっと、名前の後に1から4の数字のどれかを言うので、呼ばれた人はその番号のプラカードを持った我々スタッフの前に並んでください。ちなみに俺は一番です。では早速名前を読み上げていきます――――――――」
◇◇◇
ふっ、ふっ、ふっ…
「うわっ、あれスライムじゃね?画像で見るよりリアルだわぁ」
「だね。それにしても遅いな。簡単に殺せそうだよ」
「それな!」
「わぁ、ホーンラビットだ。可愛いぃ。千香のペットにしたいなぁ…」
ふっ、ふっ、ふっ…
「そこの三人、怪物《モンスター》が寄ってきてしまうから少し声を抑えなさい。それと、君。怪物《モンスター》にそういった気持ちを抱くこと自体は仕方ないが表には出すな。血生臭い話になってしまうが、殺さないとやられる。それがダンジョン内での常識だからな」
「きゃ~、おじさんこわ~い」
「おいおっさん。千香ちゃんを怖がらせるなよな。…千香ちゃん安心して。いざとなったら俺が守るから」
「抜け駆けさせませんよ……千香さん、何かあったら僕の背中に隠れるといい」
「オレも頼ってくれよな、千香!」
「みんなありがとぉ。千香嬉しい」
(ハズレだ……)
一等級ダンジョン『渋谷』の第二層に入った直後に始まった、目の前で繰り広げられる喜劇を見ながら俺はゲンナリする。
(いや、始まったのはもっと前のグループ分けをした直後からか…)
生《リアル》で見てリアルだわぁと言っているのが確か国分《こくぶん》、軽々しく殺すとかなんとか言う奴が確か木寺《きでら》、うるさいのが確か森田《もりた》、目が血走っている一角兎《ホーンラビット》を見て、何故かときめいている紅一点の女の子が国木田千香《くにきだちか》。
何を隠そう、目の前で至って真面目に喜劇を繰り広げている四人こそが俺のグループ――第三班のメンバーだった。ここから二時間行動を共にする仲間としては最悪な四人だ。
まともなのは俺たち五人を引率している強面の屈強な漢、小菅巌《こすげいわお》のみ。自己紹介のところで23歳とか言ってたけど、失礼な話40歳くらいにしか見えない。ただ、その見た目に反してかなり優しい。
俺以外の四人が軽率な言動を取るたび、丁寧に何故その言動が危ういのかを理由とともに説くという光景を何度も見てきた。
だが、四人は全く聞かない。それどころか立ち止まって反発する始末。
今いるところはまだ比較的怪物《モンスター》が寄り付かないとされる第一層へとつながる階段付近なので安全だが、数十m先はそうはいかない。
ダンジョンのど真ん中で今みたいに立ち止まって大声を上げれば途端に怪物《モンスター》の標的に早変わりだ。
ふっ、ふっ、ふっ……
(いい加減進もうよ……)
<投擲のスキルボード>のノルマの一つ、スクワットをしながらいつまでも第一階層へつながる階段付近で立ち往生するメンバーに苛立ちを募らせる。
ノルマがなければブちぎれていたかもしれない。お前らスキルボードに感謝しろよ?
ちなみに俺がスクワット出来ている理由は二つ。
一つ目は時間が勿体ないから。小菅教官が進めばすぐにスクワットを止めて進むよ。
二つ目は昨日の俺の奇行を見ていた国分が「あいつ、マジでヤバい奴だから気を付けろよ、千香ちゃん」と興味もない喜劇の舞台から俺を蹴落とすため、国木田さんにチクったから。「え、きも~い…」って言われてちょっと傷ついたから。奇人とみなされているなら俺が失うものは何もない。
モテたい気持ち一心で最強を目指しているのに、一生懸命になればなるほどその逆。奇人の道を歩んでいるとはこれ如何に。
遣る瀬無い気持ちを胸に周りを見ると、先ほどまでは周りにいた他のグループが100mほど先にいた。豆粒くらいのサイズだ。
(絶対キレてるな。あれは…)
俺たちと他のグループの中間地点に立ち、各グループを監視している水沢の「早くしろ」という視線?圧?みたいなものをビンビン感じる。
そのどこか殺気を帯びた視線?圧?に気づいたであろう小菅教官が四人を黙らせるために最終手段を取る。
「…とにかくだ。第二階層以降は安全地帯である第一階層とは違い、死亡のリスクが常に身近にあると思え。今は私たちや水沢さんが守ってくれるが、正式な冒険者となったら誰も君たちを守ってくれない。この言葉を聞いたうえで、まだ自分たちの言動がいかに危ういかを理解できないというのであれば冒険者適性なしと水沢さんに伝えなければならなくなる」
「「「「……」」」」
必殺―――先生にチクっちゃうぞ。
出来れば使いたくなかったと表情を歪ませる小菅教官の言葉を聞いた途端、四人《問題児たち》は口を閉じた。
(……実技講習のスタッフはやらないでおこう)
スクワットを止めて、出発する準備を整えながら思う。
初めの自己紹介で言っていたのだが、小菅さんは八等級冒険者で現在は『上知会』という大学サークルの友達同士で作った七等級冒険者パーティに所属しており、実技講習スタッフのバイトで教官を務めているらしい。
俺はへぇ、冒険者としての稼ぎ方にも色々あるんだ、と思っていたが他の四人は小菅教官の冒険者等級に目を付けたようで、あろうことか八等級=雑魚=言うことを聞かなくていい、という判断をした。
先ほどまでの茶番は小菅教官を下に見た結果起きたものだったのだ。桜子さんが大嫌いな部類の四人である。
(めんどくさいと思って放置していた俺も同罪か……?)
「……行くぞ。……美作君、君もだ」
「…あぁ、はい、すみません」
一回り小さくなった小菅教官の背中を追い、第一階層とぱっと見変わらない第二階層の草原を踏みしめる。
(最悪だよ……)
初めてダンジョンに入った時とは真逆。
感動もなく第二階層の中心へと足を延ばす。
◇◇◇
「……これにて、第二回実技講習を終える…解散」
始まりとは違い、ゲート前に集まっていた実技講習受講者たちを眺め、質問などが来ないことを確認した教官――水沢楽は四名の雇われ教官たちから各グループの受講者に対する評価が書かれた紙を回収する。
(さて、面倒だが早くやってしまおうか…)
海が思った通りの性格をしている水沢だが、彼は『自分にしかできない仕事は必ずこなす』というやや変わったポリシーを持っていた。
面倒だと思いながらも、自らの記憶と評価シートを照らし合わせ、受講者の冒険者適性を見極める作業をエレベーターの中、そしてオフィスに向かう道中に行う。
(この四人は落とすか……)
思い出されるのは第二階層に降り立った直後。
他の三グループが問題なく順調に講習を進めていく中、いつまで経っても第二階層の入り口付近で立ち往生していた一つのグループ。
滅多に見かけない問題児が偶然、四人も集まってしまったグループ。
(国分敦《こくぶん あつし》、木寺健斗《きでら けんと》、森田功《もりた こう》、国木田千香《くにきだ ちか》……根拠は教官の命令無視…か。俺の名前を出して注意された時点で情状酌量の余地なしだな…)
水沢は遠慮なく頭の中の名簿表に四つのチェックを付ける。
(小菅も災難だったな…)
かなりの頻度で教官役が重なる老け顔の若者を労いながら水沢はオフィスに入ろうとする―――
「――久しいな水沢」
―――直前。何者かに後ろから肩を叩かれた。
「っ……!」
完全に意表を突かれた水沢は勢いよく振り返り、そしてうんざりとする。
「……あなたですか。私に何の用です?―――竜胆さん」
わざと気配を遮断して水沢に近寄り声をかけたのは冒険者センターが幹部の一人、竜胆真《りんどう まこと》であった。
仕掛け人からすればちょっとした。仕掛けられた側からすれば心臓が口から出るくらいには驚いた悪戯を成功させた竜胆はにやりと笑う。
「何か用がないと声をかけてもいけないのか?」
「…私は掛け方を注意しているんですよ……」
「そうか、すまないな」
「……」
気配を遮断してまで仕掛けた悪戯なのにあっさりと引く竜胆。
彼女からしたら再会の余興に過ぎないのだな、と同じ視点で話すことを諦めた水沢。
そんな水沢の手にある紙に興味を持った竜胆はスッと予備動作なくその紙を水沢から取り上げた。
「っ…!……竜胆さん、返してくれませんか?」
「まあまあ、いいじゃないか少しくらい……どれどれ…ほう、実技講習の評価か……ん?評価基準を満たしていない者が四人もいるな……それにこの名前は―――面白いじゃないか…」
―――竜胆真が笑う。
(面倒な人に見られた…最悪だ……)
かつて、短い間ではあるものの竜胆と同じ冒険者パーティに所属していた水沢には分かる。今、竜胆が浮かべている笑みは面倒ごとが引き起こる前兆である、と。
しかし、水沢とて元は第一線で活躍していた冒険者。人並み以上の知的好奇心を持っている。
故に少し興味を持ってしまった。
冒険者時代の竜胆真が思わず出てきてしまうほどの人物が誰なのか、と。
「…なにか問題が?」
「いや、問題と呼べる問題はない。ただ、稀に見る問題児が四人も集結したグループを持った教官はなかなかの運の持ち主だと思ってな。参考までにこの四人が何をしでかしたかを教えてくれないか?」
「…悪運の間違えでは?…まぁ、いいですけど……」
(この四人の情報に何の価値があるのだろうか…)
竜胆の考えが全く読めない上に、今の竜胆から逃げることは不可能なので渋々水沢は答える。
「私が見聞きした限り…国分敦、木寺健斗……あれはすぐに死ぬ部類の人間です。脳がないくせして無駄にプライドが高い、おまけに周りを巻き込んで死んでいく。
…森田功……注意力散漫の極み、好奇心の塊。他三人は私の名前が出たことで言うことを聞くようになりましたが、こいつだけは違った。大きな幼児は無垢なままに人を傷つける。厄介な人種です。
…国木田千香……モンスター愛護主義者、博愛主義者…な、自分が大好きな人間。自分がいかに危険な思想を平然と語っているか理解できていない。
…以上四名、ここで外すのが奴らのためになるだろうと思い、適性なしと判断しました…」
「―――というのが一応の建前で、本当は?」
いつの間にか昔の竜胆は鳴りを潜め、幹部としての竜胆が水沢の眼を射抜く。
(…だから面倒なんだ…この人は……)
冒険者としての竜胆。幹部としての竜胆。結局はどちらからも逃れることの出来ない水沢はゲロッた。
「……評価シートに書いてある通り、現場の教官の注意無視、私の名前を出してまで注意をさせるに至った……これだけで十分でしょう?」
「まぁ、な。ただそういった判断を下す前に、水沢…お前は自分で動いたか?子供たちを変えようとしたか?面倒だ。俺が手を下す必要がないことだ―――そう思っただろう?」
「……」
「…あぁ、すまない。説教をするつもりはなかったんだ…」
ぐぅの音も出ない正論を叩きつけられ黙り込んだ水沢を見た竜胆は言い過ぎてしまったと少し反省する。
しかし、竜胆の心はある一人の青年に奪われてしまっていた。
「…とりあえずその資料を私にくれ。更生の余地がある者ばかりじゃないか。犯罪者が紛れ込んでいたわけではあるまい。私が直々に指導しよう。
水沢は冒険者適性の有無を報告しなくていい。私が報告するからな。分かったか」
「……なんでそうなるんですか?」
再び冒険者時代の面影が出てきた竜胆の奇行に水沢はただただ呆れる。
(あなたが実技講習の教官をやったら、現場はパニックになる…)
「ふふっ、美作海か~。どのような人物なのだろう…なあ、水沢。お前から見て美作海はどのような人物だった?」
しかし、竜胆は既に手遅れ状態。何も聞かない状態。水沢に出来ることはただただ彼女に従うことのみ。
「…彼は大人しかったですよ。突然スクワットをし始めたりと奇行が節々に見られましたがそれ以外は特に何も。テントの立て方などの必須技能に問題は見られませんでしたし、同グループの他四人とは違い、初心者の関門である怪物《モンスター》へのとどめも難なくさせていました」
「そうか、そうか。スクワットをしていたか……。熱心なことだ。会うのが楽しみだな…」
(…そこかよ)
柄にもなく内心でツッコミを入れてしまった水沢は、触らぬ神に祟りなし、面倒ごとの匂いがする、と実技講習の責任をすべて竜胆に擦り付けその場を後にした。
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俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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