19 / 95
第二章 実技講習編
第19話 実技講習一日目
しおりを挟む
「あの、これってどこに返せばいいんですかね」
「第一回実技講習が終わった後、受付にいる職員へ一言言って返しておいてください」
「分かりました」
顔以外の全身を覆う厚手生地の貸し出し用トレーナーを身に着けた俺は先ほどまで実技講習の参加者たちに注意事項を伝えていた男性職員に一礼し、参加者たちの中に紛れ込む。
今度は俺の周りに神聖不可侵の聖域はない。
半袖ジーパンから卒業した俺はしっかりと溶け込んでいた。
皆の視線の先で実技講習の第一段階『冒険者カードの使用』の説明を行おうとしているのは先ほどの職員さんではない男女のセンター職員二名。
「は~い、みなさ~ん。聞こえてますかー?」
二人のうち女性職員の方が元気な声を出したので耳を傾ける。
幼児のお遊戯会ではないので誰もはーいともうぇーいとも言わない。ただただ頷きチラチラと周りを見るだけ。
俺としては周りの反応よりも進行役の女性職員の右側で腕を組み興味なさそうに参加者たちを俯瞰している男の方が気になるのだが…。
しかし、俺の興味の矛先など誰も気にしていない。
どうやら大丈夫だと判断した女性職員は実技講習を始めた。
「え~、無駄話は必要ないと思いますので早速始めちゃいます!私は冒険者センター職員の美浜千鶴《みはま ちずる》と言います。そして、私の隣にいる男性は冒険者センター職員であり二等級冒険者でもある水沢楽《みずさわ がく》さんです!」
黒髪ポニテの小柄な女性職員――美浜さんは自分の右側に突っ立っている水色の髪をした男性職員――水沢楽の紹介までしてしまう。
「…水沢だ、よろしく」
名前と等級を他人に紹介され、ただ一言よろしくと呟く水沢。
美浜さんとは違って、声の広がり的に多分マイクのようなものをつけて喋っている。
仕事中くらいハキハキ喋れよと思ってしまうが、そんな風に思っていたのは俺だけだったらしい。
「すげぇ」「水沢さんってあの水沢さん!?」「やべぇ、二等級かっけぇ」「知的素敵」「かっこいい…」やらなんやら周りからは水沢を褒めたたえる声ばかりが上がる。
どの水沢があの水沢か存じ上げないが、二等級というのは立派な一流冒険者だ。
そしてこの場にいるほとんどはそんな一流冒険者に憧れ恋焦がれる少年少女たち。
盛り上がってしまうのも無理はない。
参加者たちにもてはやされて満更でもない表情を僅かに浮かべる水沢と折角静かになっていた若者たちを「静かにしてくださ~い!」と懸命に静かにさせようとわたわたしている美浜さん。
あ~あ、そこで無表情を貫いていたらミステリアスキャラだったのに…美浜さん小動物みたいで可愛いなぁと思いながら実技講習の再開を待つ。
「ふぅ、静かになりましたね……」
五分ほどして無事場を収めた美浜さんは再度参加者が自分の方を向いているかの確認をしてから講習を再開した。
「え~と、まずは冒険者カードの説明から始めますね!……皆さんは座学講習や検定等で既に冒険者カードがどのようなものであるかを知っていると思います。ダンジョン内外を問わず自分の身分を証明するとき、ダンジョンの入退室確認をするとき、換券場・換金場にてドロップアイテムとお金を交換するとき、またクレジットカードとしても使えます。
……では、そんな便利品、冒険者カードの使い方を実際に見てもらいつつ早速ダンジョン内に入っていきたいと思います。ダンジョン内では冒険者パーティの方々が皆さんの護衛をするために待ってくださっていますので時間を掛けることができません。二日目、三日目は丁寧に教えますが初日は基本、目で見て学んでください。
……それでは出発しまーす!」
参加者を見回しながら口頭説明を一気に終わらせた美浜さん。
ダンジョン内で必要とされる技能を三日で教えるためにかなり急いでいる様子だ。
説明会でありがちな質問タイムもないことから質問は全てを終えてからするか目で見て自分で解決しろとでも言わんばかりのスピードでトテトテとゲートの方に向かう。
電車の改札を通るときみたいにわざわざ冒険者カードを出すことなく水沢はゲートの中に入っていった。
「知っていることだと思いますが冒険者カードはセンサーが勝手に読み取ってくれますのでわざわざ提示する必要がありません。冒険者カードを保持しているだけでいいんです!
…でも、保持していないままゲートに入ろうとすると怖~い人たちが来て保持していない理由を根掘り葉掘り聞かれてしまいます。ゲートに入る前には必ず装備のチェックと並行して冒険者カードを持っているかの確認をしましょう。
ちなみにカード入れが付いている装備もあるので、自分は失くしてしまいそうだなぁと思った人はそういった装備を選ぶことをお勧めします!」
へぇ、そんな装備もあるんだと思い、今着ている貸し出しの衣服を見るとカードケースらしきものがあった。スキーウェアに付いているリフト券入れみたいなものだ。
(貸し出しの割にはかなりしっかりとしているな)
半袖ジーパンじゃなかったらできなかった経験だ、と無理矢理自分のミスをポジティブに持っていく。長袖長ズボンが必要であるとわかっていた場合、学校指定の体育ジャージを着ていたはずだから。
目線を衣服から前に持っていくと、既にパーッと補足説明を入れた美浜さんも水沢に続いて入っていき、参加者たちも恐る恐るではあるがゲートに飛び込んでいくのが見えた。
目を瞑ってえいっと入るやつもいれば空かした顔で入るやつもいる。
(そういえば、この人たちは初めてなんだっけ)
十人十色、様々な入り方をしていく同期たちを見て、俺とは違い目の前の彼彼女《かれかのじょ》たちは初ダンジョンダイブなんだなぁ、とふと思う。
適性検査で一応はダンジョンダイブを経験したはずだが、それは十等級ダンジョン。
今潜ろうとしているのは一等級ダンジョン。
規模や雰囲気に至るまで何もかもが違う。初ちゃんとしたダンジョンダイブとでも言うべきか。
(俺ってやっぱり恵まれてるなぁ……)
思いもよらないところでスキルボードの恩恵を感じながら、俺は特に感動もなくゲートを潜った。
◇◇◇
「丸みを帯びた葉が特徴のこの植物は回復草と呼ばれるダンジョン固有種のもので、【調合】や【ポーション作成】のスキルなどで作られる人工ポーションの原料になります。加工しないと回復の効果はありませんので、生の状態で食べないでくださいね。すっごく苦いですから!」
カチャ、カチャ
「その隣にある青い四角の葉が特徴的な多肉植物は除痛草です。人工ポーションに入れられたり入れられなかったりしますが回復草と違って加工前でも痛みを緩和させる、取り除く効果は十分にあります。
『掠り傷やポーションを使うまでもない傷、でも気になってしまう』…そんな時に探したりしますね~。葉を折った時に出る汁を傷口に塗り込むと不思議と痛みが消えるんですよ。傷跡が残りにくくなるという研究データもあるようで女性にはかなり人気の薬草です!でも食べないでください。すっごく苦いですから!」
カチャ、カチャ
(へぇ、傷を治すとか痛みを取り除くとかだけじゃないんだ……)
実技講習が始まってから一時間が経過した現在。
換券・換金、ドロップアイテムの扱いなどの理解していないと法の裁きが待っていますよという細かいところからダンジョン内における不文律までの説明を美浜さんから受けた冒険者の卵たちは、いよいよ実技らしい実技に入っていた。
カチャ、カチャ
今は丁度薬草採取について教わっているところだ。
案内冊子を全く読み込んでいないため定かではないが、実技講習一回目の内容は薬草採取などの冒険者・仮冒険者に関係なく誰でも行うことが出来る活動の実習なんだと思う。
おそらく今周りにいる同年代の人たち全員が全員、スキルを持っているわけじゃない。スキルを持たない人間―――仮冒険者になるべくこの場にいる人もいると思うんだ。
まぁ、大体誰がスキルを持っていて、誰がスキルを持っていないかはぱっと見で分かってしまうが……。
「この前の『The Dungeon』の特集内容ヤバくね?攻略班の裏側とかさ」
「柊さんが表紙飾ってたやつだろ?マジ燃えるよなぁ。半端じゃねぇよ」
「俺、間近で柊さん見たことあるぜ」
「え、マジ?」
「大マジ」
「あの、美浜さん。【調合】のスキル持ちさんにダンジョン内で取った薬草をポーションに変えてもらって換券場に提出することは違法になりますか?」
「あ~、なるほど。結論から言ってしまうと違法にはなりませんね。ただ、グレーゾーンなのでおすすめは出来ません。第一、ダンジョン内で薬草を調合して売り捌く人はあまり信用できないんですよ」
「なるほど…ありがとうございます」
「僕もいいですか?」
「あ、はい。どうぞ!」
片や美浜さんの説明をそっちのけで雑談している人たち。
片や真面目に聞き質問したりして薬草採取で出来るだけ利益を出そうと一生懸命な人たち。
前者のような嘗め腐った態度を取っている奴らがスキル保有者。後者の真面目な人たちが非スキル保有者。
桜子さんと初めて一等級ダンジョンに入った日。
ダンジョンラボに向かう途中で注意されたことを思い出す。
―――草むしりとか木の実狩りとかしているのは仮冒険者の人たちですか?
―――そうですね。草むしりではなく薬草採取ですが…。
あの時は全く知らなかったが、『草むしり』とは冒険者が仮冒険者に向ける蔑称の一つである。
カチャ、カチャ
(あんな風にならないようにしよう……)
<両利きのスキルボード>のノルマの一つであるハンドグリップを左手でカチャカチャさせながら自分に言い聞かせる。
いや、お前もお前で片手間に聞いてるじゃんと思われるかもしれないが、それは違う。
だって俺も真面目な人たちに交じって美浜さんに質問したりしているもの。薬草に群がる人たちに交じって観察しているもの。
おかげで「うわこいつ、半袖ジーパンじゃん。え、なんでハンドグリップ使ってんの?やば」というモテとは正反対の視線が周りからビシビシ飛んで来るけれど、関係ない。ついでに周囲警戒の練習まで行っているので頻りに首を振っている。完全なる変人。
ただ、半袖ジーパンの時点でヤバい奴認定されていたから今更なのだ。今、この場でのモテは諦めた。
そんな俺でも雑談ばかりして話を聞かず、今もなお薬草に群がる俺たちを馬鹿にしたような目で見ている奴らよりはマシなはず。多分…。
だから俺はハンドグリップを握りしめ、たまにスキルボードをチラリと見ながらも薬草の説明を聞く。
<両利きのスキルボード>
——————————————————
右半分:左手ハンドグリップ40㎏ 96241/100000回
左半分:左手お豆箸掴み 移動式 87000/100000回
報酬
スキルボード 【??】
スキル 【両利き】
―――――――――――――――――――
(今日中に終わらせたいなぁ……)
あと少しでハンドグリップは終わる。
ただ、豆掴みはダンジョンラボでやることになるだろう。
俺のボディーバックの中に茶碗と箸はあるが豆はない。というか豆があったとしてもやらない。流石にこの場では……。ね?
「美浜さん、これって―――」
「あぁ、それはですね!」
「美浜ちゃん、これは?」
「誰が美浜ちゃんですか!…えっと、それはですね……」
美浜さんの元気な声がダンジョン内に響き渡る。
「水沢さん、これって……」
「……」
「…あ、すみません。えっと~、確か……あ、あった。そのことについてはですね―――」
(おい、水沢。仕事しろ…)
二等級冒険者――水沢楽はずっと腕を組んでいるだけだった。
何事もなく実技講習の一日目が終わる。
「第一回実技講習が終わった後、受付にいる職員へ一言言って返しておいてください」
「分かりました」
顔以外の全身を覆う厚手生地の貸し出し用トレーナーを身に着けた俺は先ほどまで実技講習の参加者たちに注意事項を伝えていた男性職員に一礼し、参加者たちの中に紛れ込む。
今度は俺の周りに神聖不可侵の聖域はない。
半袖ジーパンから卒業した俺はしっかりと溶け込んでいた。
皆の視線の先で実技講習の第一段階『冒険者カードの使用』の説明を行おうとしているのは先ほどの職員さんではない男女のセンター職員二名。
「は~い、みなさ~ん。聞こえてますかー?」
二人のうち女性職員の方が元気な声を出したので耳を傾ける。
幼児のお遊戯会ではないので誰もはーいともうぇーいとも言わない。ただただ頷きチラチラと周りを見るだけ。
俺としては周りの反応よりも進行役の女性職員の右側で腕を組み興味なさそうに参加者たちを俯瞰している男の方が気になるのだが…。
しかし、俺の興味の矛先など誰も気にしていない。
どうやら大丈夫だと判断した女性職員は実技講習を始めた。
「え~、無駄話は必要ないと思いますので早速始めちゃいます!私は冒険者センター職員の美浜千鶴《みはま ちずる》と言います。そして、私の隣にいる男性は冒険者センター職員であり二等級冒険者でもある水沢楽《みずさわ がく》さんです!」
黒髪ポニテの小柄な女性職員――美浜さんは自分の右側に突っ立っている水色の髪をした男性職員――水沢楽の紹介までしてしまう。
「…水沢だ、よろしく」
名前と等級を他人に紹介され、ただ一言よろしくと呟く水沢。
美浜さんとは違って、声の広がり的に多分マイクのようなものをつけて喋っている。
仕事中くらいハキハキ喋れよと思ってしまうが、そんな風に思っていたのは俺だけだったらしい。
「すげぇ」「水沢さんってあの水沢さん!?」「やべぇ、二等級かっけぇ」「知的素敵」「かっこいい…」やらなんやら周りからは水沢を褒めたたえる声ばかりが上がる。
どの水沢があの水沢か存じ上げないが、二等級というのは立派な一流冒険者だ。
そしてこの場にいるほとんどはそんな一流冒険者に憧れ恋焦がれる少年少女たち。
盛り上がってしまうのも無理はない。
参加者たちにもてはやされて満更でもない表情を僅かに浮かべる水沢と折角静かになっていた若者たちを「静かにしてくださ~い!」と懸命に静かにさせようとわたわたしている美浜さん。
あ~あ、そこで無表情を貫いていたらミステリアスキャラだったのに…美浜さん小動物みたいで可愛いなぁと思いながら実技講習の再開を待つ。
「ふぅ、静かになりましたね……」
五分ほどして無事場を収めた美浜さんは再度参加者が自分の方を向いているかの確認をしてから講習を再開した。
「え~と、まずは冒険者カードの説明から始めますね!……皆さんは座学講習や検定等で既に冒険者カードがどのようなものであるかを知っていると思います。ダンジョン内外を問わず自分の身分を証明するとき、ダンジョンの入退室確認をするとき、換券場・換金場にてドロップアイテムとお金を交換するとき、またクレジットカードとしても使えます。
……では、そんな便利品、冒険者カードの使い方を実際に見てもらいつつ早速ダンジョン内に入っていきたいと思います。ダンジョン内では冒険者パーティの方々が皆さんの護衛をするために待ってくださっていますので時間を掛けることができません。二日目、三日目は丁寧に教えますが初日は基本、目で見て学んでください。
……それでは出発しまーす!」
参加者を見回しながら口頭説明を一気に終わらせた美浜さん。
ダンジョン内で必要とされる技能を三日で教えるためにかなり急いでいる様子だ。
説明会でありがちな質問タイムもないことから質問は全てを終えてからするか目で見て自分で解決しろとでも言わんばかりのスピードでトテトテとゲートの方に向かう。
電車の改札を通るときみたいにわざわざ冒険者カードを出すことなく水沢はゲートの中に入っていった。
「知っていることだと思いますが冒険者カードはセンサーが勝手に読み取ってくれますのでわざわざ提示する必要がありません。冒険者カードを保持しているだけでいいんです!
…でも、保持していないままゲートに入ろうとすると怖~い人たちが来て保持していない理由を根掘り葉掘り聞かれてしまいます。ゲートに入る前には必ず装備のチェックと並行して冒険者カードを持っているかの確認をしましょう。
ちなみにカード入れが付いている装備もあるので、自分は失くしてしまいそうだなぁと思った人はそういった装備を選ぶことをお勧めします!」
へぇ、そんな装備もあるんだと思い、今着ている貸し出しの衣服を見るとカードケースらしきものがあった。スキーウェアに付いているリフト券入れみたいなものだ。
(貸し出しの割にはかなりしっかりとしているな)
半袖ジーパンじゃなかったらできなかった経験だ、と無理矢理自分のミスをポジティブに持っていく。長袖長ズボンが必要であるとわかっていた場合、学校指定の体育ジャージを着ていたはずだから。
目線を衣服から前に持っていくと、既にパーッと補足説明を入れた美浜さんも水沢に続いて入っていき、参加者たちも恐る恐るではあるがゲートに飛び込んでいくのが見えた。
目を瞑ってえいっと入るやつもいれば空かした顔で入るやつもいる。
(そういえば、この人たちは初めてなんだっけ)
十人十色、様々な入り方をしていく同期たちを見て、俺とは違い目の前の彼彼女《かれかのじょ》たちは初ダンジョンダイブなんだなぁ、とふと思う。
適性検査で一応はダンジョンダイブを経験したはずだが、それは十等級ダンジョン。
今潜ろうとしているのは一等級ダンジョン。
規模や雰囲気に至るまで何もかもが違う。初ちゃんとしたダンジョンダイブとでも言うべきか。
(俺ってやっぱり恵まれてるなぁ……)
思いもよらないところでスキルボードの恩恵を感じながら、俺は特に感動もなくゲートを潜った。
◇◇◇
「丸みを帯びた葉が特徴のこの植物は回復草と呼ばれるダンジョン固有種のもので、【調合】や【ポーション作成】のスキルなどで作られる人工ポーションの原料になります。加工しないと回復の効果はありませんので、生の状態で食べないでくださいね。すっごく苦いですから!」
カチャ、カチャ
「その隣にある青い四角の葉が特徴的な多肉植物は除痛草です。人工ポーションに入れられたり入れられなかったりしますが回復草と違って加工前でも痛みを緩和させる、取り除く効果は十分にあります。
『掠り傷やポーションを使うまでもない傷、でも気になってしまう』…そんな時に探したりしますね~。葉を折った時に出る汁を傷口に塗り込むと不思議と痛みが消えるんですよ。傷跡が残りにくくなるという研究データもあるようで女性にはかなり人気の薬草です!でも食べないでください。すっごく苦いですから!」
カチャ、カチャ
(へぇ、傷を治すとか痛みを取り除くとかだけじゃないんだ……)
実技講習が始まってから一時間が経過した現在。
換券・換金、ドロップアイテムの扱いなどの理解していないと法の裁きが待っていますよという細かいところからダンジョン内における不文律までの説明を美浜さんから受けた冒険者の卵たちは、いよいよ実技らしい実技に入っていた。
カチャ、カチャ
今は丁度薬草採取について教わっているところだ。
案内冊子を全く読み込んでいないため定かではないが、実技講習一回目の内容は薬草採取などの冒険者・仮冒険者に関係なく誰でも行うことが出来る活動の実習なんだと思う。
おそらく今周りにいる同年代の人たち全員が全員、スキルを持っているわけじゃない。スキルを持たない人間―――仮冒険者になるべくこの場にいる人もいると思うんだ。
まぁ、大体誰がスキルを持っていて、誰がスキルを持っていないかはぱっと見で分かってしまうが……。
「この前の『The Dungeon』の特集内容ヤバくね?攻略班の裏側とかさ」
「柊さんが表紙飾ってたやつだろ?マジ燃えるよなぁ。半端じゃねぇよ」
「俺、間近で柊さん見たことあるぜ」
「え、マジ?」
「大マジ」
「あの、美浜さん。【調合】のスキル持ちさんにダンジョン内で取った薬草をポーションに変えてもらって換券場に提出することは違法になりますか?」
「あ~、なるほど。結論から言ってしまうと違法にはなりませんね。ただ、グレーゾーンなのでおすすめは出来ません。第一、ダンジョン内で薬草を調合して売り捌く人はあまり信用できないんですよ」
「なるほど…ありがとうございます」
「僕もいいですか?」
「あ、はい。どうぞ!」
片や美浜さんの説明をそっちのけで雑談している人たち。
片や真面目に聞き質問したりして薬草採取で出来るだけ利益を出そうと一生懸命な人たち。
前者のような嘗め腐った態度を取っている奴らがスキル保有者。後者の真面目な人たちが非スキル保有者。
桜子さんと初めて一等級ダンジョンに入った日。
ダンジョンラボに向かう途中で注意されたことを思い出す。
―――草むしりとか木の実狩りとかしているのは仮冒険者の人たちですか?
―――そうですね。草むしりではなく薬草採取ですが…。
あの時は全く知らなかったが、『草むしり』とは冒険者が仮冒険者に向ける蔑称の一つである。
カチャ、カチャ
(あんな風にならないようにしよう……)
<両利きのスキルボード>のノルマの一つであるハンドグリップを左手でカチャカチャさせながら自分に言い聞かせる。
いや、お前もお前で片手間に聞いてるじゃんと思われるかもしれないが、それは違う。
だって俺も真面目な人たちに交じって美浜さんに質問したりしているもの。薬草に群がる人たちに交じって観察しているもの。
おかげで「うわこいつ、半袖ジーパンじゃん。え、なんでハンドグリップ使ってんの?やば」というモテとは正反対の視線が周りからビシビシ飛んで来るけれど、関係ない。ついでに周囲警戒の練習まで行っているので頻りに首を振っている。完全なる変人。
ただ、半袖ジーパンの時点でヤバい奴認定されていたから今更なのだ。今、この場でのモテは諦めた。
そんな俺でも雑談ばかりして話を聞かず、今もなお薬草に群がる俺たちを馬鹿にしたような目で見ている奴らよりはマシなはず。多分…。
だから俺はハンドグリップを握りしめ、たまにスキルボードをチラリと見ながらも薬草の説明を聞く。
<両利きのスキルボード>
——————————————————
右半分:左手ハンドグリップ40㎏ 96241/100000回
左半分:左手お豆箸掴み 移動式 87000/100000回
報酬
スキルボード 【??】
スキル 【両利き】
―――――――――――――――――――
(今日中に終わらせたいなぁ……)
あと少しでハンドグリップは終わる。
ただ、豆掴みはダンジョンラボでやることになるだろう。
俺のボディーバックの中に茶碗と箸はあるが豆はない。というか豆があったとしてもやらない。流石にこの場では……。ね?
「美浜さん、これって―――」
「あぁ、それはですね!」
「美浜ちゃん、これは?」
「誰が美浜ちゃんですか!…えっと、それはですね……」
美浜さんの元気な声がダンジョン内に響き渡る。
「水沢さん、これって……」
「……」
「…あ、すみません。えっと~、確か……あ、あった。そのことについてはですね―――」
(おい、水沢。仕事しろ…)
二等級冒険者――水沢楽はずっと腕を組んでいるだけだった。
何事もなく実技講習の一日目が終わる。
10
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説

アレク・プランタン
かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった
と‥‥転生となった
剣と魔法が織りなす世界へ
チートも特典も何もないまま
ただ前世の記憶だけを頼りに
俺は精一杯やってみる
毎日更新中!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる