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第一章 冒険者登録編
第15話 予想外と予想外
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「カイ君、もうちょっと残っていかない?身体能力測定もやらないといけないし、二つの新スキルについて考察もしなければならない。中級ポーションいっぱいあげるからさぁ」
「え、今からですか?」
「そう、まだ明日になるまで三時間以上もあるんだよ。いいでしょ?」
「え?」
「海君、無視してくれて構いません。私が言い聞かせるので」
「あ、はい、ありがとうございます桜子さん。それではまた明日」
「はい、また明日」
「ああっ、桜子ちゃんなんてことを!私の研究素材が帰っちゃう!」
「朝陽。海君はあなたのものでも研究素材でもありません―――またしっぺしますよ?」
「しっぺ?……っ、あれか!あれしっぺじゃなくて暴力じゃん!」
・
・
・
・
・
(あぁ、昨日はなんだかんだで楽しかったなぁ……)
こんなことがあった新スキル獲得&発見の翌日。
学校がなかった俺は今日も今日とて【スキルボード】のノルマをこなすために朝から晩までダンジョン研究所にいる―――
―――ずっと鏡を見つめながら……。
(気が狂いそうなんですけど……)
鏡の中に朝から写り続ける自分の顔はまぁ普通。
不自然にならないくらいに整えられた黒髪に黒の眉毛。二重の下の黒い目ん玉。
第一印象を悪くするほどではない。ただそれだけ。
全くもって面白くない。何が楽しくて自分の顔を何時間も見つめなければならないのだろう。
(これなら筋トレの方がマシだった……)
とち狂ったように筋トレしていた昨日が良かったと思えるほどにはメンタルブレイクされていた。
これも【スキルボード】の作戦の一つなのだろうか。
敢えて暇を与えることで昨日までの苦行を充実した日々と錯覚させるための、みたいな。
(意思があるとしか思えない……)
俺は恨みの籠った眼差しを呑気そうにふよふよと宙に浮く、事《暇》の元凶である石板を見る。
<自己鑑定のスキルボード>
――――――――――――――――――
鏡で自分を見つめる 9.9/10時間
――――――――――――――――――
「カイくーん。ま~だ~?焦らし過ぎるのは良くないよ~」
「……すみません。あと6分もないのでもうちょっと待ってて下さい…」
「いえ、海君も好きでこのようなことをやっているのではないのは百も承知ですので」
石板で大体の残り時間を確認した俺は石板から目を逸らし、上から飛んでくる朝陽さんの野次…にではなく、横にいる桜子さんに謝る。
彼女は朝陽さんとは違って、途中でおやつを食べ始めることも寝ることも他の研究をすることなくずっと俺の横にいてくれた。鏡を見つめる少年を見続けるという拷問に耐えながら、だ。もちろん朝陽さんみたいに野次を定期的に飛ばすこともない。
悪いのは全部【スキルボード】であって、俺ではない。
それでも申し訳なさが昼を過ぎたあたりから募る一方だった。
「あれ、カイ君。お姉さんには~?」
「それでもです。俺が桜子さんの立場だったら退屈過ぎて職務放棄をするところですから」
「ふふっ、私的には海君とずっとお話が出来てたので楽しかったです。海君は退屈でしたか?」
(あなたは女神ですか…)
鏡に映りこむ自分を見るのは退屈極まりなかったが、桜子さんとの会話は楽しかった。退屈なわけがない。
「いえ、桜子さんのおかげで楽しかったですよ」
「ならよかったです……あ、そろそろ時間になるのでは?」
「そう、ですね。見てみます」
【スキルボード】は俺にしか見えない。
今日は時間がいっぱいあったので鏡を見ながらではあるが自分以外に見せる方法はないかと色々と試したが出来なかった。
(まぁ、今のところ桜子さんと朝陽さん以外の人間に見せる気は毛頭ないから、それはそれで構わないか)
不便ではあるけれど、ただ不便なだけ。
俺の口で伝えればいいかと一人で解決した……鏡で自分の顔を見ながら。
「朝陽、降りてきてください」
「……」
朝陽さんが階段から降りてきたところで、俺は再び宙浮く石板を見た。
<自己鑑定のスキルボード>
――――――――――――――――――
鏡で自分を見つめる 10/10時間 達成!
――――――――――――――――――
報酬
スキルボード 【両利き】
スキル 【自己鑑定】
——————————————————
(両利き……か…)
どうやら次のスキルボードは【両利き】のスキルを獲得できるものであるらしい。
そろそろ実感しやすい変化が欲しいところだと思ってはいたが、少し意味が違う。
【剣術】とかこう、戦いだけに重きを置いたスキルが欲しかった。
(やっぱり【スキルボード】から意思を感じるなぁ…)
じっくりと石板を見つめ、考え事をしていると朝陽さんから声がかかる。
「カイ君、どう?」
「無事【自己鑑定】のスキルはとれたと思います。それと新しい石板は<両利きのスキルボード>でした」
「そうかー、両利きか~」
「両利きですか…」
【自己鑑定】というありそうでなかったスキルを知っているから【両利き】も新種かな?と期待してしまった。
が、朝陽さんと桜子さんの声色的に新種ではないと理解する。
何なら外れスキルかもしれない。
それほどまでに静かな声色だった。
「外れスキル、ですかね」
伝染したのだろう。
俺の声もどこか冴えないものになる。
「う~ん、そうだね。世間一般からすれば外れスキルだよ」
「世間一般、ですか………ん?」
朝陽さんの含みのある言い方が気になった。
(世間一般?じゃあ俺は?)
新種のスキルを三つも保持する俺が世間一般であるはずがない。一般から逸脱している自覚は流石にある。
(でもただの両利きだぞ?)
左が右のように使えることに何の意味があるのだろう。確かに左が利き手のように使えたら戦いの幅も広がる。
でもそれだけだ。
右と左で殴れるようになったところで戦闘系のスキルがなければ―――。
「―――あぁ、そういうことか」
朝陽さんの言葉の意味に気づく。
「カイ君。分かった?」
「はい。普通の人であれば【両利き】は外れも外れですね。時間を掛ければ誰でも習得できますから―――でも、俺なら外れではなく近道になる」
―――強くなるための近道に。
利き手ではない方の手を利き手と同じくらい使いこなせるようになるには最短でも複数か月、長ければ年単位が必要になってくる。
それを数日で行えるかもしれないんだ。
一つのスキルしか保持できない一般人であれば【両利き】はごみ中のごみだけど俺にとっては全ての動作を補助してくれる良スキルに化ける。
何故なら俺が持っているスキルは【両利き】だけではないから。複数のスキルを持てるから。
「そうでしたね、海君は複数のスキルを獲得できるのでした…。であれば【両利き】は当たりの部類に入りますね。両利きの相手は単純に考えて攻撃手段が二倍になりますから」
「よかったじゃん、カイ君。……で、【自己鑑定】はどうだったの?」
「あ、そうでした」
あくまでも両利きはサブでメインは自己鑑定であることを思い出す。
(えっと、スキルを使うときは強く念じればいいんだっけ…。ついでに<両利きのスキルボード>も見るか…―――【自己鑑定】)
<ステータス>
——————————————————
名前:美作 海
年齢:16
スキル:【身体能力補正】
【筋トレ故障完全耐性】
【筋量・筋密度最適化】
【自然治癒力補正】
【自己鑑定】
——————————————————
<両利きのスキルボード>
——————————————————
右半分:左手ハンドグリップ40㎏ 0/100000回
左半分:左手お豆箸掴み 移動式 0/100000回
報酬
スキルボード 【??】
スキル 【両利き】
―――――――――――――――――――
(……ちくしょう)
しっかりと割に合った報酬だった。
鏡の中に映る自分を10時間見ただけならまぁこれくらいだよな、と納得してしまう自分がいる。<始まりのスキルボード>のノルマの量と比べれば妥当も妥当だ。
(新スキルっていうから期待しちゃったじゃないか……)
もっとなんかこうさぁ、自分でさえも気づかなかった潜在的能力とか適性とか知れると思うじゃん。
名前と年齢だけって…。
スキルを見れるようになったのは良いけど、所詮それだけ。
ホログラムのように浮かぶステータス画面のスキルに触れてもうんともすんとも言わない。
そして当然と謂わんばかりに堂々と浮かぶ石板には10万回の文字が…。
加えて内容もキツイ。主に精神へのダメージが甚大になると予想することが出来る。
ダンジョンラボの真ん中で一人、ハンドグリップをにぎにぎ。豆を箸で茶碗から茶碗へちまちま。
その横には無言で見つめる桜子さん、上からは「まだ~」と朝陽さんが。
控えめに言っても地獄である―――。
また、量的に一日では終わらないはず。
連日地獄確定だ―――。
基礎体力をつけるための筋トレ、己を知るための自己鑑定、戦闘の幅を広げるための両利き。
なんだ、俺が強くなるためのスキルを揃えてくれているじゃん。案外【スキルボード】は良い奴かもしれないとついさっきまで思っていたが、一瞬でそんな考え吹っ飛ぶね。
嫌がらせとしか思えない。
「カイ君、どしたの?早く教えてよ」
【スキルボード】が見えない彼女たちからしたら、俺は何もないところを見つめてフリーズする変な奴。
朝陽さんが何も言わない俺に向かってじれったそうにしているので見たままのことを伝える。
「えっと、見たままのことを言いますと、【自己鑑定】は自分の名前、年齢、保持スキルをステータスと一括りにして眼前に映し出すもの。【両利き】はそのままの意味で、ノルマは左手ハンドグリップ40㎏と子供が箸の練習とかでやるお茶碗からお茶碗に豆を移すやつを左手で行う。……これらを各10万回ずつですね」
「じゅ、十万回…ですか……」
「新スキルの【自己鑑定】は外れなのかな?」
桜子さんはノルマの方に、朝陽さんは【自己鑑定】の方に興味を寄せる。
(一日各一万回で計算しても10日は掛かるな……)
ふとした瞬間に忘れそうになるが冒険者知識検定の試験までもう一週間を切っている。二人に、主に桜子さんに出来る限り迷惑を掛けたくないと思っているので、検定合格後、すぐに冒険者になるための実技講習を受講するとなると10日もない。
(このままだと戦闘スキルなしで実技講習を受けることになるな……)
実技講習は戦闘スキルが必須の講習ではない。
でもさ、どうせだったら戦闘スキルを携えて臨みたいじゃん。
ダンジョンの中では非日常が日常になる。
ダンジョン内を探索するとき戦闘スキルを持っていなかったら不安になること間違いなしだ。
それにいざとなったら女の子を守ることもできないじゃないか。
―――きゃー!助けてー!
―――(スタッ)…俺、参上。(キンッキンッ!ズバッ!)…ふっ、造作もない。…怪我はないか?(顔を半面だけ後ろに向ける)
―――は、はい。あなたのおかげです。あの、お名前は?
―――美作 海っていいます。美しいに作るで美作…。海は生命の母なる海です(正義のヒーローではないのでしっかり名乗る。ここ大事)
―――…素敵
なーーーんてこともあるかもしれないかもしれない!
「カイ君、気持ち悪いよ」
「ちょっと朝陽」
「……」
黙ってその場に突っ立っていると桜子さんに今日はもう帰りましょう、と着替えを促されたので、シャワーを浴びた後さっさと帰る支度をする。
(さっき起きたことは忘れて、明日からまた頑張ろう。集中すれば一日二万回ずつ出来るかもしれないんだ)
飲み物や間食のごみ、タオルや検定の参考書、筆記用具が詰まったリュックを背負い心を入れ替え、桜子さんについていく俺。
そんな俺に背後から朝陽さんの声が飛んでくる。
頭にガツンと響くような、そんな内容が。
「あっ、あと明日からスキル検証は午前だけね。検定まで一週間切ってるでしょ?勉強しなきゃ。それにスキル検証も少し落ち着いたからね。私はいいけど桜子ちゃんの本業は受付嬢だからね~。まぁ、まだ未知な部分だらけだけど、だからこそ焦らずにやっていこうよ。興味深い新スキルもあんまりだったから、今すぐに知りたいこともなくなったし。あ、別に君を責めているわけじゃないよ?」
「……はい、わかってます」
鏡を見続けていた時に本人から聞いたのだが、桜子さんは5階の受付嬢らしい。
5階といえば三等級以上の一流冒険者が利用するフロアだ。
いずれそこにたどり着きたいと思ってはいるが今の俺には全くもって見えない、届かない場所。
あと一週間くらいならとか思っていたが、一流冒険者相手の受付嬢であれば話は違ってくる。
(もう十分迷惑だったか……)
「何事も早く済めばいいとは私も思うけど、世の中遅い方がいい時もあるのさ…」
背後から微かに朝陽さんの声が聞こえてきた。
しかし、俺にはその言葉の意味を考えるだけの脳は残っていない。
脳にあるのはただ一つ。
―――早く、一人でダンジョンに潜れるようになりたい。
それだけだった。
「え、今からですか?」
「そう、まだ明日になるまで三時間以上もあるんだよ。いいでしょ?」
「え?」
「海君、無視してくれて構いません。私が言い聞かせるので」
「あ、はい、ありがとうございます桜子さん。それではまた明日」
「はい、また明日」
「ああっ、桜子ちゃんなんてことを!私の研究素材が帰っちゃう!」
「朝陽。海君はあなたのものでも研究素材でもありません―――またしっぺしますよ?」
「しっぺ?……っ、あれか!あれしっぺじゃなくて暴力じゃん!」
・
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(あぁ、昨日はなんだかんだで楽しかったなぁ……)
こんなことがあった新スキル獲得&発見の翌日。
学校がなかった俺は今日も今日とて【スキルボード】のノルマをこなすために朝から晩までダンジョン研究所にいる―――
―――ずっと鏡を見つめながら……。
(気が狂いそうなんですけど……)
鏡の中に朝から写り続ける自分の顔はまぁ普通。
不自然にならないくらいに整えられた黒髪に黒の眉毛。二重の下の黒い目ん玉。
第一印象を悪くするほどではない。ただそれだけ。
全くもって面白くない。何が楽しくて自分の顔を何時間も見つめなければならないのだろう。
(これなら筋トレの方がマシだった……)
とち狂ったように筋トレしていた昨日が良かったと思えるほどにはメンタルブレイクされていた。
これも【スキルボード】の作戦の一つなのだろうか。
敢えて暇を与えることで昨日までの苦行を充実した日々と錯覚させるための、みたいな。
(意思があるとしか思えない……)
俺は恨みの籠った眼差しを呑気そうにふよふよと宙に浮く、事《暇》の元凶である石板を見る。
<自己鑑定のスキルボード>
――――――――――――――――――
鏡で自分を見つめる 9.9/10時間
――――――――――――――――――
「カイくーん。ま~だ~?焦らし過ぎるのは良くないよ~」
「……すみません。あと6分もないのでもうちょっと待ってて下さい…」
「いえ、海君も好きでこのようなことをやっているのではないのは百も承知ですので」
石板で大体の残り時間を確認した俺は石板から目を逸らし、上から飛んでくる朝陽さんの野次…にではなく、横にいる桜子さんに謝る。
彼女は朝陽さんとは違って、途中でおやつを食べ始めることも寝ることも他の研究をすることなくずっと俺の横にいてくれた。鏡を見つめる少年を見続けるという拷問に耐えながら、だ。もちろん朝陽さんみたいに野次を定期的に飛ばすこともない。
悪いのは全部【スキルボード】であって、俺ではない。
それでも申し訳なさが昼を過ぎたあたりから募る一方だった。
「あれ、カイ君。お姉さんには~?」
「それでもです。俺が桜子さんの立場だったら退屈過ぎて職務放棄をするところですから」
「ふふっ、私的には海君とずっとお話が出来てたので楽しかったです。海君は退屈でしたか?」
(あなたは女神ですか…)
鏡に映りこむ自分を見るのは退屈極まりなかったが、桜子さんとの会話は楽しかった。退屈なわけがない。
「いえ、桜子さんのおかげで楽しかったですよ」
「ならよかったです……あ、そろそろ時間になるのでは?」
「そう、ですね。見てみます」
【スキルボード】は俺にしか見えない。
今日は時間がいっぱいあったので鏡を見ながらではあるが自分以外に見せる方法はないかと色々と試したが出来なかった。
(まぁ、今のところ桜子さんと朝陽さん以外の人間に見せる気は毛頭ないから、それはそれで構わないか)
不便ではあるけれど、ただ不便なだけ。
俺の口で伝えればいいかと一人で解決した……鏡で自分の顔を見ながら。
「朝陽、降りてきてください」
「……」
朝陽さんが階段から降りてきたところで、俺は再び宙浮く石板を見た。
<自己鑑定のスキルボード>
――――――――――――――――――
鏡で自分を見つめる 10/10時間 達成!
――――――――――――――――――
報酬
スキルボード 【両利き】
スキル 【自己鑑定】
——————————————————
(両利き……か…)
どうやら次のスキルボードは【両利き】のスキルを獲得できるものであるらしい。
そろそろ実感しやすい変化が欲しいところだと思ってはいたが、少し意味が違う。
【剣術】とかこう、戦いだけに重きを置いたスキルが欲しかった。
(やっぱり【スキルボード】から意思を感じるなぁ…)
じっくりと石板を見つめ、考え事をしていると朝陽さんから声がかかる。
「カイ君、どう?」
「無事【自己鑑定】のスキルはとれたと思います。それと新しい石板は<両利きのスキルボード>でした」
「そうかー、両利きか~」
「両利きですか…」
【自己鑑定】というありそうでなかったスキルを知っているから【両利き】も新種かな?と期待してしまった。
が、朝陽さんと桜子さんの声色的に新種ではないと理解する。
何なら外れスキルかもしれない。
それほどまでに静かな声色だった。
「外れスキル、ですかね」
伝染したのだろう。
俺の声もどこか冴えないものになる。
「う~ん、そうだね。世間一般からすれば外れスキルだよ」
「世間一般、ですか………ん?」
朝陽さんの含みのある言い方が気になった。
(世間一般?じゃあ俺は?)
新種のスキルを三つも保持する俺が世間一般であるはずがない。一般から逸脱している自覚は流石にある。
(でもただの両利きだぞ?)
左が右のように使えることに何の意味があるのだろう。確かに左が利き手のように使えたら戦いの幅も広がる。
でもそれだけだ。
右と左で殴れるようになったところで戦闘系のスキルがなければ―――。
「―――あぁ、そういうことか」
朝陽さんの言葉の意味に気づく。
「カイ君。分かった?」
「はい。普通の人であれば【両利き】は外れも外れですね。時間を掛ければ誰でも習得できますから―――でも、俺なら外れではなく近道になる」
―――強くなるための近道に。
利き手ではない方の手を利き手と同じくらい使いこなせるようになるには最短でも複数か月、長ければ年単位が必要になってくる。
それを数日で行えるかもしれないんだ。
一つのスキルしか保持できない一般人であれば【両利き】はごみ中のごみだけど俺にとっては全ての動作を補助してくれる良スキルに化ける。
何故なら俺が持っているスキルは【両利き】だけではないから。複数のスキルを持てるから。
「そうでしたね、海君は複数のスキルを獲得できるのでした…。であれば【両利き】は当たりの部類に入りますね。両利きの相手は単純に考えて攻撃手段が二倍になりますから」
「よかったじゃん、カイ君。……で、【自己鑑定】はどうだったの?」
「あ、そうでした」
あくまでも両利きはサブでメインは自己鑑定であることを思い出す。
(えっと、スキルを使うときは強く念じればいいんだっけ…。ついでに<両利きのスキルボード>も見るか…―――【自己鑑定】)
<ステータス>
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名前:美作 海
年齢:16
スキル:【身体能力補正】
【筋トレ故障完全耐性】
【筋量・筋密度最適化】
【自然治癒力補正】
【自己鑑定】
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<両利きのスキルボード>
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右半分:左手ハンドグリップ40㎏ 0/100000回
左半分:左手お豆箸掴み 移動式 0/100000回
報酬
スキルボード 【??】
スキル 【両利き】
―――――――――――――――――――
(……ちくしょう)
しっかりと割に合った報酬だった。
鏡の中に映る自分を10時間見ただけならまぁこれくらいだよな、と納得してしまう自分がいる。<始まりのスキルボード>のノルマの量と比べれば妥当も妥当だ。
(新スキルっていうから期待しちゃったじゃないか……)
もっとなんかこうさぁ、自分でさえも気づかなかった潜在的能力とか適性とか知れると思うじゃん。
名前と年齢だけって…。
スキルを見れるようになったのは良いけど、所詮それだけ。
ホログラムのように浮かぶステータス画面のスキルに触れてもうんともすんとも言わない。
そして当然と謂わんばかりに堂々と浮かぶ石板には10万回の文字が…。
加えて内容もキツイ。主に精神へのダメージが甚大になると予想することが出来る。
ダンジョンラボの真ん中で一人、ハンドグリップをにぎにぎ。豆を箸で茶碗から茶碗へちまちま。
その横には無言で見つめる桜子さん、上からは「まだ~」と朝陽さんが。
控えめに言っても地獄である―――。
また、量的に一日では終わらないはず。
連日地獄確定だ―――。
基礎体力をつけるための筋トレ、己を知るための自己鑑定、戦闘の幅を広げるための両利き。
なんだ、俺が強くなるためのスキルを揃えてくれているじゃん。案外【スキルボード】は良い奴かもしれないとついさっきまで思っていたが、一瞬でそんな考え吹っ飛ぶね。
嫌がらせとしか思えない。
「カイ君、どしたの?早く教えてよ」
【スキルボード】が見えない彼女たちからしたら、俺は何もないところを見つめてフリーズする変な奴。
朝陽さんが何も言わない俺に向かってじれったそうにしているので見たままのことを伝える。
「えっと、見たままのことを言いますと、【自己鑑定】は自分の名前、年齢、保持スキルをステータスと一括りにして眼前に映し出すもの。【両利き】はそのままの意味で、ノルマは左手ハンドグリップ40㎏と子供が箸の練習とかでやるお茶碗からお茶碗に豆を移すやつを左手で行う。……これらを各10万回ずつですね」
「じゅ、十万回…ですか……」
「新スキルの【自己鑑定】は外れなのかな?」
桜子さんはノルマの方に、朝陽さんは【自己鑑定】の方に興味を寄せる。
(一日各一万回で計算しても10日は掛かるな……)
ふとした瞬間に忘れそうになるが冒険者知識検定の試験までもう一週間を切っている。二人に、主に桜子さんに出来る限り迷惑を掛けたくないと思っているので、検定合格後、すぐに冒険者になるための実技講習を受講するとなると10日もない。
(このままだと戦闘スキルなしで実技講習を受けることになるな……)
実技講習は戦闘スキルが必須の講習ではない。
でもさ、どうせだったら戦闘スキルを携えて臨みたいじゃん。
ダンジョンの中では非日常が日常になる。
ダンジョン内を探索するとき戦闘スキルを持っていなかったら不安になること間違いなしだ。
それにいざとなったら女の子を守ることもできないじゃないか。
―――きゃー!助けてー!
―――(スタッ)…俺、参上。(キンッキンッ!ズバッ!)…ふっ、造作もない。…怪我はないか?(顔を半面だけ後ろに向ける)
―――は、はい。あなたのおかげです。あの、お名前は?
―――美作 海っていいます。美しいに作るで美作…。海は生命の母なる海です(正義のヒーローではないのでしっかり名乗る。ここ大事)
―――…素敵
なーーーんてこともあるかもしれないかもしれない!
「カイ君、気持ち悪いよ」
「ちょっと朝陽」
「……」
黙ってその場に突っ立っていると桜子さんに今日はもう帰りましょう、と着替えを促されたので、シャワーを浴びた後さっさと帰る支度をする。
(さっき起きたことは忘れて、明日からまた頑張ろう。集中すれば一日二万回ずつ出来るかもしれないんだ)
飲み物や間食のごみ、タオルや検定の参考書、筆記用具が詰まったリュックを背負い心を入れ替え、桜子さんについていく俺。
そんな俺に背後から朝陽さんの声が飛んでくる。
頭にガツンと響くような、そんな内容が。
「あっ、あと明日からスキル検証は午前だけね。検定まで一週間切ってるでしょ?勉強しなきゃ。それにスキル検証も少し落ち着いたからね。私はいいけど桜子ちゃんの本業は受付嬢だからね~。まぁ、まだ未知な部分だらけだけど、だからこそ焦らずにやっていこうよ。興味深い新スキルもあんまりだったから、今すぐに知りたいこともなくなったし。あ、別に君を責めているわけじゃないよ?」
「……はい、わかってます」
鏡を見続けていた時に本人から聞いたのだが、桜子さんは5階の受付嬢らしい。
5階といえば三等級以上の一流冒険者が利用するフロアだ。
いずれそこにたどり着きたいと思ってはいるが今の俺には全くもって見えない、届かない場所。
あと一週間くらいならとか思っていたが、一流冒険者相手の受付嬢であれば話は違ってくる。
(もう十分迷惑だったか……)
「何事も早く済めばいいとは私も思うけど、世の中遅い方がいい時もあるのさ…」
背後から微かに朝陽さんの声が聞こえてきた。
しかし、俺にはその言葉の意味を考えるだけの脳は残っていない。
脳にあるのはただ一つ。
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